不存在の株主総会決議で代表者に就いた元代表者が特許を受ける権利を売った――転得者は民法94条2項の類推適用で保護(知財高裁 令和6年10月10日判決・ヘアーアイロン特許)

不存在の株主総会決議で代表者に就いた元代表者が特許を受ける権利を売った――転得者は民法94条2項の類推適用で保護(知財高裁 令和6年10月10日判決・ヘアーアイロン特許)

株式が人の手を渡った後、会社の代表権がどこにあるのかがはっきりしないまま時間が過ぎると、会社の財産が思わぬ形で外に出ていくことがあります。この事件では、ヘアーアイロンの発明について特許出願をしていた会社で、株式が旧株主から元代表者へ、元代表者から別の会社へと譲渡された後、元代表者が、のちに不存在と確定した株主総会決議によって代表取締役に就き、会社の特許を受ける権利を第三者に譲渡しました。その特許権は、さらにアデランスの完全子会社を経てアデランスに移りました。会社はアデランスに特許権を返すよう求めましたが、知的財産高等裁判所は令和6年10月10日、請求を退けた一審の判断を維持しました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、株式譲渡の後に確かめることを整理します。

この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型5「売り手・旧経営者との譲渡後の争い」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/hair-iron-tokkyo-kenri-tenbai/">不存在の株主総会決議で代表者に就いた元代表者が特許を受ける権利を売った――転得者は民法94条2項の類推適用で保護(知財高裁 令和6年10月10日判決・ヘアーアイロン特許)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「不存在の株主総会決議で代表者に就いた元代表者が特許を受ける権利を売った――転得者は民法94条2項の類推適用で保護(知財高裁 令和6年10月10日判決・ヘアーアイロン特許)」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/hair-iron-tokkyo-kenri-tenbai/
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先に結論

事件の概要と時系列

控訴人は、ヘアーアイロンの発明について特許を受ける権利を持っていた会社です(判決は会社名を実名で書いていますが、小さな会社のため、この記事では伏せます)。株式の譲渡には株主総会の承認が要る、譲渡制限のある会社でした。登場する個人は、判決の伏字に合わせて、発明者の一人で会社の業務を行っていたE、元代表者B、元代表者から特許を受ける権利を譲り受けたC、旧株主Gと書きます。株式の譲受人となった別の会社と、アデランスの完全子会社は、訴訟の当事者ではないため名前を伏せます。

時期出来事
平成26年6月11日付け旧株主GからBへ、Bから別の会社へ、同じ日付で株式を譲渡する契約書が作られる(判決は、契約書を作成したのはEと認定)。GとBはEを介して会った
平成26年11月発明者のEらが特許を受ける権利を会社に譲渡。会社のウェブサイトでヘアーアイロン(実施品)を公開
平成27年4月6日会社が特許出願。Bが代表者として新規性喪失の例外の証明書を作成・提出
平成27年6月11日会社の資金を私的に流用するなどの不正が発覚したとして、EがBを取締役・代表取締役から辞任させ、自ら就任(6月26日登記)
平成27年7月Bが自らを代表取締役に、Cを取締役に選び、Eを解任する臨時株主総会決議があったとされ、登記される(のちに不存在が確定)
平成27年8月18日Bが会社を代表して、特許を受ける権利をCに譲渡(譲渡契約①)。同日、出願人の名義変更の届出
平成28年解散等の決議があったとされる(のちに不存在が確定)。代表清算人とされた弁護士の側から、Eを被告とする損害賠償訴訟が起こされる
平成28年11月出願公開。Eは遅くとも11月29日までにCへの譲渡を知る
平成30年4月6日Cが審査請求。その後、特許第6527371号としてCの名義で登録
令和2年3月損害賠償訴訟で控訴が棄却され、訴えを却下する判決が確定
令和3年Eが株主総会決議の不存在確認を求めて提訴。7月20日に勝訴、8月5日に確定
令和3年5月頃〜9月アデランスの担当者が本件特許を調査。完全子会社がCを相手に無効審判を請求
令和4年1月28日Cから完全子会社へ特許権を譲渡(譲渡契約②・2月1日に移転登録)
令和4年4月8日完全子会社からアデランスへ特許権を譲渡(譲渡契約③・同日に移転登録)
令和4年5月〜8月会社が完全子会社に移転登録を求めて提訴(6月に取下げ)。アデランスを相手に本件訴訟を起こし、処分禁止の仮処分決定を得る
一審東京地裁(令和4年(ワ)第19222号)が請求を棄却
令和6年10月10日知財高裁が控訴を棄却

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株式の流れと特許の流れを並べると、次のとおりです。

対象移転の経路
会社の株式旧株主G → B → 別の会社(いずれも平成26年6月11日付けの契約書)
特許を受ける権利・特許権発明者 → 会社 → C(Bが会社を代表して譲渡) → アデランスの完全子会社 → アデランス

何が争われたか

  1. 特許法74条1項の請求に民法94条2項を類推適用できるか:特許法74条1項は、特許を受ける権利を持たない人の出願に対して特許がされた場合(同法123条1項6号)などに、特許を受ける権利を持つ人が、特許権者に特許権の移転を請求できると定めています。会社は、平成23年の特許法改正で設けられた同法79条の2(移転の登録前に、事情を知らずに事業として実施していた人などに通常実施権を認める規定)が第三者の保護の範囲を定めており、民法94条2項の類推適用は排除されると主張しました。
  2. 会社側に帰責性があったか:会社は、Bが勝手に虚偽の書類を作って不実の登記をしたもので、会社の内部事情とは関係がない、Eは当時の状況のなかで最善の対応をしてきたと主張しました。
  3. アデランス側は善意無過失だったか:会社は、アデランス側は会社の商業登記簿を確認していたはずだ、などと主張しました。会社は、一審が当事者の主張していない事実を判決の基礎にした(弁論主義違反)とも主張しました。

裁判所の判断

東京地裁(一審)――請求を棄却

一審の東京地裁は、民法94条2項の類推適用は可能だとしたうえで、会社には、虚偽の外観の作出について「自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重い帰責性が認められる」と判断し、アデランス側を善意無過失として請求を棄却しました(控訴審判決に引用された一審判決の記載によります)。

知財高裁(控訴審)――民法94条2項の類推適用は排除されない

知財高裁は、一審判決の理由を補正したうえで引用し、控訴を棄却しました。

この判決から何がいえるか

特許を受ける権利や特許権についても、特許法74条1項の移転請求の場面で民法94条2項の類推適用が排除されない、と判断されたということです。本件では、真の権利者である会社に虚偽の外観の作出について重い帰責性があり、転得者が善意無過失とされたため、会社は特許権を取り戻せませんでした。会社は、特許法79条の2の通常実施権による保護があるから民法による第三者の保護は排除されると主張しましたが、判決はこれを採りませんでした。

この判決で会社側の帰責性を基礎づけたのは、Bの行為そのものよりも、会社の側の事情でした。株式の譲渡契約書をE自身が作成していたこと、役員の登記が書き換えられ、出願人の名義が移ったことを知った後も、長い期間、決議の効力を争う訴えや名義を戻す手続をとらなかったこと、決議の不存在が確定した後も約半年間Cに働きかけなかったことが、まとめて評価されています。

一方で、判決が判断していないこともあります。B自身やCの責任、CとBの関係、会社がBやCに損害賠償を求められるかは、この訴訟の対象ではありません。帰責性や善意無過失の事情が違えば、結論も変わり得ます。株式を譲った後の旧経営者などとの特許・商標・商号の争いは、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型5で整理しています。

株式譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 同じ日付で連続する株式譲渡は、最終の株主まで記録をそろえる:この事件では、GからB、Bから別の会社への株式譲渡契約書が同じ日付で作られていましたが、別件の訴訟でEが株主についての釈明を求めたところ、相手方の弁護士からは、Gから譲り受けて以降の株主はBだという回答がありました。Bから別の会社への譲渡契約書がその訴訟に証拠として出されたのは、平成30年5月になってからでした。中間の譲受人を経由する譲渡では、各段階の譲渡承認と株主名簿の書換えを記録に残し、最終の株主が誰かを書面で示せるようにしておくことが考えられます。
  2. 出願人名義変更届・移転登録が入っていないかを特許庁の記録で確かめる:この事件では、BがCへの譲渡契約①を結んだ同じ日に、出願人の名義変更の届出がされていました。株式譲渡の前に、対象会社の出願・特許の出願人・権利者の名義を一覧にし、譲渡後も、名義変更の届出や移転登録が入っていないかを確かめることが考えられます。
  3. 不審な役員登記や名義の移転を知ったら、期間を空けずに争う:判決は、Eが出願人の名義の移転を知ってから令和3年まで約4年間、決議の不存在確認の訴えなどを起こさず、判決の確定後も約半年間Cに何の措置もとらなかったことを、会社側の帰責性として重く見ました。不審な役員登記や名義変更に気づいたら、決議の効力を争う訴えや、名義人に対する処分禁止の仮処分などを早い段階で検討することが考えられます。
  4. 特許権を買う側は、移転の経緯と争いの有無を確かめる:この事件でアデランス側が善意無過失と認められたのは、譲渡契約①の有効性が長期間明示的に争われていなかったことなど、本件の事情によるものです。特許権を譲り受けるときは、特許庁の記録で過去の移転の経緯を確認し、前の権利者の代表者の就任や辞任の時期を商業登記で照らし合わせ、元の権利者との間で争いがないかを確かめておくことが考えられます。

判決の出典

一審は東京地裁(令和4年(ワ)第19222号)です。控訴審判決は一審判決の理由を補正して引用しており、一審判決の全文はこの記事では確認していません。上告の有無と確定の有無は、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。個人は判決の伏字で書いています。

よくある質問

Q. 代表権のない人が会社の特許を売ったら、会社は必ず取り戻せますか?

必ずとはいえません。この判決は、会社側に虚偽の外観の作出について重い帰責性があり、特許権を譲り受けた側が善意無過失だったとして、民法94条2項の類推適用により会社の移転登録請求を退けました。会社側の事情や、譲り受けた側の事情によって結論は変わり得ます。

Q. 会社側の「帰責性」とされたのは、どのような事情ですか?

株式の譲渡契約書を会社側の人物(E)が作成していたこと、役員の登記が変わり、出願人の名義が移ったことを知りながら、令和3年まで約4年間、決議の不存在確認の訴えなどを起こさなかったこと、決議の不存在を認める判決の確定後も約半年間、名義人に何の措置もとらなかったことなどです。

Q. 特許法79条の2があれば、民法94条2項の類推適用はされないのではありませんか?

会社はそう主張しましたが、判決は、真の権利者の帰責性と第三者の善意無過失という当事者間の具体的な関係に基づいて、民法94条2項が類推適用されることを排除する理由は見当たらないとしました。ただし、類推適用されるかどうかは、真の権利者の帰責性と第三者の善意無過失によって決まり、本件ではその両方が認められました。

Q. 株式を買った後、会社の特許について何を確認すればよいですか?

この判決から導けることとしては、対象会社の出願・特許の名義を特許庁の記録で一覧にし、株式譲渡の後も出願人の名義変更の届出や移転登録が入っていないかを確かめること、同じ日付で連続する株式譲渡があれば最終の株主まで記録をそろえておくこと、不審な変更に気づいたら期間を空けずに争う手続を検討することが考えられます。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。