2ちゃんねるの商標裁判|事業譲渡の証拠としてドメイン移転や「譲渡完了」の記載は十分か(知財高裁 2018)

2ちゃんねるの商標裁判|事業譲渡の証拠としてドメイン移転や「譲渡完了」の記載は十分か(知財高裁 2018)

匿名掲示板「2ちゃんねる」(2017年10月に名称を「5ちゃんねる」、ドメインを5ch.netに変更。J-CAST ニュース 2017年10月1日)の運営会社が、創設者の持つ商標「2ch」「2ちゃんねる」の登録は無効だと争った2件の裁判です。運営会社の主張の土台は、掲示板の事業が創設者から海外の会社を経て自社に移ったという事業譲渡でした。知的財産高等裁判所がその事業譲渡の証拠をどう評価したかを、判決文に沿って整理します。

この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型3「そもそも事業譲渡は成立していたのか(契約書・書面)」の事例です。

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先に結論

事件の概要と時系列

当事者は、掲示板の創設者(判決の表記は「被告」「Y」)と、フィリピン法人のレースクイーン・インク(原告・運営会社)です。間に、創設者が設立時の全株式を持っていたシンガポール法人のパケットモンスター社が出てきます。

時期出来事(判決の認定事実)
平成11年掲示板開設。創設者は開設当時から運営に関与し、管理人としてマスコミにも取り上げられる
平成12年〜21年1月1日ドメイン「2ch.net」のWhois上の登録者が「2ch(東京都北区)」→米国の会社→「Monsters Inc(東京都新宿区)」と変わる
平成20年10月13日パケットモンスター社設立。同日時点の全株式の株主は創設者
平成21年1月2日Whois上の登録者がパケットモンスター社になる。同日、創設者がブログに譲渡完了と書く
平成21年1月4日掲示板の案内ページに「2ch.net is managed and operated by PACKET MONSTER INC.」と表示
平成21年6月創設者の著書が出版され、2009年にパケットモンスター社へ譲渡したと記載
平成24年12月〜25年8月創設者に関する新聞記事・ネットニュースが出る(内容は後述)
平成25年1月25日創設者が「2ちゃんねる」を商標出願
平成25年8月18日パケットモンスター社の役員・株主に創設者はいない(会社情報)
平成26年3月5日掲示板トップページの下部に「Race Queen, Inc」と海外の住所。同じページに創設者のブログ「Y日記」の文字
平成26年3月27日創設者が「2ch」を商標出願
平成28年4月22日・5月20日「2ch」「2ちゃんねる」が登録される
平成29年10月25日運営会社の無効審判請求に対し、特許庁が2件とも請求不成立の審決
平成30年7月19日知財高裁が審決取消請求を2件とも棄却

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2件は同じ日に同じ裁判体(知財高裁第3部)が言い渡し、理由の組み立ても共通です。

第10028号(ID 87891)第10029号(ID 87892)
対象の商標「2ch」(登録第5843569号)「2ちゃんねる」(登録第5851035号)
出願日平成26年3月27日平成25年1月25日
審決が判断した無効理由3条1項5号・4条1項10号3条1項4号・4条1項10号
訴訟の争点4条1項10号のみ4条1項10号のみ
主張された「他人」パケットモンスター社ないし運営会社パケットモンスター社
主張された事業譲渡創設者→パケットモンスター社→運営会社の2回創設者→パケットモンスター社(運営会社への譲渡は出願後と主張)

何が争われたか

運営会社の主張。 平成21年1月までに積み上がった商標の信用が創設者に帰属していたことは争わないとしたうえで、その後に事業が移ったと主張しました。根拠として挙げたのは、①Whois上の登録者がパケットモンスター社に変わったこと(ドメインの譲渡は掲示板事業の譲渡を意味する)、②創設者が著書やブログで譲渡したと述べ、新聞も創設者を「元管理人」と書いていたこと、③掲示板にパケットモンスター社が運営管理している旨の表示があったこと、です。第10028号では、平成26年3月5日までにパケットモンスター社から運営会社へ2回目の譲渡があったとも主張しました。予備的に、全面的な事業譲渡がなくても、運営管理が引き継がれた以上は商標から生じる権限も移った、とも述べています。

創設者の主張。 事業もドメインも譲渡していないと反論しました。Whoisには悪用防止のため権利者と違う者の名前を載せることが広く行われていること、平成21年1月以降も自分が書き込みの削除をして運営管理していたこと、パケットモンスター社は設立時の株主が自分であることを挙げています。また、運営会社が平成26年3月頃から掲示板を運営しているのは、必要なIDとパスワードを承諾なく取得して自分がサーバにアクセスできないようにしたからだと主張しましたが、この点について判決は判断を示していません。

裁判所の判断

合意の内容が明らかでなく、契約書などの処分証書も出されていない

判決はまず、電子掲示板の事業は商標のほか、ドメインを使う権利、広告の契約、インターネットサービスの契約など複数の財産で成り立つとし、その譲渡ではこれらを移して対価を払う合意をするのが通常なのに、合意の具体的な内容が明らかでないと指摘しました。続けて、事業譲渡で通常決めることを次のように述べています。

事業譲渡をするに当たっては,移転の対象となる具体的な財産を特定し,事業譲渡の対価を定めるほか,対価の履行期及び履行方法,譲渡の対象となる財産の移転方法(第三者の承諾等を要する場合にはその手続の履行期及び履行方法等)を定めるのが通常であり

当事者の一方が法人であること、シンガポール法人・フィリピン法人が関わり準拠法の問題も生じ得ることから「口頭のみで契約を行うことは考えにくい」とし、「本件各事業譲渡につき契約書等の書面を作成せずに契約を締結するとはにわかに考え難いというべきところ,本件各事業譲渡に係る契約書等の処分証書の提出はない。」と述べました(第10028号。第10029号も同旨)。

報道などから、譲渡後も創設者の関与がうかがわれるとした

判決は、新聞記事・ネットニュースが、平成24年12月に掲示板上の書き込みの放置を理由に創設者が検察庁に送致されたこと、平成25年3月に削除措置がとられたことなどから不起訴処分になったこと、同年8月にパケットモンスター社から高額の広告収入を受け取ったとして東京国税局から指摘を受けたことを報じていた点を挙げました。そのうえで、創設者は「平成21年1月以降も本件電子掲示板の運営を含む本件電子掲示板に係る事業に実質的に関与していたことがうかがわれる」と判断しています。第10028号では、平成26年3月のトップページにブログ「Y日記」の文字があったことも挙げています。

ここで判決が使っているのは、記事にそうした内容が書かれていたという事実と、それが示す事業への関与です。送致や国税局の指摘について、刑事上・税務上の責任の有無を判断したものではありません。

結論として判決は、合意の内容が明らかでないこと、「本件各事業譲渡に係る契約書がないのはそれ自体不自然であること」、譲渡時期以降も関与がうかがわれることから、事業譲渡の事実を認めませんでした。

ドメインの登録者変更は、使う権利の移転を直ちには示さない

Whois上の登録者は平成12年から21年までに何度も変わっており、判決は「これらの登録者の変更が本件ドメイン名を使用する権利の実体上の移転を伴うものであるかどうかは明らかではない」としました。登録者の変更が事業譲渡を反映するなら、この間に3回の事業譲渡があったことになるのに、平成21年1月以外の変更にはそれをうかがわせる証拠が全くなく、そのことは「登録者の変更が,必ずしも事業譲渡に伴うものではないことをうかがわせる事情であるといえる」としています。設立時の株主が創設者だったことから「パケットモンスター社は被告と関連を有する会社であったものとうかがわれる」とも述べ、平成25年時点で創設者が役員・株主でないことは判断を左右しないとしました。

ブログ・著書の「譲渡」と、新聞の「元管理人」

創設者はブログに「そんなわけで,去年は何度も海外出張して2ch譲渡の打ち合わせをしてたりもしてたんですが,ようやく譲渡完了しました」と書き、著書でも譲渡したと書いていました。判決は、その記載からは「これが法律上の事業譲渡を意味するのかが不明である」とし、著書には「譲渡」の後も「2ちゃんねるアドバイザー」だったとの記載もあると指摘しました。新聞記事については、「元管理人」との表記がある一方で運営への深い関与を示唆する内容も含まれているとして、「本件記事を事業譲渡を裏付ける証拠と断定することはできない」としています。

掲示板上の会社名の表示

パケットモンスター社が運営管理しているという表示からは、「パケットモンスター社が事業主体であるのか,事業主体から電子掲示板の運営管理の委託を受けているのかが明らかではなく」、裏付けにならないとされました。第10028号では、トップページ下部に運営会社の名称と住所が書かれているだけでは2回目の譲渡の裏付けにならない、とも判断しています。予備的な主張(運営管理の承継で商標の権限も移った)についても、同社が事業主体かどうか明らかでなく、権限を譲渡した事実も証拠から認められないとして退けました。

商標が有名でも、「他人」の業務を示す商標とは認められなかった

商標が掲示板を示すものとして広く知られていたこと自体は、判決も認めています(平成21年1月までに、創設者による事業を示すものとして周知性を獲得したと認定)。争われたのは、それが出願時に「他人」の業務を示すものとして知られていたかです。判決は、運営会社が指摘する記載は「一義的に本件電子掲示板に係る事業の事業主体の変更を示すものとは解し得ない」うえ、著書や記事には創設者の関与を示す記載もあるから、需要者は「被告が本件電子掲示板の運営等に依然として関与していると認識するものといえる」として、4条1項10号には当たらないとしました。

この判決から何がいえるか

判決が示したのは、この事件の証拠関係のもとで、主張された事業譲渡を認めるには足りないという評価です。契約書がないことは「それ自体不自然」とされましたが、判決はそれだけで結論を出したのではなく、合意の内容が明らかでないこと、譲渡後も創設者の関与がうかがわれることと合わせて判断しています。関連会社どうしの取引で、譲渡した側がその後も関わっていた事件でした。

また、判断の対象は商標登録の無効理由の有無です。掲示板の運営権、ドメインの帰属、運営会社と創設者のどちらが正当な事業者かといった問題は、この訴訟では判断されていません。

M&A実務で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決が直接述べたことではなく、判決が証拠として足りないとした点から逆算した確認事項です。

判決の出典

審級は知的財産高等裁判所(特許庁の審決に対する第一審)です。2026年10月12日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、上告・上告受理申立ての有無や確定の有無は確認できていません。判決に出てくる個人は、判決の伏字(Yなど)か立場(創設者)で書いています。

よくある質問

Q. 審決取消訴訟とはどういう裁判ですか?

特許庁の審判の結論(審決)に不服がある人が、その取消しを求めて知的財産高等裁判所に起こす訴訟です。この事件では、運営会社が商標登録の無効審判を請求し、特許庁が「請求は成り立たない」と審決したため、その取消しを求めました。

Q. 商標法4条1項10号は、どんな場合に登録を認めない規定ですか?

他人の業務に係る商品・役務を示すものとして需要者の間に広く認識されている商標と同じか似た商標で、同じか似た商品・役務に使うものは登録を受けられない、という規定です。この事件では、商標が有名であることは前提とされたうえで、それが出願時に創設者以外の「他人」の業務を示すものとして知られていたかが問われました。

Q. Whoisの登録者は、ドメインの権利者と同じではないのですか?

この判決は、登録者の変更が使う権利の実際の移転を伴うかどうかは明らかでないとしました。創設者側は、悪用防止のため権利者と違う者を登録者として載せることが広く行われていると主張しています。取引では、登録情報だけでなく契約や手続の記録で権利者を確かめておくのが安全です。

Q. 事業譲渡の後に、元の経営者が顧問として残ってもよいのですか?

残ること自体は珍しくありません。ただ、この事件では、譲渡後も創設者が「2ちゃんねるアドバイザー」と書いていたことや、事業への関与を示す報道があったことが、事業譲渡を認めない方向の事情として扱われました。残る場合は、立場と役割を契約で明確にしておくことが大切です。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。