
那覇空港の新しい旅客ターミナルができる前、旧ターミナルを運営していた会社は、営業を引き継ぐ第三セクターの新会社に旧ビルを帳簿価額で買い取ってもらう約束があると考え、約13億9680万円を請求しました。根拠は、新会社の社長と専務2人が連名で出した「有償で譲り受けることをお約束申し上げます」という一文を含む回答書です。那覇地裁は請求をすべて棄却しました。
この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型3「そもそも事業譲渡は成立していたのか(契約書・書面)」の事例です。
<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/naha-airport-terminal/">那覇空港の旧ターミナルビル裁判|役員3名の「お約束申し上げます」という回答書で売買予約は成立したか|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「那覇空港の旧ターミナルビル裁判|役員3名の「お約束申し上げます」という回答書で売買予約は成立したか」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/naha-airport-terminal/原告は、昭和31年に設立され、本土復帰前から那覇空港のターミナル事業を営んできた会社です(判決では「NATCO」とも表示され、原告が送った要望書の題名に「那覇空港ターミナル㈱」とあります)。被告は、新しい本格ターミナルを建設・運営するために平成4年に設立された会社です(判決では「NABCO」と表示)。被告の資本構成は、覚書で沖縄県25%、那覇市3.2%、航空会社22.8%、原告41%、金融機関等財界8%と定められていました。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 昭和48年8月 | 原告・運輸省航空局飛行場部・日本航空・全日本空輸が確認書。新ターミナルの運営開始後、暫定ビルは航空会社に残存価格で売却するか、新会社に承継されるとする |
| 昭和50年4月 | 原告が暫定ターミナルとして旧第1ビルを建設し、供用開始 |
| 平成4年1月・10月 | 原告と沖縄県が覚書・細目協議書。国際線ビルは新会社へ「無償譲渡を原則として」引き継ぐとされたが、旧第1ビルについては取決めなし |
| 平成4年12月 | 被告設立 |
| 平成6年9月・12月 | 原告が旧第1ビルを帳簿価格で有償譲渡したいと申入れ。被告は、跡利用計画などについて関係者の理解と協力を得ることが「必要不可欠」と回答 |
| 平成7年9月 | 原告が営業譲渡契約の協議を申入れ。被告は、常勤役員会で検討し取締役会等に諮って回答したいと返答 |
| 平成8年2月・4月 | 原告が旧第1ビルの有償譲渡を含む営業譲渡契約書(案)を提出。被告の顧問弁護士らが意見書を提出 |
| 平成8年4月〜7月 | 沖縄県の呼びかけで三者協議。県の一括解決案を被告は受け入れる姿勢、原告は拒否。県は覚書の趣旨に反する2社だけの合意をしないよう通知 |
| 平成8年9月11日 | 被告の第28回取締役会。社長の緊急動議が撤回され、附帯意見が可決 |
| 平成8年10月3日 | 原告が「買取要望書」を送付 |
| 平成8年10月7日・8日 | 被告の第102回常勤役員会・第29回取締役会 |
| 平成8年10月15日 | 被告の社長・専務2人が連名で「要望回答書」を送付 |
| 平成9年6月 | 被告の株主総会で、原告の反対を押し切り沖縄県推薦の取締役が過半数に。社長も交代 |
| 平成11年5月 | 25日に原告の構内営業の承認取消し、26日に新ターミナルビル供用開始 |
| 平成12年〜13年 | 再度の三者協議。県が総額25億円の支払を提示したが合意に至らず |
| 平成13年12月・平成15年10月 | 旧第2ビルは国との補償契約で、国際線ビルは原告・被告間の個別の売買契約で、それぞれ別に解決 |
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那覇地裁 平成16年6月30日判決(平成14年(ワ)第111号)の争いのない事実と認定事実
買取要望書が示した条件は、価格が引渡日直前の決算時の帳簿価額、決済は新ターミナル供用開始予定日を期日とする約束手形、引渡しは供用開始後3か月以内でした。要望回答書の後半は次のとおりです。
「社長以下,常勤役員は責任を自覚し被告役職員が主体性を持って三者協議を含むあらゆる場で,誠意を持って早期解決をめざして調整をし,所定の手続きを踏まえ,現国内線第1ビルを有償で譲り受けることをお約束申し上げます。」
「尚,譲り受け条件等は検証のうえ要望書記載の条件に基づき,其の他細部については,別途協議致します。」
同じ回答書の前半には、「総合的な検討が必要」「ある程度時間をかける必要があります」といった文言もありました。
原告の主張(売買予約):買取要望書は目的物・価額・決済方法・引渡日を具体的に示した申込みで、要望回答書は「要望書記載の条件に基づき」買い受けると、異議を留めず確定的に承諾したものだから、平成8年10月15日ころ売買予約が成立した。留保の文言は細部の協議のための時間を求めただけである。平成11年8月2日、当時の被告代表者と面談して買取りの履行を求め、予約完結権を行使した。
被告の反論:回答書は会社の正式な文書の体裁ではなく、3名の連名で、印鑑も代表者印ではなく私印であり、多くの留保がついている。役員が今後の姿勢を示しただけである。十数億円の不動産売買なら正式な契約書を作るのが当然で、作られていない以上、契約は成立していない。予約完結権の行使も否認する。
原告の主張(契約締結上の過失・予備的):被告は長年好意的な回答を続け、一度も拒絶しなかったため、当然買い取ってもらえると信頼した。買う意思がないなら早く断る信義則上の義務があった。土地使用料・固定資産税・保守管理費の計2億2007万6085円に、用途廃止で価値がなくなる旧ビルの帳簿価額13億9679万7551円を加えた損害のうち、13億9679万7551円を請求する。
被告の反論:申入れに応じるかどうかを答える法的義務はない。被告は一括解決案に賛成する形で、条件次第で買い取る意思を示していた。当時は被告の取締役の過半数が原告推薦で、原告もこちらが拒否しにくい状況を知っていた。
判決はまず、回答書に至る経緯を見ています。平成6年の回答書で被告は関係者の理解と協力が必要不可欠だと述べ、平成7年には取締役会等に諮って回答すると返答していました。平成8年4月の顧問弁護士らの意見書は、旧第1ビルは用途廃止が既定の方針で被告が有償で譲り受ける必要がないことや、契約書案に賛成すれば取締役として刑事上・民事上の責任追及が問題になり得ることを指摘していました。判決は、旧第1ビルが被告にとって必要性に乏しく、跡利用計画も定まっていなかったことなどから、原告の要望をそのまま受け入れることは困難で、買取交渉に具体的な進捗がなかったと認めました。
第28回取締役会では、社長が旧第1ビルの買取りだけを承認してほしいという緊急動議を出しましたが、他の取締役から、一括解決案の他の条件と切り離せば帳簿価額約15億円が被告の負担になり取締役の責任が問題になる、といった懸念が出されました。動議は撤回され、可決されたのは申請手続の議案に付けた附帯意見で、その結びは「旧第1ビルを有償譲渡する方向で臨むこと。これを社の方針として確認する。」というものでした。判決は、この経緯から、附帯意見の承認をもって「被告取締役会がその買取りを承認したものと認めることはできない。」としました。
買取要望書を受けた第102回常勤役員会と第29回取締役会についても、まとまったのは時間的猶予をもらいたいという執行部意見で、要望書の条件で買い取るかどうかを具体的に議論した形跡はなく、条件を社長や常勤役員会に一任する決議もなかったと認定しています。
回答書の本文は、社長が原案を書き、専務の一人が「直ちに買取りに同意する内容にならないよう原案に修正を加えて」作られたと認定されています。判決は、「総合的な検討が必要」「所定の手続を踏まえ」などの文言は交渉の経緯に符合するとして、原告のいう確定的な承諾と解することは「およそ困難」としました。さらに、常勤取締役3名の連名であることや、代表取締役の名の下に代表者印が使われていないことについて、「会社が懸案の重要事項について承諾の意思内容を表示記載する文書としては,不自然なものである。」と述べました。
判決は、譲渡価額が10億円を超え、被告の経営や取締役の責任にかかわる懸案だったのに、「売買予約契約書その他旧第1ビルの売買予約に関する正式な合意文書が一切作成されていないことも看過することはできない。」としました。また、回答書の後も協議が続き、沖縄県が2社だけの合意に強い難色を示し、取締役会の構成も刷新されたことから、「むしろ,旧第1ビルに関する原告と被告間の問題は依然として未解決のまま継続協議の状態となっていたと考える方が自然である。」としています。
これらを総合して、回答書は被告の承諾を表した文書とは「到底認めることができない」とされ、主位的請求は退けられました。予約完結権の行使については「その余の点について判断するまでもなく」として判断していません。
予備的請求について、判決は、被告が有償譲渡を明確に受け入れてはいない反面、明確に拒否もしていなかったことは事実だと認めました。そのうえで次の事情を挙げています。
結論として、「被告が原告に対し旧第1ビルの買取りを明確に拒絶しなかったことが信義則に違反する違法なものであると評価することは到底できず」、原告が契約の成立を信頼するに至ったとも認められないとされました。訴訟費用は原告の負担です。
判決が重視したのは、書面の一文だけではなく、交渉の経緯、相手方の社内の議事、書面の作られ方と体裁、その後の経過を合わせて見ることでした。「お約束申し上げます」という強い言葉があっても、留保の文言と社内の状況から、会社の承諾とは評価されませんでした。
一方で、判断は事案の個別事情に強く依存しています。原告が実質的に親会社のような立場で被告の内情を知っていたこと、筆頭株主以外の株主(県)が2社だけの合意に反対していたことは、予備的請求の判断で大きな比重を占めました。交渉相手と独立した関係にある場合や、相手が拒絶しにくい事情のない場合に、同じ結論になるとは限りません。また、この事件で請求されたのは旧ビルの売買代金と損害賠償で、営業譲渡契約そのものの成否や効力が争われたわけではありません。
以下は判決が直接述べたことではなく、判決が重視した事情から考えられる確認事項です。
Q. 取締役会で「方向で臨む」と決議していれば、会社として買取りを約束したことになりますか?
この事件では、なりませんでした。判決は、買取りの緊急動議が反対意見を受けて撤回され、附帯意見として「方向で臨む」とされた経緯から、取締役会が買取りを承認したとは認めませんでした。決議の文言だけでなく、決議に至る経緯も見て判断されています。
Q. 代表者印ではなく個人の印が押された書面は、会社の意思表示として無効なのですか?
判決は、個人印の書面が一般に無効だとは述べていません。この事件では、3名の連名であることや代表者印が使われていないことが、重要事項を承諾する文書として「不自然」とされ、文言や交渉経緯などと合わせて、承諾の書面とは認められませんでした。
Q. 買い取ってもらえると信じて建物を維持した費用は、取り戻せないのですか?
この事件では、土地使用料・固定資産税・保守管理費の約2億2000万円などを損害とする請求は認められませんでした。判決は、被告が拒絶を表明しにくい立場にあったことや、原告側も合意が難しい事情を知っていたことから、契約締結上の過失を否定しています。損害の額そのものは判断されていません。
Q. 旧ターミナルの他の建物はどうなったのですか?
判決の認定では、旧第2ビルは平成13年12月に国(大阪航空局長)との補償契約で、国際線ビルは平成15年10月に原告と被告の個別の売買契約で、それぞれ旧第1ビルとは切り離して解決されています。
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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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