2段階の株式譲渡を途中で合意解約したら、教材と元従業員はどうなるか――パソコン教室の会社と上場人材会社の争い(大阪地裁 平成26年7月17日判決)

2段階の株式譲渡を途中で合意解約したら、教材と元従業員はどうなるか――パソコン教室の会社と上場人材会社の争い(大阪地裁 平成26年7月17日判決)

会社を一度に全部売るのではなく、まず半分、残りは後で、と2段階に分けて売る。買い手が対象会社の体制を見極めたいときに使われる形です。ところが1段階目の後に売り手の側が2段階目を拒み、契約は合意解約になりました。その後、買い手の側は教育事業の子会社を作り、売り手の会社の元従業員が次々と移り、売り手の教材をもとにした教材を使いました。大阪地方裁判所は平成26年7月17日、この争いについて判決を言い渡しました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、段階的な株式譲渡と合意解約で確かめることを整理します。

この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型5「売り手・旧経営者との譲渡後の争い」の事例です。

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先に結論

事件の概要と時系列

判決は当事者の会社名と個人名を伏字にしており、この記事でも業種と立場で書きます。

時期出来事
平成20年7月3日売り手の株主と買い手が、全株式の譲渡についての基本合意
平成20年7月24日買い手が弁護士に依頼した法的監査の報告。規程の不備やガバナンスの意識の低さを指摘
平成20年8月29日2段階・総額6億3500万円の株式譲渡契約。1段階目は全1550株のうち770株と新株引受権を3億1115万円、2段階目は残り780株と新株引受権を3億2385万円で、2年以内に実行。買い手の従業員が売り手の会社の取締役に就任
平成20年11月ころ売り手の側の主張を受け、2段階目の実行日を平成21年8月3日とすることで代表者同士が合意
平成21年3月ころ売り手の代表者が、取締役会の決議を経ずに、売り手の会社の100%子会社の株式を自分に移し、その子会社に月額200万円以上を払う業務委託契約を締結。派遣された取締役の指摘で取りやめ
平成21年5月〜7月売り手の代表者が2段階目の再検討を申し入れ、社内に協働の中断を指示
平成21年8月買い手が2段階目の代金を供託し、株主名簿の書換えなどを求めて提訴。売り手の代表者は買戻しと撤回を申し入れ
平成21年9月2日売り手の代表者が、合意解約と1段階目の代金の返還を願い出る書面を提出
平成21年9月16日合意解約。同日、売り手の会社と買い手が教材の継続利用などを定めた合意書を締結
平成22年1月〜3月売り手の会社の九州・中国地方などの従業員14人が退職し、新会社に移る
平成22年2月1日買い手が新会社を設立
平成22年3月〜10月売り手の会社が、eラーニングのシステム会社、広告の取引先、買い手の監査法人、証券取引所などに、新会社の著作権侵害を告げる
平成23年売り手の会社が提訴(甲事件)。その後、買い手と新会社が提訴(乙事件)、売り手の会社が反訴
平成26年7月17日大阪地裁が判決

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何が争われたか

3つの事件が一緒に審理されました。請求と結果をまとめると次のとおりです。

請求した側 → 相手内容結果
売り手の会社 → 新会社・派遣された元取締役・元従業員14人教材の著作権侵害(約2505万円)、元従業員2人による違法な引抜き(約2982万円)棄却
新会社 → 売り手の会社虚偽の事実の告知による損害(約3008万円)200万円を認容
買い手 → 売り手の会社虚偽の事実の告知・合意違反による損害(500万円の一部請求)110万円を認容
買い手 → 売り手の株主5人解約合意の違約金1億円棄却
売り手の会社 → 買い手(反訴)著作権侵害・引抜きの共同不法行為(約5487万円)棄却

売り手の会社は、2段階に分けたのは買い手の経営不振のためで、2段階目を拒んだのは協働の相乗効果が何も出ていなかったからだと主張しました。また、教材の継続利用の合意は、買い手が「人材派遣事業を行う上で」教育事業をする場合に限られ、合意の後に設立された一般消費者向けの新会社は対象外だと主張しました。

裁判所の判断

合意解約に至った経緯

判決は、2段階に分けたのは、法的監査の結果を受けて、買い手がすぐに連結の対象にするのを避け、2段階目までの業務提携期間に売り手の会社の体制を整えてもらうためだったと認定しました。売り手の代表者が2段階目を拒むようになった理由は、子会社の株式の移転と業務委託契約が問題にされたことや、退任する役員の退職金が定められていなかったことにあったと推認しています。

そのうえで、売り手の株主が願い書を出し、解約合意で売り手の側に責任があることを前提事実として確認していることなどから、「本件合意解約は,原告の一方的な都合によって申し入れられ,C3社においてやむなくこれを受け入れたものと認めるのが相当である。」としました(原告は売り手の会社、C3社は買い手です)。相乗効果が出ていないという主張についても、契約の時点で代金も残りの株式の譲渡も確定していたから、「事業統合により想定されるシナジー部分の,売り主である原告の株主らへの配分は完了しているのであって,その後,シナジー部分をどのように現実化するかは,専らC3社の経営事項である。」として退けました。

教材の継続利用の合意――後から設立した子会社にも及ぶ

判決は、買い手は落ち度がないのに投下したコストを無駄にして解約を余儀なくされたのだから、教材の合意には、将来の競業のリスクをなくし、協働の成果を買い手にも帰属させて損失を埋める趣旨が含まれると解するのが合理的だとしました。違約金1億円の条項が置かれたことも、その裏付けにしています。

そして、この合意は買い手の事業を制限するためではなく、「C3社に広汎な権利を付与することを目的としてなされたものというべきである」としました。「人材派遣事業を行う上で」という文言は、人材派遣事業をしてきた買い手が教育事業に進出する場合を示すもので、人材派遣に関連する教育事業に限る趣旨ではないとしています。教材の範囲は、合意までに派遣された取締役らの活動によって買い手にもたらされた教材全般で、複製・配布・加工も許すものだから、「著作権法上の利用許諾を含む広範な利用権を設定するものと解され」、後に設立された会社を除く趣旨も認められないとしました。

新会社の教材は、平成21年8月に派遣された取締役が売り手の会社の従業員から受け取った教材のバックアップなどそのものか、それを加工したものでした。判決は、「原告表現物が創作性を有し著作物となるかどうかに関わらず,C3社の子会社である被告C2は,本件合意に基づき,被告C2表現物を適法に利用することができるというべきである。」として、著作権侵害の主張を退けました(被告C2は新会社です)。

従業員の引抜き――違法とは認められない

判決は、元従業員14人の退職の経緯を一人ずつ認定し、元従業員は、希望する職種と会社の方針が合わないこと、意思決定の恣意性、代表者の従業員に対する態度、業務の過重さなどから、それぞれ潜在的な退職の動機を持っていたとしました。九州地区の責任者の退職や、代表者が社員向けのビデオメッセージで辞める社員がいることを幸いとする発言をしたことをきっかけに、「各従業員が潜在的退職意思を顕在化させて退職に至ったにすぎないと認められる。」としています。

判決は、「幹部従業員ないしその退職者の転職の勧奨が,社会的相当性を逸脱し,極めて背信的な方法でされた場合には,雇用契約上の誠実義務違反や不法行為責任を生ずることはあるが」、この事件の元従業員2人の行為はそのような方法とは到底認められないとして、引抜きの主張を退けました。

取引先などへの告知――虚偽の事実の告知として賠償

売り手の会社は、新会社が使っていたeラーニングのシステム会社に著作権侵害を告げてサービスを止めさせ、広告の取引先に新会社との取引や広告を控えるよう求める要望書を送り、買い手の監査法人に刑事告訴を知らせる書簡を送り、証券取引所にも同じ趣旨を告げていました。

判決は、売り手の会社は自ら合意をして教育事業への進出と教材の利用を許したのに、それを無視し、新会社に直接の申入れもしないまま、取引先や監査法人などに吹聴して回ったものだとして、「その態様は,原告C2,原告C3に対する敵意,害意を伴う執拗かつ悪質なものというほかない。」と述べました(この部分の原告C2は新会社、原告C3は買い手です)。そして「正当な知的財産権の行使と認める余地はなく,社会通念上許容される限度も超えたものであり」、当時の不正競争防止法2条1項14号の虚偽の事実の告知・流布にあたるとしました。監査法人と証券取引所への告知は、買い手に関する虚偽の事実の告知にあたるとしています。

損害は、教材を作り直す費用や売上の減少などは証拠が足りないとして認めず、信用の毀損などとして、新会社に200万円、買い手に110万円(うち10万円は弁護士費用)を認めました。

売り手の株主の違約金――負わない

解約合意は、売り手の株主に、売り手の会社に教材の継続利用の合意書を結ばせる義務を定め、義務に違反すれば違約金1億円を連帯して払うとしていました。判決は、この約定は「別の法主体である被告C1にそのような合意をさせる作為義務を定めるものにすぎない。」とし(被告C1は売り手の会社です)、合意書が結ばれた以上、株主は義務を尽くしたと評価しました。同族会社であっても、「株式会社においては所有と経営は分離し,株主は経営には直接参加しないのが原則であるし」、会社が合意を守るよう監視する義務まで解約合意から導くことはできないとして、違約金の請求を退けました。

この判決から何がいえるか

  1. 本件では、解約合意の文言が解約に至った経緯に照らして解釈された:この判決は、解約が売り手の側の一方的な都合によるものだったこと、違約金1億円の条項が置かれたことを踏まえて、教材の継続利用の合意を買い手に広く権利を与えるものと解釈しました。売り手の側は「人材派遣事業を行う上で」という文言で範囲が限られると主張しましたが、認められませんでした。合意書の2条1項は、買い手が教育事業を「関連会社をして行わせる」ことにも触れていました。この事件の合意書の文言と経緯による解釈で、利用許諾の合意が一般に広く解釈されるというルールを示した判決ではありません。
  2. 合意による利用権で結論を出し、著作物かどうかは判断していない:判決は、教材が著作物にあたるかを判断していません。利用を許す合意の範囲に入るかどうかで判断しています。
  3. 本件の解約合意では、株主の義務は「会社に合意させること」までとされた:解約合意は、株主が売り手の会社に合意書を結ばせることを定めていましたが、判決はこれを「作為義務」にすぎないとし、合意書が結ばれた以上、株主は義務を尽くしたとしました。合意後に会社が合意を守らなかったことについて、株主の違約金は認められませんでした。この条項の文言の解釈による結論です。
  4. 本件では、取引先などへの著作権侵害の告知が虚偽の事実の告知とされた:自ら合意で利用を許していたのに、相手方への直接の申入れもしないまま取引先や監査法人などに著作権侵害を告げたことが、当時の不正競争防止法2条1項14号の虚偽の事実の告知にあたるとされました。

一方、限界もあります。判決は地裁の判断で、上級審の判断は確認できていません。教材が著作物にあたるかどうかは判断されていないため、合意がなかった場合に著作権侵害になったかどうかは、この判決からは分かりません。不正競争防止法の虚偽の事実の告知の規定は、判決の後の改正で号番号が変わっており、現在の不正競争防止法では別の号に置かれています。

この判決は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型5(売り手・旧経営者との譲渡後の争い)で取り上げています。

株式譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 2段階の株式譲渡では、2段階目を拒める事由と、拒まれた場合の扱いを最初の契約で決める:この事件では、1段階目で約半数の株式が移った後に、売り手の側が協働の相乗効果が出ていないことなどを理由に2段階目を拒み、提訴、合意解約と進みました。判決は、契約の時点で代金も残りの株式の譲渡も確定していたとして、相乗効果の主張を退けています。2段階目を拒める事由(ある場合はその具体的な内容)、拒まれた場合の買戻しの価格と方法、業務提携期間に共有した情報や成果物の扱いを、最初の契約に書いておきます。
  2. 業務提携期間に渡した資料の範囲を記録する:買い手から派遣された取締役は、グループウェアやeラーニングのシステムのアカウントを受け取り、教材のバックアップも受け取っていました。どの資料を、いつ、誰に渡したかを記録し、破談になった場合の返還・廃棄を決めておきます。
  3. 解約合意の利用許諾は、対象・利用者・期間・用途を具体的に書く:この事件の合意書は、「関連会社をして行わせる」場合を含め、提供された教材等の加工・複製・配布を伴う継続利用を認めていました。売り手の側は「人材派遣事業を行う上で」という文言で範囲が限られると主張しましたが、裁判所は広く解釈しました。範囲を限りたい側は、合意の後に設立する会社を含むか、用途(どの事業に使えるか)や期間に限りがあるかを、目的を書いた文言に頼らず、限定する条項として明記します。
  4. 株主に会社の行為を約束させるなら、合意書の締結だけでなく継続的な遵守まで書く:この事件の解約合意は、株主に「会社に合意書を結ばせる」義務を定めるだけで、判決は、合意書が結ばれた以上、株主は義務を尽くしたとし、その後の会社の違反について株主の違約金を認めませんでした。株主に違約金の責任を負わせたい範囲(会社が合意を守ることまで含むか)を条項に書いておきます。
  5. 相手の権利侵害を第三者に告げる前に、合意の内容と根拠を確かめる:自社が結んだ合意で利用を許していないか、相手への直接の申入れを先にしたかを確認します。取引先や監査法人への告知が虚偽とされれば、賠償を命じられることがあります。

判決の出典

控訴の有無と確定したかどうかは、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。会社と個人は判決の伏字か業種・立場で書いています。

よくある質問

Q. 2段階の株式譲渡は、途中でやめられますか?

この事件では、2段階目の実行を売り手の側が拒み、買い手が提訴した後、当事者が合意して契約を解約しました。判決は、解約は売り手の側の一方的な都合によるもので、買い手がやむなく受け入れたと認定しています。途中でやめられるかどうかは契約の定めと当事者の合意によるので、最初の契約で2段階目が実行されない場合の扱いを決めておくことが大切です。

Q. 破談になった買い手が、こちらの教材を使い続けることはできますか?

この判決では、解約の際に結んだ合意書に、それまでに提供された教材を加工・複製・配布も含めて継続利用できると書かれていたため、買い手の子会社も適法に利用できるとされました。判決は教材が著作物にあたるかどうかを判断していないため、合意がなかった場合にどうなったかは、この判決からは分かりません。解約時の合意の文言と、合意に至った経緯が結論を左右しました。

Q. 元従業員がまとめて競合に移ったら、違法な引抜きになりますか?

判決は、幹部従業員らの転職の勧奨が、社会的相当性を逸脱し極めて背信的な方法でされた場合には責任が生じ得るとしつつ、この事件では、従業員がそれぞれの退職の動機を持っていたことなどから、違法な引抜きとは認めませんでした。

Q. 相手が著作権を侵害していると取引先に知らせたら、責任を問われますか?

この判決では、合意で利用を許していたのに著作権侵害だと取引先や監査法人などに告げたことが、当時の不正競争防止法2条1項14号の虚偽の事実の告知にあたるとされ、計310万円の賠償が命じられました。告げる前に、合意の内容と侵害の根拠を確かめる必要があります。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。