M&Aの交渉中に株を買うと、いつからインサイダー取引になるのか――上場会社が相手のM&Aで、売り手オーナー・仲介・FAが規制の対象になる場面(最高裁 平成11年6月10日判決)

M&Aの交渉中に株を買うと、いつからインサイダー取引になるのか――上場会社が相手のM&Aで、売り手オーナー・仲介・FAが規制の対象になる場面(最高裁 平成11年6月10日判決)

中小企業のM&Aでも、買い手が上場会社であることは珍しくありません。上場会社が非上場の会社を子会社にすることを決めれば、その決定は上場会社の株価を動かし得る情報になります。売り手のオーナー、仲介会社、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)、弁護士などの士業は、交渉の中でその情報に触れます。では、交渉のどの段階から、上場会社の株を売り買いするとインサイダー取引になるのでしょうか。この記事では、M&Aの交渉を任された弁護士の事件についての最高裁 平成11年6月10日判決を中心に、その後の最高裁の判断と金融商品取引法の条文を、判決文をもとに整理します。

自分が規制の対象になるかは、まず次の3点で確かめます。

  1. 相手が上場会社(またはそのグループ会社)か
  2. 自分の立場が、会社関係者や情報受領者に当たり得るか
  3. 重要事実を知っていて、それがまだ公表前か
【引用・転載について】
本記事は、事前のご連絡なしにご自由に引用・転載いただけます(CC BY 4.0)。引用の条件として、出典に「株式会社日本財務戦略センター(JFSC)」の名称と当記事へのリンクを明記してください。
Webサイトでの引用タグ(そのままコピーしてお使いください)
<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/ma-kentou-insider-torihiki/">M&Aの交渉中に株を買うと、いつからインサイダー取引になるのか――上場会社が相手のM&Aで、売り手オーナー・仲介・FAが規制の対象になる場面(最高裁 平成11年6月10日判決)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「M&Aの交渉中に株を買うと、いつからインサイダー取引になるのか――上場会社が相手のM&Aで、売り手オーナー・仲介・FAが規制の対象になる場面(最高裁 平成11年6月10日判決)」(2026年10月13日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/ma-kentou-insider-torihiki/
※ JFSCが集計・加工・分析した結果(集計値・集計表・図表・指標・分析と見解)は、この条件で引用いただけます。他機関(官公庁・調査会社など)が公表した数値や文章そのものは、それぞれの元資料の利用条件に従ってください。

先に結論

上場会社が相手のM&Aで、誰が規制の対象になるか

最初に、現在の条文で、M&Aの関係者がどこに当てはまり得るかを整理します(金融商品取引法、2026年10月13日にe-Gov法令検索で確認した現行の条文)。判決の事件は当時の証券取引法の条文で判断されていますが、規制の骨格は同じです。

会社関係者(166条1項)と情報受領者(166条3項)

166条1項は、上場会社の「業務等に関する重要事実」を一定の立場で知った人(会社関係者)に、その事実が公表されるまで、その上場会社の株式などを売買することを禁じています。M&Aで関係するのは、主に次の号です。

立場条文どう知った場合か
上場会社(親会社・子会社を含む)の役員・従業員など166条1項1号その職務に関し知ったとき
上場会社と契約を締結している人、締結の交渉をしている人(法人ならその役員等、個人ならその代理人・使用人を含む)166条1項4号契約の締結もしくはその交渉または履行に関し知ったとき
4号の法人のほかの役員等166条1項5号同じ法人の役員等が4号で知った事実を、その職務に関し知ったとき
会社関係者から重要事実を伝えられた人166条3項伝達を受けたとき(第一次情報受領者)

本記事の内容は、出典リンクつきでご自由に引用いただけます(CC BY 4.0・出典に「株式会社日本財務戦略センター(JFSC)」の名称を明記)。コピー用の引用タグは ページ冒頭の枠 にあります。

肩書きや業種で一律に決まるわけではなく、上場会社との契約関係や立場と、どの立場で知ったかによって、どの号に当たるか、当たらないかが決まります。

上場会社が非上場の会社の株式を買うM&Aに当てはめると、次のように整理できます。

会社関係者でなくなった後も1年以内は、同じく売買が禁じられます(166条1項後段)。交渉が打ち切られても、すぐに自由になるわけではありません。

何が「重要事実」になるか(166条2項)

166条2項1号は、上場会社の「業務執行を決定する機関」が、株式の募集、株式交換、合併、会社の分割、事業の全部または一部の譲渡または譲受けなどを「行うことについての決定」をしたことを、重要事実としています。同号タと金融商品取引法施行令28条2号は、子会社の異動を伴う株式または持分の譲渡または取得も加えています。上場会社が非上場の会社の株式を買って子会社にする決定は、これに当たります。

ただし、166条2項は、投資者の投資判断に及ぼす影響が軽微なものとして内閣府令で定める基準(軽微基準)に当たるものを除いています。子会社の異動を伴う株式の取得については、有価証券の取引等の規制に関する内閣府令49条1項11号が、新たに子会社となる会社の最近事業年度末の総資産の帳簿価額が、上場会社の最近事業年度末の純資産額の30%未満であり、かつ、その会社の最近事業年度の売上高が上場会社の売上高の10%未満である場合を、軽微なものとしています(特定上場会社等では企業集団で比べます)。規模の小さい会社を子会社にする決定は、この基準に当たれば同号タの重要事実から外れます。一方で、166条2項4号は、上場会社の運営、業務または財産に関する重要な事実で投資判断に著しい影響を及ぼすものを、別に重要事実としています。軽微基準に当たるかどうか、ほかの号に当たらないかは、案件ごとに確かめる必要があります。

公開買付けの場合(167条)

相手の会社が上場していて、買い手が公開買付け(TOB)や、議決権の5%以上の買集め(施行令31条)をする場合は、167条が別に定めています。公開買付者の役員等、公開買付者と契約を締結している人や締結の交渉をしている人(167条1項4号)、買付けの対象となる上場会社とその役員等(同項5号)などが「公開買付者等関係者」となり、公表前に対象会社の株券などを買うことを禁じられます。伝えられた人も同じです(同条3項)。なお、公開買付者等関係者でなくなった後の期間は、6月以内とされています(同条1項後段)。

伝えるだけでも違反になる(167条の2)と罰則

167条の2は、会社関係者や公開買付者等関係者が、他人に利益を得させる目的などで、公表前に重要事実などを伝えたり、売買を勧めたりすることを禁じています。自分では株を買っていなくても対象になります。

罰則は、166条・167条に違反して売買した場合、5年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金、またはその両方です(197条の2第1項13号)。167条の2の違反は、伝えられた人や勧められた人が公表前に実際に売買した場合に処罰の対象となります(同項14号・15号)。法人の業務として違反した場合には、法人にも5億円以下の罰金が科され得ます(207条1項2号)。犯罪行為で得た財産は原則として没収・追徴の対象で(198条の2)、刑事罰とは別に課徴金の定めもあります(175条・175条の2)。

交渉がまとまる前でも「決定」に当たる:最高裁 平成11年6月10日判決

ここからが、この記事の中心の判決です。この事件は、いわゆる日本織物加工事件と呼ばれています。判決は会社名と個人名を伏字(A〜O)で書いており、この記事では立場で書きます。

事件の概要と時系列

対象会社は、大阪証券取引所第二部と京都証券取引所に株式を上場していた会社です。発行済み株式の過半数を、親会社2社がおよそ2対1の割合で持っていました。経営状態が好転しなかったため、大きい方の親会社が、M&Aの仲介あっせん業者に対象会社のM&Aの仲介を依頼しました。仲介業者は買い手候補の会社を紹介し、買い手候補と対象会社の間で、有効期間3年の秘密保持契約が結ばれました。

被告人は、買い手候補の会社の監査役兼顧問弁護士で、社長からM&Aの交渉の一切を任されていました。

時期出来事(判決の認定)
平成5年3月ころ大きい方の親会社が、M&Aの仲介あっせん業者に対象会社のM&Aの仲介を依頼
平成6年3月仲介業者が買い手候補を紹介し、交渉開始。買い手候補・対象会社の間で秘密保持契約
平成6年5月被告人が交渉の一切を任され、対象会社が買い手候補に第三者割当増資を行い、親会社2社が持株を買い手候補に売るという枠組み案を作成
平成6年9月もう一方の親会社が買い手候補への直接の譲渡に難色。株価の上昇もあり、買い手候補が交渉の白紙撤回を通告
平成6年12月ころ仲介業者の副社長の仲介で交渉再開
平成7年1月11日親会社の常務が、対象会社の社長に、交渉の感触がよいことやトップ会談が決まったことを伝え、社長は「今回は是非実現したいので、よろしくお願いします。」と答える
平成7年1月13日被告人が仲介業者の副社長から、対象会社ももう一方の親会社も第三者割当に同意しているので今後のスケジュールを組みたいと伝えられ、了承
平成7年2月8日〜9日もう一方の親会社が直接取引に応じる意向を伝え、被告人もこれを聞く
平成7年2月16日〜27日被告人が知人名義で対象会社の株式11万3000株を1828万9000円で買い付け
平成7年2月17日買い手候補と親会社2社が確認書に正式調印
平成7年3月3日本契約の締結、対象会社の取締役会で第三者割当増資を承認、記者発表で公表
平成11年6月10日最高裁が原判決を破棄し、東京高裁に差し戻す

何が争われたか

第一審は、対象会社の社長が遅くとも平成7年1月11日には第三者割当増資のための新株発行を決定していたとし、被告人を有罪としました。第一審の認定では、被告人は、秘密保持契約を結んでいた買い手候補の監査役兼代理人として交渉に携わり、その契約の履行に関し、社長の決定を知ったとされています。

争われたのは、社長の判断が、証券取引法166条2項1号の「株式の発行」を行うことについての「決定」に当たるかどうかでした。当時は、もう一方の親会社の持株をどう譲渡するかという懸案が、まだ決着していませんでした。

東京高裁(原審):確実に実行される見込みが必要

原審の東京高裁は、社長は「業務執行を決定する機関」には当たるとしましたが、「決定」というためには、「当該決定に係る事項が確実に実行されるであろうとの予測が成り立つものでなければならない」としました。そして、第一審が決定を認めた時点では、「本件M&Aの成立は予断を許さない段階であった」から、まだ「決定」があったとはいえないとし、もう一方の親会社が直接取引に応じる意向を示した2月8日以降の決定の有無を審理させるため、第一審判決を破棄して差し戻しました。

最高裁の判断:確実に実行される見込みは要らない

最高裁は、まず、「業務執行を決定する機関」は、商法所定の決定権限のある機関には限られず、「実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足りる」としました。社長は、取締役会を構成する各取締役から実質的な決定を行う権限を与えられていたとして、この点の原審の判断は正当としています。

そのうえで、「決定」について、次のように述べました。株式の発行を行うことについての「決定」とは、株式の発行それ自体や発行に向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定したことをいい、決定をしたというためには「株式の発行の実現を意図して行ったことを要する」が、「当該株式の発行が確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しないと解するのが相当である」。理由として判決は、「そのような決定の事実は、それのみで投資者の投資判断に影響を及ぼし得るものであり」、その事実を知った会社関係者の公表前の売買を規制することは、証券市場の公正性、健全性に対する一般投資家の信頼を確保するという法の目的に資すると述べています。また、規制範囲を明確にするために、決定それ自体を重要事実として明示した法の趣旨にも沿うとしました。

この事件については、M&Aの対象である会社の最高責任者である社長が、会社の方針として第三者割当増資を行う旨の決定をし、それを親会社の常務に言明することで外部的に明らかにしたのだから、もう一方の親会社の持株の譲渡方法の問題が「最終決着をみていなかったとしても、株式の発行を行うことについて決定したというに妨げなく」、「決定」に当たるとしました。確実に実行される見込みを要件とした原判決には法令の解釈適用を誤った違法があるとして、原判決を破棄し、東京高裁に差し戻しています(裁判官全員一致)。

判決が判断していないこと

「決定」の線はどこまで下がるか:最高裁 平成23年6月6日決定(いわゆる村上ファンド事件)

平成11年判決の考え方は、公開買付け等の決定にも引き継がれました。投資顧問業者の実質的経営者が、ある上場会社の株式の大量買集めを検討していた別の会社の経営陣から、その方針を聞いたうえで株を買い付けた事件です。

東京高裁(平成21年2月3日判決)は、「決定」に当たるには、「主観的にも客観的にもそれ相応の根拠を持って実現可能性がある」ことが必要だとしたうえで、この事件ではそれがあったとして有罪としました。判決は、投資顧問会社を罰金2億円、実質的経営者を懲役2年(執行猶予3年)および罰金300万円とし、11億4900万6326円の追徴を命じています。

最高裁は上告を棄却しましたが、決定の意味については、東京高裁の基準を改めました。「公開買付け等の実現可能性が全くあるいはほとんど存在せず、一般の投資者の投資判断に影響を及ぼすことが想定されないために」決定の実質を持たない場合があり得るのは別として、業務執行を決定する機関において、「公開買付け等の実現を意図して、公開買付け等又はそれに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がされれば足り、公開買付け等の実現可能性があることが具体的に認められることは要しない」としました。その根拠として、平成11年判決を参照しています。

この事件で決定に当たるとされたのは、買い集めを検討した会社の代表取締役と取締役が、3分の1を目標に株式を購入するための作業等を行っていく旨を決めたことでした。その後の会議で、取締役が「資金のめどが立ったので、具体的に進めさせていただきたい。」と発言し、買い集めを目指す決意を表明するのを、被告人は聞いています。最高裁は、ほかの取締役2名が非常勤で、両名に企業買収に向けた資金調達等の作業の遂行を委ねていたことなどから、両名が「業務執行を決定する機関」に当たるとしました。

なお、同じ株式をめぐる経営権争いの別の裁判(東京地裁 平成17年3月11日決定)は、深掘り記事で扱っています。

担当外の社員も「契約の交渉・履行に関し」知ったことになる:東京地裁 平成15年5月19日判決

仲介会社やFAの社内で、案件を直接担当していない人が情報を知った場合はどうなるか。この点を扱ったのが、銀行のM&A部門の社員の事件です。

社員は、M&Aの仲介業務や助言業務を担う銀行の投資銀行部門のグループに所属していました。銀行は、ある会社が上場会社の株式を買うための仲介および助言の契約を結んでいました。社員はこの案件の担当ではありませんでしたが、グループ会議で担当者の報告を聞き、公開買付けの実施を知って、友人名義で株を買い付けました。弁護側は、担当外だから当時の証券取引法167条1項4号の「契約の締結若しくは交渉又は履行に関し」知ったとはいえないと主張しました。

東京地裁は、同号の「契約の締結若しくは交渉又は履行に関し知ったとき」とは、「契約の締結若しくは交渉又は履行行為自体によって知った場合はもとより,これと密接に関連する行為により知った場合を含む」とし、さらに、担当者を補助する人が知った場合に加えて、「この担当者等からその職務上当該契約の締結若しくは交渉又は履行の状況等について報告を受ける立場にある上司や同僚等がその報告等の機会に知った場合をも含むと解するのが相当である」と述べました。グループ会議で各案件の進捗が報告され、資料がグループの中で共有されていたことから、社員は報告を受ける立場にあったとして、「同被告人をして単なる情報受領者と見るのは相当でない」としています。社員は懲役1年2月(執行猶予3年)および罰金80万円、友人は懲役10月(執行猶予3年)および罰金50万円とされました。

地裁の判決で、控訴の有無や確定したかどうかは、2026年10月13日時点の公開情報では確認できていません。

新聞に出ても「公表」にはならない:最高裁 平成28年11月28日決定

インサイダー取引の禁止は、重要事実が「公表」されると解けます。公表の方法は、法166条4項と施行令30条が限定的に定めています。上場会社の代表者などが2以上の報道機関に公開してから12時間が経つこと、取引所の規則に従って通知した事実が取引所で公衆の縦覧に供されること(いわゆる適時開示)などです。

上場会社の合併を職務上知った公務員が、合併を伝える新聞報道の後、公式の発表前に株を買った事件で、最高裁は、「情報源を公にしないことを前提とした報道機関に対する重要事実の伝達は」、たとえ代表取締役などによるものでも、施行令30条1項1号の報道機関に対する「公開」には当たらないとしました。そして、会社の意思決定に関する重要事実を内容とする報道がされたとしても、「情報源が公にされない限り、法166条1項によるインサイダー取引規制の効力が失われることはないと解すべきである」と判断し、上告を棄却しています。

M&Aの交渉中に、案件が報道されることがあります。報道が出た後でも、会社による公表の手続がとられるまでは、規制は解けません。

非上場の売り手側が処分された例:証券取引等監視委員会の課徴金事例集

上場会社が非上場の会社を子会社にするM&Aで、売り手側が関わった例が、証券取引等監視委員会の令和7年度 金融商品取引法における課徴金事例集〜不公正取引編〜(令和8年6月)の事例3に載っています。裁判所の判決ではなく、同委員会が公表した事例です。

事例集によると、非上場会社の役員で、上場会社との間で株式譲渡契約の締結を交渉していた人が、基本合意書についてメールでやりとりをする中で、上場会社がその非上場会社の株式を取得して子会社にすることを決定した事実を知りました(166条1項4号)。この人から話を聞いた知人4名が、公表前に上場会社の株式を買い付け、それぞれに課徴金(579万円、135万円、825万円、111万円)の納付を求める勧告がされています。重要事実は、子会社の異動を伴う株式の取得(166条2項1号タ・施行令28条2号)とされました。

事例集は、上場会社の代表取締役CEOが、遅くとも公表の約3か月前に株式取得を行う旨の決定をしたと認定しています。株式譲渡契約の締結より前、基本合意書をやりとりしている段階です。情報を伝えた本人は、インサイダー取引と情報伝達規制の違反で告発されたと記載されていますが、刑事裁判の結果は確認できていません。

この判決から何がいえるか

平成11年判決と平成23年決定は、M&Aの「決定」は、確実に実行される見込みが立ったときではなく、会社の意思決定を実質的に担う人が、実現を意図して、その事項やそれに向けた作業を会社の業務として行うと決めたときに、生じ得ることを示しました。平成11年判決の事件では、交渉の懸案が残り、一度は白紙撤回もされた交渉でしたが、社長の方針の表明が「決定」とされました。平成23年決定は、実現可能性が全くあるいはほとんどない場合を別とするにとどめています。

一方で、どの時点で「決定」があったかは、誰が実質的に決めていたのか、何をどこまで決めたのかという事件ごとの事実で決まります。判決は、交渉を始めればすぐに「決定」になるとまで述べているわけではありません。また、平成11年判決は買われる側の上場会社の新株発行の決定について、平成23年決定は公開買付け等(大量買集め)の決定について判断したもので、上場会社が非上場の会社を子会社にする決定を直接扱った最高裁の判断ではありません。

それでも、条文の文言はいずれも「…を行うことについての決定」で、上場会社が相手のM&Aでは、売り手オーナーや仲介・FAが交渉に入った時点で、すでに重要事実が生じている可能性を前提に動く必要がある、というのがこれらの判断から読み取れることです。株式の売買のトラブルに関するほかの刑事事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型7で整理しています。

上場会社が相手のM&Aで確認すること(判決から導ける示唆)

以下は判決と条文から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 相手方が上場会社か、上場会社のグループかを最初に確かめる:買い手本体が非上場でも、親会社が上場している場合があります。166条1項は、1号のかっこ書きで上場会社の親会社・子会社を「当該上場会社等」に含めており、上場会社の子会社と契約を交渉する人も4号に当たり得ます。上場会社の子会社が別の会社を子会社にする(上場会社から見て孫会社になる)決定も、166条2項5号リと施行令29条2号により、上場会社の重要事実になり得ます(軽微基準があります)。
  2. 「決定」は交渉の早い段階で生じ得ると考えて動く:基本合意書の前後や、価格がまだ決まっていない段階でも、決定が認定された例があります。交渉に入った時点から、相手方の上場会社の株式(親会社の株式を含む)の売買を控えるのが安全です。
  3. 話した相手を記録し、話す範囲を絞る:売り手のオーナーから家族・知人・社内の幹部に話が伝われば、その人たちは情報受領者になります。必要な人にだけ伝え(Need to Knowの原則)、誰にいつ伝えたかを記録します。証券取引等監視委員会の事例集のコラムは、情報共有された関係者の氏名が、取引所の自主規制法人等の求めに応じて作成される経緯報告書に記載され得ることを、あらかじめ周知しておくことを予防措置の一つに挙げています。
  4. 社内の担当外の人にも規制が及ぶことを前提にする:東京地裁 平成15年5月19日判決は、担当者から報告を受ける立場にある上司や同僚も、契約の交渉・履行に関し知った人に当たるとしました。仲介会社やFA、士業の事務所では、案件会議や共有フォルダで情報を知る人の範囲を把握しておきます。
  5. 報道が出ても公表とは考えない:最高裁 平成28年11月28日決定のとおり、情報源を明らかにしない報道では規制は解けません。公表は、適時開示などの法令の方法によります。
  6. 交渉が打ち切られても1年は注意する:166条1項後段により、会社関係者でなくなった後も1年以内は売買が禁じられます(公開買付者等関係者は6月以内)。

日本財務戦略センターの対策:買い手候補が上場会社やそのグループ会社だと分かった時点で、売り手のオーナーに、公表まで相手方の株式を売買しないこと、案件を家族・知人・社内の人に話さないことを書面で説明し、受け取りを確認します。情報を共有する人の範囲を案件の最初に決め、誰にいつ伝えたかの記録を残す段取りを組みます。相手方の公表の予定と方法は、交渉の段階で相手方に確かめ、関係者に伝えます。インサイダー取引規制への当てはめや軽微基準の判断は、弁護士などの専門家と連携し、適法に進めます。

判決の出典

平成11年判決の事件番号は、平成23年決定が引用する番号によります。2026年10月13日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、平成11年判決の差戻し後の判決と、東京地裁 平成15年5月19日判決の控訴の有無は確認できていません。会社と個人は、判決の伏字か立場で書いています。

よくある質問

Q. M&Aの交渉中、いつから相手方の上場会社の株を買ってはいけないのですか?

重要事実が発生した時点と、個々の人が規制対象となる時点は区別する必要があります。上場会社の業務執行を決定する機関が、M&Aを行うこと、またはそれに向けた作業を会社の業務として行うことを、実現を意図して決めた時点から、その事実は重要事実になり得ます。最高裁 平成11年6月10日判決は、確実に実行される見込みが立つことは要しないとしました。実際の売買規制は、その人の立場(会社関係者や情報受領者に当たるか)、重要事実を知った時点、公表の有無などを踏まえて判断します。いつ決定があったかは事件ごとの事実によりますが、交渉に入った時点から売買を控えるのが安全です。

Q. 売り手のオーナー個人も、インサイダー取引の規制の対象になりますか?

自ら上場会社と株式譲渡契約の締結を交渉し、その交渉に関し重要事実を知った人は、金融商品取引法166条1項4号の会社関係者に当たり得ます。当たるかどうかは、契約関係や立場、どの立場で知ったかによります。証券取引等監視委員会の課徴金事例集(令和8年6月)には、非上場会社の役員が上場会社との交渉の中で子会社化の決定を知り、話を聞いた知人4名に課徴金の勧告がされた事例が載っています。

Q. 自分では株を買わず、家族や知人に話しただけでも問題になりますか?

話を聞いた家族や知人は、166条3項の情報受領者として、公表前の売買を禁じられます。また、他人に利益を得させる目的などで重要事実を伝えたり売買を勧めたりすることは、167条の2で禁じられており、伝えられた人が公表前に売買した場合には、伝えた人も処罰の対象になります(197条の2第1項14号・15号)。

Q. 小さな会社を上場会社が買う場合でも、重要事実になりますか?

子会社の異動を伴う株式の取得には軽微基準があり、新たに子会社となる会社の総資産が上場会社の純資産の30%未満で、かつ売上高が上場会社の売上高の10%未満であれば、166条2項1号タの重要事実からは外れます(有価証券の取引等の規制に関する内閣府令49条1項11号)。ただし、ほかの号に当たる可能性もあるため、案件ごとに確かめる必要があります。

Q. 案件が新聞で報道されたら、もう株を買ってもよいのですか?

最高裁 平成28年11月28日決定は、情報源が公にされない限り、報道があっても規制の効力は失われないとしました。会社による適時開示など、法令に定める方法で公表されるまでは、規制は解けません。

← 株式譲渡のトラブル・判例74件の分析に戻る / M&Aのトラブルは、誰に起きるのか

この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-13時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
記載に誤りがある可能性があります。お気づきの点がありましたら、お問い合わせよりご連絡ください。速やかに確認のうえ対応いたします。

【引用・転載について】
本記事は、事前のご連絡なしにご自由に引用・転載いただけます(CC BY 4.0)。引用の条件として、出典に「株式会社日本財務戦略センター(JFSC)」の名称と当記事へのリンクを明記してください。
Webサイトでの引用タグ(そのままコピーしてお使いください)
<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/ma-kentou-insider-torihiki/">M&Aの交渉中に株を買うと、いつからインサイダー取引になるのか――上場会社が相手のM&Aで、売り手オーナー・仲介・FAが規制の対象になる場面(最高裁 平成11年6月10日判決)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「M&Aの交渉中に株を買うと、いつからインサイダー取引になるのか――上場会社が相手のM&Aで、売り手オーナー・仲介・FAが規制の対象になる場面(最高裁 平成11年6月10日判決)」(2026年10月13日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/ma-kentou-insider-torihiki/
※ JFSCが集計・加工・分析した結果(集計値・集計表・図表・指標・分析と見解)は、この条件で引用いただけます。他機関(官公庁・調査会社など)が公表した数値や文章そのものは、それぞれの元資料の利用条件に従ってください。
五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。