
千葉市でレジスターや電光表示器を販売していた会社は、仕入先メーカー(東和メックス株式会社、現・株式会社TBグループ)の子会社である株式会社TOWAへ事業を譲る交渉をしていました。交渉がまとまらないまま修理などの顧客対応業務だけを先にTOWAへ移したところ、引き渡したパソコンに顧客情報2万6378件が入ったままになっていました。一審の東京地裁と控訴審の知財高裁は、この顧客情報の使用を不正競争防止法の問題として判断しています。
この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型2「人と顧客が抜ける(従業員・顧客情報)」の事例です。
<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/towa-kokyaku-joho/">TOWAの顧客情報裁判|事業譲渡の交渉中に業務だけ先に移したとき、顧客情報の使用はどう扱われたか|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「TOWAの顧客情報裁判|事業譲渡の交渉中に業務だけ先に移したとき、顧客情報の使用はどう扱われたか」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/towa-kokyaku-joho/| 時期 | 出来事(判決の認定) |
|---|---|
| 2008年頃 | 販売会社が、販売先の名称・住所・連絡先・製品・価格・リース期間・契約番号などの顧客情報を、管理部の専用パソコン1台に集約 |
| 2009年5月上旬 | 東和メックスの代表取締役と取締役(同年6月からTOWA代表取締役)が、事業をTOWAへ譲ることを打診 |
| 2009年6月10日 | 公認会計士の初期的試算を提示。のれん代は試算に含まれず、当事者間で協議することに |
| 2009年7月22日 | 販売会社の代表者が、譲渡代金を含む条件に納得できず、いったん断る |
| 2009年12月14日 | 売上げの減少を受け、販売会社が事業譲渡を申し入れ、協議を再開 |
| 2010年2月 | TOWA代表取締役が時価純資産方式で約2300万円の試算表を示す。販売会社は解散を先行させる方針をいったん示すが、顧客からの提訴と労働基準監督署の勧告を知り、協議を一旦停止。従業員31名のうち23名が3月31日付の退職届を提出 |
| 2010年3月2日 | 販売会社が、4月以降の顧客対応業務の引受けと退職者の雇用をTOWAに依頼(TOWAは11名を採用) |
| 2010年3月26日 | TOWAの取締役が顧客への通知書の文案を作成。販売会社の総務課長の指示で、パート従業員が顧客情報を電光表示器用のパソコンへ移し、宛名印刷に使用 |
| 2010年3月27日 | 社内会議で、そのパソコンをTOWAへ引き渡すことを決定。代表者は顧客情報が入っていることを知らず、出席していた総務課長も言及せず |
| 2010年3月29日頃 | 過去6年に取引のあった顧客7529名へ通知書を発送 |
| 2010年4月1日 | 総務課長とパート従業員がTOWAに入社。パソコンが引き渡される |
| 2010年6月1日 | TOWAが販売会社の旧柏営業所を引き継ぎ、柏支店(当初は柏営業所)を開設 |
| 2010年7月13日頃 | TOWA代表取締役が、顧客台帳などの提供や1820万円の支払を内容とする覚書への押印を求めるが、販売会社は応じず |
| 2010年8月 | 販売会社の代表者が元総務課長と、TOWA代表取締役に顧客情報の使用を問いただす。営業権の買取りを求めるが拒絶される |
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販売会社の主張:移管は修理・交換など緊急性の高い業務に限ったもので、台帳類の引渡しや顧客情報の開示は認めていない。顧客情報が必要なときは個別に照会する予定だった。TOWA側は顧客情報を不正に取得・使用し、その後は事業譲渡の協議に応じなくなった。損害は顧客情報の価値相当額で、請求は1億1000万円(弁護士費用1000万円を含む)。これに、業務委託費をだまし取られたとする1035万2200円を加え、合計1億2035万2200円を求めました。
TOWA側の主張:パスワードは変更されておらず、秘密として管理されていなかった。販売会社は事実上廃業しており、顧客対応業務の全般を引き受けた以上、必要な顧客情報の開示も認められていた。パソコンは販売会社の社内決定で引き渡され、データは物と一緒に移っただけである。控訴審では、販売会社は事業を止めていたので競争関係がなく損害もない、引き受けた顧客対応業務の経費を差し引くべきだ、使用料はゼロに近い、とも主張しました。
東京地裁は、管理部への立入りが錠と警備装置で制限され、パスワードとアクセス権者の限定、開示の申請手続と管理責任者、就業規則などの守秘義務がそろっていたと認定し、販売会社は「本件顧客情報に接することができる者を制限し,これに接した者に本件顧客情報が秘密であると認識し得るようにしていた」と判断しました。パスワードが変更されず、メモが施錠されていない引き出しにあった事実も認めましたが、立入り自体が制限されていたとして結論を変えていません。知財高裁は、パート従業員が配置換え後も情報の抽出作業をしていたとしても、守秘義務を負い個別の指示で作業していた以上、「それによって直ちに本件顧客情報の秘密管理性が失われるものではない」と付け加えました。商圏が1都5県に及び、聞き回って同じ情報を集めるのは事実上不可能だとして、非公知性も認めています。
両判決とも、通知書が「修理・メンテナンスに関する現場対応」などに業務を限定し、契約に関する問合せには対応しないと記載していたこと、引渡し物に顧客情報のデータや台帳が挙げられていなかったこと、移管後に代表者が使用を問いただしていたことなどを根拠にしました。一審は「顧客対応業務全般を移管する旨合意して本件顧客情報の開示を認めたとはいい難い」とし、知財高裁も「本件移管に伴って本件顧客情報を開示することを認めていたとは考え難く」と判断しています。
一審は、元総務課長が3月31日に全データを記憶媒体へ複製させ、さらにパソコンを引き渡させたことを「不正の手段」による取得とし、役員2人はそれを知って、または重大な過失で知らずに受け取ったとしました。
知財高裁は、役員らが複製を指示した事実や、3月31日の複製の事実は「認めるに足りる証拠はない」としました。そのうえで、元総務課長がデータの複製を上司に報告せず、引渡しを決めた会議でも言及せず、発送作業の後も削除しなかった一連の行為を、「秘密を守る法律上の義務に違反して,被控訴人の営業秘密である本件顧客情報を控訴人TOWAに開示する行為である」と認定しました(不正競争防止法2条1項8号)。
役員2人については、受け取った時点ではなく、その後の対応を問題にしています。代表取締役は8月下旬に問いただされても使用を止める対策をとらず、取締役は元総務課長から報告を受けても使用の停止を指示せず、「顧客情報があってもいいだろう。」などと述べて使用を承認しました。知財高裁は、2人とも遅くとも2010年9月以降、不正な開示を知って、または重大な過失で知らずに使用したとして、同項9号の不正競争にあたるとし、その行為はTOWAの職務として行われたとしてTOWAの責任も認めました。競争関係がないという主張には、9号は「法文上,営業秘密の冒用者と被冒用者との間の競業関係の存在を要件としていない」と答えています。
一審は、不正競争がなければ顧客情報を価値相当額でTOWAに譲れたのに、「被告TOWAが本件顧客情報を取得して譲渡の協議に応じなくなってしまい,本件顧客情報の価値相当額の利益を失った」と認定しました。価値は、直近3年の買替え販売・追加販売の粗利から人件費や車両費などを引いた6年分の限界利益とし、アフターサービスの寄与として20%を控除して4815万1000円、弁護士費用を加えて5296万6100円としました。
知財高裁はこの算定を採りませんでした。販売会社は2010年3月31日でメーカー製品の営業販売を実質的に停止していたので、侵害者の利益を損害と推定する5条2項は前提を欠き、民法709条でも販売機会の喪失は認められないとしました。5条3項3号の損害額は「当該侵害に係る営業秘密の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額」であって、「営業秘密の価値に相当する額」ではないとも述べています。
そのうえで、「本件顧客情報自体に一定の財産的価値が認められ」、販売を停止しても直ちに失われるものではないとして、使用料率を次の事情から3%としました。
| 項目 | 一審(東京地裁) | 控訴審(知財高裁) |
|---|---|---|
| 算定の考え方 | 顧客情報の価値(限界利益) | 使用料相当額(5条3項3号) |
| 対象 | 販売会社の過去実績を6年分に引き直し | 2010年9月1日〜2016年3月31日の柏支店の売上高3億3681万5013円(2014年4月以降は推計) |
| 損害 | 4815万1000円 | 3%=1010万4450円 |
| 弁護士費用 | 481万5100円 | 100万円 |
| 合計 | 5296万6100円 | 1110万4450円 |
販売会社が求めた料率10%や、柏支店以外の売上げは認められませんでした。顧客対応業務の経費を差し引くべきだという主張は、業務の引受けは当事者の合意に基づくもので不正競争と関連する利益ではないとして退けられています。
一審は、親会社の代表取締役が事業譲渡を打診し協議の再開を合意したことはあっても、役員らの不正競争について共謀したと認める証拠はないとして、親会社への請求を棄却しました。委託費941万2200円についても、見積書の交付と担当者の転職という事実だけでは虚偽の説明があったと認められないとしました。控訴審の審理対象は、TOWAと役員2人への顧客情報の請求に限られています。
この判決からいえるのは、事業譲渡の交渉相手に業務を先に移した場面でも、移管の範囲を超えて渡った顧客情報の使用は、営業秘密の不正使用として扱われうるということです。移管の範囲は、通知書の文言や引渡し物の一覧から認定されました。
一方で、限界もあります。知財高裁が役員2人の責任を認めたのは、使用を問いただされた後の2010年9月以降の使用であり、パソコンを受け取ったこと自体を不正競争とはしていません。損害も、交渉が決裂したことによる「譲れたはずの価値」ではなく、実際に使われた範囲の使用料で算定されました。売り手がすでに販売をやめていた事情が算定を左右しており、営業を続けている会社の顧客情報が使われた場合に同じ算定になるとは、この判決からはいえません。事業譲渡契約の成否や、交渉の打切りそのものの責任も判断されていません。
以下は判決の判断そのものではなく、判決の認定事実から考えられる確認事項です。
2026年10月11日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、控訴審判決に対する上告の有無や確定の有無は確認できていません。判決に出てくる個人は立場で書いています。判決の伏字は審級で異なり、一審の「被告A」「被告B」が控訴審の「控訴人X1」「控訴人X2」、一審の「E1」「E2」が控訴審の「A」「B」にあたります。
Q. 退職者が持ち出したのではなく、会社が引き渡したパソコンに残っていたデータでも、不正競争になるのですか?
この事件では、パソコンの引渡し自体は売り手の社内会議で決まりました。それでも知財高裁は、データが入っていることを知りながら報告も削除もしなかった管理責任者の一連の行為を、守秘義務に反する不正な開示と認定しました。誰がデータの存在を知っていたかが判断の分かれ目になっています。
Q. 顧客情報を使った側の会社は、いくら払うことになったのですか?
知財高裁は、TOWA柏支店で顧客情報に基づいて得た売上高(2010年9月から2016年3月まで、一部推計)の3%に当たる1010万4450円と、弁護士費用100万円の合計1110万4450円の連帯支払を命じました。訴訟費用は一審・二審を通じて10分の1がTOWA側、10分の9が販売会社の負担です。
Q. 顧客情報の使用料相当額は、どのような事情で決まりますか?
知財高裁は、営業秘密の重要性、不正競争行為の態様、侵害者が得た利益、当事者の営業関係などを総合考慮するとしました。この事件では、取引が直近にある顧客が一部に限られること、成約は営業力や製品による面が大きいこと、元営業担当者が移籍していたことなどが、料率を下げる方向で考慮されました。
Q. 事業譲渡の交渉相手が交渉を打ち切ったことについて、責任は問われたのですか?
問われていません。販売会社の請求は、不正競争防止法などに基づく顧客情報の損害と、業務委託費の詐取による損害の賠償で、交渉の打切りそのものの責任は請求されていません。一審は協議に応じなくなったことを損害の説明に用いましたが、知財高裁はその算定を採らず、使用料相当額で損害を認めました。
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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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