創業デザイナーの死後に「生前に事業を譲った」と主張しても認められるか――米国のシルバーアクセサリーブランド「ガボール」の商標をめぐる知財高裁 平成22年1月26日の3判決

創業デザイナーの死後に「生前に事業を譲った」と主張しても認められるか――米国のシルバーアクセサリーブランド「ガボール」の商標をめぐる知財高裁 平成22年1月26日の3判決

ブランドの創業者が亡くなった後、創業者は生前に事業を譲っていたと名乗り出る人が現れたとき、契約書や領収書があれば、ブランドの商標はその人のものになるのでしょうか。米国のシルバーアクセサリーブランド、ガボール(GABOR)・ガボラトリー(GABORATORY)をめぐり、知的財産高等裁判所は平成22年1月26日、同じ当事者の争いについて3件の判決を出しました。この記事では、判決文をもとに、3件の関係、何が争われたか、事業や商標を譲り受ける前に確かめることを整理します。

この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型1「屋号・商標・ブランドが移らない、取り合いになる」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/kaigai-brand-shohyo-jouto/">創業デザイナーの死後に「生前に事業を譲った」と主張しても認められるか――米国のシルバーアクセサリーブランド「ガボール」の商標をめぐる知財高裁 平成22年1月26日の3判決|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「創業デザイナーの死後に「生前に事業を譲った」と主張しても認められるか――米国のシルバーアクセサリーブランド「ガボール」の商標をめぐる知財高裁 平成22年1月26日の3判決」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/kaigai-brand-shohyo-jouto/
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先に結論

事件の概要と時系列

登場するのは次の当事者です(個人は判決の伏字か立場で、会社は立場で書きます)。

時期出来事
平成8年頃ブランド会社がガボール製品を日本に輸出・販売。平成11年頃までに、製品と王冠付きGマークは日本で広く知られる
平成10年12月10日創業デザイナーが事業を中間の会社に20万ドルで譲ったとする契約書・領収書の日付(中間の会社はまだ設立されていない)
平成11年1月16日創業デザイナーが死亡
平成13年5月〜7月中間の会社が設立され、米国で3件の商標を出願
平成13年8月8日ブランド会社が日本で王冠付きGマークを出願(平成14年7月5日登録)
平成15年7月〜9月原告会社が中間の会社と、独占的製造販売権や全権利の譲渡などの契約を結んだと主張
平成16年8月ブランド会社と中間の会社らが米国の第2次訴訟で和解。中間の会社らはGABOR・GABORATORYと同一・類似の標章を使わず、金型を引き渡すことなど
平成16年8月4日創業デザイナーの妻が日本で「GABOR」を出願(平成18年6月16日登録)
平成17年2月24日原告会社が日本でGマーク(王冠なし)を出願(同年7月1日登録)
平成19年11月米国の連邦地裁が、原告会社の代表者が中間の会社から米国商標の譲渡を受けた事実は認められないとして訴えを却下(第3次訴訟)
平成22年1月26日知財高裁が3件の判決を言い渡す

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3件の判決の関係

3件はいずれも、特許庁の無効審判の審決に対する取消訴訟で、同じ日に同じ裁判体が判決しています。

判決対象の登録商標(権利者)特許庁の審決知財高裁
平成20年(行ケ)第10409号(判決ID 38379)王冠付きGマーク(ブランド会社)原告会社の無効審判請求を退ける(平成20年6月24日)原告会社の請求を棄却
平成20年(行ケ)第10303号(判決ID 38380)「GABOR」(創業デザイナーの妻)原告会社の無効審判請求を退ける(平成20年4月2日)原告会社の請求を棄却
平成20年(行ケ)第10091号(判決ID 38381)Gマーク(原告会社)ブランド会社の請求で原告会社の登録を無効とする(平成19年11月5日)原告会社の請求を棄却

最初の2件は、原告会社が相手方の登録を無効にしようとした事件、3件目は、原告会社自身の登録が無効とされた事件です。どの事件でも、原告会社は、創業デザイナーから中間の会社へ、中間の会社から原告会社へと事業が譲られたと主張しました。

何が争われたか

  1. 生前の事業譲渡は認められるか:原告会社は、死期を悟った創業デザイナーが職人あての遺言書を書き、それを具体化する事業譲渡契約を友人と結んで20万ドルを現金で受け取った、原本はブランド会社の共同設立者に脅し取られたと主張し、署名鑑定の意見書も出しました。
  2. 周知性は承継されるか:原告会社は、事業とともに、すでに日本で広く知られていたマークの周知性も中間の会社、さらに原告会社へと承継されたので、相手方の登録は他人の周知商標と同一・類似で無効だ(商標法4条1項10号)と主張しました(38379・38380)。
  3. 原告会社のGマークは無効か(38381):特許庁は、原告会社のGマークはブランド会社の先の登録商標(王冠付きGマーク)に類似するとして無効としました(商標法4条1項11号)。原告会社は、王冠の部分こそ要部で類似しない、相手方の登録商標はそもそも無効だと主張しました。

裁判所の判断

出発点――正当な権利者はブランド会社

判決は、ブランド会社は創業デザイナーから事業を承継し、日本に輸出・販売してブランドを広く知られるものにしたと認め、その後に権利を譲渡するなどして失った事情がない限り、「本来、ガボールブランドに係る事業及びそれに伴う諸権利の正当な権利者は被告であるというべきである」としました(38379。被告はブランド会社。38380でも同じ趣旨)。そのうえで、原告会社の主張を一つずつ検討しています。

遺言書・契約書・領収書の成立は認められない

原告会社の主張・証拠判決の判断
遺言書・契約書・領収書(いずれも写し)原本の提出がなく、署名の存否を精査できず、真正に作成されたと直ちに認められない
署名鑑定の意見書原本ではなく、極めて品質の悪い写しのさらに写しを対象にしており、「鑑定として意味がない」
死期を悟って遺言書を書いた死期を告げられていた証拠はない。前日まで精力的に仕事をし、妻には遺言書らしきものを残していない
遺言書を具体化した契約遺言の相手は職人、契約の譲受人は中間の会社で矛盾する。契約日に中間の会社は未設立。共同設立者や妻に相談せず役員会も経ずに会社の全権利を譲ったことになり「極めて不自然」
20万ドルを現金で受領遺言では無償なのに契約では有償で不自然。対価として極めて低額。現金取引の商慣習を認める証拠はない
原本は脅迫で奪われた陳述書にすぎない。和解では友人側が7500ドルの支払いを約束させ、双方が弁護士を通じて交渉しており、「当時、両者は脅迫者と被脅迫者という立場にあったとは認められない」

対価について、判決は「20万ドルという対価はガボールブランドに係る事業及びそれに伴う諸権利の対価としては極めて低額であることは明らか」とし、「支払資金の準備や受領した金員の処理などの現金の流れについて、銀行口座等に全く形跡を残さないなどということは通常あり得ないところである」として、受領の事実は認められないとしました。

さらに判決は、職人・友人・中間の会社が、米国の第1次・第2次訴訟でこの事業譲渡契約を主張も提出もせず、その後の和解でも自分たちに何の権利もないことを前提にしていた点を「極めて不自然」とし、契約書が「その後に作成されたとの疑念を強く抱かせる」と述べています。

事業は止まっておらず、金型も引き継がれていない

原告会社は、死後にブランド会社が営業を止めていたことや、職人がオリジナルの金型を持っていたことを譲渡の裏付けとしました。判決は、ブランド会社は死後も事業を継続していたと認め、契約書写しには「譲渡の効力発生時期については何ら明記されていない」ので、死後のための契約だという説明は、締結と同時に20万ドルを払ったという主張と矛盾するとしました。金型も、職人が新たに作ったものだと認定しています。

転得者は権利を取得できない

判決は、中間の会社が事業と諸権利を承継した事実は認められないから、仮に原告会社が中間の会社から譲り受ける契約を結んでいたとしても、「それは無権利者との契約にすぎず、原告が権利を取得することはできない」としました。出願当時、マークが原告会社や中間の会社の周知標章だったと認める証拠もないとして、商標法4条1項10号による無効の主張を退けました(38379・38380)。

38381――類似の判断と、相手の登録の無効は別の手続で

原告会社のGマークについて、判決は、王冠の部分は「王冠」というありふれた外観と観念にすぎないのに対し、Gマークは創業デザイナーの頭文字を図案化した特殊な態様のもので、「その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められ」るとして、王冠付きGマークと類似すると判断しました。

相手方の登録商標は無効だという主張については、「商標法4条1項11号にいう他人の登録商標は登録されていれば足りるものであって」、無効を主張する者は、商標法39条で準用する特許法104条の3第1項の場合を除き、別に無効審判と審決取消訴訟で争うべきだとして採用しませんでした。そのうえで、事案の内容と手続の経緯にかんがみて事実関係も検討し、王冠付きGマークの出願時に中間の会社やその関係会社のマークとして周知だったとはいえず、生前の権利承継も認められないとしています。

この判決から何がいえるか

創業者の死後に生前の譲渡を主張しても、原本、代金の流れ、会社としての手続の裏付けがなければ、譲渡は認められにくい、ということです。本件では写しと署名鑑定の意見書が出されましたが、さまざまな食い違いが重なり、成立が否定されました。出発点の譲渡が認められない以上、その先で契約を重ねて対価を払っても、権利は取得できないとされています。

判決が判断していない点もあります。

判決が適用した商標法4条1項10号・11号・46条1項1号、39条(特許法104条の3の準用)は判決当時の規定で、2026年10月12日時点の現行法にも同じ条項があります。3件の判決は上告の付加期間を30日と定めていますが、上告の有無や確定したかどうかは確認できていません。屋号・商標の取り合いの事例は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型1で整理しています。

事業譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 権利が誰の名義にあるかを、個人と会社に分けて確かめる:本件では、創業デザイナーは平成6年に事業と諸権利をすべて会社に譲っていました。その後に創業者個人が譲ったとしても、会社の財産を譲るには会社としての意思決定が要ることになります。譲渡人が個人か会社か、会社なら役員会の決議などの手続を経ているかを確かめます。
  2. 譲受人となる会社が契約日に存在しているかを確かめる:本件の契約書は、譲受人の会社が設立される前の日付でした。契約の当事者が契約日に実在していたかは、登記などで確認できます。
  3. 原本を保管し、代金は口座を通して払う:本件では原本がなく、20万ドルの現金授受も銀行口座に痕跡がないとして受領が認められませんでした。契約書の原本の保管場所を決め、代金は振込など記録の残る方法で払うことが考えられます。
  4. 転売・再譲渡で取得するときは、最初の譲渡の証拠までさかのぼる:原告会社は中間の会社と複数の契約を結んで対価を払ったと主張しましたが、中間の会社の権利が認められず、権利を取得できないとされました。売り手が権利を得た経緯の書類、売り手と元の権利者の間の訴訟や和解の内容まで確認します。
  5. 海外ブランドは、日本の登録商標の名義と、関係者の訴訟・和解を確かめる:本件では、日本でブランド会社・創業者の妻・原告会社がそれぞれ商標を登録し、米国では訴訟と和解が重なっていました。日本の登録名義と、和解で使用が制限されていないかを確かめます。

判決の出典

2026年10月12日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、3件の判決に対する上告や上級審の判断は確認できていません。ブランド名は判決にあるとおり、会社は立場で、個人は判決の伏字か立場で書いています。

よくある質問

Q. 創業者が生前に事業を譲ったという契約書の写しがあれば、譲渡は認められますか?

この3判決では、写ししか提出されず原本がないことに加え、遺言と契約の相手の食い違い、契約日に譲受人の会社が設立されていなかったこと、対価の不自然さなどから、契約書の成立は認められませんでした。写しが一般に使えないとしたのではなく、本件の証拠を総合した判断です。

Q. 権利のない相手から事業を買った場合、代金を払っていれば商標は手に入りますか?

判決は、中間の会社が事業と諸権利を承継した事実は認められないから、原告会社が中間の会社と契約していても「無権利者との契約にすぎず」、権利は取得できないとしました。原告会社は合計57万ドルを払ったと主張しましたが、払った対価をどう回収できるかは判断されていません。

Q. 事業を譲り受ければ、前の持ち主が築いた商標の知名度(周知性)も引き継げますか?

原告会社はそう主張しましたが、判決は、前提となる事業の承継そのものを認めなかったため、事業の承継があれば周知性も承継されるかという点については、一般論としての判断を示していません。

Q. 相手の登録商標が無効だと思えば、自分の商標が無効とされた審決の取消訴訟で主張できますか?

38381の判決は、商標法4条1項11号の他人の登録商標は登録されていれば足り、その無効は、商標法39条で準用する特許法104条の3第1項の場合を除き、別に無効審判と審決取消訴訟で争うべきだとしました。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。