匿名組合の出資金で営業者の代表者とその弟から株式を買い取らせたら――営業者の善管注意義務をめぐる最高裁 平成28年9月6日判決

匿名組合の出資金で営業者の代表者とその弟から株式を買い取らせたら――営業者の善管注意義務をめぐる最高裁 平成28年9月6日判決

匿名組合は、出資者(匿名組合員)が営業者の営業のために出資し、営業者がその営業から生じる利益を分配する契約です(商法535条)。出資は営業者の財産に属し、匿名組合員は営業者の業務を執行したり、営業者を代表したりすることはできません(商法536条)。お金の使い道は営業者に任されます。では、営業者がその出資金を使って、自分の代表取締役やその親族が持つ株式を買い取る取引を組んだら、どうなるのか。最高裁判所第三小法廷は平成28年9月6日、この点について判断を示しました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、株式譲渡の前に確かめることを整理します。

この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型6「買い手側の判断と専門家の責任」の事例です。

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先に結論

事件の概要と時系列

匿名組合員は不動産賃貸業等を目的とする株式会社、営業者は総合コンサルティング業等を目的とする会社です。営業者の代表取締役の弟は、パソコンの解体業務の受託等を目的とする会社(以下「解体会社」)の代表取締役でした。判決は会社名を伏字にしており、この記事でも伏せます。

時期出来事
平成19年6月1日匿名組合契約の締結。営業者が有価証券の取得、保有及び処分等の事業を営むために匿名組合員が3億円を出資し、営業者はその事業から生じた損益の全部を分配する
平成19年6月27日匿名組合員が出資金3億円を支払う
平成19年8月まで営業者の代表取締役が、解体会社のパソコンリサイクル事業を別の会社(判決の伏字はB)との共同事業とすることを計画し、公認会計士から手法の提案を受ける
平成19年10月26日解体会社が、パソコンリサイクル事業を新設分割で設立した会社(以下「承継会社」)に承継させる。代表取締役と弟が承継会社の株式を全部取得し、弟が代表取締役、代表取締役が取締役に
平成20年1月7日営業者(8000万円)、弟(1000万円)、B(1000万円)の出資で新会社を設立。弟が代表取締役、代表取締役が取締役に
平成20年1月10日付承継会社の依頼による株式価値評価書が作られる
平成20年1月23日営業者が新会社の新株予約権付社債1億円を払い込む。同じ日、新会社が代表取締役と弟から承継会社の株式の全部を合計1億5000万円で買い受け、代金を支払う
平成20年3月1日新会社が承継会社を吸収合併
その後匿名組合員が、営業者・代表取締役・弟に1億6500万円の損害賠償などを求めて提訴。東京高裁は請求を退ける
平成28年9月6日最高裁が原判決の一部を破棄し、東京高裁に差し戻す

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営業者が新会社に払い込んだ出資8000万円と社債1億円には、匿名組合員の出資金3億円の一部が充てられました。お金の流れを並べると、次のとおりです。

段階お金の流れ
1匿名組合員 → 営業者:出資金3億円
2営業者 → 新会社:設立時の出資8000万円と新株予約権付社債1億円(合計1億8000万円・出資金の一部を充当)
3新会社 → 代表取締役と弟:承継会社の株式の代金1億5000万円

株式の代金は、承継会社の依頼で作られた株式価値評価書に基づいて決められました。評価書は、2種類の評価手法で出した200万円と2億9755万7000円という算定額を折衷するなどして、株式の価値の総額を最終的に1億4229万円ないし1億5726万7000円としていました。

何が争われたか

  1. 営業者の善管注意義務違反の基準:原審は、匿名組合員と営業者やその利害関係人との利益が相反する取引は、営業者がその地位を利用して匿名組合員の犠牲で自分や第三者の利益を図ったと認められるときに限って、善管注意義務違反になるとしました。この基準が正しいかが問題になりました。
  2. 代表取締役らの個人の責任:匿名組合員は、営業者・代表取締役・弟に対する不法行為の責任、営業者に対する債務不履行の責任、代表取締役に対する会社法429条1項の責任を主張しました。同項は、役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。原審は、営業者に善管注意義務違反がないことを理由に、これらもすべて退けていました。

裁判所の判断

東京高裁(原審)――匿名組合員の犠牲で利益を図ったとはいえない

原審は、利益相反取引が善管注意義務違反になるのは、営業者がその地位を利用して匿名組合員の犠牲において自己又は第三者の利益を図るものと認められる場合に限られるとし、この事件の営業者の行為はそうとは認められないとしました。そのうえで、営業者に善管注意義務違反がない以上、代表取締役と弟は不法行為の責任を負わず、代表取締役は会社法429条1項の責任も負わないとして、1億6500万円の請求をいずれも退けました。第一審の内容は、この最高裁判決からは分かりません。

最高裁――実質的な利益相反と、利益を害する危険性の高さ

最高裁は、まず利益相反の構造を確認しました。営業者は新会社の資本金の8割を出資し、新会社の設立の時点で、新会社が代表取締役と弟から株式を買う契約を予定していました。営業者に生じる損益は匿名組合契約に基づいて全部匿名組合員に分配されるので、買主である新会社の利益・不利益は、営業者を通じて匿名組合員の利益・不利益になります。そのため、売主である代表取締役・弟と匿名組合員との間に「実質的な利益相反関係が生ずるものであるといえる。」としました。

次に、最高裁は次の事情を挙げ、一連の行為は「上告人の利益を害する危険性の高いもの」だとしました。

そのうえで、承諾がない限り善管注意義務に違反すると判断し、原審が承諾の有無を審理しないまま善管注意義務違反を否定したことは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反だとしました。善管注意義務違反がないことを前提に代表取締役らの責任を否定した部分も同じだとし、1億6500万円とその遅延損害金の請求に関する部分を破棄して、承諾の有無等をさらに審理させるため東京高裁に差し戻しました。それ以外の上告は、理由を書いた書面が出されていないとして却下しています。

補足意見――譲受人が価格の決定に関わらないことは通常あり得ない

1人の裁判官が補足意見を書いています。補足意見は、「上記一連の行為の実質は、被上告人Y3が代表取締役であったAのパソコンリサイクル事業の譲渡である。」としたうえで(Y3は代表取締役の弟、Aは解体会社)、事業の譲受人がもっとも関心を抱くのは譲渡価格であり、「譲渡価格の決定につき自ら関与する機会がないまま従来の経営陣に委ねることは、通常、あり得ない事態である。」と述べました。この事件で事業譲渡の結果のリスクを負うのは営業者ではなく匿名組合員なので、価格を含む内容の決定に関与する必要があるのは匿名組合員であり、営業者はその承諾を得ることが求められる、という説明です。補足意見は法廷意見を補う個人の意見で、判決の結論そのものではありません。

この判決から何がいえるか

最高裁は、原審のように、営業者が匿名組合員の犠牲で自分や第三者の利益を図ったと認められる場合に限るという基準を採らず、本件の一連の行為について、実質的な利益相反関係が生じ、匿名組合員の利益を害する危険性が高いことから、承諾を得ない限り善管注意義務違反になるとしました。判決が挙げた事情は、本件の取引の実質(損益が全部匿名組合員に分配される構造の下で、営業者の関係者が売主になっていたこと)、価格の決め方(市場価格がなく、匿名組合員が代金額の決定に関与する機会がなかったこと)、金額の大きさ(出資額の2分の1以上)でした。これらの事情の一部が欠ける場合にどうなるかは、判決からは分かりません。

一方で、判決が判断していないこともあります。株式の代金1億5000万円が高すぎたかどうか、株式価値評価書が適正だったかどうかは判断していません。匿名組合員の承諾があったかどうか、損害がいくらかも、差戻し後の審理に委ねられました。また、判決は営業者が匿名組合員に対して善管注意義務を負うことを前提に判断していますが、その根拠となる条文は示していません。商法535条は、匿名組合契約を、当事者の一方が相手方の営業のために出資をし、その営業から生ずる利益を分配することを約する契約として定めています。

この事件は、匿名組合という特別な契約の下での判断です。株式会社の取締役の利益相反取引(会社法356条・365条)や、ファンドの運用者の義務に、そのまま当てはまるとは限りません。買収の判断や専門家の責任が問われたほかの事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型6で整理しています。

株式譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 売主と、買い手の役員・出資者・資金の出し手の関係を一覧にする:この事件では、売主の2人が買主(新会社)の代表取締役と取締役で、うち1人は買主に8割を出資した営業者の代表取締役、もう1人はその弟でした。株式を買う前に、売主と、買い手側の役員、出資者、資金の出し手の関係を洗い出します。
  2. 損失を負う人が価格の決定に関与し、承諾した記録を残す:この事件では、買主の損益は営業者を通じて全部匿名組合員に分配されるのに、匿名組合員には代金額の決定に関与する機会がありませんでした。匿名組合やファンドのように、出資して損失を負う人と取引を決める人が違う場合、売主・価格・評価書の内容を出資者に示し、承諾を得た記録を取引の前に残すことが考えられます。
  3. 株式価値評価書の依頼者と、算定額の幅を確かめる:この事件の評価書は、売られる側の承継会社の依頼で作られ、200万円と約2億9756万円という大きく異なる算定額を折衷していました。誰が評価を依頼したか、どの手法の数字をどの比率で組み合わせたかを確認し、必要なら買い手側で別の評価を取ることが考えられます。
  4. 分割・設立・社債・買取り・合併を1本の資金の流れとして見る:新設分割、新会社の設立、社債の引受け、株式の買取り、合併と、取引はいくつもの段階に分かれていました。最高裁は、これらを「一連の行為」として評価しています。個々の段階だけでなく、出資金がどの段階を経て誰の手に渡るかを通して確認します。

判決の出典

原審は東京高裁です(判決は原判決の一部を破棄し、東京高裁に差し戻しています)。第一審の裁判所と内容は、この判決からは分かりません。2026年10月12日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、差戻し後の判決は確認できていません。会社名は判決どおり伏せ、個人は判決の伏字か立場で書いています。

よくある質問

Q. 匿名組合の営業者は、出資金を自由に使えるのですか?

匿名組合では、出資者は営業者の業務を執行できず(商法536条3項)、出資金の運用は営業者に任されます。ただし最高裁 平成28年9月6日判決は、営業者が匿名組合員に対して善管注意義務を負うことを前提に、本件の一連の行為は匿名組合員との間に実質的な利益相反関係を生じさせ、その利益を害する危険性の高いものだとして、承諾を得ない限り善管注意義務に違反すると判断しました。本件の事情の下での判断で、営業者の取引一般について承諾が必要となる基準を示したものではありません。

Q. 関係者から株式を買うこと自体が禁止されたのですか?

いいえ。最高裁は、関係者からの買取りを一律に禁じたのではなく、承諾を得ない限り善管注意義務違反になるとしました。この事件では、売主が買主の役員であること、株式に市場価格がなく匿名組合員が価格の決定に関与できないこと、金額が出資額の2分の1以上に及ぶことが挙げられています。どのような形の承諾があればよいか、この事件で承諾があったかどうかは、判断されていません(差戻し後の審理に委ねられました)。

Q. 株式の代金1億5000万円は高すぎると判断されたのですか?

判決は、代金が適正だったかどうかを判断していません。代金が承継会社の依頼で作られた株式価値評価書に基づいて決められたことを事実として示し、価格の決定に匿名組合員が関与する機会がなかったことを、利益を害する危険性が高い理由の1つに挙げています。

Q. 最終的に損害賠償は認められたのですか?

最高裁は、匿名組合員の承諾の有無等を審理させるため東京高裁に差し戻しただけで、賠償を命じてはいません。差戻し後の結論は、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。