
事業を譲った会社は、特に取り決めがなければ、同じ市町村と隣の市町村で、20年間は同じ事業をしてはならない。会社法21条1項はこう定めています。では、譲った事業と売り方が違えば「同じ事業」には当たらないのか。契約書に書いていない「この範囲は続けてよい」という了解は通用するのか。親族で営んでいた精肉と焼肉の会社が二つに分かれた後の争いについて、東京地裁 令和5年10月20日判決が判断を示しています。この記事では、判決文をもとに、何が起きたか、何が争われたか、事業譲渡で確かめることを整理します。
この事件は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型5「売り手が同じ商売を始める(競業)」の事例です。
<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/seiniku-kyougyou-sashitome/">事業を譲った会社は、売り方を変えれば同じ商売をしてよいか――親族経営の精肉店部門の事業譲渡と会社法21条1項の差止め(東京地裁 令和5年10月20日判決)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「事業を譲った会社は、売り方を変えれば同じ商売をしてよいか――親族経営の精肉店部門の事業譲渡と会社法21条1項の差止め(東京地裁 令和5年10月20日判決)」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/seiniku-kyougyou-sashitome/譲渡した会社(被告)は、昭和38年に設立された、牛豚・鳥類の肉などの販売を目的とする特例有限会社です。譲り受けた会社(原告)は、平成28年5月に設立された、同じ目的の株式会社です(判決は両社を実名で書いていますが、この記事では伏せます)。両社の代表者はいとこ同士で、それぞれの親が兄妹です。
平成28年10月末の時点で、被告の事業は、原告代表者の親子のグループが運営する精肉店部門と、被告代表者の親子のグループが運営する焼肉店部門に分かれていました。精肉店部門は、地域住民を対象とする店舗で、精肉と惣菜を製造し、来店客の注文に応じて一対一で対面販売していました。焼肉店部門は焼肉レストランを運営していました。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 平成28年5月20日 | 原告(精肉店側の新会社)が設立される |
| 平成28年10月31日 | 原告・被告と双方のグループの親族らが事業譲渡契約を締結。被告が精肉販売の事業とこれに付帯する事業を原告に譲る |
| 平成28年11月1日 | 事業譲渡の効力発生日 |
| 平成29年6月末 | 原告が被告から借りていた駐車場・駐輪場の契約を解除 |
| 平成30年3月 | 被告が、甲市に隣接する乙市の駅直結の駅ビルに、牛肉弁当と牛肉に特化した惣菜の持ち帰り専門店を出す |
| 令和2年2月 | 原告代表者の親が、被告に貸していた建物を第三者に売却 |
| 令和3年3月7日 | 被告が甲市に、加熱前の調理用の黒毛和牛の肉や牛肉コロッケ等の惣菜を売る店を開く |
| 令和3年 | 原告が差止めを求めて提訴 |
| 令和5年10月20日 | 東京地裁が請求を認容 |
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事業譲渡契約には、事業の譲渡そのもののほか、株式譲渡、役員の退任、親族の債務、建物の賃貸借(月額20万円への改定と2年分480万円の一括払い)、駐車場・駐輪場の使用(月額6万円)、互いに誹謗中傷せず相手の事業展開に尽力することなど、さまざまな条項がありました。交渉には、この訴訟の双方の代理人弁護士が、それぞれのグループの代理人として関わっていました。
被告が営む焼肉レストランは、持ち帰りを希望する客に焼肉・しゃぶしゃぶ用の牛肉を売り、牛肉の弁当や、オンラインストアでの牛肉・弁当の販売もしています。
判決はまず、会社法21条1項の趣旨を、譲渡会社が同一の事業を行うと「譲受会社が譲渡を受けた事業から収益を上げることが困難となって事業譲渡の実効性が失われる」ことから、競業避止義務を課したものと解しました。
そのうえで、現実の店舗で精肉と惣菜を売る事業では、客の注文に応じて対面で売る方法のほか、パック詰めした商品を客が自分で取り出して会計する方法などが考えられるが、「上記のような販売方法の違いによって、市場や顧客を異にすることになるとは直ちに考え難く、そのような事実を認めるに足りる証拠もない。」としました。販売方法を変えて同じ事業を行えば、譲受会社は収益を上げることが妨げられ、21条1項の趣旨が没却されるとしています。
契約書の作り方も理由に挙げました。双方に弁護士が関与し、契約書には事業譲渡と直接関係しない事項まで明記されているから、合意した事項は契約書に条項化されたと考えるのが相当であるとし、販売方法で限定を付けるかどうかは、特に競業避止義務を負う被告にとって重要な検討事項で、明示的に合意しておくべき事項だとしました。それにもかかわらず、契約書には対面販売に限る旨は書かれていませんでした。
判決は、譲渡の対象を「現実の店舗において、精肉及び惣菜を販売する事業」と認め、被告が来店客に冷凍した加熱前の調理用の肉をパック詰めした商品や鰺フライ、牛肉コロッケなどを売っていることから、同一の事業を行っていると認めました。工場直売所だ、特殊冷凍だという被告の主張についても、町の肉屋とスーパーマーケット等の店舗が競合し得ることは「顕著な事実」だとし、本件では、専ら近隣に住む一般消費者を主な顧客として調理用の肉を売っている点で、市場や顧客との競合は「否定できない。」としました。
判決は、焼肉店側が以前から行っていた事業を続けてよいとする合意を認めるに足りる客観的な証拠はないとしました。弁護士が双方に関与し、関係の薄い事項まで契約書に書かれていたこと、競業避止義務の範囲は今後の被告の事業内容に直接関わることを挙げ、合意があったのに書面にしていないのは「不自然かつ不合理であるといわざるを得ない。」として、被告代表者の陳述書を採用しませんでした。
判決は、賃料などを10年程度維持するという合意は、事業譲渡契約書にも別に結ばれた建物賃貸借契約書にも記載がなく、ほかに的確な証拠もないとして、原告側に契約違反があったとは認めず、権利の濫用の主張も退けました。
判決は、甲市の店での販売は同一の事業で、原告の事業の市場や顧客と競合するとしました。乙市の駅ビルの店については、「このうち少なくとも牛肉に特化した惣菜の販売は」同一の事業に当たるとし、両市は隣接し、鉄道や自動車で容易に行き来できる地域だとして、競合を認めました。そのうえで、令和18年10月31日まで、甲市と乙市で精肉及び惣菜の販売を目的とする事業を営むことの差止めを命じ、この部分に仮執行宣言を付けました。
令和18年10月31日は、効力発生日の平成28年11月1日から数えて20年の期間の終わりにあたり、原告が会社法21条1項に基づいて求めたとおりの期間です。
本件では、事業を譲った会社が、譲った事業と売り方を変えて同じ品目を売ることは、同じ地域の同じ顧客を取り合う限り「同一の事業」とされました。対面販売かパック詰めか、生か冷凍か、町の肉屋か工場直売所かという違いは、本件の事実のもとでは、市場や顧客を分けるものとは認められませんでした。
もう一つは、契約書に書いていない例外の扱いです。判決は、弁護士が双方に付き、細かな事項まで書いた契約書であることを重く見て、書かれていない「続けてよい範囲」の合意を認めませんでした。親族の会社を二つに分ける実質があっても、譲渡した側が会社法21条1項の義務を負うことは変わりませんでした。
一方、判決が判断していないこともあります。
地裁の判決で、控訴の有無や確定したかどうかは確認できていません。競業をめぐるほかの判決は、事業譲渡のトラブル・判例62件の分析の類型5で整理しています。
以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。
2026年10月12日に裁判所の公開情報で確認した範囲では、この判決に対する控訴や上級審の判決は確認できていません。判決は店舗の名称と所在地を省略し、市の名前を「甲市」「乙市」としています。個人と会社は立場で書いています。
Q. 事業を譲った後、売り方を変えれば同じ商品を売ってもよいですか?
この判決では、精肉と惣菜の販売について、対面販売かパック詰めのセルフ販売かの違いによって市場や顧客を異にするとは直ちに考え難いとされ、売り方を変えた店も同一の事業と認められました。どこまでが同一の事業かは、譲渡の対象や市場・顧客の重なりによって判断されます。
Q. 契約書に書いていない「この事業は続けてよい」という了解は通用しますか?
この判決では、双方に弁護士が付き、細かな事項まで書いた契約書であることから、合意があったのに書面にしていないのは不自然かつ不合理だとされ、了解は認められませんでした。続ける事業は契約書に明記しておくことが考えられます。
Q. 差止めの期間と地域はどう決まりましたか?
判決は、原告が会社法21条1項に基づいて求めたとおり、令和18年10月31日まで、甲市と乙市で精肉及び惣菜の販売を目的とする事業を営むことを禁じました。効力発生日の平成28年11月1日から数えて20年の期間で、乙市は甲市に隣接する市です。
Q. 譲り受けた会社は損害賠償も受けられましたか?
この訴訟では損害賠償は請求されておらず、判断されていません。判決が命じたのは差止めだけです。
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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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