任天堂のマジコン裁判|休眠会社への事業の付け替えと清算結了は、損害賠償の責任でどう扱われたか

任天堂のマジコン裁判|休眠会社への事業の付け替えと清算結了は、損害賠償の責任でどう扱われたか

ニンテンドーDSのゲームを、ゲームカードを買わずに動かせるようにする装置(いわゆるマジコン)について、任天堂とゲームソフト会社など原告50社が販売業者を訴えた事件です。中心は不正競争防止法の争いですが、損害賠償を誰が負うかの部分で、事業の移し替えと会社の清算が問題になりました。本記事では、その部分に絞って判決を読みます。

この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型4「債務がついてくる(商号の続用・責任逃れ)」の事例です。

判決に出てくる個人は判決の伏字(AⅠ・BⅠ・CⅠ)で書き、販売業者の会社は業態と立場で書きます。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/nintendo-jigyou-tsukekae/">任天堂のマジコン裁判|休眠会社への事業の付け替えと清算結了は、損害賠償の責任でどう扱われたか|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「任天堂のマジコン裁判|休眠会社への事業の付け替えと清算結了は、損害賠償の責任でどう扱われたか」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/nintendo-jigyou-tsukekae/
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先に結論

事件の概要と時系列

時期出来事
1987年(昭和62年)6月のちに受け皿となる会社が、飲食店の経営等を目的とする株式会社として設立される(2004年に有限会社へ組織変更)
2003年(平成15年)4月元の会社が設立される。代表取締役はBⅠ
2006年(平成18年)9月までCⅠが「マジカル上海」の名前でゲーム用機器の通信販売を始める。12月26日にマジコン「R4」の販売を始める
2007年(平成19年)2月7日まで元の会社が中国から「R4」を輸入し、卸売と通信販売をしていた
2007年元の会社に税関の調査が入る
2007年8月12日元の会社の本店をBⅠの住所地へ移す
2007年8月17日元の会社の取締役が代表を務める休眠法人の商号・目的・本店所在地・役員構成を、本店移転前の元の会社と同じものに変え、通常の株式会社へ移行。BⅠが代表取締役に就任(以下「受け皿の会社」)
2007年9月26日受け皿の会社の商号を英字表記に変更
2007年10月以降元の会社の事業を受け皿の会社へ順次譲渡
2008年(平成20年)2月元の会社が追徴課税を受け、25日に取引口座を受け皿の会社のものに変更。事業の移し替えがほぼ完了。旧本店と電話・ファクシミリ番号は使い続ける
2008年2月13日CⅠが会社を設立し、通販の営業を譲渡。サイト「マジカル上海」を引き続き使わせる(以下「マジカル上海の会社」)
2008年5月任天堂などが販売業者に警告書を送り始める。元の会社側は24日頃までに「R4」などの販売をほぼ終える
2008年5月30日・31日受け皿の会社が新製品「M3さくら」を発売。翌31日に元の会社を解散し、BⅠが代表清算人になる
2008年10月15日・22日残余財産949万1637円を株主に分配して清算結了とし、22日に登記。任天堂などへの債権申出の催告はしていない
2009年(平成21年)2月27日東京地裁が、別の業者に対する訴訟でマジコンの譲渡の差止め等を命じる
2009年8月28日マジカル上海の会社の代表取締役がCⅠからAⅠに代わる
2009年10月まで受け皿の会社が「M3さくら」の販売を続ける
2009年11月10日任天堂など原告が東京地裁に提訴
2013年(平成25年)7月9日東京地裁判決

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東京地裁 平成25年7月9日判決(平成21年(ワ)第40515号ほか)の前提事実と認定事実

何が争われたか

受け皿の会社に、元の会社の時代の責任を負わせられるか

原告側は、両社が商号・目的・役員構成・営業拠点とその電話・ファクシミリ番号を同じくし、本店も引き継がせていることを挙げ、受け皿の会社の株式会社への移行は損害賠償債務を免れるための会社制度の濫用であり、両社は信義則上、別人格だと主張できないと主張しました。被告側は、両社は「いずれも小規模な会社であるために類似点が多いだけであって,別人格である」と反論しました。

清算結了の登記で、元の会社の債務は消えたか

元の会社は、清算を結了して登記したので「法人格が消滅し,損害賠償債務は消滅した」と主張しました。原告側は、元の会社は警告書の送付を受けて任天堂への損害賠償債務を認識していたのに、清算手続で債権を申し出るよう催告しなかったので、清算は終わっていないと主張しました。

個人の事業を引き継いだ会社は、個人時代の販売の責任を負うか

原告側は、マジカル上海の会社はCⅠの通販の営業を譲り受け、サイト「マジカル上海」を使い続けたので、CⅠの販売についても責任を負うと主張しました。会社側は、営業を譲り受けておらず、サイトを使い続けただけでは設立前の販売の責任は負わない、仮に譲り受けていても、発生後2年以内に請求や予告がなかった分は責任が消えたと主張しました。

裁判所の判断

認定された事実:追及を免れるための移し替えと解散

判決は、BⅠが「税関や原告らからの追及を免れるために」、元の会社の本店所在地を変え、休眠法人の商号・目的・本店所在地・役員構成を本店変更前の元の会社と同じものに変え、事業を譲って営業拠点や連絡先を引き継がせた後に元の会社を解散したと認定しました。この認定は、それまでに認定した登記の経過、取引口座の切り替え、旧本店と電話・ファクシミリ番号の継続使用などの事実に基づいています。

損害賠償では、両社を別の法人として扱わなかった

判決は、両社は「実質が前後同一」であるとし、受け皿の会社の株式会社への移行と元の会社の解散について、次のように述べました。

両被告の債務の免脱を目的としてされた会社制度の濫用であるから,両被告が,原告らに対し,別異の法人格であると主張することは信義則に反し許されないというべきである

ここで参照されたのは最高裁昭和48年10月26日判決(民集27巻9号1240頁)です。旧会社の債務を免れるために新会社を設立した事案で、別人格の主張を信義則に反するとしたもので、法人格否認の法理の例として知られています。もっとも、この判決自体は「法人格否認」という言葉を使っていません。

この判断の結果、両社は、元の会社だけが販売していた時期も含めて、2007年2月7日から2009年10月まで「R4」「DSTT」「M3さくら」を共同して販売していたと扱われました。認められた販売台数は両社の分で合計6万2528台です。

差止めでは、解散した元の会社を同一に扱わなかった

一方、販売の差止めについて、判決は元の会社への請求を退けました。元の会社は解散しており、「解散後も事業活動を行っていたことを認めるに足りる証拠はない」ため、移し替えが債務を免れる目的だったとしても、差止めの関係で別の法人だと主張することが信義則に反するとはいえない、という理由です。差止めは受け皿の会社にだけ命じられました。同じ事実関係でも、過去の損害の賠償と将来の行為の差止めとで、扱いが分かれたことになります。

清算結了の登記があっても、清算は終わっていなかった

判決は、BⅠはマジコンの販売によって任天堂に損害を与えることを認識していたので、任天堂は会社法499条1項の「知れている債権者」だったとしました。それなのに代表清算人のBⅠは、債権を申し出るよう催告しないまま、約949万円を残余財産として株主に分配しました。

そのため、清算手続はまだ終わっておらず、「清算結了の登記がされたからといって」法人格を失うことはないとしました。元の会社は清算の目的の範囲内でなお存続しており(会社法476条)、「原告任天堂に対する損害賠償債務は消滅しない」と判断しています。

サイト名を使い続けた会社に、商法17条1項を類推適用した

判決は、マジカル上海の会社がCⅠから通販の営業を譲り受け、CⅠが開設したサイトを引き続き使っていたと認定しました。そのうえで、CⅠはサイトの名前を「自己の営業を表示するものとして用い」、会社も同じように使っていたとして、会社はCⅠの販売についても「商法17条1項の類推適用により,責任を負うというべきである」としました(最高裁平成16年2月20日判決・民集58巻2号367頁を参照)。譲渡人が個人だったため、会社法22条ではなく商法17条の問題になっています。

2年で責任が消えるという主張は、「営業を譲り受けて譲渡人の商号等を引き続き使用する譲受人の責任を2年で消滅させる根拠はない」として退けました。2年で消えると定めた商法17条3項は、譲渡人の側の責任についての規定だという理由です。判決の認定では、CⅠだけが販売していた期間(2007年1月から2008年2月12日まで)の「R4」は3万5266台です。

代表者の責任と、認められた金額

判決は、CⅠ・AⅠ・BⅠのいずれについても故意を認め、「代表取締役又は代表清算人としてその職務を行うについて悪意があった」としました。BⅠについては、追及を免れるために元の会社を解散したことも、判断の材料に挙げられています。

損害額は、マジコンが広まる前の年間タイレシオ(DS本体1台あたりのソフトの年間販売本数)平均3.241本が、マジコンがなければ少なくとも平均2.5本は保たれたとして、販売台数をもとに計算されました。1本あたりの利益や損害の総額は判決で伏せられています。原告は損害の一部として3825万円と5737万5000円を請求し、いずれもその額どおり認められました。そのため、5737万5000円のうちCⅠの時代の販売にあたる額は、判決からは分かりません。

この判決から何がいえるか

この判決からいえるのは、次の範囲です。

M&A実務で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決が直接述べたことではなく、判決の判断から考えられる確認事項です。

判決の出典

よくある質問

Q. 休眠会社を買って事業の受け皿にすること自体は問題になりますか?

この判決は、休眠会社の利用そのものを違法とはしていません。問題とされたのは、休眠会社の商号・目的・本店・役員構成を元の会社と同じものに変えて事業を移し、元の会社を解散したことが、税関や原告からの追及を免れるためだったと認定された点です。

Q. 清算結了の登記をした会社に、あとから損害賠償を請求できますか?

この判決では、できるとされました。清算人が知れている債権者に債権申出の催告をしないまま残余財産を分配していたため、清算手続は終わっておらず、会社は清算の目的の範囲内でなお存続していると判断されています。催告を尽くしていた場合については、この判決は判断していません。

Q. 個人事業を法人成りして、同じ屋号やサイト名を使い続けると、個人時代の債務はどうなりますか?

この判決では、会社が個人の営業を譲り受け、営業を表示する名前としてサイト名を使い続けたことから、商法17条1項の類推適用により、会社も個人時代の販売の責任を負うとされました。会社の責任は2年で消えるという主張も退けられています。商法17条2項には、責任を負わない旨の登記や通知の定めがありますが、本件ではその手当ては問題になっていません。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。