辞めた創業者は、自分の実用新案権で会社の製造を止められるか――資本参加の後に退いた水門会社の創業者と職務考案(神戸地裁 平成元年12月12日決定)

辞めた創業者は、自分の実用新案権で会社の製造を止められるか――資本参加の後に退いた水門会社の創業者と職務考案(神戸地裁 平成元年12月12日決定)

中小企業では、創業者が技術の中心で、特許や実用新案も創業者個人の名義になっていることがあります。外部から資本を入れたり株式を譲ったりした後に、創業者が会社を去ったら、創業者は自分の権利を使って会社の製造を止められるのか。神戸地方裁判所は平成元年12月12日、水門の製造会社の創業者が会社に製造の差止めを求めた仮処分の申請について、この点の判断を示しました。この記事では、決定文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、株式譲渡の前に確かめることを整理します。

この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型5「売り手・旧経営者との譲渡後の争い」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/suimon-sougyousha-shokumu-kouan/">辞めた創業者は、自分の実用新案権で会社の製造を止められるか――資本参加の後に退いた水門会社の創業者と職務考案(神戸地裁 平成元年12月12日決定)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「辞めた創業者は、自分の実用新案権で会社の製造を止められるか――資本参加の後に退いた水門会社の創業者と職務考案(神戸地裁 平成元年12月12日決定)」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/suimon-sougyousha-shokumu-kouan/
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先に結論

事件の概要と時系列

会社は、水門その他の水路構造物の設計・製作・据付工事を目的として設立された株式会社です(決定は会社名を実名で書いていますが、この記事では伏せます)。申立人(債権者)は、設立から代表取締役社長を務めた創業者です。昭和58年に日工株式会社が資本参加し、会社の商号も変わりました。

時期出来事
昭和44年8月1日会社の設立。創業者が代表取締役社長に就任
昭和52年または昭和56年2月油圧式倒伏ゲートの考案が完成(創業者は昭和52年、会社は昭和56年2月と主張)
昭和56年3月会社が油圧式倒伏ゲートを製品化し、町に納入(会社の主張)
昭和56年4月9日実用新案の出願
昭和58年8月会社が商号を変更
昭和58年8月25日創業者と会社が、考案について会社に通常実施権を許諾する契約(実施契約)を結ぶ。実施料は無償
昭和58年8月頃または9月日工株式会社が資本参加。創業者は、その後も43%の株式を持っていたと主張
昭和60年6月20日実用新案の出願公告
昭和62年4月7日水門扉の意匠の登録
昭和62年6月8日創業者が代表取締役を辞任
昭和63年10月28日創業者が、事情の変更を理由に実施契約を解除すると会社に通知(創業者の主張)
平成元年4月4日実用新案権の登録
平成元年9月4日会社が実用新案の登録無効審判を請求(会社の主張)
平成元年12月12日神戸地裁が仮処分の申請を却下

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代表を辞めた理由について、創業者は、事業投資による当初の赤字を理由に事実上解任されたと主張しました。会社は、創業者が赤字の経営責任を認めて辞任したもので、その後も平成元年8月22日の任期満了まで取締役として在任していたと主張しました。決定は、この点について判断していません。

何が争われたか

  1. 創業者の考案は職務考案か:会社は、創業者は代表取締役社長であると同時に技術部門の最高責任者で、生産技術の改良考案を試みる具体的な任務を負っていたから、考案は職務に属すると主張しました。創業者は、会社は自分が営業・経理・人事まで手がける零細企業で、技術部門という概念自体が成り立たず、考案の完成に向けた「相当の便益」の提供も受けていないと主張しました。
  2. 資本参加で会社は別の会社になったか:創業者は、考案が完成した当時の会社は自分が実質的に全株式を持つ個人会社で、法人格は否認されるべきであり、資本参加の後の会社は資本構成も役員構成も別のものになったから、当時の職務考案を理由に法定の実施権を主張することは許されないと主張しました。
  3. 実施契約は終わったか:会社は、実施契約による通常実施権も主張しました。創業者は、代表取締役にとどまることを前提に無償で許諾したもので、錯誤により無効である、事情の変更により解除した、期間満了で終了したなどと主張しました。会社は、資本参加を目前に創業者が会社の代表者として自分個人と結んだ「お手盛の契約」だと反論しました。
  4. 権利に無効の理由はあるか:会社は、出願の前に製品を納入しており、考案も意匠も公然知られていたとして、無効の理由がある権利に基づく仮処分の必要性はないと主張しました。

裁判所の判断

神戸地裁――職務考案に当たり、会社に通常実施権がある

決定は、まず職務考案の意味を次のように整理しました。

職務考案とは、①従業者、法人の役員(従業者等)が行なつた考案で、②それが性質上当該使用者、法人(使用者等)の業務範囲に属し、③かつその考案をする行為が、従業者等の現在又は過去の職務に属するものをいうと解するのが相当である

①については、創業者が代表取締役社長だったことに争いはありません。創業者の個人会社だったという主張については、会社が「昭和四四年八月設立以来現在まで(本件考案及び本件意匠の完成時を含む。)法人としての実体を継続して有していたことが疎明される」として退けました。②については、会社は終始、水門その他の水路構造物の設計・製作・据付工事を行ってきており、考案の対象も水路構造物だから、業務範囲に属するとしました。

争いの中心だった③について、決定は次のように述べました。

会社の設立当初より継続して代表取締役社長として会社の経営にあたるとともに、会社の技術部門担当の最高責任者であつた者は、後者の地位に基づき、会社の人的・物的資源を総動員しても生産技術の改良考案を試みてその効率を高めるように努力すべき具体的任務を有していると解されるから、その者が右技術につき考案や意匠の創作を完成した場合には、具体的な便益供与の有無・程度について検討するまでなく、その考案や意匠は、会社の役員としての職務に属する行為であると推定すべきである。

そのうえで、創業者は設立以来、少なくとも昭和56年2月まで技術部門担当の最高責任者の地位にあったと一応認め、③の要件も満たすとしました。考案の完成が昭和52年か昭和56年2月かについては、どちらの時期にも創業者は代表取締役社長だったとして、どちらかに決めていません。

創業者の「相当の便益の供与を受けていない」という主張には、技術部門の最高責任者だった人については、「全く会社から便益供与を受けず、独力で創作を行なつたというような特段の事情が存しない限り、再抗弁は成り立たないと解するのが相当である。」とし、そのような事情を一応認めるに足りる疎明はないとしました。資本参加によって別の法人格になったという主張も、疎明がないとして退けました。

結論として、決定は、創業者の考案は職務考案に当たり、「債務者は、実用新案法九条三項、特許法三五条一項により、本件考案につき通常実施権を取得したことが明らかである。」としました。意匠権についても、水門扉の意匠は会社の業務範囲に属し、創業者の職務に属するとして、意匠法15条3項・特許法35条1項により会社が通常実施権を取得したとしました。差止請求権がない以上、申請は「その前提たる被保全権利の存在を欠き」、保証を立てさせて認めることも相当でないとして、却下しました。

決定は、実施契約の効力(錯誤・事情の変更・期間満了)、権利の無効の理由、創業者が主張した信義則違反については判断していません。職務考案による通常実施権が認められた時点で、差止めの前提がなくなったためです。

この判決から何がいえるか

この決定の中心は、設立以来の代表取締役社長で技術部門の最高責任者でもあった人の考案は、会社が具体的にどんな便宜を与えたかを細かく見なくても、役員の職務に属すると推定される、という考え方です。推定の根拠は、技術部門の最高責任者という地位から、生産技術の改良考案を試みる具体的任務があるとされた点にあります。本件では、創業者が少なくとも昭和56年2月まで技術部門担当の最高責任者だったと一応認められたことが前提で、代表取締役であることだけから推定したものではありません。創業者が「自分が一人でやった」「会社は何もしていない」と主張しても、全く便益供与を受けず独力で創作したという特段の事情を示さない限り、会社の通常実施権は否定されない、という筋道です。

その結果、特許や実用新案が創業者個人の名義でも、会社はそれを実施し続けることができ、創業者は会社の製造を止められませんでした。外部の会社が資本参加した後に創業者が去った場面でも、職務考案かどうかは、考案をした当時の会社と創業者の関係で判断されています。資本参加で会社が別の会社になったという主張は、疎明がないとして退けられました。

一方、限界もあります。

同じ類型の別の事件として、補修工事会社の買収で、買収額に創業者の技術の評価が入っていても特許を受ける権利は移っていなかったとされた大阪地裁 平成22年11月18日判決があります(株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型5で整理しています)。会社が通常実施権を持つことと、権利が会社に帰属することは別の問題です。

株式譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 会社の事業に使う知的財産の名義を一覧にする:特許・実用新案・意匠・商標が、会社名義か、創業者や役員の個人名義か、別会社の名義かを、登録原簿で確かめます。この事件では、会社が製作・販売・据付工事をしていた製品の実用新案権と意匠権が、創業者個人の名義でした。
  2. 個人名義の権利について、会社が使える根拠を書面で確認する:職務発明・職務考案として会社に通常実施権があるといえるか、実施契約があるか、その期間・対価・解除の条件はどうなっているかを確認します。この事件の実施契約は実施料が無償で、創業者は、存続期間は昭和63年8月31日までで更新を拒絶したとして期間満了による終了を主張し、代表取締役にとどまることが前提だったとして錯誤や事情の変更も主張しました(決定はこれらを判断していません)。存続期間と更新、無償とした前提、創業者が退任した場合の扱いを契約書で確かめます。
  3. 必要なら権利の移転まで決めておく:通常実施権では、権利は創業者の手元に残ります。株式を譲り受ける側は、権利を会社に移すのか、どの対価で移すのかを、株式譲渡契約や別の契約で決めておくことが考えられます。
  4. 創業者が退くときの扱いを先に決めておく:資本参加や株式譲渡の後も創業者が代表として残る場合、退任したときに知的財産・実施契約・技術資料をどう扱うかを、株式譲渡契約や役員の契約で決めておきます。この事件では、資本参加から約4年で創業者が代表を退き、その後に争いになりました。
  5. 役員の発明・考案を会社に帰属させる定めがあるかを確認する:この事件で会社が得たのは法定の通常実施権にとどまり、権利は創業者の名義のまま残りました。現在の特許法35条3項では、契約や勤務規則などであらかじめ定めれば、役員を含む従業者等の職務発明について特許を受ける権利を最初から会社に帰属させることができます。そうした定めが役員にも及ぶ形であるか、相当の利益の扱いはどうなっているかを確認します。

判決の出典

この記事で取り上げたのは仮処分の申請を却下した決定です。個人は決定の伏字か立場で書いています。この決定に対する抗告や本案訴訟の有無・結論は、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。

よくある質問

Q. 社長が個人名義で取った特許や実用新案を、社長が辞めた後も会社は使えますか?

この決定は、設立以来の代表取締役社長で技術部門の最高責任者でもあった創業者の考案を職務考案と認め、会社に通常実施権があるとして、創業者の差止めの申請を却下しました。ただし、職務考案に当たるかは事案ごとの判断で、この決定は当時の法律による仮処分の決定です。創業者が技術部門の最高責任者でもあったと一応認められたことが前提で、社長の考案が一般に職務考案になると判断したものではありません。会社と創業者が結んだ無償の実施契約が有効かどうかは判断されていません。現在の特許法35条(実用新案法11条3項で準用)のもとで改めて確認する必要があります。

Q. 会社が何も支援していなかったと創業者が主張すれば、職務考案になりませんか?

決定は、技術部門の最高責任者だった人については、具体的な便益供与の有無・程度を検討するまでもなく職務に属する行為と推定すべきだとし、全く会社から便益供与を受けず独力で創作したという特段の事情がない限り、創業者の主張は成り立たないとしました。この事件では、その事情を一応認めるに足りる疎明はないとされました。この推定は技術部門の最高責任者だった人についてのもので、仮処分の手続での判断です。本案訴訟で同じ結論になるかは確認できていません。

Q. 職務考案なら、実用新案権は会社のものになりますか?

この決定で会社が得たとされたのは通常実施権で、権利そのものは創業者の名義のまま残っています。会社が権利そのものを持つには、権利の移転などの手当てが別に必要です。

Q. 資本参加の後に会社が別の会社になったと言えば、会社の実施権は否定されますか?

創業者はそう主張しましたが、決定は、会社は設立以来法人としての実体を継続して持っていたとし、資本参加で別個の法人格になったことは疎明されていないとして、主張を退けました。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。