千鳥屋の商標裁判|民事再生で事業を買った会社の「未登録の専用使用権」と、のれん分けの地域の約束はどう扱われたか

千鳥屋の商標裁判|民事再生で事業を買った会社の「未登録の専用使用権」と、のれん分けの地域の約束はどう扱われたか

老舗菓子「千鳥屋」の名前をめぐっては、創業家の兄弟の会社どうし、そして民事再生で東京の事業を買った会社と創業家の側とのあいだで、裁判が続いてきました。この記事では、裁判所が公開している3つの判決を、事実・当事者の主張・裁判所の判断に分けて読みます。中心は、事業の買い手が専用使用権の登録を受けられなかった事件です。

この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型1「屋号・商標・ブランドが移らない、取り合いになる」の事例です。

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先に結論

事件の概要と時系列

判決の前提事実によると、千鳥屋は寛永7年(1630年)の創業とされ、昭和初期以降に創業者夫婦が洋和菓子の製造販売を広げました。その後、息子たちがそれぞれ会社を経営するようになります。

系統会社主な地域
長男千鳥屋総本家株式会社(判決は「旧総本家」)東京都を中心
二男株式会社千鳥饅頭総本舗福岡県を中心
三男株式会社千鳥屋宗家兵庫県・大阪府を中心
五男株式会社千鳥屋本家 ほか福岡県飯塚市・福岡市周辺

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大阪高裁は、4社がいずれも「千鳥屋」を含む表示で事業をしていたものの、「商標権の管理に関して明示的な合意はなかった」と認定しています。

時期出来事
平成7年5月創業者の妻が、三男に関西での営業についての確約書を渡す(同年12月に死去)
平成16年・23年二男の会社が、三男側の抗議を受けて関西のスーパーなどでの販売を中止。その後、関西の百貨店などで販売
平成28年5月19日旧総本家に民事再生の開始決定(東京地裁)
平成28年6月17日スポンサーのジーライオングループが設立した会社(現在の千鳥屋総本家株式会社。以下「買い手」)が、旧総本家の事業を6億7000万円で譲り受ける契約。同日、旧総本家の元代表者(長男)が商標50件を1円で買い手に譲る契約
平成28年7月15日買い手が、主な商標5件(縦書き・横書きの「千鳥屋」と「CHIDORIYA」)を1円で創業家の一人(長男の孫・当時大学生)に譲る契約と、その人が11件の商標について買い手に無償で専用使用権を設定する契約を結ぶ。後者には、無断で第三者に譲らない特約
平成29年1月4日5件が創業家の一人へ移転登録。11件のうち6件は専用使用権の設定登録がされたが、5件はされないまま
平成29年4月10日・19日創業家の一人が、5件の持分を千鳥饅頭総本舗と千鳥屋本家の代表者に無償で一部譲渡し、移転登録。三男の宗家は共有に加わらず
平成30年4月頃・8月頃買い手が一部移転を把握。後に買い手の代表者となる税理士が福岡で長男夫婦に抗議し、「もともと決まっていたことである」と反論される
平成30年12月23日買い手が、事業を1億8000万円で千鳥屋宗家に譲渡

何が争われたか

事業の買い手と創業家側(令和5年・令和6年の判決)

買い手の主張:専用使用権の設定契約どおり登録を受けられるはずだった。持分の一部移転は譲渡禁止の特約に反し無効である。登録ができないなら、商標を障害なく使えていれば事業価値は少なくとも2億5000万円で、宗家への売値1億8000万円との差の7000万円が損害である。控訴審では、商標を譲った契約そのものが錯誤で無効だという主張も加えました。

創業家側の主張:長男は、商標が創業家と関係のない第三者に渡らないよう、兄弟の4つの系統で共有する計画(判決は「共有化計画」と呼んでいます)を立てており、買い手もそれを前提に独占できないと分かっていた。一部移転は買い手も事後に承諾していた。兄弟の会社には先使用権があり、もともと独占できる状況ではなかったので損害はない。

兄弟の会社どうし(平成30年の判決)

三男の会社(千鳥屋宗家)と三男は、二男の会社(千鳥饅頭総本舗)と二男の相続人に対し、関西5府県で「千鳥屋」の名称を使って菓子を売ることの差止めと1000万円の賠償を求めました。兄弟が互いの地域で「千鳥屋」の屋号で売らないと合意していた、母から関西での独占的な事業権を与えられていた、というのが三男側の主張です。あわせて、商標「チロリアン」の4分の1の持分の確認も求めました。二男側は、母の書面は見通しを語ったにすぎず、法的な義務を引き受けたことはないと反論しました。

裁判所の判断

大阪地裁 令和5年:請求をすべて棄却

大阪地裁は、創業家の一人が千鳥饅頭総本舗と千鳥屋本家の代表者にそれぞれ持分3分の1を無償で譲る合意を書面で行い、それに基づいて移転登録がされたと認定しました。商標権の設定登録は商標権の発生要件で、専用使用権の登録も効力発生要件であることから、登録を伴わない当事者間の合意が移転登録の効力に優越するとは考えにくいとしています。共有者の承諾が見込めないので、専用使用権の設定登録の債務は社会通念上履行不能になったと判断しました。

損害については、創業者の妻と兄弟らが昭和25年頃から「千鳥屋」等の商標権を共有して使ってきたこと、買い手が先使用権を積極的に争っていないことから、独占はできなかったとしました。さらに、共有者側は買い手への通常使用の許諾に同意していたため、移転の前後で利益状況に変化はなく、損害が出たとはいいがたいと判断しています。事業価値2億5000万円の根拠とされた報告書は買い手の代表者が作ったもので、判決は「その中立性に疑義がある上に、推論の客観的根拠や証拠は何ら示されておらずその合理性を検討することはおよそ不可能な資料である」と述べました。錯誤無効の主張は、尋問期日の5日前に出されたとして、時機に後れた攻撃方法として却下されています。

大阪高裁 令和6年:契約違反を認め、損害を100万円と認定

認定された経緯:高裁は、長男が依頼した弁理士が共有化計画の具体的な方法を提案し、そのメールが民事再生の申立代理人の事務所に転送されていたことから、ジーライオングループも共有化計画の存在自体は「認識することができる状態」だったと認定しました。長男から孫へ直接譲らず買い手を間に入れたのは、予定されていた長男個人の破産手続で「否認されるリスクを避けるため」だったとしています。

契約の成否と錯誤:買い手が共有化計画の一環であると認識していた可能性は否定できないとしつつ、創業家と関係のない買い手は「投資をして」自らの利益を追求していたことが明らかで、契約書の文言にかかわらず専用使用権を受けないことを了解していたとは認められないとしました。創業家の一人が当初から登録する意思がなかったとの証拠もないとして、買い手の錯誤の主張も退けました。

譲渡禁止の特約:特約は債権的効力を持つにすぎず、違反しても契約上の債務不履行になり得るだけで、譲渡が無効になると解する余地はないと判断しました。共有になった後は、他の共有者の同意がなければ専用使用権を設定できず(商標法35条、特許法73条3項)、同意は見込めないので、債務は履行不能になったとしています。

損害:高裁はまず、買い手が専用使用権を得ていても独占はできず、通常使用もできたはずなので、事業遂行に影響があったかには「疑問が残る」としました。そのうえで、「千鳥屋」の表示は4社の事業展開で全国的に周知性を獲得しており、商標にはそれ自体経済的価値があること、宗家との契約書が未登録の専用使用権を「裁判中」と付記して譲渡対象に挙げ、買い手の責任で共有の解消に努めると定めていたことから、宗家は専用使用権が含まれることを重視していたと認定しました。将来取得できるか不確定になったことが売値を減じたとして、「損害が発生したことは明らかというべきである」と判断しています。

ただ、宗家への譲渡は83件の商標権などと一体で価格が決まっており、減額分を推認するのは極めて困難で、鑑定には事案に比べて過大な費用がかかるとして、民事訴訟法248条の趣旨を踏まえて損害を100万円と認定しました。6億7000万円と1億8000万円の差のうち商標の分がいくらかを、判決は認定していません。

大阪地裁 平成30年:販売地域の約束は認められず

裁判所は、兄弟が母の意向を尊重するのは自然なことだとしつつ、競合避止を法的な義務とするには、「それが営業の自由を制限するものであるだけに」、それに足りる根拠が別に必要だとしました。そのうえで次のように判断しています。

この判決から何がいえるか

高裁判決からいえるのは、専用使用権を契約で約束されても、設定登録を受ける前に商標の持分が第三者に移転登録されれば、譲渡禁止の特約があっても移転は有効とされ、買い手に残るのは契約の相手方への損害賠償請求だった、ということです。そして、その損害額は、商標の価値が事業全体の価格に含まれていたために、民事訴訟法248条による100万円にとどまりました。

一方で、この判決は事例判断です。創業家の各社が昭和25年頃から同じ商標を共有して使ってきたこと、買い手が先使用権を争わなかったこと、共有者側が通常使用の許諾に同意していたことといった、この事件の事情が損害の評価に大きく影響しています。また、地裁は、事業を宗家に譲ったことで訴訟の対象の権利も宗家に帰属すると認められ、訴訟信託に当たる疑いがあると指摘しました(判断はせず指摘にとどめています)。

平成30年の判決は、親が会社の代表者として書いた確約書や家族の口頭のやりとりから、独立した兄弟の会社の販売地域を縛る法的義務は認められなかった、という判断です。屋号を使う地域の約束一般が無効だとしたものではありません。

M&A実務で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 登録原簿で名義と共有者を確認する:判決は、共有の商標には他の共有者の同意なく専用使用権を設定できないとしました。譲り受ける・使用権を受ける商標は、特許庁の登録で権利者と共有者を確認しておくことが考えられます。
  2. 専用使用権は設定登録まで確認する:判決は、専用使用権の登録を効力発生要件としています。契約の締結だけでなく、決済の条件や引渡しの手順に設定登録の完了を組み込むことが考えられます。
  3. 譲渡禁止の特約に頼りすぎない:特約は債権的効力にとどまると判断されました。商標を相手方に戻す・預ける構成をとるなら、移転の時期と登録の順序を工夫する必要があります。
  4. 同じ名称の使用実態を確認する:親族の会社などが長く同じ名称を使っている場合、独占できる範囲は限られ得ます。
  5. 権利ごとの価値を記録しておく:商標などの価値が事業価格に一体で含まれていると、後から減額分を立証するのが難しくなります。
  6. のれん分けの地域の取り決めは当事者の会社どうしで書面化する:親の確約書や家族の協議の了解だけでは、別の会社を拘束しないと判断されました。営業の自由を制限する約束である点にも注意が要ります。

判決の出典

2026年10月12日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、大阪高裁 令和6年判決と大阪地裁 平成30年判決について、上告・控訴や確定の有無は確認できていません。個人は判決の伏字か続柄・立場で書いています。

よくある質問

Q. 商標の専用使用権は、契約しただけで効力がありますか?

令和5年の大阪地裁判決は、専用使用権の登録を効力発生要件(商標法30条4項、特許法98条1項2号)と位置づけています。この事件では、登録前に商標の持分が第三者に移転登録され、買い手は登録を求めることができなくなりました。

Q. 商標の譲渡禁止の特約に違反した譲渡は、無効にできますか?

大阪高裁は、この事件の特約は債権的効力にとどまり、違反しても債務不履行になり得るだけで、譲渡が無効になる余地はないと判断しました。買い手に残ったのは、契約の相手方への損害賠償請求でした。

Q. 損害の額が証明できないとき、裁判所はどう決めるのですか?

民事訴訟法248条は、損害が生じたことは認められるが額の立証が極めて困難なとき、裁判所が相当な額を認定できると定めています。大阪高裁はこの趣旨を踏まえ、100万円と認定しました。

Q. 「千鳥屋」の商標は、結局誰のものですか?

大阪高裁の判決時点では、争われた5件は創業家の一人・千鳥饅頭総本舗・千鳥屋本家の代表者の共有と認定されています。ただ、判決は「千鳥屋」の商標全体の帰属を判断したものではなく、その後の登録の状況は特許庁の登録で確かめる必要があります。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。