営業譲渡で引き継いだ工場の土壌汚染、対策費は誰が負担するのか――1945年に工場を譲り受けた化学メーカーへの1億5825万円の負担決定を取り消した東京高裁 平成24年9月27日判決

営業譲渡で引き継いだ工場の土壌汚染、対策費は誰が負担するのか――1945年に工場を譲り受けた化学メーカーへの1億5825万円の負担決定を取り消した東京高裁 平成24年9月27日判決

明治時代から続いた工場の跡地で、ダイオキシン類による土壌汚染が見つかりました。工場の経営者は、合併や営業譲渡で何度も替わっています。対策費を負担すべきなのは、最後に工場を操業していた会社だけなのか、それ以前に操業していた会社も含むのか。東京高等裁判所は平成24年9月27日、1945年(昭和20年)の営業譲渡で工場を引き継いだ化学メーカーだけに負担させた区の決定を違法と判断しました。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、事業を譲り受ける前に確かめることを整理します。

この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型4「債務がついてくる(商号の続用・責任逃れ)」の事例です。

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<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/dioxin-eigyou-jouto-sekinin/">営業譲渡で引き継いだ工場の土壌汚染、対策費は誰が負担するのか――1945年に工場を譲り受けた化学メーカーへの1億5825万円の負担決定を取り消した東京高裁 平成24年9月27日判決|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「営業譲渡で引き継いだ工場の土壌汚染、対策費は誰が負担するのか――1945年に工場を譲り受けた化学メーカーへの1億5825万円の負担決定を取り消した東京高裁 平成24年9月27日判決」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/dioxin-eigyou-jouto-sekinin/
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先に結論

事件の概要と時系列

訴えたのは、肥料や工業薬品の製造・販売などを目的とする化学メーカーです(判決は会社名を伏せています)。訴えられたのは東京都北区で、負担を決めたのは公害防止事業の施行者である北区長です。

時期出来事
明治29年頃ある会社が、現在の団地の北側3分の2ほどにあたる場所に化学工場を建設
大正12年5月頃別の会社(以下「G社」)が工場を持つ会社を吸収合併し、工場の経営を引き継ぐ
昭和12年G社が包括的に営業を譲渡し、譲り受けた会社は「旧J社」に改称
昭和18年3月頃旧J社が、企業グループの中核企業(以下「I社」)に吸収合併される
昭和20年4月グループ内の別会社がI社から化学工業の営業を譲り受け、旧J社と同じ商号に改称(これが化学メーカー)
昭和44年9月13日化学メーカーが工場の土地を住宅公団に売却
昭和45年頃化学メーカーが工場の操業を終える。昭和46年頃には更地になり、のちに団地の学校・保育園・公園が建つ
平成17年2月・4月区立小学校の跡地で、続いて区立保育園と区立公園でダイオキシン類の土壌汚染を確認
平成18年3月6日東京都知事が、合計1万3410㎡をダイオキシン類土壌汚染対策地域に指定
平成18年12月6日知事が対策計画を策定(覆土で汚染土壌への暴露経路を遮断。事業費2億1100万円、実施者は北区)
平成19年1月31日区長が、区の環境審議会の答申を受けて費用負担計画を策定
平成19年2月1日区長が、化学メーカーを負担させる事業者とし、負担総額を1億5825万円とする決定
その後年度分の負担金の決定(平成18年度分2350万2081円は納付済み、平成19年度分1億1061万7762円)
平成24年9月27日東京高裁が区の控訴を棄却(決定の取消しを維持)

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費用負担計画は、負担させる事業者の基準(以下「本件基準」)を「工場を撤去するまで,工場の操業に伴いダイオキシン類を排出し,土壌の汚染を引き起こした事業者」などと定めました。負担総額1億5825万円は、汚染が法規制以前の行為であることを理由に、事業費2億1100万円から負担法4条2項に基づき4分の1を減じた額です。

審議会は、工場は化学メーカーと同一の法人格の事業者が操業してきたという判断を前提にしていました。

何が争われたか

化学メーカーは、昭和20年の営業譲渡で初めて工場を引き継いだもので、それ以前の会社とは法人格が違うと主張しました。主な争点は次のとおりです。

  1. 工場は同一の法人格の事業者が操業してきたのか:区は、昭和12年と昭和20年の交代は合併で、形式は営業譲渡でも実質は合併だと主張しました。
  2. 前の会社の事業活動を化学メーカーが行ったと同視できる特段の事情があるか:区は、組織の連続性、名称と社章の使用、社史での自己認識などを挙げました。
  3. 営業譲渡で負担法上の責任も引き継がれるか:区は、譲受人が前の会社の債務一切を引き受けていたことを挙げました。
  4. 商号の続用による責任(商法17条1項)を負うか:化学メーカーは、昭和12年から18年まで旧J社が使っていた商号を使っていました。
  5. 基準に複数の事業者が当たるとしても、化学メーカーだけに負担させられるか:区は、負担法5条により全額を負担させられると主張しました。
  6. 処分理由の追加は許されるか:区は訴訟の途中で、盛土と表層のダイオキシン類はほぼすべて戦後に排出されたものだから、負担者は化学メーカーだけだという理由を追加しました。

裁判所の判断

負担法3条の事業者は、事業活動を行った者「自身」

判決は、負担法3条に基づく費用負担は、環境基本法8条1項の事業者の責務を根拠に同法37条の規定により課される「公法上の特別負担であり,その性質は,広い意味での原因者負担である」としました。そのため、負担法3条の事業者とは、公害の原因となる事業活動を「過去,現在,未来のいずれかの時点で行い,又は行うことが確実な者自身をいう」と解しました。

法人格の異なる複数の事業者が事業活動を順に承継した場合は、事業者は複数存在し、それぞれは自分が事業活動を行った期間だけ事業者になる。それ以前の期間については、前の事業者の事業活動を行ったのと同視できる特段の事情がない限り、事業者に当たらない、としました。

そのうえで本件基準は、期間を限定せず、操業の開始から終了までに工場を操業した事業者すべてが当たる趣旨だと認めました。

経営者の交代は合併ではなく営業譲渡

判決は証拠から、昭和12年はG社が包括的に営業を譲渡したもの、昭和20年は化学メーカーの前身がI社から化学工業の営業を譲り受けたものと認め、合併だとする区の主張を退けました。工場は、G社、I社、化学メーカーという法人格の異なる事業者が操業してきたと認めています。

実質は合併だという区の主張については、「法人格の承継は法的な概念であり、営業譲渡が実質的には合併であって、法人格を承継するということはあり得ないというべきである。」としました。

化学メーカーが原審の途中までこの点を争っていなかったことを理由とする区の主張(自白の擬制・訴訟上の信義則)も退けています。

同視できる特段の事情は、法人格の形骸化や濫用がある場合

判決は、工場では明治から昭和45年頃まで同種の商品が生産され、化学メーカーの社史に工場の創立以来の経緯が書かれ、G社と化学メーカーの社章が同じデザインであることを認め、工場の事業は経営主体が変わりつつも「連続性を有する一つの事業部門として,その事業活動が行われてきた」としました。

しかし、事業部門に独立性があっても、経営方針を最終的に決め、収支が帰属するのは企業自体だから、公害の責任を負う原因者は公害を発生させた企業であるのが原則だとしました。法人格の異なる者が排出したダイオキシン類まで化学メーカーが負担すべき特段の事情があるといえるのは、「法人格が全くの形骸にすぎない場合」や、法律の適用を回避するために新たな会社を設立したなど「法人格を濫用したというべき場合等でなければならない」としました。事業承継の経緯や社会的実体の連続性、自己認識などを総合して判断すべきだとする区の主張は「独自の見解といわざるを得ず,採用できない」としています。

本件では、両社は同じ企業グループの傘下にありましたが形骸の事情はなく、戦時統制経済の下での合併と約2年後のグループ内の営業譲渡という経緯から、法人格の濫用もないとしました。

営業譲渡で債務一切を引き受けても、負担法上の責任は移らない

区は、営業譲渡の際に譲受人が前の会社の債務一切を引き受けていたと主張しました。判決は、施行者は客観的な事実関係から原因者を特定して負担させるのであり、仮に責任を負う地位を譲渡する合意があったとしても、「譲渡人たる上記各事業者が本件土壌を汚染させたという事実自体がなくなるものではない」から、その合意は施行者の判断を拘束しないとしました。

さらに、負担すべき事業者の債務は、施行者が費用負担計画を定め、それに基づいて事業者と負担金額を決定して初めて発生するから、「施行者による同決定以前にされた営業譲渡によってこのような債務が譲受人に移転すると解することはできない」としました。

商号の続用(商法17条1項)は適用されない

判決は、商法17条1項(改正前の商法26条1項を含む)は、営業の譲受人が譲渡人の商号を使っている場合に適用されるもので、本件のように「営業譲渡人が過去に一時使用したにすぎない商号を営業譲受人が使用する場合には適用されない」としました。仮に適用されるとしても、G社とI社が負担法3条の事業者としての責任を免れることにはならないとも述べています。

一社だけを負担者にするには、審議会の意見を聞いて計画を変える必要がある

判決は、費用負担計画が審議会の諮問事項とされているのは施行者の恣意を抑えるためであり、基準に複数の事業者が当たるなら、その全員を負担させる事業者と決定すべきだとしました。一部の事業者に負担させないことは計画に基づかない決定になり許されず、そうしたいなら負担法8条に基づき審議会の意見を聞いて計画を変更する手続が必要だとしました。化学メーカーだけに負担させることは「個々の事業者の負担金額に直接かかわる事項であるから,これを軽易な変更に当たると解することはできない」としています。

そのため、本件基準にG社、I社、化学メーカーが当たる以上、「被控訴人のみに同費用を負担させることは許されない」と判断しました。

処分理由の追加は許されない

追加の理由について、判決は、覆土の事業の性質からすれば「本来は,本件地域の表層土壌を汚染させた事業者を特定し,これに本件公害防止事業の費用を負担させるのが相当であったと解される」と述べました。しかし、本件基準はそのような内容では定められておらず、追加の理由による処分は別の費用負担計画に基づく別の処分であり、「処分としての同一性自体が失われているといわざるを得ない」として、結果的に同じ内容の処分になる可能性が高いとしても、追加は許されないとしました。

この判決から何がいえるか

この判決のもとでは、営業譲渡で工場を引き継いだ会社は、負担法の費用負担について、譲り受ける前に別の会社が行った操業の分までは、原則として事業者とされません。営業譲渡では法人格は承継されず、譲渡の際に債務一切を引き受けていても、負担法上の負担は施行者の決定で初めて生じるので、譲渡の時点で移る債務はないという理由です。

一方で、引き継いだ後に自分が操業した期間については、譲受人自身が事業者になります。本件の化学メーカーは、昭和20年から昭和45年頃まで工場を操業していました。決定が取り消された直接の理由は、基準に当たる複数の事業者のうち一社だけに負担させた点にあります。判決は、表層の汚染を引き起こした事業者に負担させるのが本来は相当だったとも述べており、計画を作り直したうえで改めて負担が決まる可能性を否定していません。その後の経過は、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。

また、判決が扱ったのは負担法の事業者負担金だけで、土壌汚染対策法など他の法律による負担、損害賠償、当事者間の契約上の責任は扱っていません。会社分割や合併で承継した場合も判断の対象外です。

債務を引き継ぐかどうかが争われた他の事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型4(債務がついてくる)で整理しています。

事業譲渡で確認すること(この判決から導ける示唆)

以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。

  1. 工場や事業所の過去の経営者を、合併か営業譲渡かまで遡って確認する:この事件では、昭和12年と昭和20年の交代が合併か営業譲渡かで、誰が負担者になるかの結論が変わりました。社史や社章の連続性からは判断されず、証拠で営業譲渡と認められています。対象の土地で、いつ、どの会社が、どの形で操業していたかを、登記や当時の契約書などで確認します。
  2. 自分が操業する期間の汚染は自分の責任になると考えて、引継ぎ時点の状態を記録する:判決は、譲受人も自分が操業した期間については事業者になるとしました。譲り受ける時点の土地や設備の状態を調べて記録しておくと、汚染の時期が問われたときの材料になります。この事件でも、汚染が戦後のものかが訴訟の途中で問題になりました。
  3. 「債務一切を引き受ける」条項が公法上の負担に効くと考えない:判決は、営業譲渡の際の合意は施行者の判断を拘束せず、負担法の負担は決定前には移らないとしました。環境上の負担が後から生じた場合に当事者の間でどう分担するかは、別に契約で定めておく必要があります。
  4. 過去に使われた商号やグループの名称を使うときは、その経緯を確認する:この事件の化学メーカーは、譲渡人ではなく、過去に別の会社が一時使っていた商号を名乗っていました。判決は商号続用の規定を適用しませんでしたが、事業を譲り受けて譲渡人の商号を続けて使う場合は、会社法22条1項(会社が事業を譲渡した場合)の責任が問題になり得ます。

判決の出典

判決は東京高裁の控訴審判決で、控訴を棄却し、原判決(第一審)を「結論において相当」としています。第一審の裁判所名・判決日と理由は、この判決文からは確認できません。上告の有無と確定については、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。会社は判決の伏字か業種で書いています。

よくある質問

Q. 事業を譲り受けたら、売り手の時代に生じた土壌汚染の対策費も負担することになりますか?

この判決は、負担法の負担金について、譲り受ける前に別の会社が行った操業の分まで譲受人が事業者になるのは、法人格の形骸化や濫用など特段の事情がある場合に限られるとしました。ただし、自分で操業した期間は事業者になります。他の法律や契約上の責任は判断していません。

Q. 譲渡契約で「債務一切を引き受ける」と定めていたら、負担法の負担も引き継ぎますか?

判決は、仮に責任を負う地位を譲渡する合意があっても施行者の判断を拘束しないとし、負担法の負担は施行者の決定で初めて生じるから、決定より前の営業譲渡で譲受人に移ることはないとしました。合意が当事者の間でどのような効力を持つかは、この判決では判断されていません。

Q. 化学メーカーは結局、対策費を負担しなくてよくなったのですか?

判決が取り消したのは、基準に当たる複数の事業者のうち化学メーカーだけに負担させた決定です。化学メーカーが自分の操業期間について事業者に当たることは前提とされています。その後の経過は、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。

Q. 過去の会社と同じ商号を使っていると、その会社の責任を負いますか?

この判決は、商法17条1項は譲受人が譲渡人の商号を使う場合に適用されるもので、譲渡人が過去に一時使っただけの商号を使う場合には適用されないとしました。譲渡人の商号を引き続き使う場合は、会社法22条1項の責任が問題になり得ます。

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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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五十嵐悠一
監修・執筆責任者
株式会社日本財務戦略センター 代表取締役。京都大学経済学部経営学科(マーケティングゼミ専攻)卒。損害保険ジャパン本店営業部(企業リスク・法務)を経て、東証上場M&A仲介会社にて多数の成約に従事。2020年に株式会社日本財務戦略センターを創業し、M&A・事業承継・財務戦略を専門としています。中小企業庁 M&A支援機関登録事業者/一般社団法人M&A支援機関協会 正会員です。