代金で債務を片付けると約束した売り手が払わなかったら――会員への預託金を肩代わりした買い手の求償と代表者の責任(栄養飲料メーカーの事業譲渡・東京地裁 平成22年7月2日/知財高裁 平成23年6月23日)

代金で債務を片付けると約束した売り手が払わなかったら――会員への預託金を肩代わりした買い手の求償と代表者の責任(栄養飲料メーカーの事業譲渡・東京地裁 平成22年7月2日/知財高裁 平成23年6月23日)

負債の多い会社が事業を売るとき、事業は買い手に渡し、借金は売り手が代金で片付けるという形がとられることがあります。しかし、売り手が約束どおりに払わなければ、顧客の請求は事業を引き継いだ買い手に向かいます。栄養飲料メーカーの事業譲渡をめぐる東京地裁 平成22年7月2日判決と、その控訴審の知財高裁 平成23年6月23日判決は、この場面を扱っています。この記事では、2つの判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、事業譲渡で確かめることを整理します。

この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型4「債務がついてくる(商号の続用・責任逃れ)」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/kenkou-inryou-jigyou-jouto-saimu/">代金で債務を片付けると約束した売り手が払わなかったら――会員への預託金を肩代わりした買い手の求償と代表者の責任(栄養飲料メーカーの事業譲渡・東京地裁 平成22年7月2日/知財高裁 平成23年6月23日)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「代金で債務を片付けると約束した売り手が払わなかったら――会員への預託金を肩代わりした買い手の求償と代表者の責任(栄養飲料メーカーの事業譲渡・東京地裁 平成22年7月2日/知財高裁 平成23年6月23日)」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/kenkou-inryou-jigyou-jouto-saimu/
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先に結論

事件の概要と時系列

売り手は、昭和26年に設立され、栄養食料・栄養飲料の製造販売を目的とする会社です。濃縮飲料1品目の製造・販売を唯一の事業とし、本社は東京、工場は北海道千歳市にありました。買い手は個人で、事業はその後、この個人が代表取締役で唯一の株主である会社(平成19年11月設立)に移されました(判決は両社を実名で書いていますが、この記事では伏せます)。

売り手は資金繰りが悪化し、平成10年春ころから「特別会員」の制度を始めていました。入会金100万円(後に120万円)を1年から5年預ければ、期間に応じて製品を無料で贈呈するという制度です。60万円を預ける「協力会員」の制度もありました。知財高裁は、平成18年9月当時、会員への預託金返還債務が約7億5000万円、その他を含めた負債が約25億円あったと認定しています。

時期出来事
平成18年10月ころ売り手が会員に、近い時期に会社を解散すると告げる文書を送る。このころから事業の譲渡を計画
平成19年5月14日売り手の代表者が買い手の個人に、代金3億円で事業を譲渡し、会社の債務は承継させないと申し入れる。買い手は数日後に応じ、6月から内金を支払う
平成19年12月代表者が新たな要求を出すが撤回。25日・26日に覚書に署名・押印(日付は12月28日)
平成19年12月28日・29日売り手が従業員全員(5名)を解雇し、買い手側の会社が全員を採用
平成20年1月7日〜12月11日買い手側の会社が、会員に製品計2196本を無料贈呈・代物弁済し、6月には1名に預託金50万円を現金で返す
平成22年7月2日東京地裁判決
平成23年6月23日知財高裁判決(控訴棄却・附帯控訴の一部認容)

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覚書には、3億円で譲渡する内容として、株式20万株・土地・工場建物をそれぞれ1円で譲ること、特許権、製造工程の指導、営業権、什器備品・機械装置、平成19年12月28日現在の商品を譲ることが並び、そのただし書きとして「負債の整理に関しては甲が責任をもって処理し、乙には何ら関係せしめないものとする。」と書かれていました。甲は売り手の代表者、乙は買い手の個人です。

何が争われたか

  1. 覚書は事業譲渡の契約か:売り手側は、平成19年5月14日に全株式を3億円で売る株式譲渡契約が成立しており、覚書はそれを確認したにすぎないと主張しました。負債は買い手側が負担していく合意があったはずだ、とも主張しました。
  2. 代金はいくら払われたか:売り手側は、内金のうち5300万円は製品6000本の売買代金だと主張しました。
  3. 肩代わりは第三者弁済として求償できるか:売り手側は、買い手側の会社は会員への債務を引き継いでおり、自分の債務を払っただけだと主張しました。売り手の意思に反する弁済だ、特別会員用に区別していた「担保仕掛品」を配っただけだ、とも主張しました。
  4. 代表者個人の責任:買い手側は、売り手の代表者と取締役2名に会社法429条1項の責任を求めました。
  5. その他:商標権の移転登録、製造・販売の差止め、中傷文書の差止めと賠償。

裁判所の判断

覚書は売り手の会社との事業譲渡契約

東京地裁は、売り手は多額の負債を抱えて窮境にあり、唯一の事業を第三者に譲渡して代金で債務を処理し、譲受人には債務を承継させないという計画を立てていたと認め、覚書はその計画を文書化したものだとしました。本文と署名欄で当事者の表示が食い違っていましたが、代表者が会社の肩書きで署名し登録印を押していることなどから、売り手の会社と買い手の個人との事業譲渡契約と認め、株式譲渡契約の成立は認めませんでした。

知財高裁もこの判断を維持し、次のように述べています。

本件事業を第三者に譲渡し、その譲渡代金によって控訴人会社の債務を処理する一方、本件事業の譲受人である第三者には同控訴人の債務を承継させず、本件事業の維持、再生を図るという方法は、本件事業の存続を図る方法として、合理性を有する手法ということができる。

さらに、負債が約25億円だという売り手側の主張を前提にすると、「このような負債を有する会社の株式を、3億円で購入すること自体、明らかに経済的合理性に反するものというほかない。」として、株式譲渡だという主張を退けました。代表者自身のメモに、代金が予定どおり入れば会員への返済分も滞納税金も完済できると書かれていたことも挙げ、「特別会員等の預託金返還は、本件事業が控訴人会社から被控訴人らに承継される前に、譲渡代金等を原資として控訴人らによって行われることが前提とされていた」と認定しました。代表者は受け取った代金の一部を自宅の建築費に充てていました。

買い手側の会社が会員への対応を続けていた点については、主な顧客との関係を保つための対応には合理性があり、会員への通知でも本来は売り手が返すべきだと明記していたとして、「被控訴人らが預託金返還を行っていることなどをもって、本件覚書による本件事業譲渡契約の内容として、控訴人らの主張する債務の承継まで含まれていたとまで認めることはできない。」と述べました。

代金の支払と、肩代わりの求償

支払済みの代金は下の表のとおりで、知財高裁の額は買い手が請求を310万円減らした結果です。5300万円は製品の売買代金だという売り手側の主張は、地裁・高裁とも認めていません。

肩代わりについて、両判決は、会員から預託金を受け取ったのは売り手で、買い手は債務を承継しないとされていたから、買い手側の会社が払ったのは第三者である売り手の債務だとしました。売り手の委託はないので事務管理にあたるとしています。

売り手の意思に反する弁済だという主張について、知財高裁は、売り手側が送付の中止を再三申し入れていたことなどから、意思に反してされたものと認めました。そのうえで、事業を円滑に続けるために会員の要求に応じることには合理性があり、買い手側の会社は「控訴人会社の商号を引き続き使用する者として一部の特別会員から会社法22条1項の責任を追及されていた」ことなどから、法律上の利害関係を有する者にあたり、「同控訴人の意思に反しても弁済をすることができるというべきである」としました(当時の民法474条2項)。東京地裁も同じ理由で主張を退けています。

「担保仕掛品」の主張は、その費目が解散予告の直前の決算で初めて現れたことなどから、知財高裁は特別会員の所有物として確保されていたとは認めませんでした。

求償額は、東京地裁では支出した費用の償還(民法702条1項)、知財高裁では売り手の「現存利益」の範囲(同条3項)とされ、どちらも製品1本を、買い手が以前に販売店として仕入れていた2万6250円で計算しました。2196本で5764万5000円、現金50万円を加えて5814万5000円です。定価の1本5万2500円などで計算すべきだという買い手側の主張は採用されませんでした。この求償金債権は買い手の個人に譲渡され、残代金と相殺されました。

東京地裁知財高裁
支払済みの代金2億7991万3029円2億7681万3029円
残代金2008万6971円2318万6971円
肩代わりの求償額5814万5000円5814万5000円
相殺後に支払を命じた額3805万8029円3495万8029円

代表者個人の責任(会社法429条1項)

知財高裁は、売り手の代表者は事業譲渡契約の締結に直接関与し、事情を知り尽くしながら、「本来、特別会員に対する預託金返還等については本件事業譲渡前に控訴人会社において行うべきであったにもかかわらず、その任務を怠って、預託金の返還等を行わなかったものである。」として、会社法429条1項による賠償責任を認めました。会社の求償債務とは不真正連帯の関係とされ、代表者も相殺後の残額を連帯して払うよう命じられています。ほかの取締役2名への請求は、東京地裁が悪意や重大な過失の具体的な主張・立証がないとして棄却し、控訴審では争われていません。

商標・土地建物・競業・中傷文書

この判決から何がいえるか

債務は売り手が代金で処理し、買い手は引き継がないという約束は、この事件では契約として認められ、買い手側の会社は法律上は売り手の債務を負わないとされました。それでも、売り手が払わなかったために、会員の請求は事業を引き継いだ会社に向かい、会社は約1年にわたって製品を配り、求償の訴えを起こすことになりました。約束が有効でも、守られなければ買い手の負担になるというのが、この事件の実際の経過です。

求償の範囲にも限りがあり、製品は定価ではなく仕入価格で計算されました。買い手側が求めた額のすべてが戻ったわけではありません。

判決が判断していないこともあります。

債務と商号をめぐるほかの判決は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型4で整理しています。

事業譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 代金の使い道を約束で終わらせない:この事件では、代金で会員への返済と滞納税金を片付ける前提でしたが、代金の一部は代表者の自宅の建築費に充てられました。売り手が代金で債務を払う約束なら、代金の一部を債権者へ直接払う、弁済の証明と引き換えに支払うなど、使い道を確かめられる形にしておくことが考えられます。
  2. 顧客に対する債務を一覧にする:会員への預託金や無料贈呈の約束のように、主な顧客に対する債務は、契約上引き継がなくても、事業を続ける買い手が対応を迫られることがあります。顧客ごとの残高と期限を譲渡前に確認し、譲渡日までの返済か、引き継ぐ場合は代金からの控除かを決めておきます。
  3. 契約書を一本にし、当事者と対象を明確にする:覚書は本文と署名欄で当事者の表示が食い違い、株式・土地・工場が1円で並ぶ一方、商標権は書かれておらず、正式な契約書は後日作る予定のままでした。売り手側は株式譲渡だと争い、商標権や土地建物の登記まで裁判で求めることになりました。譲渡するのは事業か株式か、誰と誰の契約か、商標・特許・不動産・在庫の扱いを一つの契約書に書きます。
  4. 譲受会社を契約の当事者に入れる:この事件では、契約の相手は買い手の個人で、事業はその後に会社へ移されました。知財高裁は、売り手は買い手側の会社に対しては競業避止義務を負わないとしています。事業を最終的に営む会社を当事者に加えるか、権利の移転を契約に書いておくことが考えられます。
  5. 商号と顧客への通知を決めておく:買い手側の会社は売り手の商号を引き続き使う者として会員から責任を追及されていました。商号を続けて使うなら、債務を引き継がない旨の登記や通知(会社法22条2項)を検討し、譲渡日に顧客へ誰が何の責任を負うかを知らせます。

判決の出典

2つの判決は同じ事件の第一審と控訴審です。2026年10月12日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、知財高裁判決に対する上告や確定の有無は確認できていません。個人と会社は立場で書いています。

よくある質問

Q. 事業譲渡で「債務は売り手が処理する」と決めれば、買い手は安全ですか?

この事件では、その約束は有効とされ、買い手側の会社は売り手の債務を法律上引き継いでいないとされました。しかし、売り手が払わなかったため、事業の主な顧客である会員の請求が買い手側に向かい、買い手側の会社は製品の贈呈などで肩代わりしました。約束の有効性と、約束が守られるかどうかは別の問題です。

Q. 売り手の代わりに払った分は、全額取り戻せますか?

この事件では、肩代わりは事務管理による第三者弁済とされ、知財高裁は売り手の現存利益の範囲で求償を認めました。配った製品は定価の1本5万2500円ではなく、買い手が以前に仕入れていた1本2万6250円で計算されています。全額が戻るかは、何をどう払ったかや事案の事情によります。

Q. 売り手の社長個人にも請求できましたか?

この事件では、売り手の代表者が、事業譲渡前に会社として預託金を返すべきだったのにその任務を怠ったとして、会社法429条1項の責任が認められ、会社と連帯して相殺後の残額を払うよう命じられました。ほかの取締役2名については、悪意や重大な過失の具体的な主張・立証がないとして請求が棄却されています。

Q. 買い手側の会社は、商号の続用で会員に責任を負ったのですか?

判決はその点を判断していません。会員から会社法22条1項の責任を追及されていたことは、弁済について法律上の利害関係を持つ事情として挙げられただけです。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。