DDで開示した情報は買収を見送った相手の子会社に使われたか――平成電電とソフトバンク・日本テレコムの営業秘密をめぐる東京地裁 平成18年3月30日判決

DDで開示した情報は買収を見送った相手の子会社に使われたか――平成電電とソフトバンク・日本テレコムの営業秘密をめぐる東京地裁 平成18年3月30日判決

会社の売却や資本提携の交渉では、買い手の候補が会社の中身を調べるデュー・デリジェンス(DD)を行い、売り手は事業の詳しい情報を開示します。交渉がまとまらず、その相手が後から同じ事業を始めたとき、開示した情報が使われたといえるのか。固定電話サービスを提供していた平成電電株式会社が、ソフトバンク株式会社と、その子会社になった日本テレコム株式会社を訴えた事件で、東京地方裁判所は平成18年3月30日、請求をすべて棄却しました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、DDで情報を出す前に確かめることを整理します。

この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型3「交渉段階・契約の成立・錯誤」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/softbank-heisei-denden-dd-eigyouhimitsu/">DDで開示した情報は買収を見送った相手の子会社に使われたか――平成電電とソフトバンク・日本テレコムの営業秘密をめぐる東京地裁 平成18年3月30日判決|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「DDで開示した情報は買収を見送った相手の子会社に使われたか――平成電電とソフトバンク・日本テレコムの営業秘密をめぐる東京地裁 平成18年3月30日判決」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/softbank-heisei-denden-dd-eigyouhimitsu/
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先に結論

事件の概要と時系列

原告は電気通信事業を営む会社で、地域電話会社の加入者線のうち使われていない銅線(ドライカッパー)を借り、利用者の回線を自社の交換設備に直接収容する、回線交換方式の直収電話サービスを提供していました。ソフトバンクは電気通信事業を営む会社の事業活動を支配・管理することなどを目的とする会社で、日本テレコムは判決当時、その100%子会社です。

時期出来事
平成15年11月ころまで原告が直収電話サービスを開始(当初の名称は「平成電話」、判決当時は「CHOKKA」)
平成15年4月〜12月原告の発表を報じたインターネットニュース、雑誌記事、電気通信事業紛争処理委員会の文書などで、サービスの仕組みが紹介される
平成16年3月30日原告のアドバイザーだった証券会社の打診を受けたソフトバンクの代表取締役から、原告の事業に強い関心がある旨の連絡。資本提携の交渉が始まる
平成16年4月2日両社が秘密保持契約を結ぶ。開示を受けた秘密情報を、事前の書面による承諾なく第三者に開示・漏洩してはならないと定め、ソフトバンクの子会社の1社は除外
平成16年5月3日〜20日ころソフトバンクが原告の福岡本部でDDを行い、事業内容や財務内容が開示される
平成16年5月25日ソフトバンクが原告に、買収しない旨を申し入れる
平成16年7月30日ソフトバンクが日本テレコムの全株式を取得し、100%子会社にする
平成16年8月30日日本テレコムが、回線交換方式の直収電話サービス「おとくライン」を同年12月1日から始めると発表
平成16年原告が提訴(平成16年(ワ)第25297号)
平成17年10月原告が民事再生手続開始の申立てを行い、同月に開始決定を受ける
平成18年3月30日東京地裁が請求をすべて棄却

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DDの中身について、当事者の言い分は対立していました。原告は、買収交渉は4月30日にはおおむね合意に至って覚書案まで作られていた、多数の資料を開示し、役員らが口頭でも説明し、設備を置いた局舎の見学もさせたと主張しました。ソフトバンク側は、覚書すら結ばれていなかった、データルームは約10日しか開かれず、損益計算書なども開示されなかったと主張し、原告とは無関係に平成15年9月ころから直収電話サービスのために日本テレコムの買収を検討していたとも主張しました。

何が争われたか

原告は、DDなどで開示した情報を7つの営業秘密に分けて主張しました。

  1. 直収電話サービスの基本的な仕組み(原理)
  2. 地域電話会社との交渉で合意・確認した事項(相互接続の確認事項や協定の変更書)
  3. このサービスに使える交換機を、ある国内メーカーから調達できるという事実
  4. 交換機の位置付けと機器構成、導入後の課題とそれに対する改良(仕様変更)の内容
  5. 回線を集める装置(RT装置)の位置付けと機器構成、改良の内容
  6. サービスの利用状況・収支、設備の設置状況と費用
  7. 基幹網のルートなど、ネットワークの構成

そのうえで、ソフトバンクがこれらを日本テレコムに不正に開示し、日本テレコムが不正に使ってサービスを提供しているとして、ソフトバンクには開示の差止めを、日本テレコムには「おとくライン」の販売の差止めを求めました。争点は、各情報が営業秘密にあたるか、不正な開示や使用があったか、差止めの必要があるかです。

不正競争防止法2条6項は、営業秘密を、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの、と定めています。秘密として管理されていること、事業に有用であること、公然と知られていないこと、の3つがそろわなければ営業秘密にあたりません。判決は、平成17年法律第75号による改正後の2条6項を引用しています。

裁判所の判断

判決は、7つの情報を順に検討しました。

基本的な仕組みは、DDの前に公知だった

判決は、雑誌記事や原告自身の発表を報じたニュース、電気通信事業紛争処理委員会の文書などを並べ、使われていない銅線を借り、局舎に1台約200万円の装置を置き、東京と大阪の2か所の交換機に光ファイバーで結ぶという構成は、遅くとも平成15年12月1日ころには電気通信事業者の間で公知だったとしました。原告は断片的な記事からは仕組みを推知できないと主張しましたが、判決は、記事には機器の位置付けや価格まで書かれており、概括的な記載とはいえないとして退けました。

地域電話会社との確認事項――営業秘密にあたり得るが、渡した証拠がない

判決は、原告が交渉で確認した事項の中身は公表されておらず、有用性と非公知性は一応認められるとしました。しかし、地域電話会社は法律上、ほかの事業者を不当に差別して扱うことを禁じられており、後から同じサービスを始める事業者にも基本的に同じ内容を示す立場にあるとして、ソフトバンクが秘密保持契約に反してまで日本テレコムに開示する必要はほとんどないとし、開示を認める証拠はないとしました。

交換機の調達先――秘密として管理できる情報ではない

このサービスに合う交換機を国内メーカーが納入し、実際に使われているという事実は、DDの当時は公知とまではいえず、有用な情報だと判決は認めました。しかし、それはメーカー自身の業務実績でもあり、メーカーは顧客に開示できるとして、原告が秘密として管理できる情報とは認めませんでした。

機器構成と改良のノウハウ

交換機やRT装置の基本的な位置付けは雑誌記事で公知とされました。どの局舎にどの機器を置くかといった具体的な構成や見積価格は非公知で有用とされましたが、具体的な構成は事業者ごとの基幹網や通信量によってメーカーと協議して決めるもので、前提の違う相手には直接役立たないとして、開示を認める証拠はないとしました。

導入後の不具合に応じた改良のノウハウについて、判決は、技術的な対応策はメーカーが提案していたとし、「注文者である原告を本件交換機に関するノウハウ(本件営業秘密4②)について共同開発者とみることは原則として困難である。」と述べました。契約に特段の合意がない限り、メーカーは自社で得たノウハウをほかの顧客向けの製品にも使えるとして、メーカーから機器を買った日本テレコムへの差止めを認めませんでした。

収支とネットワークの情報

収支や設備費用、ネットワーク構成の情報には、営業秘密として保護され得るものが含まれると判決は認めました。それでも、日本テレコムは自前の光ファイバー網を持ち、メーカーとの協議と見積もりで独自の構成を組める立場にあったとして、開示を認める証拠はないとしました。

「同じ方式」「短期間」「役員の兼任」は流用の証拠にならない

原告は、両社のサービスの基本構造が同じであること、日本テレコムが短期間でサービスを始めたこと、DDに関与したソフトバンクの取締役3名が日本テレコムの取締役にもなったことなどを挙げました。判決は、基本構造は公知だったこと、具体的な機器構成やサービス内容に違いがあること、別の通信事業者も同じ年の9月に同じ方式のサービスを発表していたことを挙げて、短期間での開始を流用の根拠とは認めませんでした。役員の兼任についても、「被告らの取締役が共通であるから直ちに被告ソフトバンクから被告日本テレコムに対し,本件秘密保持契約に反し,本件各営業秘密の不正開示行為があったと認めることができないことは当然であり」としました。日本テレコムが当初、原告と同じRT装置を使っていなかったことは、むしろ不正な開示がなかったことをうかがわせる事情だとしました。

買収を見送った理由

最後に判決は、ソフトバンクはDDで財務状況や業務内容、リスク、将来性の資料を求めたもので、「原告の企業価値を原告が希望する買収価格で評価することは困難なことであると判断したため,原告の買収を断念したものと推認することができ」るとしました。DDは営業秘密を日本テレコムに渡すために行ったものとはみられず、当時開示したと認められない以上、将来開示するおそれも認められないとして、請求をすべて棄却しました。

この判決から何がいえるか

この訴訟は不正競争防止法に基づく差止め請求で、情報が営業秘密にあたることと、相手が実際に開示・使用したことの両方が問題になりました。本件では、営業秘密にあたり得る情報があると認められたものもありましたが、親会社から子会社への開示を認める証拠がないとされました。同じ方式のサービスが短期間で始まったこと、役員が兼任していることは、本件の証拠関係のもとでは流用の証拠とされませんでした。判決は、基本構造が公知だったこと、具体的な機器構成に違いがあったこと、別の事業者も同じ時期に同じ方式を発表していたことを併せて見ています。

本件では、公知かどうかは「当業者である電気通信事業者」を基準に判断され、原告自身の発表を報じた記事や雑誌記事で、DDの前に仕組みが公になっていたとされました。交換機の納入実績や、メーカーが改良で得たノウハウは、本件では発注者である原告の営業秘密とは認められませんでしたが、判決は「原則として」と述べ、契約に特段の合意がない限り、という留保を付けています。発注者がメーカーと共同で得た成果を一般に保護しないというルールを示した判決ではありません。

一方、判決が判断していないこともあります。秘密保持契約の違反による損害賠償は請求されておらず、判断されていません。多くの情報について秘密管理性が満たされていたかも、判断されていません。判決が適用したのは判決当時の不正競争防止法で、営業秘密の定義は現在も2条6項に置かれていますが、営業秘密の保護の規定はその後も改正が重ねられています。交渉段階の合意や秘密保持をめぐる他の判例は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型3で整理しています。

株式譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 秘密保持契約の「第三者」に、後からグループに入る会社をどう扱うかを書く:この事件の秘密保持契約は、契約当事者以外の一切の者への開示を禁じ、ソフトバンクの子会社の1社だけを除外していました。日本テレコムが子会社になったのは、DDの約2か月後です。交渉の相手が同じ分野の会社を買収する可能性があるなら、後から子会社や関連会社になった会社への開示と、検討の目的以外での使用をどう扱うかを書いておきます。
  2. 非公開の部分は段階を分けて開示する:本件で非公知とされたのは、局舎ごとの具体的な機器構成や見積価格、地域電話会社との確認事項の中身、収支や設備費用などでした。こうした詳細は、交渉が進んだ段階で必要な範囲に絞って開示する段取りを考えます。
  3. 何をいつ開示したかを記録に残す:この事件では、覚書案まで作られていたか、データルームが何日開かれたか、損益計算書が開示されたかについて、当事者の言い分が対立していました。開示した資料の一覧、データルームの閲覧記録、口頭説明や局舎見学の記録を残しておくと、後で開示の事実と中身を示す材料になります。
  4. 公表済みの部分と非公開の部分を分けて特定しておく:本件では、基本的な仕組みは原告自身の発表を報じた記事や雑誌記事でDDの前に公になっていたとされ、その部分は保護されませんでした。自社の発表や取材で説明した範囲を把握し、守りたい情報を具体的に特定しておきます。
  5. メーカーと共同で改良するなら、成果の扱いを契約に書く:判決は、契約に特段の合意がない限り、メーカーは改良で得たノウハウをほかの顧客向けにも使えるとしました。改良を共同で進めるなら、成果の帰属、ほかの顧客への使用、秘密保持の範囲を契約に書きます。
  6. 買い手は、DD資料を扱う人と同じ分野の事業の担当を分けた記録を残す:この事件では、DDに関与したソフトバンクの取締役3名が日本テレコムの取締役にもなったことが争われました。判決は兼任だけで開示を認めませんでしたが、同じ分野の事業を持つ買い手は、資料を扱った人の範囲と、交渉終了後の資料の返還・廃棄の記録を残しておくと、後の疑いに備えられます。

判決の出典

この判決は東京地裁の一審判決です。控訴の有無と確定の有無は、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。訴訟の当事者ではない会社の名前は、業種や立場で書いています。

よくある質問

Q. DDで開示した情報を、買収を見送った相手が使ったら差し止められますか?

この判決では、情報が営業秘密にあたること(秘密として管理され、有用で、公然と知られていないこと)と、相手が実際に開示・使用したことの両方が問題になりました。営業秘密にあたり得る情報があっても、開示や使用を認める証拠がないとして、差止めは認められませんでした。多くの情報について、秘密として管理されていたかは判断されていません。結論は本件の証拠関係によるもので、どんな場合でも差し止められないとしたものではありません。

Q. 相手が短期間で同じサービスを始めたら、流用の証拠になりますか?

この判決では、それだけでは証拠になりませんでした。基本的な仕組みが公知だったこと、具体的な機器構成やサービス内容に違いがあったこと、別の事業者も同じ時期に同じ方式のサービスを発表していたことから、短期間での開始を流用の根拠とは認めませんでした。

Q. 秘密保持契約を結んでいれば、開示した情報はすべて守られますか?

本件では、秘密保持契約を結ぶ前に記事などで公になっていた基本的な仕組みは、営業秘密として保護されないと判断されました。原告は秘密保持契約があることも秘密管理の根拠として挙げていましたが、判決は基本的な仕組みを非公知性がないとして退けており、秘密保持契約が秘密管理性にどう影響するかは判断していません。また、この訴訟では秘密保持契約の違反による損害賠償は求められておらず、契約上の責任についても判断されていません。

Q. 買収を見送ったこと自体は問題にされましたか?

判決は、DDの結果、原告の企業価値を原告が希望する買収価格で評価することは困難と判断して買収を断念したものと推認できるとし、DDが営業秘密を日本テレコムに渡すために行われたとはみませんでした。これは本件の経過から推認したもので、買収の見送りに関する一般的な基準を示したものではありません。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。