子会社の株式を代表者に全部譲った後も似た商号を使われたら――商号使用の差止めが認められなかった知財高裁 平成31年2月14日判決

子会社の株式を代表者に全部譲った後も似た商号を使われたら――商号使用の差止めが認められなかった知財高裁 平成31年2月14日判決

子会社を設立するとき、親会社の商号の一部を入れた商号を付けることはよくあります。では、その子会社の株式を手放し、取引もやめた後に、元子会社が同じ商号を使い続けたら、元の親会社は商号の使用をやめさせられるのか。知的財産高等裁判所は平成31年2月14日、元の親会社の請求を退けた一審の判断を維持しました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、子会社株式を譲る前に決めておくことを整理します。

この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型5「売り手・旧経営者との譲渡後の争い」の事例です。

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先に結論

事件の概要と時系列

元の親会社(控訴人)は、自社が新築した建物の買主に対し、引渡し後10年目・15年目・20年目に自社が行う定期点検で必要と認めた有償のメンテナンス工事を受注することを条件に、法定の10年間の保証期間を15年延長して合計25年間保証していました。元子会社(被控訴人)は、この会社から委託を受けて、建物の定期点検やメンテナンス工事などの保守業務(判決は「アフターケア業務」と呼んでいます)を行っていました。元子会社の代表者は、もと元の親会社の従業員です(判決は「A」と伏せています)。両社とも判決には実名が出ていますが、この記事では伏せます。

時期出来事
平成22年7月1日元子会社の設立。元の親会社が118株、Aが80株の割当てを受ける。元の親会社は発行済株式の過半数を持つ株主
平成22年7月〜平成24年ころ元子会社が元の親会社から委託を受けて、アフターケア業務を行う
平成24年9月元の親会社が、保有する元子会社の株式全部をAに譲渡。資本関係と業務委託関係(業務提携)を解消
平成27年元の親会社が、元子会社は顧客名簿を使い、関連会社であるかのように説明して顧客を横取りしたなどと主張して、顧客名簿を使った業務の差止めと損害賠償を求めて提訴(別件訴訟)
平成28年5月11日さいたま地裁が別件訴訟の請求をいずれも棄却。その後確定
平成29年6月17日元の親会社が、商号の使用差止めと商号の登記の抹消を求めて本件訴訟を提起
時期は判決文から不明さいたま地裁が請求をいずれも棄却
平成31年2月14日知財高裁が控訴を棄却

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元子会社の商号には、元の親会社の商号と共通する文字の部分が含まれていました。株式の譲渡から本件の提訴までは、約4年9か月です。

何が争われたか

  1. 黙示の商号使用禁止の合意があったか:元の親会社は、元子会社はアフターケア業務を代行する子会社として設立されたこと、商号は顧客に子会社や関連会社だと認識してもらうために共通の文字を含めて決めたことから、設立の時点で、資本関係と業務提携が解消されたときは元子会社がその商号を使わないという黙示の合意が成立したと主張しました。株式の譲渡で資本関係と業務提携が解消されたので、元子会社は商号を使わない義務を負った、という主張です。これに対し元子会社は、合意の成立を否認し、Aは当時の元の親会社の代表者から商号を自由に決めてよいと言われ、Aの氏名の頭文字を使って商号を決めたもので、関連会社と認識してもらう目的はなかったと主張しました。
  2. 「不正の目的」があったか:元の親会社は、元子会社が、元の親会社やその関連会社と誤認されるおそれのある商号を使ってアフターケア業務を行う意思を持っていたなどとして、会社法8条に基づく差止めを求めました。会社法8条1項は、何人も、不正の目的をもって、他の会社であると誤認されるおそれのある名称又は商号を使用してはならないと定め、同条2項は、これに違反する使用によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある会社は、侵害の停止又は予防を請求できると定めています。

裁判所の判断

さいたま地裁(一審)――合意も「不正の目的」も認めず

一審は、元の親会社が主張する黙示の商号使用禁止の合意は存在すると認められず、元子会社による商号の使用に「不正の目的」があるとも認められないとして、請求をいずれも棄却しました。一審判決の日付と全文は、この記事の出典とした知財高裁の判決文からは確認できません。

知財高裁(控訴審)――株式譲渡の際とその後の対応から、合意を認めず

知財高裁は「当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。」として、一審判決の理由を一部書き改めたうえで引用しました。黙示の合意について、書き改めた部分で次の事情を挙げています。

3点目について、判決は次のように述べています(判決の「控訴人」は元の親会社、「被告商号」は元子会社の商号です)。

Aに株式全部を譲渡する前に,被告商号が株式譲渡後に確実に変更されるための対策を講じようと思えば,講じることが可能な立場にあったにもかかわらず,控訴人がそのような対策を講じることを検討した形跡はうかがわれない。

そのうえで、元子会社がアフターケア業務を代行する子会社として設立され、商号が資本関係と業務提携があることを踏まえて決められたという経緯があっても、元の親会社と元子会社のどちらにおいても、設立の際に、資本関係と業務提携が解消されたときは「被控訴人の商号を被告商号から別の商号へ変更する意思又は意向を有していたものと認めることはできない。」とし、ほかに証拠もないとして、合意の成立を認めませんでした。

「不正の目的」についても、知財高裁は一審判決の理由を一部書き改めて引用し、一審と同じく認めませんでした。書き改めた部分には、元の親会社が主張する合意の成立が認められないことが理由の一つとして含まれています。結論として、請求を棄却した一審判決は相当であるとして、控訴を棄却しました。

この判決が確定したかどうか(上告などの有無)は、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。

この判決から何がいえるか

本件では、子会社として設立され、商号も資本関係を踏まえて決めたという設立の経緯は判決も前提にしていますが、それだけでは、資本関係と業務提携が解消されたら商号を使わないという黙示の合意は認められませんでした。これは株式譲渡の前後の元の親会社の対応を含む、この事件の事情を踏まえた判断で、子会社株式を譲った後は元子会社の商号を変えさせられないという一般的なルールを示した判決ではありません。

判決が挙げたのは、株式譲渡の前後の元の親会社自身の対応です。譲渡の前は過半数の株主として対策を講じられる立場にあり、譲渡の際には異議を述べず、その後約4年9か月、使用の差し控えを求めませんでした。判決は、これらの事情を勘案して、設立の時点で双方が商号を変える意思を持っていたとは認められないとしています。

一方で、判決の射程には限界があります。判決が判断したのは、この事件で主張された黙示の合意と会社法8条に基づく請求です。株式譲渡契約などで商号の変更を明示に約束していた場合にどうなるか、不正競争防止法などほかの法律に基づく請求が成り立つかは、判断されていません。また、「不正の目的」の判断の詳しい理由は一審判決の側にあり、知財高裁の判決文だけでは全体を確認できません。なお、元の親会社が先に起こした顧客名簿をめぐる別件訴訟は、請求棄却の判決が確定しています。

売り手・旧経営者との譲渡後の商標・特許・商号の争いは、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型5で、ほかの事例とあわせて整理しています。

株式譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 子会社株式を譲る前に、商号の扱いを書面で決める:判決は、元の親会社が株式を譲る前は過半数の株主として対策を講じられる立場にあったことを指摘しました。株式譲渡契約に、譲渡後の商号変更の義務と期限、変更しなかった場合の扱いを書くことが考えられます。株式を譲った後は、元子会社の商号を決める立場にありません。
  2. 譲渡の時点で、商号のほかに「関係を連想させるもの」を洗い出す:商号の共通部分のほか、顧客への説明の仕方、名簿の扱いなど、取引関係があったことを前提にしていたものを一覧にし、譲渡後にどうするかを決めておきます。この事件では、顧客名簿をめぐって別件訴訟も起きています。
  3. 異議があるなら早く伝える:判決は、譲渡の際に異議を述べなかったこと、その後約4年9か月使用の差し控えを求めなかったことを、合意を認めない事情として挙げました。譲渡後に問題に気づいたら、記録の残る方法で早めに相手に伝えることが考えられます。
  4. 譲受人の側も、商号を使い続けてよいことを契約に残す:この事件の株式の譲受人は元子会社の代表者で、譲渡後も同じ商号で営業を続けました。請求は退けられましたが、元子会社は譲渡後に、顧客名簿をめぐる別件訴訟と本件の2度、元の親会社から訴えられています。譲渡契約で商号の継続使用を認める旨を書いておけば、黙示の合意の有無という争点が生じにくくなると考えられます。

判決の出典

原審は、さいたま地方裁判所平成29年(ワ)第1441号です(知財高裁の判決文に記載)。一審判決の日付と全文は、この記事では確認していません。会社名と個人は、判決の伏字か立場で書いています。

よくある質問

Q. 子会社の株式を売った後、元子会社に商号を変えさせることはできますか?

この判決では、設立の経緯から、資本関係と業務提携が解消されたら商号を使わないという黙示の合意があったとは認められず、会社法8条の「不正の目的」も認められなかったため、差止めは認められませんでした。ただし、これは譲渡前後の対応を含むこの事件の事情の下での判断です。株式譲渡契約などで商号の変更を明示に約束していた場合や、不正競争防止法などほかの法律に基づく請求については、判断していません。「不正の目的」を否定した詳しい理由は一審判決の側にあり、知財高裁の判決文からは全体を確認できません。商号を変えてもらいたいなら、株式を譲る前に契約で決めておくことが考えられます。

Q. 親会社の商号の一部を入れて子会社の商号を決めた経緯は、考慮されなかったのですか?

判決は、元子会社がアフターケア業務を代行する子会社として設立され、商号が資本関係と業務提携があることを踏まえて決められた経緯があったことを前提にしています。そのうえで、その経緯があっても、設立の際に双方が商号を変える意思を持っていたとは認められないと判断しました。

Q. 譲渡の後しばらく黙っていたことは、不利に働きましたか?

判決は、株式譲渡の際に異議を述べなかったこと、その後約4年9か月、元子会社が商号を使って営業していることを知りながら使用の差し控えを求めなかったことを、合意の成立を認めない事情の一つとして挙げています。

Q. この判決は確定していますか?

上告などがされたかどうかは、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。