事業譲渡で引き継いだ顧客に、移らなかった元従業員が営業したら――配置薬の顧客情報の営業秘密性と、解散会社あての競業避止の誓約書を判断した大阪地裁 平成30年3月5日判決

事業譲渡で引き継いだ顧客に、移らなかった元従業員が営業したら――配置薬の顧客情報の営業秘密性と、解散会社あての競業避止の誓約書を判断した大阪地裁 平成30年3月5日判決

事業譲渡では、顧客は引き継げても、従業員は本人が同意しなければ移りません。移らなかった営業担当者が、長年担当してきた顧客のもとへ競合会社の人間として通い始めたら、引き継いだ側は何を主張できるのか。医薬品の配置販売(いわゆる置き薬)の事業をめぐる大阪地裁 平成30年3月5日判決は、顧客情報の営業秘密性と、退職の日に書いてもらった競業避止の誓約書の両方について判断しています。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、事業譲渡で確かめることを整理します。

この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型2「人と顧客が抜ける(従業員・顧客情報)」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/haichiyaku-jigyou-jouto-kyougyou/">事業譲渡で引き継いだ顧客に、移らなかった元従業員が営業したら――配置薬の顧客情報の営業秘密性と、解散会社あての競業避止の誓約書を判断した大阪地裁 平成30年3月5日判決|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「事業譲渡で引き継いだ顧客に、移らなかった元従業員が営業したら――配置薬の顧客情報の営業秘密性と、解散会社あての競業避止の誓約書を判断した大阪地裁 平成30年3月5日判決」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/haichiyaku-jigyou-jouto-kyougyou/
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先に結論

事件の概要と時系列

原告は、医薬品の製造・販売や医薬品の配置販売業などを営む会社です。子会社は、大阪府内に3つの営業所を持ち、配置販売を営む資本金2000万円の会社でした。被告は、子会社の元従業員3人と、そのうち1人が設立した競合会社です(判決は会社名を実名で書いていますが、この記事では伏せます)。

時期出来事
平成19年原告が子会社を買収してグループ会社に
平成22年9月27日子会社が、顧客2万7265軒を載せた懸場帳(配置薬業界の顧客名簿)を3億0050万9000円で原告に売り、同時に原告から借り受ける
平成26年5月10日子会社が従業員に解散の予定を告げ、希望者は原則として原告が雇うと示す。営業担当15人のうち8人が原告とその子会社に移り、被告の3人を含む7人は退職へ
平成26年7月23日元取締役の従業員が競合会社を設立
平成26年7月31日子会社が解散し、配置販売業を原告に事業譲渡。懸場帳を返還。同じ日、3人が退職し、競業避止などを内容とする誓約書に署名押印して子会社に提出
平成26年9月17日〜19日原告の事情聴取で、1人が顧客情報の持ち出しを認める報告書を書き、手元に残っていた担当顧客668軒のルート一覧と、退職後の営業先のリストを提出
平成26年12月8日原告が営業差止めの仮処分を申し立てる(平成27年7月9日に和解)
平成30年3月5日大阪地裁が請求の一部を認める

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誓約書の3項には、子会社の顧客が原告に引き継がれることを踏まえ、自営や同業他社への勤務の場合でも「3年間は貴社で担当していたお客様に出入りし、置き合わせをいたしません。」とあり、違反した場合は「一軒につき金3万円也を支払うことを約束いたします。」と書かれていました。「置き合わせ」は、すでに薬箱のある家に重ねて薬箱を置くことです。

何が争われたか

原告は、不正競争防止法に基づく損害381万8630円と、誓約書の違反などに基づく損害643万5000円を求めました。

  1. 顧客情報の持ち主は誰か:被告側は、自分たちが開拓して集めた情報だから、自分たちも保有者だと主張しました。
  2. 営業秘密にあたるか:被告側は、紙のリストは毎月配られ、回収されず、メモ用紙にされたり捨てられたりしていたと主張しました。
  3. 持ち出しと使用はあったか:原告は、競合会社の顧客カードと子会社の名簿で誤記が不自然に一致していると主張しました。被告側は、記憶や顧客からの聞き取りで作ったと主張しました。
  4. 誓約書の競業避止義務:禁じられるのは薬箱の重ね置きだけか、健康食品の販売も含むか。退職当日に求められた誓約書は公序良俗に反し無効か。誓約書の宛先は子会社なのに、原告に対して義務を負うのか。

裁判所の判断

顧客情報は、事業譲渡で原告のものになった営業秘密

判決は、子会社が解散して配置販売業を原告に譲渡したことに伴い、顧客情報も原告に返還ないし譲渡されたとして、解散の日以降の保有者は原告だとしました。従業員が集めた情報も、従業員としての立場で集めたもので、子会社に帰属するとしています。

懸場帳は業界で現に売買され、原告自身が3億円以上を払って取得していることから、有用性は高いとし、非公知性も認めました。秘密管理性については、紙のリストの回収や廃棄確認がされておらず、「物理的な管理が徹底されていたとはいいがたい事情がある」と認めながら、就業規則で顧客の個人情報の開示を禁じ、退職者にも漏えいしない誓約をさせていた規範的な管理と、配置販売業での顧客情報の重要性から、「顧客情報に接した者にそれが秘密であると認識し得るようにしていたといえる」としました。営業所内でアクセス制限がなかった点も、数人ずつの小規模な営業所では従業員が顧客情報を自由に使える必要があるとして、結論を変えていません。

持ち出しと使用が認められたのは1人だけ

原告が指摘した18軒の誤記の一致のうち、契約の終わった電話番号や番地の誤りなど7軒は合理的な説明がつかないとして、元従業員1人が退職当時のルート一覧を持ち出し、転記して使ったと推認しました。手元に残っていたルート一覧も、手元にあると知りながら使ったと推認しています。自分の担当顧客の分は示された営業秘密の使用と開示(不正競争防止法2条1項7号)、他の営業担当の顧客の分は不正な手段による取得(同項4号)としました。

一方、長く同じ地域を回ってきた人が顧客名や大まかな住所を覚えていても不自然ではないとして、旧顧客を訪ねている事実だけでは持ち出しを推認しませんでした。ほかの2人については、退職した以上、「再度、顧客カードを作成する必要を説明するなどしてこれら情報を聞き取ることはむしろ当然のことというべきであり」として、持ち出しを認めていません。

競合会社については、代表者がリストの回収が徹底されていないことを知りながら、廃棄を命じるなどの措置をとっていなかったとして、重大な過失による取得・使用(同項5号・8号)を認め、持ち出した1人との共同不法行為としました。退職直前に顧客との契約を不正に解約させたという原告の主張は、多くは顧客が中止を希望したものだとして認めていません。

誓約書は有効、相手方は親会社、ただし範囲は狭い

判決は、競業避止の合意は労働者の職業選択の自由を制限するものだから、「その内容については厳格に解するべきものである」と述べました。退職の日に突然求められ、範囲の説明もなかったことから、文言を「その文言から一読して明確に理解し得る」限度で解釈し、禁じられるのは、在職中の自分の担当顧客のうち、現に子会社の薬箱が置かれている家に、薬箱を置くか、訪問して医薬品を売る行為だとしました。健康食品などの販売や、すでに薬箱が引き上げられた家への営業は含まれません。

そのうえで、対象が担当顧客の一部に絞られていることなどから、3年という期間や代償措置がないことを考えても、公序良俗に反し無効とまではいえないとしました。署名しなければ給与などを払わないと言われたという主張も、給与や退職金の支払義務とは別の問題で、署名しなかった他のグループ社員3人にも退職金が払われていたとして、任意性を否定しませんでした。

義務の相手方について、判決は、誓約書の当事者は従業員と子会社だとしつつ、解散する子会社には競業を禁じる意味がなく、文面も顧客の引継ぎを前提にしていることから、誓約書は「事業譲渡に伴いその義務の相手方を原告に承継させて、その義務の相手方を原告とすることを内容とするものと解するのが相当である。」として、3人は原告に対して義務を負うとしました。

違反は、1人が43軒、ほかの2人が14軒と16軒と認定されました。持ち出した1人は顧客カードを修正液で書き換えるなどしていたため、不正競争防止法9条を類推適用して10軒を加え、53軒としています。1軒3万円の違約金は損害賠償額の予定と推定され(民法420条3項)、退職後の競業についての定めは労働基準法16条に反せず、懸場帳の取得単価が1軒約1万1022円であったことなどに照らしても公序良俗に反するほど高額ではないとしました。

損害――違約金が優先し、不正競争の損害はその超過分だけ

不正競争の損害は、競合会社が得た粗利益で推定しました(不正競争防止法5条2項)。ただし、原告との取引がすでに終わっていた顧客や、原告が扱っていない商品(だし醤油)の分は、推定が覆るとしました。健康食品などは、原告も成分や効能の似た商品を扱っているとして競合を認めています。そして、誓約書の違約金と不正競争の損害はどちらも販売減少による逸失利益で重なるとして、同じ顧客への医薬品販売は違約金を優先させ、不正競争の損害は3万円を超える分だけとしました。

被告根拠認められた額
持ち出した元従業員と競合会社(連帯)不正競争(損害289万6491円+弁護士費用29万円)318万6491円
持ち出した元従業員誓約書の違反(53軒×3万円+弁護士費用15万円)174万円
競合会社を設立した元従業員誓約書の違反(14軒×3万円+弁護士費用4万円)46万円
もう1人の元従業員誓約書の違反(16軒×3万円+弁護士費用4万円)52万円

誓約書の違反は3人がそれぞれ個別に負う義務の違反だとして、連帯責任や債権侵害の共同不法行為は認めていません。遅延損害金の年5分は当時の民法の法定利率で、現在は民法404条の変動制です。

この判決から何がいえるか

事業譲渡で顧客を引き継いだ側は、譲渡元が営業秘密として管理していた顧客情報について、営業秘密の保有者として不正競争防止法に基づく請求ができる、と判断された例です。紙のリストの管理が甘くても、就業規則や誓約書による規範的な管理と業態から、秘密管理性が認められました。ただし、本件では会社が小規模で、懸場帳が業界で売買されているという事情が重視されています。

一方で、移らなかった元従業員が旧顧客に営業すること自体は、持ち出しの証拠がなければ不正競争とはされませんでした。3人のうち不正競争が認められたのは、誤記の一致という具体的な証拠があった1人だけです。退職時の誓約書についても、子会社あてでも親会社に対する義務と解されましたが、退職当日に説明なしで求めたことが、範囲を文言どおりに狭く読む理由になりました。結果として、売上の多くを占めていた健康食品の販売は競業避止の対象外とされています。

判決が判断していないこともあります。事業譲渡の契約で競業避止義務の承継をどう定めていたかは、誓約書の作成の経緯から明らかだとされただけで、契約条項は検討されていません。誓約書の不法行為に基づく請求は、債務不履行の額を超える損害がないとして判断されていません。類型2のほかの事例は、事業譲渡のトラブル・判例62件を分析で整理しています。

事業譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 移らない従業員の名前と担当顧客を早めに把握する:この事件では、解散の告知から退職まで約2か月半あり、その間に競合会社が設立され、担当顧客との契約の中止が相次いでいました。転籍しない人と、その人が担当していた顧客の一覧を、譲渡の前に押さえておきます。
  2. 誓約書は早めに、範囲を具体的に書いて説明する:この事件の誓約書は退職当日に説明なしで求められ、「置き合わせ」という文言どおりに狭く解釈されました。禁止する行為(医薬品以外の商品の販売を含むか、取引が終わった顧客を含むか)を具体的に書き、署名の前に説明しておくことが考えられます。
  3. 誓約書の相手方に譲受人を明記する:本件では解釈で親会社が相手方とされましたが、事業を引き継ぐ会社を誓約書に当事者として書いておけば、争点を減らせます。
  4. 紙の顧客リストの回収を退職手続に組み込む:親会社は退職手続のチェックシートに廻商リストの回収を入れていましたが、この3人の退職でそれが使われた証拠は出ていません。事業譲渡の日に、配布済みのリストを回収し、記録を残します。
  5. 競業の証拠と軒数を残す:違反の軒数は、競合会社の顧客カードと原告の訪問記録、薬箱の引上日の照合で一軒ずつ認定されました。引き継いだ顧客ごとに、訪問日と取引終了日を記録しておくことが考えられます。

判決の出典

2026年10月12日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、この判決に対する控訴や上級審の判決は確認できていません。個人は立場で、会社は業種と地域で書いています。

よくある質問

Q. 事業譲渡で引き継いだ顧客情報について、譲受人は営業秘密として守られますか?

この判決では、子会社が営業秘密として管理していた顧客情報は、事業譲渡に伴って親会社に返還ないし譲渡され、解散の日以降の保有者は親会社だとされました。ただし、営業秘密と認められるには、秘密として管理されていることなどの要件を満たす必要があり、本件では就業規則や誓約書による管理と業態の事情が重視されています。

Q. 移らなかった元従業員が昔の顧客に営業するのは違法ですか?

この判決では、旧顧客を訪ねて営業していること自体は、顧客情報を持ち出した証拠にはならないとされました。記憶をもとに訪ね、顧客から改めて情報を聞き取ることは「むしろ当然のこと」とされています。違法とされたのは、持ち出したリストを転記して使った1人と競合会社の行為です。

Q. 解散する会社あてに書いた競業避止の誓約書は、事業を引き継いだ会社にも効きますか?

この判決では、誓約書の当事者は従業員と子会社だとしつつ、解散する子会社には競業を禁じる意味がなく、文面も顧客の引継ぎを前提にしていたことから、義務の相手方を親会社に承継させる内容と解されました。この誓約書の文言と経緯に即した解釈で、どのような誓約書でも同じ結論になるとは限りません。

Q. 退職時の誓約書で、健康食品の販売まで禁止できましたか?

この誓約書では、できませんでした。判決は、退職当日に説明なしで求められた誓約書は文言から一読して明確に分かる範囲で解釈するとして、禁止されるのは、薬箱が置かれている担当顧客に薬箱を置くか医薬品を売る行為に限られるとしました。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。