純資産の約5分の1で全株式を売った契約は錯誤・詐欺で争えるか――資産管理を任せた元経理担当者の会社への売却をめぐる最高裁 平成16年7月8日判決

純資産の約5分の1で全株式を売った契約は錯誤・詐欺で争えるか――資産管理を任せた元経理担当者の会社への売却をめぐる最高裁 平成16年7月8日判決

26億円余りの預金を持ち、純資産が約10億円ある非上場会社。その全株式を、株主だった二人が合計2億円で売りました。買主は、二人が財産の管理を任せていた人物が全株式を持つ2つの会社でした。二人は「だまされた」「勘違いしていた」として株主であることの確認を求めましたが、東京高裁は退けました。最高裁判所第一小法廷は平成16年7月8日、この判断を破棄し、審理を尽くすよう差し戻しました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、株式を売る前・買う前に確かめることを整理します。

この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型3「交渉段階・契約の成立・錯誤」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/hijoujou-zenkabu-yasuuri-sakugo/">純資産の約5分の1で全株式を売った契約は錯誤・詐欺で争えるか――資産管理を任せた元経理担当者の会社への売却をめぐる最高裁 平成16年7月8日判決|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「純資産の約5分の1で全株式を売った契約は錯誤・詐欺で争えるか――資産管理を任せた元経理担当者の会社への売却をめぐる最高裁 平成16年7月8日判決」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/hijoujou-zenkabu-yasuuri-sakugo/
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先に結論

事件の概要と時系列

対象の会社(判決では「上告会社」)は、自動二輪、自動車とその部品の製造・販売などを目的とする非上場会社で、発行済株式は99万6000株です。ある株式会社(判決ではD社)の亡くなった創業者の妻と子が、49万8000株ずつ持っていました(以下、子から見て妻を「母」と書くことがあります)。子は対象会社の代表取締役、妻は取締役でした。判決は会社名を伏字にしており、この記事でも伏せます。

買主は2社です。1社は工業所有権やノウハウの取得・販売などを、もう1社は不動産の売買・賃貸などを目的とする会社で、2社の全株式は1人の人物(判決ではF)が持っていました。Fは、D社の元従業員で、主に財務・経理の業務に就き、D社から派遣されて、子が代表取締役を務める別の会社(判決ではG社)の監査役も務めていました。妻と子は、Fに、G社の経営管理体制の強化、妻の相続税対策、一族の財産の保全と増加に必要な方策の実施を委託していました。

時期出来事
平成8年6月前後以降妻と子が、Fに財産の保全・増加などの事務を委託。関係する会社を活用することも了承
平成9年11月ころ子が、相続の争いを防ぐことなどのため、母の株式を買いたいと申し出て、母が承諾
平成10年10月対象会社が、G社の借入れについて50億円の範囲で保証を供与することを約束
平成11年2月ころ子が、資産の運用管理をFに引き続き委託する書面(子の株式の評価参考価額を4億9800万円と記載)に署名押印
平成11年3月純資産が約10億円とする貸借対照表を添付した対象会社の確定申告書を、子の名義で提出
平成11年11月8日ころFが、対象会社の財務内容をおおむね説明し、「関係する会社」が母の株式を1億円で買い取ることを提案。子は、自分の株式もFが選ぶ相手に譲ることを依頼
平成11年11月9日ころ・22日母が子に株式を1億円で売り、子がその株式を買主の1社に1億円で、自分の株式をもう1社に1億円で売る(合計2億円)
平成11年11月〜平成12年1月代金が2回に分けて支払われる。母への代金は、別の会社(判決ではH社)が子の名義で支払う
平成11年12月31日対象会社の財務状況:資産合計約27.4億円、負債合計約17.5億円、外国銀行への預金約26.2億円
平成12年1月対象会社が買主2社に株券を発行
平成12年12月〜平成13年1月子が代表取締役を辞任、母の取締役辞任も登記
平成13年2月妻と子が、株主として株主総会を開き、取締役4人を解任し、自分たちを取締役に選任
その後買主2社が決議の不存在確認を、妻と子が株主であることの確認を求めて争う
平成16年7月8日最高裁が原判決を破棄し、東京高裁に差し戻す

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最高裁は、売買の当時、対象会社が「26億円余りの預金債権を有し,約10億円の純資産を有していた」とする原審の事実を前提にしています。代金2億円は、純資産の約5分の1にあたります。

何が争われたか

裁判は2つの事件が一緒に審理されたものです。

  1. 買主2社の請求(第1事件):平成13年2月の株主総会の決議は、株主でも取締役でもない妻と子が開いたものだから存在しない、という確認です。
  2. 妻と子の請求(第2事件):売買はFの詐欺によるものだから取り消す、または錯誤、公序良俗違反、暴利行為により無効だとして、二人が49万8000株ずつを持つ株主であることの確認を求めました。

妻と子は、Fが、実際にはFの支配する買主2社を二人の支配する会社だと誤信させ、資産管理のために売買が必要だと思わせて、10億円以上の価値がある株式を2億円で売らせたと主張しました。さらに、その2億円も、二人の支配するG社から動かした資金で支払われていると主張しました。

裁判所の判断

第一審の判断の内容は、最高裁判決の本文からは分かりません。以下は原審(東京高裁)と最高裁の判断です。

東京高裁(原審)――錯誤も詐欺も認められない

原審は、次の事情などを総合して、売主の側の請求を退け、決議の不存在確認を認めました。

そのうえで原審は、「上告会社の全株式を合計2億円で被上告人らに売り渡したことにつき,錯誤やFの欺もう行為による誤信があると認めることはできず」、公序良俗違反や暴利行為にもあたらないとしました。

最高裁――審理を尽くさずに錯誤・詐欺を否定したのは違法

最高裁は、原審の判断のうち、詐欺による取消しと錯誤による無効を認めなかった部分は是認できないとして、次の筋道を示しました。

1. 価格そのものが錯誤をうかがわせる:子が預金を引き出すのを妨げる事情はうかがわれず、この時点で会社を清算すれば、二人は少なくとも約10億円を容易に現金にできたとしました。そのうえで、「特段の事情のない限り,このような資産を有する会社であることを知りながら,その会社の全株式を合計2億円で売却することは不自然であるといわざるを得ず」、売買の対象物の価値について錯誤があったことをうかがわせるとしました。

2. 原審の挙げた事情は「特段の事情」にあたらない:50億円の保証については、「本件各売買契約締結当時は,上告会社とGとの間の保証約束の段階にとどまっており」、保証債務が生じるのは将来の可能性にすぎないとしました。書面への署名押印や確定申告書についても、子がFを全面的に信頼して資産の運用管理を任せていたことなどから、「直ちに,上告人A2が上告会社の株式の実質的な価値について正確に認識していたものとは認め難い。」としました(上告人A2は子のことです)。

3. 買主が誰の会社かについての錯誤:Fが提案した「関係する会社」とは、一族が株式を持つなどして支配権を持つ会社を指すと解されるとしました。実際の買主が一族と資本関係がなく支配の及ばない会社なのに、純資産と比べて極めて安い代金で売ったのであれば、買主との支配関係や株式の価値について錯誤があったことがうかがわれ、提案したFはその錯誤を当然に知っていたとみるべきだとしました。

4. 代金の出どころを調べる必要:代金がG社からFの支配するH社へ動かされた資金だという主張が事実なら、二人は実質的に対価を得ずに会社の資産を渡したことになり、買主を自分たちの会社だと誤解していたことを強くうかがわせるとしました。そのため、「上記売買代金2億円の支払資金の出所及び性質についての審理が必要であるというべきである。」としました。

5. Fが利益を得たことをうかがわせる事実:最高裁は、記録によれば、買主2社が会社を支配した後の平成12年3月に、対象会社の外国銀行の口座から買主の1社に5億円が送金されていること、平成12年12月に会社の商号が清算を考えたと思われる名前に変えられていることなどを挙げ、Fが売買で利益を得、または得ようとしていると推認するに足りる事実がうかがえるとしました。

以上から最高裁は、子が意思決定の過程を具体的に明らかにしていないことを考えても、Fによる欺罔(だますこと)や錯誤の事実を十分に審理せずに否定した原審には「審理不尽の結果法令の適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」として、原判決を破棄し、東京高裁に差し戻しました。

この判決から何がいえるか

本件で最高裁が示したのは、会社に26億円余りの預金と約10億円の純資産があり、代表取締役だった子が預金を引き出すのを妨げる事情もうかがわれず、清算すれば少なくとも約10億円を容易に現金化できたという事実関係のもとでは、全株式を2億円で売ったこと自体が、特段の事情のない限り、売主の錯誤をうかがわせる事情になる、ということです。純資産より安い価格で売れば錯誤がうかがわれる、という一般的なルールを示した判決ではありません。本件では、売主が財務資料に署名していた、確定申告書が売主の名義で出ていた、といった事情についても、売主が財産の管理を相手方に全面的に任せていたことなどから、それだけで株式の価値を正確に認識していたとは認め難いとされました。

また、本件では、錯誤の対象は株式の価値だけではありませんでした。相手方が「関係する会社」が買い取ると提案していたという事実関係のもとで、「買主が誰の支配する会社か」についての誤解も、錯誤として審理すべき事情になるとしました。代金の資金の出どころが、売主の側の会社から動かされたものかどうかも、その判断材料になるとしています。

一方で、限界もはっきりしています。

この判決は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型3(交渉段階・契約の成立・錯誤)で取り上げています。

株式譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 代金を、純資産と「すぐ現金にできる資産」に並べて比べる:最高裁は、預金を引き出すのを妨げる事情がなく、清算すれば約10億円を容易に現金化できたことを、2億円での売却が不自然だとする理由にしました。売る前に、直近の貸借対照表の純資産と預金残高を代金と並べ、差がある場合は、その差を説明する事情(具体的に発生している債務か、将来の可能性にとどまるものか)を書き出しておきます。評価を誰かに任せる場合も、その人が取引の相手方と利害関係を持っていないかを確かめます。
  2. 買主が誰の会社かを登記と株主構成で確かめる:「関係する会社」「身内の会社」と説明されても、買主の株主・役員・資本関係を確認します。この事件では、売主は一族の会社だと思っていたと主張しましたが、買主2社の全株式は受任者1人が持っていました。
  3. 代金の出どころを確かめる:代金が売主の側の会社の資金から出ていないかを確かめます。最高裁は、代金の出どころと性質を審理すべき事情としました。
  4. 財産の管理を任せた人が取引の相手方にもなる場合は、別の専門家の意見を聞く:任された人が売買を提案し、その人の会社が買主になる取引は、利益が相反します。売主の側だけの立場で助言する専門家を別に入れることが考えられます。
  5. 買う側は、減額の理由が「約束の段階」か「発生した債務」かを分けて記録する:原審は50億円の保証約束を安い価格の理由に挙げましたが、最高裁は、売買の当時は保証約束の段階にとどまり、保証債務の発生は将来の可能性にすぎないとして、これを特段の事情と認めませんでした。純資産と比べて大きく安い価格で買う場合は、減額の理由ごとに、すでに発生している債務か将来の可能性かを分けて書面にし、売主にどう説明したかも残しておきます。

判決の出典

原審は東京高裁です(平成14年(ネ)第2762号)。最高裁は原判決を破棄し、東京高裁に差し戻しています。2026年10月12日に確認した範囲では、差戻し後の判決は確認できていません。個人と会社は判決の伏字か立場で書いています。

よくある質問

Q. 株式を安く売りすぎた場合、後から契約を取り消せますか?

安く売ったというだけで取り消せるわけではありません。この判決は、26億円余りの預金があり清算すれば約10億円を容易に現金化できたという本件の事実関係のもとで、純資産約10億円の会社の全株式を2億円で売ったことは、特段の事情のない限り不自然で、価値についての錯誤をうかがわせるとしましたが、相手方への全面的な信頼や、相手方が全株を持つ会社への売却など、事件の具体的な事情を重ねて判断しています。また、錯誤があったと認定したのではなく、審理が足りないとして差し戻しただけです。現在の民法では、錯誤は取消しの理由で、要件も条文で定められています。

Q. 売主が財務資料に署名していたら、価値を知っていたことになりませんか?

この判決は、売主が株式の評価参考価額を記載した書面に署名押印し、純資産約10億円の貸借対照表を添付した確定申告書が売主の名義で出ていても、売主が相手方を全面的に信頼して資産管理を任せていたことなどから、直ちに株式の実質的な価値を正確に認識していたとは認め難いとしました。

Q. 「買主が誰の会社か」の勘違いも錯誤になりますか?

最高裁は、売主が一族の支配する会社が買うと思っていたのに、実際は一族と資本関係のない会社だった場合、買主との支配関係について錯誤があったことがうかがわれ、審理すべきだとしました。錯誤があったと認定したわけではありません。

Q. 結局、売主は株主に戻れたのですか?

最高裁は原判決を破棄して東京高裁に差し戻しただけで、最終的な結論は示していません。差戻し後の結論は、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。