商号続用と免責登記の3判決|債務を引き継がないと定めた事業譲渡で、譲受会社への請求はどう扱われたか(福岡地裁 2012・東京地裁 2010/2020)

商号続用と免責登記の3判決|債務を引き継がないと定めた事業譲渡で、譲受会社への請求はどう扱われたか(福岡地裁 2012・東京地裁 2010/2020)

事業譲渡の契約で、譲渡前の債務は譲受会社が引き継がないと定めても、会社法22条1項は、譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使うときは、譲受会社にも譲渡会社の債務を弁済する責任を負わせています。ここでは、この条文が問題になった、または問題にされかけた3つの地裁判決を、裁判所が何を判断し、何を判断していないかに分けて読みます。

この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型4「債務がついてくる(商号の続用・責任逃れ)」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/shogo-zokuyo-menseki/">商号続用と免責登記の3判決|債務を引き継がないと定めた事業譲渡で、譲受会社への請求はどう扱われたか(福岡地裁 2012・東京地裁 2010/2020)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「商号続用と免責登記の3判決|債務を引き継がないと定めた事業譲渡で、譲受会社への請求はどう扱われたか(福岡地裁 2012・東京地裁 2010/2020)」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/shogo-zokuyo-menseki/
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先に結論

事件の概要と時系列

時期出来事(判決の前提事実・認定事実)
2005年10月31日旧アップリカ社(アップリカ育児研究会アップリカ葛西株式会社)が、問題のいすの一方(被告製品2)の販売を始める
2007年10月25日旧アップリカ社が、もう一方のいす(被告製品1)の販売を始める
2008年4月1日アップリカ・チルドレンズプロダクツ株式会社が旧アップリカ社から事業譲渡を受ける。旧会社の債務について免責の登記をしている(登記の日付は判決に書かれていない)
2010年11月18日東京地裁判決(アップリカ事件)
2011年1月25日コーヒー関連商品の販売会社(判決では「訴外Aコーヒー株式会社」)が、銀行への弁済をしない
2011年5月20日Aコーヒー社が、10日前に設立された譲受会社に事業を無償で譲る契約。商号と譲渡前の債務は承継しないと定める
2012年9月19日福岡地裁判決(Aコーヒー事件)
2017年11月20日JASRACが株式会社マガジンランドを監査し、許諾の毎号1万部を超える毎号約3万部の発行が判明
2018年4月5日投資会社などを株主として株式会社歌の手帖社が設立される
2018年5月21日マガジンランドが雑誌の発行事業を歌の手帖社に1億1000万円(税抜)で譲る契約と、事業の業務を受託する業務委託契約を結ぶ
2018年6月1日譲渡の実行日。雑誌の編集局長だった人物が歌の手帖社の代表取締役になる
2020年9月18日JASRACと歌の手帖社のあいだで訴訟上の和解
2020年12月10日東京地裁判決(マガジンランド事件)

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何が争われたか

前提となる条文は会社法22条です。1項は、商号を続けて使う譲受会社にも譲渡会社の債務の弁済責任を負わせ、2項は、譲受後遅滞なく、責任を負わない旨を登記するか、譲渡会社と譲受会社から債権者に通知すれば、1項を適用しないとしています。

Aコーヒー事件。 銀行は、譲受会社の商号「九州Aコーヒー株式会社」は元の商号に「九州」を足しただけで、元の会社はもともと九州一円が商圏だったこと、商標とロゴも使い続けていることから、続用に当たると主張しました。譲受会社は、契約で商号も債務も承継しないとしたこと、「九州」は地域を表すだけで、他地域のグループ会社はみな「Aコーヒー株式会社」であること、本店・代表取締役・資本金が違うこと、銀行は経営の苦しさを知っていたことを主張しました。

アップリカ事件。 ストッケ社らは、子ども用いす「トリップ・トラップ」の形を使ったとして、著作権侵害と不正競争(不正競争防止法2条1項1号)を理由に、差止め・廃棄・賠償(2社合計2億5779万6000円)・謝罪広告を求めました。事業譲渡の前の分について、ストッケ社らは、商号の要部がどちらも「アップリカ」なので22条1項が適用されると主張し、旧会社の役員が取締役に就いていること、本店・ドメイン名・品番が同じこと、旧会社製品のリコール対応などを挙げて、免責の登記を持ち出すのは信義則に反すると主張しました。アップリカは、譲渡は独立した当事者間の交渉によるもので、商号の共通点は「アップリカ」の5文字だけであり、仮に同一でも免責の登記をしていると主張しました。

マガジンランド事件。 JASRACは、マガジンランドが少なくとも1998年12月号から2018年1月号まで部数を1万部と申告しながら超過して発行したとして、使用料相当の損害賠償を求めました。マガジンランドは、JASRACが超過発行を黙示に承諾していた、古い分は時効だと主張しました。反訴では、JASRACが正当な理由なく歌の手帖社名義の許諾を拒み、同社を紛争に巻き込んだため業務委託契約を続けられなくなったとして、1億0000万0002円を求めました。

裁判所の判断

地域名を付けた商号が、取引通念上の続用とされた(Aコーヒー事件)

福岡地裁は、商号の続用には、全く同じ商号を使う場合のほか、「取引通念上,従前の商号と同一の商号を継続して使用したとみられる場合もこれに当たる」としました。そのうえで、「九州」はそれ自体では継承の意味を持たないが、元の会社がもともと九州一円を商圏としていたので、「九州」を付けても元の商号に「特段の新規な意味を付与したとはいえない」と判断しました。譲受会社が商標権とロゴの使用権利の譲渡を受け、対外的に使えることも考え合わせて、続用を認めています。

他地域の会社の商号についての主張には、和歌山市の同名の会社のホームページに「和歌山Aコーヒー本社」という表記があることを挙げ、地域名が付いても続用が否定されるとは解しがたいとしました。本店・代表者・規模の違いについては、「会社法22条1項が適用されるか否かは,飽くまでも商号の同一性を中心に判断すべきものである」としたうえで、仮に実質的な事情を考えるなら、全事業が無償で譲られ債権者が担保をすべて失うことや、譲受会社が譲渡のわずか10日前に設立され「本件事業譲渡の受皿として設立された可能性が大きい」ことも考慮されるべきだと述べました。契約の定めについては、続用の有無は客観的に判断されるとして、「本件事業譲渡契約において商号を承継しない旨が合意されている事実は,当裁判所の判断を左右しない。」としています。

結論として、残元金の合計6634万7000円と、2011年9月15日までは年2.875%、その翌日からは年14%の金員の支払を命じました。

免責の登記を理由に、譲受前の責任が否定された(アップリカ事件)

東京地裁は、まず不正競争を認めました。トリップ・トラップの形はストッケ社の商品の表示として広く知られ、アップリカのいすは形が似ていて混同のおそれがあるという判断です(著作権侵害は否定)。

事業譲渡の前の分については、「仮に旧アップリカ社と被告との間に商号の続用(会社法22条1項)が認められるとしても,被告は,旧アップリカ社の債務について責任を負わない旨の登記をしているから,被告は,旧アップリカ社の債務について責任を負わない」と判断しました。続用があるかどうかは決めていません。

信義則の主張については、ストッケ社らが挙げた7つの事実をいずれも認めたうえで、アップリカの代表者は旧会社と関係のない人物であり、ほかの事実は「旧アップリカ社から事業譲渡を受け,継続して事業を行っている以上,何ら不自然なことではない」として退けました。リコールの告知などは、「アップリカ」の「ブランドの価値を維持するためにあえて行っているものであると認められる」としています。

その結果、責任は2008年4月1日以降の販売分に限られました。2009年2月20日までに売れた被告製品1は272脚で、売上高411万2741円から仕入原価176万8000円と運送費用11万9408円を引いた222万5333円を損害と推定し、弁護士費用22万円を加えた244万5333円の支払と、被告製品1の製造販売の差止め・廃棄を命じました。

新会社の責任は判断されず、債権者の対応が「無理からぬ」とされた(マガジンランド事件)

裁判所は、事業譲渡契約で歌の手帖社が事務所などの設備・従業員・取引先との契約を承継し、「原告を含む債権者に対する損害賠償債務は承継しないこと」が定められていたと認定しました。歌の手帖社との訴訟は2020年9月18日に分離されて和解が成立しており、22条1項の類推適用などの主張について裁判所は判断していません。和解の内容も判決からは分かりません。

マガジンランドに対しては、JASRACが超過発行を承諾したことをうかがわせる客観的な証拠はなく、監査の前に侵害を知っていたとも認められないとして、黙示の承諾と時効の主張を退け、使用料相当損害金9071万5884円、2018年12月26日までの遅延損害金4464万4160円、弁護士費用907万1588円の合計1億4443万1632円の支払を命じました。

反訴について、裁判所は、交渉の開始、雑誌名を使った新会社の商号、債務を除いた譲渡、元の編集局長が代表取締役に就き同じ事務所で事業を始めたことなどを認定し、JASRACが「本件事業譲渡の内容に疑問を持ち,当初は同社名義の利用許諾申請を許諾せず,上記のような法律構成によって本件債務に関する責任を追及しようとしたとしても,無理からぬところがあるというべきである」と判断しました。その間もマガジンランド名義の申請は許諾され、2019年7月以降は歌の手帖社名義も許諾されて雑誌の発行に支障はなかったとして、一時の拒否には著作権等管理事業法16条の「正当な理由」があり、提訴も違法ではないとしました。業務委託契約の終了はマガジンランド自身の不法行為に起因するとして、反訴を棄却しています。

この判決から何がいえるか

M&A実務で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決が直接述べたことではなく、判決から考えられる確認事項です。

  1. 譲受後の商号を、元の商号と並べて確かめる。 地域名などを足す場合は、元の会社の商圏や、商標・ロゴの使用とあわせて、取引通念上同じ商号に見えないかを検討します。
  2. 商号を続けて使うなら、免責の登記の申請を決済の段取りに入れる。 会社法22条2項は「遅滞なく」の登記を求めています。登記に代えて、または加えて、譲渡会社と連名で主な債権者に通知する方法もあり、その効力は通知を受けた債権者との関係に限られます。
  3. 免責の対象にならない責任を分けて考える。 譲受後に自社が行う販売は譲受会社自身の責任です。権利侵害を主張されている製品は、譲受後に続けるかを含めて確認します。
  4. 売り手に残る債務と、その交渉の状況を確かめる。 売り手が債権者と交渉中の債務を外して譲渡する場合、債権者が新会社にも請求し、取引先の許諾や契約に影響が出ることがあります。人・事務所・商号の連続性がどう見えるかもあわせて確認します。
  5. 売り手の側も、自分の債務は残ると理解しておく。 譲受会社が22条1項の責任を負う場合でも、売り手の責任が消えるのは、譲渡の日から2年以内に請求や請求の予告をしない債権者に対してだけです(同条3項)。

判決の出典

2026年10月12日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、3件とも控訴・確定の有無は確認できていません。判決で伏字になっている会社(Aコーヒー社)は判決の表記のまま、個人は立場だけで書いています。

よくある質問

Q. 事業譲渡ではなく会社分割にすれば、商号続用の問題は起きませんか?

この3件はいずれも事業譲渡の事件で、会社分割については判断していません。会社分割には、事業譲渡にない債権者保護の手続(公告・催告など)が会社法に定められており、仕組みが違います。

Q. 商号は変えて、商品のブランド名だけ使い続ける場合はどうなりますか?

会社法22条1項が対象にしているのは商号の続用です。Aコーヒー事件では、商号が似ていることを前提に、商標とロゴの使用が続用を認める事情の一つとされましたが、商号を変えてブランド名だけを使う場合は判断していません。

Q. 免責の登記は、どの時点までにすればよいのですか?

条文は、事業を譲り受けた後「遅滞なく」登記することを求めています。アップリカ事件の判決は、登記があることを前提に判断しており、登記の時期は争点になっていません。決済日と登記申請の日を近づけておくのが無難です。

Q. 債権者を害する事業譲渡だと言われるのは、どんな場合ですか?

会社法23条の2は、譲渡会社が残る債権者を害することを知って事業を譲渡した場合に、債権者が譲受会社に、承継した財産の価額を限度として請求できるとしています。マガジンランド事件ではJASRACがこの条文も主張しましたが、新会社とは和解したため、裁判所は当てはまるかどうかを判断していません。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。