約20年使われた葬儀会館の屋号を、運営を引き継いだ会社は使い続けられるか――先使用権と権利濫用の主張を退けた大阪地裁 令和5年11月30日判決

約20年使われた葬儀会館の屋号を、運営を引き継いだ会社は使い続けられるか――先使用権と権利濫用の主張を退けた大阪地裁 令和5年11月30日判決

経営が苦しくなった会社の店舗や施設を、別の会社が引き継いで営業を続ける。そのとき、地元で長く使われてきた屋号もそのまま使いたいと考えるのは自然です。ところが、その屋号を第三者が先に商標登録していたら、どうなるでしょうか。大阪府八尾市の葬儀会館の名称「久宝殿」をめぐる大阪地裁 令和5年11月30日判決は、約20年使われてきた名称でも、運営を引き継いだ会社が使い続けることはできないと判断しました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、事業を引き継ぐ前に確かめることを整理します。

この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型1「屋号・商標・ブランドが移らない、取り合いになる」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/sougi-kaikan-yagou/">約20年使われた葬儀会館の屋号を、運営を引き継いだ会社は使い続けられるか――先使用権と権利濫用の主張を退けた大阪地裁 令和5年11月30日判決|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「約20年使われた葬儀会館の屋号を、運営を引き継いだ会社は使い続けられるか――先使用権と権利濫用の主張を退けた大阪地裁 令和5年11月30日判決」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/sougi-kaikan-yagou/
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先に結論

事件の概要と時系列

登場するのは次の4者です(判決は会社名を実名で書いていますが、この記事では伏せます)。

時期出来事
平成12年旧会社が建物を改装した会館を借り、「メモリアルホール久宝殿」の名称で葬儀業を始める
平成28年頃旧会社の経営状況が悪化し、会館の使用料も大きく減る
令和2年4月頃建物の所有者が賃貸借契約を解約することにし、次の借り手を探す内覧会を始める
令和2年5月被告の代表者が2度内覧(旧会社の代表者も同席)。会館の名称と電話番号を引き継げることを確認
令和2年7月31日被告が建物の所有者と会館の賃貸借契約を結ぶ
令和2年8月原告の代表者が旧会社の代表者に「うちで登録してよいか。」と尋ね、「いいんじゃないですか。」との回答を得る
令和2年8月27日被告と旧会社の代表者が顧問契約を結ぶ
令和2年8月31日まで旧会社が会館から退去。9月頃以降、被告が会館で葬儀業を営む
令和2年9月17日原告が「久宝殿」(標準文字)を出願(第45類 葬儀・法要の執行など)
令和3年8月23日商標登録
令和4年4月29日原告が会館から数百メートルの場所に「サクラホール久宝殿」を開業(建設費 約1億2000万円)
令和5年11月30日大阪地裁が差止めと廃棄を命じる

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会館の設備は、旧会社が所有していたものを建物の所有者がすべて買い取り、被告が引き継いで使うことになりました。駐車場の賃貸借、広告、備品のレンタル、警備などの契約は、令和2年8月から12月にかけて当事者を被告に切り替える手続が行われています。一方、判決の認定事実には、旧会社と被告の間で事業そのものを譲る契約を結んだという事実は出てきません。原告は、事業承継に関する契約書等が取り交わされていないと主張していました。

旧会社の施行実績は、平成28年度から令和2年度(8月頃まで)にかけて、127件、102件、137件、124件、77件でした。

何が争われたか

原告と被告の名称が類似し、同じ役務に使われていることには争いがありませんでした。争点は被告の反論(抗弁)です。

  1. 先使用権が認められるか(争点1):商標法32条1項は、他人の出願前から不正競争の目的なく使っていた結果、出願の際に自己の業務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標を使い続ける権利を認め、「当該業務を承継した者」にも同じ権利を認めています。被告は、葬儀会社の商圏は会館から半径2km程度で、その範囲で名称は広く知られており、被告は設備・電話番号・各種契約を引き継ぎ、旧会社の代表者を顧問に迎えてノウハウも承継したと主張しました。会社法467条の事業譲渡の手続は必要ないとも主張しています。原告は、商圏は東大阪市と八尾市に及び、その中での施行割合は約2%以下にすぎない、業務の承継は原則として会社法467条の事業譲渡の場合をいい、有効な手続はとられていないと主張しました。
  2. 権利の濫用か(争点2):被告は、原告は被告が会館を引き継ぐことを知っていたか容易に知り得たのに出願した、旧会社の代表者は確定的な承諾をしておらず対価も払われていないと主張しました。原告は、旧会社の代表者の許可を得て取得したもので、悪意はないと主張しました。
  3. 差止め等の必要性(争点3)

裁判所の判断

争点1――名称は出願時に広く知られていたとはいえない

判決は、葬儀は不幸があれば直ちに施行が求められるという性質から、会館の周辺に住む人が主な需要者になることには一定の合理性があると認めました。しかし、先使用権が認められると、未登録のまま登録商標の禁止権を排除することになり、「商標権の効力に対する重大な制約をもたらすことになる」として、公的機関のウェブサイトにある「商圏範囲が2キロメートル」という目安から、半径2km程度で知られていれば足りると判断するのは相当でないとしました。

そのうえで、申込者の住所が半径2km圏外の葬儀が2割弱あり、旧会社が東大阪・八尾の相当程度広い地域を対象に新聞折込広告などの宣伝もしていたことから、名称を使っていた範囲はおおむね東大阪市と八尾市の全域(会館から最大で約10km圏内)と考え、その範囲で周知性を検討しました。

判決が挙げた事情内容
施行件数の割合両市の死亡者数の8割を基準にすると約2%
周辺の他社の会館半径2km圏内に9件(東大阪市4件・八尾市5件)、3km圏内では26件程度。本件会館のシェアは不明
経営状況平成28年頃から悪化し、令和2年当時のシェアはさらに縮小していた可能性

判決は、約20年会館の名称として使われてきたことや、名称が一定程度の識別力を持つことを考慮しても、出願の際に両市の範囲で「現に需要者の間に広く認識されていたとは認められない」と判断しました。そして、被告が旧会社から業務を承継した者にあたるかを「検討するまでもなく」、先使用権の主張は理由がないとしました。

争点2――旧会社の代表者の了解を得た出願で、権利の濫用ではない

判決は、原告の代表者が令和2年8月頃に顧問料の覚書(固定報酬を「久宝殿への出社日数」を基準に定めたもの)を見た段階で、被告が会館で葬儀業を営んでいくことは認識しており、被告が名称を「継続して使用するであろうことを認識することは可能であったといえる」としました。原告が主張した、旧会社の代表者との共同経営を前提とした合意については、証拠がないとしています。

一方で、判決は、名称は旧会社が約20年使い続け「その信用が化体したものといえる」としたうえで、旧会社の代表者が商標登録してよいかと尋ねられて「いいんじゃないですか。」と答え、9月に改めて確認されたときも反対しなかったことを重視しました。令和4年4月のやり取りで、旧会社の代表者は、弁護士から旧会社には名称について何の権利もないと聞いたと返信しましたが、判決は、令和2年8月の時点では、旧会社の代表者は自分に使用を許諾する権限があると考えて回答したと認定しています。

判決は、原告が新しい会館を建てようとしたのは、旧会社の代表者の協力のもとで名称を使った会館を運営する目的だったと考えられ、了解を得たうえでの出願は「自己の権利を守るためにとった行動と認められ、不当なものとはいえない」としました。そして、原告が「殊更に被告の権利を妨害しようとする意図を有していたとは認められず」、権利の濫用にはあたらないと結論づけました。対価が支払われていないという被告の主張も、旧会社の代表者が対価を求めた事実は認められないとして退けています。

争点3――差止めと廃棄を認める

抗弁がいずれも理由がない以上、商標法36条1項に基づく差止めと、同条2項に基づく宣伝広告物の廃棄の必要性が認められるとして、壁面看板への表示や、パンフレット・封筒・名刺・ホームページでの使用の差止めと、印刷物・看板などの廃棄を命じました(差止めには仮執行宣言が付いています)。

この判決から何がいえるか

施設と電話番号を引き継ぎ、約20年使われてきた名称の会館で営業を続けていても、その名称を他人が商標登録していれば、使い続けられなくなることがある、ということです。未登録の名称を守る先使用権は、出願の際に需要者の間で広く知られていたことが要件で、本件では、地域の葬儀会館として長く使われてきた名称でも、その水準には届かないと判断されました。

ただし、判決が判断していないこともあります。

地裁の判決で、控訴の有無や確定したかどうかは、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。屋号や商標が移らない・取り合いになる事例は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型1で整理しています。

事業譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 使いたい屋号・施設名が商標登録や出願されていないかを、引継ぎの前後で確かめる:本件では、被告が名称を引き継げると確認したのが令和2年5月、原告の出願が同年9月17日でした。引き継ぐ前の確認だけでなく、営業を始めた後の一定期間も、出願の状況を確かめることが考えられます。
  2. 屋号を使い続けるなら、自社での商標出願を検討する:未登録の名称を守る先使用権は、出願時に広く知られていたことの立証が必要で、本件では約20年の使用でも認められませんでした。引き継ぐ名称を自社で出願できるかを、早い段階で専門家に相談しておくことが考えられます。
  3. 屋号の権利を誰が持つと考えているかを、関係者ごとに確かめる:本件では、名称を使ってきた旧会社、建物の所有者側、被告のそれぞれの立場がはっきりしないまま、旧会社の代表者が第三者の登録を了解していました。屋号の使用を誰が許諾できるのか、旧運営者が第三者に登録を了解していないかを確認し、書面に残します。
  4. 何を引き継ぐのかを契約書に書く:本件では、設備は建物の所有者を経由し、各種契約は個別に切り替えられ、旧会社の代表者とは顧問契約が結ばれましたが、事業を譲る契約は認定されていません。屋号の使用や承継を含め、旧運営者から何を引き継ぐのかを一つの合意として書面にしておくことが考えられます。
  5. 旧経営者を顧問に迎えるときは、屋号の扱いも取り決める:本件では、旧会社の代表者が顧問契約の書類を同業者の代表者に見せて相談し、その頃に同じ相手から商標登録の可否を尋ねられていました。顧問契約の中で、屋号について第三者に許諾や了解をしないことなどを定めておくことが考えられます。

判決の出典

2026年10月12日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、この判決に対する控訴や上級審の判決は確認できていません。会社は立場と業種・地域で、個人は立場で書いています。

よくある質問

Q. 長年使ってきた屋号なら、他人に商標登録されても使い続けられますか?

商標法32条1項の先使用権が認められれば使い続けられますが、出願の際に需要者の間に広く認識されていたことが要件です。この判決では、約20年使われてきた葬儀会館の名称でも、東大阪市と八尾市の範囲で広く認識されていたとは認められず、使用の差止めが命じられました。

Q. 店舗や施設を引き継いだ会社にも、前の運営者の先使用権は引き継がれますか?

商標法32条1項は「当該業務を承継した者」にも同じ権利を認めています。ただし、この判決は、前の運営者に周知性がなかったことで結論を出し、被告が業務を承継した者にあたるか、会社法467条の事業譲渡の手続が必要かは判断していません。

Q. 前の運営者の代表者が、第三者の商標登録を了解していたらどうなりますか?

この判決では、旧会社の代表者が「いいんじゃないですか。」と答えていたことなどから、原告の出願は不当なものとはいえず、権利の濫用にはあたらないとされました。代表者が後に、旧会社には権利がないと弁護士から聞いたと述べていますが、名称の権利が誰にあったかは判断されていません。

Q. 商標登録した側が、相手が名称を使い続けると知っていたら、権利の濫用になりませんか?

判決は、原告の代表者は被告が名称を使い続けることを認識できたと認めましたが、旧会社の代表者の了解を得て出願したことなどから、被告の権利を妨害する意図があったとは認めず、権利の濫用を否定しました。本件の事情に基づく判断で、知っていれば常に許されるという一般的なルールを示したものではありません。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。