表明保証違反を主張しても閉店の損失は補償されるか――在宅調剤専門の薬局を営む会社の株式譲渡をめぐる札幌地裁 令和2年12月25日判決

表明保証違反を主張しても閉店の損失は補償されるか――在宅調剤専門の薬局を営む会社の株式譲渡をめぐる札幌地裁 令和2年12月25日判決

会社を買った後に、売り手から聞いていなかった問題が見つかった。買い手はそう主張して、表明保証に基づく補償を求めることがあります。しかし、契約書が「違反に起因する損失」を補償すると定めている場合、補償が認められるには、表明保証に違反していることに加えて、その違反から損失が生じたことが必要になります。在宅調剤を専門とする薬局1店舗を営む会社の株式譲渡をめぐる札幌地裁 令和2年12月25日判決は、違反の有無と損失との因果関係の両方を検討し、買い手の請求を退けました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、株式譲渡で確かめることを整理します。

この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型2「買収後に判明した問題――表明保証・説明・引き継いだ契約」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/chouzai-yakkyoku-hyoumei-hoshou/">表明保証違反を主張しても閉店の損失は補償されるか――在宅調剤専門の薬局を営む会社の株式譲渡をめぐる札幌地裁 令和2年12月25日判決|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「表明保証違反を主張しても閉店の損失は補償されるか――在宅調剤専門の薬局を営む会社の株式譲渡をめぐる札幌地裁 令和2年12月25日判決」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/chouzai-yakkyoku-hyoumei-hoshou/
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先に結論

事件の概要と時系列

買い手(原告)は、医薬品の販売等を業とし、多数の薬局を経営する株式会社です(訴訟の途中で別の会社に吸収合併され、その会社が訴訟を引き継ぎました)。売り手(被告)は、介護施設の運営・支援等を業とする会社と、その代表取締役です。対象会社は、名古屋市内で保険薬局1店舗だけを経営していました。判決はいずれの会社名も伏せています。

この薬局は、介護付き有料老人ホーム等の施設を薬剤師が訪問して入所者に薬剤を処方する、在宅調剤専門の薬局でした。外来を全く行わない薬局はあまり存在せず、買い手のグループにも在宅調剤専門の薬局はありませんでした。運営は、対象会社の代表取締役である薬剤師に一任されていました。

時期出来事
平成28年11月10日売り手の代表取締役が、M&Aの仲介業者に売却の仲介を依頼
平成28年12月7日買い手が、在宅調剤のノウハウと人材を承継できるなどと考え、意向表明書を提出
平成28年12月8日DDを実施
平成28年12月21日株式譲渡契約を締結(180株、代金は合計2億4501万6000円)
平成28年12月28日薬剤師3名のうち1名が退職
平成29年1月5日譲渡日。代金を全額支払い。買い手側が新しい代表取締役を送り、他地域から薬剤師を派遣
その後間もなく運営を任されていた薬剤師も退職して独立し、残る1名の薬剤師も退職
平成29年2月3日買い手が1回目の通知。内容は、運営を任されていた薬剤師の独立、従業員の退職届、厚生局への届出の範囲
平成29年4月3日買い手が2回目の通知。不正請求、処方変更、本人負担金の減免を新たに指摘
平成29年7月31日薬局を閉鎖。取引先の施設は約50から約20〜30に減少
令和2年12月25日札幌地裁が請求を全部棄却

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代金の内訳は、売り手の会社が持つ160株が2億1779万2000円、代表取締役が持つ20株が2722万4000円です。契約書10条1項は売り手の表明保証を定め、5号は開示した文書・情報が真実であること、6号は薬機法や「保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則」(薬担規則)を含む法令に明らかに違反していないこと、18号は開示した貸借対照表以外に多額または重大な債務がないことを保証していました。11条は、違反した場合に違反に起因する損失を補償すると定めていました。

買い手は、代金と対象会社の純資産970万8724円との差額を「のれん」とし、閉店でそれが消えたとして、弁護士費用などを加えた2億5960万7276円を求めました。

何が争われたか

判決が示した争点は3つです。

  1. 表明保証違反の存否(争点1):買い手は、①居宅療養管理指導費と在宅患者調剤加算料を、薬歴簿の記載が不十分なまま請求していた、②医師の同意を得ずに処方箋と異なる医薬品を調剤していた、③8つの施設の患者の本人負担金を減免していた、④薬剤師資格のない従業員が調剤や施設での医薬品の交付をしていた、と主張しました。いずれも保険薬局の指定取消事由にあたるという主張です。売り手は、①は形式的な誤記、②は電話等で医師の同意を得ていた、③は事実だが買い手はDDで把握していた、④は配達しただけで後で必ず薬剤師が訪問していた、と主張しました。
  2. 違反に起因する損失の有無(争点2):買い手は、指定が取り消されるおそれがあり、適法に運営すると恒常的に赤字になるため閉鎖を余儀なくされたと主張しました。
  3. 補償責任の有無(争点3):売り手は、表明保証された事項が真実でないことを買い手が知っていた場合や、知らないことに重大な過失がある場合には補償を求められないと主張しました。買い手は、契約書に書かれていない買主の無重過失を補償の要件とすること自体が不相当だと主張しました。

裁判所の判断

①不正請求――明らかな誤記で、指定取消しにあたるほどではない

判決は、処方内容の変更が薬歴簿の「O欄」に反映されていないなど、適切とはいえない記載が散見されると認めました。しかし、正しい処方内容は薬歴簿の処方内容欄等から明らかで、それがO欄に正確に反映されていなかったにすぎず、薬歴簿の記載それ自体から明らかな誤記だとしました。

そのうえで、設立から譲渡までの間、個別指導で薬歴簿の不備を指摘されたことも監査もなかったことから、仮に要件を満たさない請求だったとしても、「その要件の不備は軽微な違反にすぎず、少なくとも保険薬局の指定取消処分を受けるほどのものではなかったというべきである。」と述べ、5号・6号・18号の違反は認めませんでした。本件の6号は、法令などに「明らかに違反せず」と保証する文言でした。判決は、このような契約書のもとで、本件の薬歴簿の記載や個別指導・監査の経過を前提に判断したもので、軽微な法令違反は表明保証違反にならないという一般的なルールを示した判決ではありません。譲渡後に加算料267万6028円を返還したという買い手の主張も、返還の理由が判然としないなどとして退けています。

DDについては、買い手が事前に作った確認事項の書面に「薬歴記載状況」が明記され、買い手側の薬剤師が薬歴簿の実物を確認して問題ないと報告したという買い手従業員の証言があることから、DDで薬歴簿の現物を見ていなかったという買い手の主張は採用しませんでした。

②処方変更・④無資格者の業務――前提の事実を認めない

処方箋と異なる医薬品(いずれも同じ有効成分の医薬品)が調剤された例はありましたが、判決は、在庫がない場合などに電話等で医師の同意を得ていたという売り手側の説明は不自然、不合理とまではいい難いとし、「処方箋を作成した医師の同意を全く得ないままに、これと異なる医薬品を日常的に調剤していたものと断定することは困難であるといわざるを得ない。」としました。

無資格者の業務についても、日常的な調剤は証拠上認められず、施設への配達は後で薬剤師が確認するなら合法だと買い手側の薬剤師も認めているとして、違法とはいえないとしました。

③本人負担金の減免――違反だが、買い手も知っていた

判決は、本人負担金の減免は薬担規則2条の3の2第1項に違反するとしました。そのうえで、買い手の確認事項の書面に「自己負担分減免の有無」が記載され、買い手の従業員がDDで減免を行っていると聞いたと証言していることを挙げました。この従業員は、減免の範囲は処方元の医師とその家族、薬局の従業員と聞いており、施設の患者まで減免していたとは聞いていないとも証言しました。しかし判決は、いずれにせよ減免は規則違反で、従業員もそれを認識していたのだから、「原告において、本件薬局では患者に対する本人負担金の減免がされていたことを知っていたという点に変わりはない。」とし、「このこと自体は原告も知っていたというのであるから、この点をもって直ちに被告らに表明保証違反があるということはできない。」と判断しました。

争点2――閉店は違反のためとは認められない

判決は、違反がなかったとしたうえで、事案に鑑みて、仮に違反があったとしても損失は違反に起因しないと判断しました。

判決は、閉鎖はノウハウと人材を承継しようとしたのに薬剤師らが全員退職し、取引先まで減ったためではないかとも思われると述べ、買い手が最初に指摘した違反が薬剤師の独立や退職だったことにも触れたうえで、「原告の主張する違法行為が存在したために閉鎖したものと認めることはできない。」としました。そして、争点3は判断するまでもないとして、請求をいずれも棄却しました。

この判決から何がいえるか

本件の契約書11条は、表明保証に違反した場合に「違反に起因する損失」を補償すると定めていました。この判決は、その定めのもとで、違反の存在と、違反に起因する損失の両方を検討した例です。法令違反の指摘については、判決は、違反が軽微で指定取消処分を受けるほどではないことなどから、6号(判決の言葉では「明らかな法令違反のないこと」)などの違反を否定しました。また、閉店という大きな損失について、裁判所は違反以外の原因(人材の流出、取引先の振り分け、譲渡後のクレーム)を一つずつ検討しています。いずれも本件の契約書の定めと事実関係に即した判断です。

一方で、判決が判断していないこともあります。

なお、遅延損害金について買い手は、平成29年法律第45号による改正前の商法の商事法定利率(年6分)で求めていました。商事法定利率の規定は同法により削除され、現在は民法の法定利率の規定(404条)によります。表明保証をめぐるほかの判決は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型2で整理しています。

株式譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 人に依存する事業では、残ってほしい人の意向を確かめる:この事件では、運営を一任されていた薬剤師を含め、薬剤師3名全員が譲渡の前後に退職しました。当初は辞めないと述べていたその薬剤師は、後に一定期間後に辞めることになっていました。キーパーソンの残留の意向と条件を確かめ、必要なら契約書に定めることが考えられます。
  2. DDで聞いた問題は範囲まで記録し、契約書での扱いを決める:買い手は減免について聞いていましたが、その範囲は施設の患者まで含むとは聞いていなかったと証言しました。それでも、知っていた点に変わりはないとされました。DDで聞いた問題は、範囲や件数まで確かめて記録し、価格に反映するのか、特別に補償の対象とするのかを決めます。判決は、買い手の重大な過失による免責について判断していないため、買い手が知っていた事情を補償の対象から外すのか含めるのかも、契約書で明確にしておくことが考えられます。
  3. 法令違反の保証の文言と、気になる違反の個別の扱いを確かめる:本件の6号は、法令などに「明らかに違反せず」と保証する文言で、薬歴簿の不備は指定取消処分を受けるほどではないとして違反が否定されました。また、譲渡後に加算料を返還したという買い手の主張は、返還の理由が判然としないなどとして退けられています。保険請求の要件や本人負担金の扱いのように、DDで気になった点があるなら、包括的な法令遵守の保証に頼るのではなく、個別の保証事項として書くか、返還や追徴が生じた場合の補償を別に定めることが考えられます。
  4. 違反を見つけたら、具体的に通知する:この事件では、買い手の1回目の通知に、訴訟で主張した違反は書かれておらず、判決はその点にも触れています。補償を求める場合は、どの事実がどの条項に違反するかを具体的に通知します。
  5. 補償の対象となる損失の範囲を契約書で決める:買い手は代金と純資産の差額を「のれん」とし、閉店でそれが消えたとして請求しましたが、違反との因果関係が認められませんでした。違反があった場合に何を損失として補償するのか(返還金や追徴額などの直接の金額か、事業価値の減少まで含むのか)を契約書で決め、価格をどう決めたかを説明できる資料を残しておきます。

判決の出典

2026年10月12日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、この判決に対する控訴や上級審の判決は確認できていません。会社名は判決が伏せているため業種で、個人は立場で書いています。

よくある質問

Q. 買収後に法令違反が見つかれば、表明保証で必ず補償を受けられますか?

必ずとはいえません。この判決では、法令に「明らかに違反せず」と保証する本件の契約書のもとで、薬歴簿の誤記は軽微な違反で、指定取消処分を受けるほどではないとして、表明保証違反が否定されました。軽微な違反は表明保証違反にならないという一般的なルールを示したものではなく、保証の文言や事案によって結論は変わり得ます。また、仮に違反があっても、閉店による損失がその違反に起因するとは認められないとして、請求は棄却されました。

Q. DDで売り手から聞いていた問題について、後から補償を求められますか?

この判決では、本人負担金の減免について買い手がDDで聞いていたことから、直ちに表明保証違反があるとはいえないとされました。ただし、買い手が知っていた事情の扱いを一般論として示したものではありません。DDで聞いた問題の扱いは、契約書で明確にしておくことが考えられます。

Q. 買収した薬局を閉めた損失は、なぜ認められなかったのですか?

判決は、譲渡後に監査も取消相当の扱いもなく、労務費の増加は当初から想定されていたとし、取引先の減少は薬剤師の全員退職によるものではないかとも思われると述べて、違反のために閉鎖したとは認められないとしました。

Q. 買い手に重大な過失があると、補償は受けられなくなりますか?

この判決は、その点を判断していません。売り手はそう主張しましたが、裁判所は違反と因果関係を否定した時点で、その余の点は判断するまでもないとしました。重大な過失による免責が認められるかどうかは、この判決では確定していません。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。