11億5000万円で譲ったソフトウェアの著作権は全部移ったか――全従業員の移籍を含む事業継続支援の合意つきの譲渡をめぐる知財高裁 平成29年4月27日・令和元年7月10日判決

11億5000万円で譲ったソフトウェアの著作権は全部移ったか――全従業員の移籍を含む事業継続支援の合意つきの譲渡をめぐる知財高裁 平成29年4月27日・令和元年7月10日判決

資金繰りに苦しむソフトウェア会社が、支援を申し出た会社にプログラムの権利を譲り、従業員は全員、支援する側が指定する会社に移る。形式はソフトウェアの譲渡契約でも、中身は事業ごとの引き継ぎに近い取引です。こうした取引で、契約書に名前が挙がっていない改良版のプログラムや、ソースコードを秘密にしていた中核部分まで権利が移ったのか。売り手と、売り手の事業を引き継いだと主張する会社などが争った2つの訴訟で、知的財産高等裁判所は平成29年4月27日と令和元年7月10日に判決を出しました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、事業譲渡で確かめることを整理します。

この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型1「屋号・商標・ブランドが移らない、取り合いになる」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/software-chosakuken-jouto/">11億5000万円で譲ったソフトウェアの著作権は全部移ったか――全従業員の移籍を含む事業継続支援の合意つきの譲渡をめぐる知財高裁 平成29年4月27日・令和元年7月10日判決|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「11億5000万円で譲ったソフトウェアの著作権は全部移ったか――全従業員の移籍を含む事業継続支援の合意つきの譲渡をめぐる知財高裁 平成29年4月27日・令和元年7月10日判決」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/software-chosakuken-jouto/
※ JFSCが集計・加工・分析した結果(集計値・集計表・図表・指標・分析と見解)は、この条件で引用いただけます。他機関(官公庁・調査会社など)が公表した数値や文章そのものは、それぞれの元資料の利用条件に従ってください。

先に結論

事件の概要と時系列

売り手は、ソフトウェア部品群(判決では製品名で呼ばれています)を開発・販売していたソフトウェア会社です。訴えた側は、売り手と、売り手から事業を引き継いだと主張する会社2社、個人2人です。訴えられたのは、譲受人から登録プログラムの著作権を順に譲り受けた会社で、譲受人自身は訴訟の当事者ではありません(判決は会社名を実名で書いていますが、この記事では立場で書きます)。

時期出来事
平成8年〜売り手が、登録プログラムの著作権に譲渡担保権を設定して多数の金融機関から融資を受ける。平成15年には、1本を除く登録プログラムの著作権を融資元の1社が単独で持つようになる
平成18年3月頃まで売り手が、融資元に替えて譲受人から資金援助を受けることにし、著作権を取り戻して譲受人に譲ることになる
平成18年3月28日合意書を締結。譲渡の合意(登録済プログラム5本、その改良版などの非登録プログラム、マニュアル類)と、全従業員を譲受人の指定会社に移籍させる事業継続支援の合意
平成18年3月30日付けソフトウェア譲渡契約書を締結。平成18年4月末日までに著作権その他一切の知的財産権を移転。対価11億5000万円(消費税別)
平成18年4月・10月登録プログラムについて、売り手から譲受人への著作権の譲渡の登録(27条・28条の権利を含む)
平成19年・平成21年登録プログラムの著作権が、譲受人から別の会社へ、さらに被告へと譲渡され、登録される
平成29年4月27日知財高裁が、営業秘密と3本のプログラムの著作権をめぐる控訴を棄却(前の訴訟)
令和元年7月10日知財高裁が、別のプログラム2本の著作権確認と販売差止めをめぐる控訴を棄却(後の訴訟)

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合意書の第2条は、譲受人が指定する会社に売り手の従業員を全員移籍させて雇用を確保し、その会社に開発を委託して、継続的に事業を行えるよう支援すると定めていました。ただし平成29年判決は、合意書には支援の具体的内容も期間も記載されていなかったと認定しています。

2つの判決の関係:当事者は同じで、同じ譲渡契約が問題になっています。平成29年判決は、売り手側が営業秘密の侵害(不正競争防止法)を理由に被告の製品の販売差止めを求めた事件と、3本のプログラムの著作権の確認を求めた事件の控訴審です。令和元年判決は、その後に起こされた別の訴訟の控訴審で、判決は平成29年判決の訴訟を「前件」と呼び、前件の控訴審の口頭弁論終結日以降、売り手側が前件のプログラムの著作権を取得したことはないという事実を加えています。令和元年判決の対象のプログラムは第一審判決の別紙に書かれていて、判決文からは前件の3本との関係は確認できません。

何が争われたか

  1. 非登録プログラムと営業秘密の部分は譲渡の対象か:売り手側は、中核部分のプログラムは別に予定していた「第二の契約」の対象で、売り手に留保されていた、ソースコードはエスクロー(ソースコードの預託)のために送っただけで引き渡していない、と主張しました。
  2. 翻案権などは売り手に残ったか:契約書には27条・28条の権利を譲渡すると明記されていなかったため、売り手側は61条2項により売り手に留保されていると主張しました。
  3. 契約は無効か:売り手側は、一部に個人が持つ権利が含まれていた、対価は開発原価(約24億円)に及ばず暴利行為だ、支援が長く続くと見せかけて欺いた、などとして民法90条による無効を主張しました(平成29年判決)。後の訴訟では、錯誤無効、非登録プログラムの引渡しを求める権利の消滅時効、公序良俗違反を主張しました(令和元年判決)。

裁判所の判断

平成29年判決――事業ごとの移転だから、全ての権利が対象

判決は、売り手と譲受人は、売り手の事業を全従業員ごと指定会社に移し、プログラムについての全ての権利を譲受人に譲り、譲受人が対価を払って指定会社の事業継続を支援することを約したと認定しました。そのうえで、営業秘密の部分と3本のプログラムを含むプログラムについての全ての権利が、登録の有無を問わず、27条・28条の権利も含めて譲渡の対象だったとしました。

売り手側の主張は、それぞれ次の理由で退けられています。

判決は、「本件譲渡契約が公序良俗違反(民法90条)により無効であるとは認められない。」と結論づけました。ソースコードの引渡しを受けていなければ権利を対抗できないという主張にも、法的根拠がないとしています。

令和元年判決――著作権は合意で移り、引渡しは条件ではない

令和元年判決は、第一審の判断を補正して引用し、売り手の内心が契約の内容と異なっていたことを裏付ける証拠はなく、契約の動機が譲受人に表示されたことを裏付ける客観的証拠もないとして、錯誤無効を認めませんでした。対価が支援する側へのコンサルティング報酬と相殺されたことについても、売り手の報酬債務が消えるのだから「代金が支払われなかったと評価することはできない。」としています。

消滅時効の主張については、非登録プログラムの著作権は、契約書のとおり平成18年4月末日までに合意によって移ったとしました。契約書の「引き渡す」という規定は、著作権の移転とともに媒体を引き渡すことを定めたもので、「契約の効力発生(あるいは著作権の移転そのもの)について何らかの条件等を付したものであるとは解されない。」として、引渡しが済むまで権利は移らないという主張を退けました。

控訴審で加えられた公序良俗違反(下請法違反などを理由とするもの)の主張も、売り手側の主張する事実関係でも「直ちに公序良俗違反(民法90条)となるものではない上」、欺罔などを裏付ける客観的証拠もないとして退けました。

この判決から何がいえるか

ソフトウェアの譲渡で、契約書が「その他関連する一切のプログラム著作物」と書き、取引の目的が事業ごとの引き継ぎだった場合、売り手が後から一部は対象外だったと主張しても、裏付けがなければ通らない、ということです。裁判所は契約書の文言だけでなく、全従業員の移籍と開発の委託という取引の組み立てから、中核部分を外すのは不自然だと判断しました。翻案権などについても、明文がなくても、取引の趣旨や登録の内容から61条2項の推定が覆るとされました。

一方、判断されていないこともあります。

錯誤無効は平成29年改正前の民法95条を前提にしています。現在の民法95条では、錯誤は取り消すことができるものとされ、動機の錯誤はその事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り取り消せます。ほかの屋号・商標・知的財産をめぐる判決は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型1で整理しています。

事業譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 外すものは外すと書く:この事件の契約書は、登録済プログラムを列挙したうえで改良版や「その他関連する一切」を対象にしていました。売り手が中核部分やソースコードを残したいなら、留保する範囲を契約書に明記します。口頭や別の契約の予定に頼ると、この事件のように内容を特定できず、認められないおそれがあります。
  2. 翻案権など(著作権法27条・28条)を明記する:この事件では推定が覆りましたが、取引の趣旨や登録の内容から認定されたもので、契約書には明文がありませんでした。買い手側は、27条・28条の権利を含むと契約書に書き、著作者人格権を行使しない合意も入れておきます。
  3. 支援・協業の約束は中身と期間を書く:合意書には支援の具体的内容も期間もなく、売り手が長期の支援を期待していても、その期待は認められませんでした。従業員の受け入れや開発の委託を条件に権利を譲るなら、委託の量、期間、打ち切ったときの扱いを書面にします。
  4. 対価の払い方を記録する:この事件では対価が報酬との相殺で処理され、売り手側は後に支払われていないと主張しました。相殺するなら、相殺する債権と金額を書いた書面を残します。
  5. 担保と登録の履歴を確かめる:登録プログラムには平成8年から譲渡担保権が順に設定され、1本は譲渡契約の時点でも担保が残っていました(契約書は抹消の期日を別に定めていました)。著作権の移転は登録しなければ第三者に対抗できません(著作権法77条1号)。登録の履歴を取り寄せ、担保の抹消と移転登録を決済の条件にします。
  6. 引渡しを条件にするかを決める:令和元年判決は、「引き渡す」という規定を権利移転の条件とは読みませんでした。ソースコードや開発環境の引渡しを権利移転や代金支払の条件にしたいなら、その旨を明記し、引き渡した物の一覧を受領書で残します。

判決の出典

平成29年判決の原審は東京地裁平成28年(ワ)第360号ほか、令和元年判決の原審は東京地裁平成30年(ワ)第13092号です。2026年10月12日時点の公開情報では、上告の有無や確定したかどうかは確認できていません。個人は判決の伏字か立場で、会社は立場で書いています。

よくある質問

Q. 契約書に名前のない改良版のプログラムも、譲渡の対象になりますか?

この事件では、契約書が登録済プログラムの改良版や「その他関連する一切のプログラム著作物」を対象にしており、取引の目的が事業ごとの引き継ぎだったことから、登録の有無を問わず全てのプログラムが対象とされました。契約書の文言と取引の内容によって結論は変わります。

Q. 翻案権を譲ると書いていなければ、売り手に残りますか?

著作権法61条2項は、27条・28条の権利が譲渡の目的として特掲されていないときは譲渡人に留保されたものと推定します。この事件では、取引の趣旨や登録の内容などから推定が覆るとされましたが、推定ですから、契約書に明記するのが確実です。

Q. 対価が開発費より安ければ、暴利行為で無効になりますか?

平成29年判決は、ソフトウェアの市場価格が常に開発原価以上だという証拠はないとし、売り手の資金逼迫やソフトウェアの収益の実情から、主張された価値は認めませんでした。安いことだけで無効になるかの一般的な基準を示したものではありません。

Q. 約束された支援が打ち切られたら、譲渡をなかったことにできますか?

この判決では、支援の具体的内容や期間が合意書になく、欺罔を裏付ける客観的証拠もないとして、公序良俗違反による無効は認められませんでした。支援の義務の違反による解除や損害賠償の可否は、この2つの判決では判断されていません。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。