洗剤「ハイ・ベック」をめぐるサンワードの裁判|事業を譲った会社の販売再開は会社法21条3項の「不正の競争の目的」にあたるか

洗剤「ハイ・ベック」をめぐるサンワードの裁判|事業を譲った会社の販売再開は会社法21条3項の「不正の競争の目的」にあたるか

ドライマーク衣類を家庭で洗う洗剤「ハイ・ベック」の事業を含む営業全部を、東京都日野市の株式会社サンワード(被告)が、平成19年に熊本市の株式会社サンワード(原告)へ譲りました。その後、被告が「ハイ・ベック」を含む名前で洗剤を売り始め、原告が差止めと賠償を求めたのがこの裁判です。東京地裁は、会社法21条3項と不正競争防止法の両方について判断しました。

この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型5「売り手が同じ商売を始める(競業)」の事例です。

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先に結論

事件の概要と時系列

時期出来事
昭和49年4月被告(東京都日野市)設立
昭和56年1月頃ドライクリーニング溶剤配合の家庭用洗剤を「ハイ・ソープ」の名前で発売
昭和60年8月頃商品名を「ハイ・ベック」に変更。以後「ハイ・ベック」シリーズとして洗剤・仕上剤などを販売
平成8年頃被告が債務超過に。熊本市の加盟店の経営者(原告代表者の母)が、平成9年頃から被告の専務取締役として経理を担当
平成18年2月被告代表者が2度目の脳梗塞を発症
平成19年4月3日原告(熊本市)設立。代表者は上記の専務取締役の息子
平成19年8月31日被告の営業全部を原告に譲る契約(実行日9月1日)。契約書は9月末頃に取り交わし、同じ頃、銀行借入は被告が負担するとの覚書を作成
平成20年3月原告が被告に報酬を払うコンサルタント業務契約を締結(平成21年・22年も同趣旨で取り交わし)
平成23年2月頃〜被告代表者が、製造委託先に原告との契約破棄を求め、販売代理店などに自ら洗剤の販売を始めると話す
平成23年12月原告がコンサルタント業務契約の解除を通知し、支払を停止
平成24年2〜3月被告が商標・意匠の使用中止を求める通告書を送り、続いて営業譲渡契約の解除を主張する回答書を送付
平成26年10月頃被告が「ハイ・ベックS」などの販売を開始(時期は争いあり)
平成28年3月1日被告が金融機関から取引停止処分を受け、事実上事業を停止
平成28年12月7日東京地裁判決

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東京地裁 平成28年12月7日判決(平成27年(ワ)第7051号)の前提事実・認定事実

契約の成立自体は、被告が弁論準備手続で「本件営業譲渡契約については追認する」と述べ、争いのない事実とされています。

何が争われたか

原告の主張:被告は譲った事業と同じ洗剤の販売事業を、不正の競争の目的で行っている。被告は原告が「ハイ・ベック」の表示を使い続けていることを知りながら、平成26年10月以降、原告の商品と並ぶ「新製品」として売っており、原告の顧客を奪う意図は明らかだ。また、「ハイ・ベック」の表示は原告の表示として周知で、被告の表示は類似し混同を生じている。損害は被告の利益1億5556万6197円と推定され、その一部3000万円と弁護士費用300万円を請求する。

被告の主張:銀行借入(合計8307万3476円)は譲渡の対象から外されておらず、原告が払っていたコンサルタント料は実質的にその返済資金だった。その支払を止めたのは重大な債務不履行で、営業譲渡契約は解除した。借入を被告の負担とした覚書は、被告代表者の意思によらずに作られた偽造である。また、被告がしているのは「被告の関係者が有する登録商標」を使った合法的な事業で、原告の顧客を奪う目的はない。被告の商品は化粧品原料を使った別の商品で混同は生じない。利益率は20%程度にすぎない。

裁判所の判断

営業譲渡契約の解除は認められなかった

裁判所は、銀行借入は覚書によって譲渡の対象から外されていたと認定し、解除の主張は前提を欠くとしました。根拠として挙げたのは次の点です。

覚書の体裁や住所の記載についての被告の指摘も、真正を左右しないとしました。判決は、別件訴訟の控訴審判決(確定判決)でもおおむね同様の認定がされているとして、被告の主張は訴訟上の信義則に照らしても許されないとも述べています。

コンサルタント料については、額が借入の返済額と関係なく毎年定められていたことから、被告代表者の生活を援助するために払われていたとみるのが自然で、譲渡の対価とは認めにくいと判断しました。

一方で判決は、営業譲渡契約書に付けた営業譲渡目録には資産も負債も全く記載されておらず、譲渡日の貸借対照表は争いになった後に作られたものだと認定しています。

21条3項に基づく差止めを、明文がなくても認めた

会社法21条3項は、譲渡会社は「不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない」と定めていますが、譲受会社が差止めを求められるとは書いていません。裁判所は、この規定が旧商法25条3項を引き継いだもので、旧商法のもとでは差止請求権があると解されていた(東京高裁 昭和48年10月9日判決)ことから、譲受会社は差止めを求められると判断しました。

そのうえで、21条3項の趣旨を次のように述べています。

譲受会社の当該事業に係る顧客を奪おうとするなど,譲受会社の事業に重大な影響を及ぼすことを知りながらあえて同一の事業を行うなど,事業譲渡の趣旨に反する目的で同一の事業をすることを禁止する趣旨と解される。

譲渡の内容と被告の行動から「不正の競争の目的」を認めた

裁判所が認定した事実は次のとおりです。

そのうえで、次のように結論づけました。

以上からすれば,被告による被告商品の販売事業は,本件営業譲渡の目的に反し,譲受会社たる原告による暖簾等の利用を妨害するものというべきであって,会社法21条3項の「不正の競争の目的」によるものと認めるのが相当である。

販売開始の時期について、被告は平成27年5月7日までは販売できなかったと主張しましたが、裁判所は、販売代理店の1社が平成26年10月までに原告からの仕入れをやめ、遅くとも同年11月にはネットで被告の商品を売っていたことから、被告は同年10月までに販売していたと認定しました。

被告は判決時点で事実上事業を停止していましたが、裁判所は、被告が覚書は偽造だ、契約は解除したと繰り返し主張していることから、同じ事業を行うおそれがあり「差止めの必要性があるというべきである」としました。差し止めた行為は、広告(洗剤などの販売事業に関するものに限る)・販売・製造の3つです。

不正競争防止法では、表示の承継と周知性を認めた

被告のホームページには、次の記載があったと認定されています。

ドライマークの洗剤を製造している「サンワード」という会社は複数社ございます。

不正競争防止法に基づく請求のうち、広告と販売の差止めは理由があるとされましたが、製造の差止めは、同法2条1項1号に「製造」が掲げられていないとして認められませんでした(製造の差止めは21条3項のほうで認められています)。商品や広告から表示を消すことは命じましたが、洗剤そのものの廃棄は「原告の営業上の利益の保護としては,過剰であり」、必要性を肯定できないとしました。

賠償額は販売先と利益率を絞って算定した

被告の利益は723万4148円と推定され、弁護士費用80万円を加えた803万4148円(平成28年4月1日から年5分の遅延損害金つき)が認められました。仮執行の宣言は、広告と販売の差止めにだけ付いています。

この判決から何がいえるか

M&A実務で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は、判決の判断そのものではなく、この事件の経過から導ける確認事項です。法定の競業避止の地域・期間(21条1項・2項)は、ハブ記事の類型5にまとめています。

判決の出典

判決に出てくる個人は、続柄・立場だけで書いています。販売代理店・製造委託先などは、立場で書いています。

よくある質問

Q. 原告と被告は、なぜ同じ「サンワード」という社名なのですか?

被告(昭和49年設立・東京都日野市)の事業を再建するため、被告の専務取締役だった人の息子を代表者として、平成19年に熊本市で設立されたのが原告です。判決は、両社の商号が同一であることを、混同が生じている理由の一つに挙げています。

Q. 事業を譲った会社が経営難で事業を止めていても、差止めは認められますか?

この事件では認められました。被告は判決時点で金融機関から取引停止処分を受け、事実上事業を停止していましたが、裁判所は、被告が覚書の偽造や契約の解除を繰り返し主張していることから、同じ事業を行うおそれがあるとしました。

Q. 商品名を商標登録していなくても、保護されるのですか?

この事件では、原告は「ハイ・ベック」の表示について、不正競争防止法の周知な商品等表示として広告・販売の差止めと賠償を認められました。被告は、原告が登録出願中にすぎないことなどを挙げて争いましたが、裁判所は周知性・類似・混同を認めています。ただし周知性は、販売の規模や宣伝の実績などの事実から個別に認定されたものです。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。