
買い手が会社を買う目的は、その会社が持つ特許でした。ところが特許には別の会社の専用実施権が付いていて、そのままでは使えませんでした。売り手のオーナーは、実施権の契約は2か月前に予告すれば解約できると説明し、そのことを保証する書面まで差し入れました。買収後に解約を通知すると、相手方から、期間の定めを削ったとする覚書が送られてきました。東京地方裁判所は平成24年3月30日、この覚書を通謀虚偽表示として無効と判断しました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、株式譲渡の前に確かめることを整理します。
この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型2「買収後に判明した問題――表明保証・説明・引き継いだ契約」の事例です。
<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/point-tokkyo-hoshousho-baishuu/">売り手のオーナーが「2か月前の予告で解約できる」と保証したのに――買収後に出てきた覚書と通謀虚偽表示(ポイントシステムの特許・東京地裁 平成24年3月30日判決)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「売り手のオーナーが「2か月前の予告で解約できる」と保証したのに――買収後に出てきた覚書と通謀虚偽表示(ポイントシステムの特許・東京地裁 平成24年3月30日判決)」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/point-tokkyo-hoshousho-baishuu/原告は、東京都の情報処理サービス業・情報提供サービス業の会社です(判決は会社名を実名で書いていますが、この記事では伏せます。買い手、実施権者の各社も同様です)。Aが平成11年ころから全株式を持ち、代表取締役を務めていました。原告は、商品やサービスの代金を支払うごとに顧客がポイントを得られるポイントシステムの特許権2件の特許権者でした。このうち1件は、訴訟中の平成23年4月21日に無効が確定して消滅しています。訴訟で問題になったのは、もう1件の特許権です。
買い手は、投資業等を営む会社です。専用実施権者は、シンガポールの法律に従って成立した法人で、その代表者はDです。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 平成19年10月1日 | 原告が、Dが全株式を持つ会社に専用実施権を設定。契約は1年ごとの更新で、各当事者は2か月前までの書面の意思表示で契約を終了できる定め。登録上の期間は特許権の存続期間 |
| 平成20年7月10日 | Aが、Dと相談のうえ税金対策としてシンガポールに設けた法人と、同じ内容の専用実施権の契約を締結(第4条2項に2か月前の予告による終了の定め)。8月に実施権の移転登録 |
| 平成20年8月20日(覚書の日付) | 第3条・第4条を削除する内容の覚書の日付。原告(代表者A)とシンガポールの法人(代表D)の記名押印がある |
| 平成21年6月〜7月 | シンガポールの法人が国内の5社に通常実施権を許諾し、設定登録 |
| 平成21年9月18日付け | 買い手が、株式の90%の買取り、専用実施権の買取り、大手上場企業の資本参加という提案書をAに示す |
| 平成21年9月28日ころ | Aが買い手に専用実施権の契約書を示し、2か月前の予告で解除できると説明。説得期間として2週間と予算1億円を申し出る |
| 平成21年9月30日 | 株式200株のうち180株を10月13日に譲渡する契約(準備契約)。実施権を抹消できた場合の報酬を定めた合意書も作成 |
| 平成21年10月7日・8日 | 買い手側が弁理士と面談し、Dに電話。どちらからも覚書の話は出なかった |
| 平成21年10月13日 | 詳細を定めた株式譲渡契約を締結し、180株(発行済株式の90%)を譲渡。Aが保証書を差し入れ、代表取締役を退任して原告と顧問契約を結ぶ |
| その直後 | 新しい代表取締役が、2か月後に契約を終了するとの解約通知を送付 |
| 平成21年10月22日ころ | シンガポールの法人が覚書を送付し、解約は無効と回答 |
| 平成21年11月22日 | 買い手側がAを訪ねて覚書の経緯を尋ねる。Aは覚書を作成したことは覚えていないなどと述べ、書面を作成 |
| 平成24年3月30日 | 東京地裁が原告の請求をすべて認める |
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なお、解約通知の日付について、判決の「争いのない事実等」は「平成20年10月13日付け」と記載していますが、新しい代表取締役が就任後直ちに通知したという判決の認定や原告の主張(平成21年10月15日に通知)とは合いません。この記事では、就任直後の通知として扱っています。
東京地裁は、次の事情を挙げて、覚書が平成20年8月ころまでに作られたとは認められず、買い手が買収前に期間制限のない実施権の存在を知っていたものでもないと判断しました。
AとDの供述は、証拠に照らして採用できないとされました。
そのうえで判決は、覚書は、平成21年9月30日に株式譲渡(の準備契約)が結ばれた後、「顧問契約の内容等について不安を抱いたAが,Dと共謀して」、買い手がAの株式を買収することを妨げる目的で作ったものと認めました。覚書を作った当時、覚書のとおり契約の内容を変える合意があったとは認められないとして、「本件覚書は,通謀虚偽表示(民法94条)により無効である」と述べ、専用実施権の契約は第4条2項に基づく解約により終了したと判断しました。
Aの顧問契約は、報酬が年800万円、期間は1年で、終了の通知がなければ1年ずつ更新される内容でした。原告は、顧問契約が1年ごとの更新とされていることにAが不安を感じ、Dからも数年で打ち切られる可能性があると言われていたため、買い手に揺さぶりをかける安全弁として、Dの求めに応じて覚書を作ったと主張していました。判決が認定したのは、顧問契約の内容などに不安を抱いたAがDと共謀して、買収を妨げる目的で作ったという点です。
判決は、5社の本店所在地が同じでDの住所地と同じであること、Dが代表取締役を務める会社やDが全株式を持つ会社が含まれること、ほかの会社も平成19年3月から4月に設立され資本金3万円にすぎないこと、特許使用料を払っておらず実施もしていないことなどから、通常実施権の契約も通謀虚偽表示で無効としました。原告(当時の代表取締役はA)と被告らが通謀し、「多数の通常実施権者がいるようにみせかけることにより」特許権の価値が高いように装ったもので、実体のないものと判断しています。
結論として、専用実施権の移転登録と設定登録の抹消、通常実施権者による抹消の承諾を命じ、原告の請求をすべて認めました。
この判決は、株式譲渡の後に、対象会社の重要な契約について、売り手が説明していた内容と異なる書面が出てきた事例です。裁判所は、書面の日付どおりに作られたかどうかを、売り手の説明や保証書、買い手の行動、書面が出てきた時期、書面を作る必要性などから判断し、買収を妨げる目的で後から作られた通謀虚偽表示と認めました。
ただし、これは個別の事実関係に基づく判断です。日付どおりに作られた変更の覚書が、買収後に初めて示されたというだけで無効になるわけではありません。この件では、売り手が契約書を示して解約できると説明し保証書まで出していたこと、売り手も相手方も買収前に覚書に触れなかったこと、登録の方法についての説明が不自然とされたことなどが重なっています。
判決が判断していないこともあります。訴えたのは買収された会社で、売り手のオーナーは当事者ではありません。保証書に基づくオーナーの責任や、買い手が受けた損害の賠償は、この判決では判断されていません。また、特許権2件のうち1件は訴訟中に無効が確定しています。類似の事例は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型2(買収後に判明した問題)で整理しています。
以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。
控訴の有無と確定の有無は、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。個人は判決の伏字か立場で書いています。
Q. 売り手が「解約できる」と保証した契約が、買収後に解約できないと言われたらどうなりますか?
この事件では、相手方が示した覚書が通謀虚偽表示で無効とされ、解約が認められました。ただし、覚書が買収の後に買収を妨げる目的で作られたと、本件の証拠から認定された個別の事例です。後から出てきた書面を無効とする一般的なルールを示したものではなく、書面が日付どおりに作られ、合意の実体があれば、結論は変わり得ます。
Q. 売り手の保証書は、裁判でどう扱われましたか?
判決は、売り手が解約できる旨の保証書を差し入れたことを、覚書が後から作られたと認める事情の一つとして挙げました。保証書に基づいて売り手が責任を負うかどうかは、この訴訟では判断されていません。
Q. 特許の専用実施権の登録と契約の内容が違うことはあるのですか?
この事件では、契約上の期間は1年ごとの更新なのに、登録上の期間は特許権の存続期間でした。判決は、更新のたびの登録の手間を避けるため、こうした登録が実務上広く行われていることがうかがえるとしています。登録原簿と契約書の両方を確認する必要があります。
Q. この判決は確定していますか?
2026年10月12日時点の公開情報では、控訴の有無と確定の有無は確認できていません。
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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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