
会社の買収には、株価算定書や財務デューディリジェンス(財務DD)の報告書がつきものです。こうした書類がそろっていれば、取引はもっともらしく見えます。この事件では、上場会社の代表取締役への60億円の貸付金を隠すために、価値の小さい会社を60億円で買ったように装う「買収」が組まれ、その外形を整えるために、意向に沿った内容の株価算定書や財務DD報告書が作られていました。東京地方裁判所は平成17年3月、この粉飾に関わった2人に有罪判決を言い渡しました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が問われたか、M&Aで確かめることを整理します。
この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型7「株式の売買に関連する刑事事件」の事例です。
刑事事件のため、個人の名前と会社名は書きません。2件の判決は、いずれも個人を被告人とする判決で、会社は被告人ではありません。
<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/gaichuu-kasou-baishuu-kabuka-santei/">60億円の貸付金を隠すための仮装買収――株価算定書と財務DD報告書を意向に沿って作らせた刑事事件(東京地裁 平成17年3月4日・11日判決)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「60億円の貸付金を隠すための仮装買収――株価算定書と財務DD報告書を意向に沿って作らせた刑事事件(東京地裁 平成17年3月4日・11日判決)」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/gaichuu-kasou-baishuu-kabuka-santei/会社は、木材加害害虫等の予防・駆除等の事業を営み、東京証券取引所市場第1部に上場していました。被告人の1人はこの会社の創業者で、代表取締役でした。もう1人は、資産運用及び管理に関する総合コンサルティング等の事業を営む会社の代表取締役でした。粉飾には、会社と監査契約を結んでいた監査法人の代表社員・関与社員である公認会計士も共謀者として加わっていましたが、この公認会計士はこの2件の判決の被告人ではありません。
60億円の買収の対象とされた会社(以下「対象会社」)は、コンサルティング会社の代表者が当時経営していた会社です。判決の伏字は2件で異なり、創業者の判決ではQ、コンサルティング会社の代表者の判決ではEと書かれています。対象会社の事業内容は判決に書かれていません。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 遅くとも平成12年8月末ころ | 会社の専務取締役が資金を出し、仕手筋の者らが自社株の相場操縦を行うようになる(創業者の判決の認定) |
| 平成13年6月4日〜7月18日 | 創業者らが共謀して自社株の相場操縦。株価を3290円から3960円まで高騰させる(創業者の判示第1) |
| その後 | 相場操縦の露見を避けるため、創業者が仕手筋の持つ自社株を買い取って終結させることに。自己資金のほかに、会社から60億円を借り入れる |
| 平成14年9月19日 | 60億円の貸付金を、企業買収ファンド事業会社(コンサルティング会社の代表者が経営する会社)への消費寄託契約に基づく預け金として計上した半期報告書を関東財務局長に提出 |
| 平成14年9月以降 | 創業者が60億円を返済できない事態に。別の方法で最終的に隠すことを企てる |
| 平成15年3月28日 | 多くとも6億5000万円の価値しかない対象会社の全株式を60億円で取得したものとして、取得価額を60億円と記載した有価証券報告書を関東財務局長に提出 |
| 平成16年2月23日 | 会社が民事再生手続を申請(3月9日に開始決定)。判決は、60億円の貸付金の存在などが遠因となったとしています |
| 平成17年3月4日 | 東京地裁がコンサルティング会社の代表者に有罪判決 |
| 平成17年3月11日 | 東京地裁が創業者に有罪判決 |
本記事の内容は、出典リンクつきでご自由に引用いただけます(CC BY 4.0・出典に「株式会社日本財務戦略センター(JFSC)」の名称を明記)。コピー用の引用タグは ページ冒頭の枠 にあります。
いずれも当時の証券取引法の違反として起訴されたものです。証券取引法は平成18年の改正で金融商品取引法に改められ、現在は、有価証券報告書の重要な事項の虚偽記載の罰則は金融商品取引法197条1項1号に、相場操縦の禁止は同法159条に置かれています(判決が適用した当時の条文番号とは対応が異なる場合があります)。なお、判決は罪となる事実として「同社の業務に関し」と書いていますが、会社自身が別に起訴されたかどうかは、この2件の判決からは分かりません。
判決は、粉飾の手口を次のように認定しました。
1回目の半期報告書では、被告人らは「監査によっても容易に仮装処理が発覚しない方法」として、貸付金を企業買収用の資金としてコンサルティング会社の代表者が経営する会社に寄託したかのように装うことを企てました。そのうえで「必要な契約書類等の日付を適宜遡らせるなどして」外形を整え、60億円を預け金として計上しました。
2回目の有価証券報告書では、創業者が返済できなくなったことから、対象会社の全株式を会社が60億円で取得したものとする仮装工作を行うことにしました。判決は、被告人らが「被告人らの意向に沿った内容のEの株価算定書や財務デューディリジェンス報告書を公認会計士に作成させ」、日付を遡らせた関係契約書類等を準備するなどして、会社との間に別の会社を介在させたうえで60億円で買収したように装ったと認定しています(コンサルティング会社の代表者の判決。Eは対象会社)。
判決は、これらの犯行を専門的知識や実務経験等を悪用し、極めて巧妙に計画したうえでの組織的な犯行とし、その態様を「誠に悪質」としました。
創業者の判決(平成17年3月11日)は、相場操縦と2回の虚偽記載をあわせて判断しました。量刑の理由として、相場操縦では資金を提供して欠くことのできない重要な役割を果たしたこと、粉飾では代表取締役として粉飾を決断して実行に移し、果たした役割が最も重要であったことを挙げています。また、相場操縦と粉飾について、被告人らが「東証第1部という世界有数の証券市場に対する信頼性をも著しく失墜させた」とし、会社が実質的に破綻して多数の従業員が職を失うなどして深刻な打撃を受けたことがうかがわれるとして、社会に与えた影響は極めて甚大だとしました。
一方で、相場操縦では後から加わり主導的な役割ではなかったこと、粉飾については貸付金を問題視した公認会計士に引きずられた面もあり、専門家の知識・経験がなければ実現できなかったこと、結果的に利得を得ておらず約41億円の個人資産を失ったこと、民事再生手続で会社に対する約80億円の損害賠償債務を認めたこと、前科前歴がないことなどを酌むべき事情として挙げ、懲役3年・執行猶予5年としました(求刑は懲役5年と追徴3億4119万円)。追徴の3億1082万円は、相場操縦による自社株の売買差益相当額です。判決は、相場操縦等の犯罪行為により得た財産を必要的に没収・追徴すると定めた当時の証券取引法198条の2を前提に、全部の没収・追徴が過酷な場合の同条1項ただし書を適用して額を決めています。
コンサルティング会社の代表者の判決(平成17年3月4日)は、2回の虚偽記載について判断しました。被告人は、創業者から仕手筋の持つ自社株を買い取る手段について相談を受けたことをきっかけに関与し、謀議に積極的に参加して、自らの会社が60億円の寄託を受けたとする計画や、自らが経営していた対象会社の全株式を60億円の価値があるものとして会社に売却する計画を了承し、必要な関係書類の一部を発案して作成したと認定されました。謝礼として創業者から合計2億9000万円の報酬を受け取ったことも認定されています。
判決は、犯行は被告人の協力・了解があって初めて実現できたとして刑事責任は重いとする一方、「被告人はDの経営に携わる立場にはなく」(Dは上場会社)、報告書の作成・提出には直接関与していないこと、相場操縦や60億円の貸付けそのものには関与していないこと、反省していること、前科前歴がないことなどを考慮し、懲役1年6月・執行猶予3年としました(求刑は懲役2年)。
この2件は、本件の事実関係の下で、買収の外形を使って会社の資産の実態を偽った粉飾が、有価証券報告書の虚偽記載として処罰された例です。判決が認定した事実からは、本件では、株価算定書、財務DD報告書、日付を遡らせた契約書類、間に入れた別の会社といった、通常の買収で見かける書類や仕組みが、仮装を整えるために使われていたことが分かります。株価算定書や財務DD報告書の信頼性一般について判断した判決ではありません。
一方で、判決が判断したのは被告人2人の刑事責任です。株価算定書や財務DD報告書を作った公認会計士がどのような責任を負うか、監査法人の監査が適切だったか、会社や株主が民事上どのような請求をできるかは、この2件では判断されていません。また、この事件は上場会社の開示書類の虚偽記載が問われたもので、非上場会社どうしの株式譲渡に同じ罰則が当てはまるわけではありません。株式の売買に関連するほかの刑事事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型7で整理しています。
以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。
2件はいずれも東京地方裁判所刑事第2部の判決です。控訴の有無と確定の有無は、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。刑事事件のため、個人と会社は判決の伏字か立場で書き、会社名は伏せています。
Q. 株価算定書や財務DD報告書があれば、買収価格は妥当と言えますか?
この事件では、被告人らの意向に沿った内容の株価算定書や財務DD報告書を公認会計士に作成させ、価値が多くとも6億5000万円の会社を60億円で買ったように装ったと認定されています。判決は報告書の信頼性一般について判断したものではありませんが、本件のように報告書が当事者の意向に沿って作られることもあり、報告書があることだけでは価格の妥当性は保証されません。依頼者、作成者と当事者の関係、価格と評価の前提の数字を確認することが考えられます。
Q. 会社そのものも処罰されたのですか?
この記事で扱う2件の判決は、いずれも個人を被告人とするもので、会社は被告人ではありません。会社が別に起訴されたかどうかは、この2件の判決からは分かりません。会社は平成16年2月に民事再生手続を申請しています。
Q. 株価算定書を作った公認会計士の責任は判断されましたか?
この2件の判決は、創業者とコンサルティング会社の代表者の刑事責任を判断したもので、株価算定書や財務DD報告書を作った公認会計士の責任は判断していません。共謀者とされた監査法人の公認会計士も、この2件の被告人ではありません。
Q. 非上場会社の株式譲渡でも、同じ罪になりますか?
この事件で問われたのは、上場会社が提出する半期報告書と有価証券報告書の虚偽記載で、当時の証券取引法の規定によるものです(現在は金融商品取引法の規定になっています)。非上場会社どうしの株式譲渡に同じ罰則がそのまま当てはまるわけではありません。
← 株式譲渡のトラブル・判例74件の分析に戻る / M&Aのトラブルは、誰に起きるのか
この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
記載に誤りがある可能性があります。お気づきの点がありましたら、お問い合わせよりご連絡ください。速やかに確認のうえ対応いたします。
<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/gaichuu-kasou-baishuu-kabuka-santei/">60億円の貸付金を隠すための仮装買収――株価算定書と財務DD報告書を意向に沿って作らせた刑事事件(東京地裁 平成17年3月4日・11日判決)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「60億円の貸付金を隠すための仮装買収――株価算定書と財務DD報告書を意向に沿って作らせた刑事事件(東京地裁 平成17年3月4日・11日判決)」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/gaichuu-kasou-baishuu-kabuka-santei/