
経営権を手に入れるための資金を借り、手に入れた後に対象の資産を売って、その代金で借入れを返す。こうした計画が、学校法人で実行されました。大学と高校を運営する学校法人の経営権を取得した人物が、理事長として、学校の土地の売買契約の手付金21億円を横領した事件です。この事件では、横領した主犯と、取得のための資金18億円を貸した上場不動産会社の代表者が、別々に裁かれました。主犯の判決は控訴審でも維持され、資金を貸した代表者は無罪になりました。この記事では、2件の判決文をもとに、何が起き、裁判所が何を判断したかを整理します。
この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型7「株式の売買に関連する刑事事件」の事例です。
学校法人は株式会社ではなく、この事件で経営権が移ったのは株式の譲渡によるものではありません。判決は、経営権の取得を、理事の交替という形で認定しています。株式の売買そのものの事件ではありませんが、買収資金の出どころと返し方が問題になった事件として、刑事事件の類型で取り上げています。
<a href="https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/gakkou-houjin-keieiken-oryou/">借りた18億円で経営権を取得し、手付金21億円を横領――学校法人の経営権の取得と、資金を貸した側の刑事責任(大阪地裁・大阪高裁 令和3年)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「借りた18億円で経営権を取得し、手付金21億円を横領――学校法人の経営権の取得と、資金を貸した側の刑事責任(大阪地裁・大阪高裁 令和3年)」(2026年10月12日) https://jfsc.jp/research/ma-hanrei/gakkou-houjin-keieiken-oryou/学校法人は、大学と高等学校から成り、大阪市内に土地(高校の敷地の約半分、7287.21㎡)を所有していました。主犯は、どこでもよいから学校法人の経営権を取得したいと考えていた人物です。資金を貸した代表者は、東証一部に上場する不動産会社の代表取締役で、マンション用地の仕入れ業務の決裁をする立場にありました。判決は学校法人名・会社名を伏字にしており、この記事でも伏せています。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 当初 | 上場不動産会社の当時の担当者が、学校法人の当時の理事等と土地の取引を交渉。理事長等にコンプライアンス上の問題があったため、一旦破談 |
| 同じ頃 | 主犯が、借りた資金で経営権を取得し、土地を売って手付金で返す計画を知人と考え、資金の出し手を探す |
| 平成27年12月10日頃 | 主犯が上場不動産会社の仕入れ担当の社員kに、会社から18億円を借りられないかと頼む。kはその場で断る(買付証明書は12月15日に作成) |
| 平成28年1月20日頃 | 当時の理事長への「見せ金」として、kらが不動産管理会社dの銀行口座の残高証明書を偽造 |
| 平成28年1月〜2月 | kと、不動産管理会社dの代表者fが、代表者に説明し、fへの18億円の融資を依頼 |
| 平成28年3月17日 | 代表者と不動産管理会社dの間で金銭消費貸借契約(3月22日付け)を締結し、15億円を送金 |
| 平成28年4月 | dから学校法人の口座に5億円。代表者がdに3億円を送金。主犯とfが理事に就任し、dから主犯の会社に計13億円 |
| 平成29年6月 | 主犯が理事長に就任 |
| 平成29年7月6日頃 | 土地を31億9635万1000円で売る契約を結び、手付金21億円が学校法人の口座に入金。複数の会社の口座を経由して送金され、横領される |
| 令和元年6月 | 主犯が理事長を辞任 |
| 時期は判決に記載なし | 代表者が学校法人に21億円を支払い、学校法人はこれを原資に売買契約を合意解除 |
| 令和3年8月25日 | 大阪高裁が主犯の控訴を棄却(懲役5年6月を維持) |
| 令和3年10月28日 | 大阪地裁が資金を貸した代表者に無罪 |
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大阪地裁は、主犯が考えた計画を、「金主から借り入れた買収資金で学校法人bの経営権を取得した後、本件土地を売却し、学校法人bが得る手付金で、金主からの借入金を返済する」というスキームと認定しています。
高裁は、原判決の量刑の理由をそのまま是認しました。原判決は、被害金額21億円は業務上横領の事案で最も高額な部類に属し、高校の敷地という重要な財産が売られたとしたうえで、犯行の枠組みについて、主犯らが経営権を取得させ、土地を売らせる一方、自身らで負担すべき費用を専ら学校法人に負担させるために仕組まれたもので、「計画的で悪質といえる。」としていました。主犯は、借入金18億円を犯行によって帳消しにすることで、少なくとも10億円を実質的に取得したと認定されています。
借入金の使い道についての主張に対し、高裁は、旧理事長側に渡った10億円は旧経営陣から経営権を取得するために支払ったもので、「これは、被害法人のために支出したものではなく、経営権取得という被告人の利益のために支出したものとみられる。」としました。主犯は、内部改革の後に30億円でM&Aを行い、その資金で新校舎を建てる構想があったとも主張しましたが、高裁は実現可能性は不明だとし、「被告人個人の債務を被害法人の資産の売却等によって穴埋めしようとするのは本件犯行と同様の枠組みとも考えられる。」と述べました。
一方、犯行後に経営改革に取り組み、入学定員を確保できるようになったことなどは、原判決も高裁も被告人に有利な事情として考慮しています。代表者が21億円を支払って被害が事後的に回復されたことも、有利な事情として考慮されています。それでも、結果の重大性や主犯の役割に照らすと、相当長期間の服役は免れないとして、控訴を棄却しました。
地裁は、まず、検察官の主張の柱だった社員kの証言を検討しました。kは、代表者に、貸付先は主犯個人で、使途は寄付・辞める人への支払・仲介料だと説明し、学校法人の借入にするという説明はしていないと証言していました。しかし、kらが代表者への説明用に作った書面には、主犯に貸し付ける旨の記載は一切なく、5億円と13億円をそれぞれ「学校法人へ支払い(貸付金)」とする記載がありました。地裁は、説明の内容に沿って書面が作られたと考えるのが合理的だとして、kの証言は信用できないとしました。kの証言には捜査段階から核心部分で変遷があり、取調べでの検察官の発言がその一因になった可能性も否定できないとしています。
そのうえで、地裁は、代表者の認識を次のように認定しました。
被告人は当時、本件貸付に係る資金が、学校法人bの理事が交替するために必要となることを認識していたが、その具体的な使途についての認識は立証されていない。
検察官は、買収とは理事会の議席の過半数を譲り受けることだから、そのための資金はおよそ学校の債務になり得ず、横領の故意が認められると主張しました。地裁は、理事の交替に必要な費用を学校法人が負担することも、使途次第ではあり得るとしたうえで、学校法人の関係者や買収に詳しい法律の専門家でない一般人について、「具体的な使途が分からなければ、それだけで、およそ学校の債務になり得ないとまでは考えないであろうし、学校の債務にならない可能性を疑うべきというのも酷である。」と述べました。代表者は学校経営に関わったことも、学校法人の買収に携わったこともなかったと認定されています。ここで地裁が述べたのは、代表者の認識を判断する前提としての考え方で、どのような使途であれば学校法人が適法に負担できるかを具体的に判断したものではありません。
結論として、代表者が貸付を学校法人の債務になると認識していても不合理ではなく、「逆に、学校法人bの債務にならない可能性があると認識していたというには合理的な疑いが残る。」として、故意を認めず、無罪としました。
2件は、同じ横領事件の、被告人が違う判決です。主犯の判決(原判決の量刑理由)は、資金を貸した代表者を、土地をマンション建設用地として取得したい共犯者として記載しています。一方、代表者自身の裁判では、貸付の時点で横領の故意があったとは認められず、無罪となりました。刑事裁判では、被告人ごとに、その被告人の故意と共謀が証拠で判断されます。主犯の判決の記載は、代表者が有罪だったことを意味しません。
主犯について、高裁が是認した原判決は、経営権を取得するために負った個人の借入金18億円を、取得した学校法人の資産で帳消しにした枠組みを、犯行として認定しています。旧経営陣への10億円も、学校法人のためではなく、経営権取得という被告人の利益のための支出とされました。資金を貸した代表者の裁判でも、貸付が学校法人の債務になると認識していたか、ならない可能性を認識していたかが、故意の判断の中心になりました。
資金を貸した代表者について、地裁が判断したのは、貸付の時点で、横領の故意があったと証拠で認められるかです。理事の交替に資金が要ると知っていたことだけでは足りず、具体的な使途の認識が立証されていないとして、無罪になりました。判断の中心は、関係者の証言と、説明用の書面の記載が食い違っていたことです。どのような認識があれば故意が認められるかを一般的に示した判決ではありません。また、この判決は刑事責任についての判断で、貸付に関する民事上の責任や、貸付の判断の当否については判断していません。
なお、判決当時、業務上横領罪(刑法253条)の法定刑は10年以下の懲役でした。刑法等の一部を改正する法律(令和4年法律第67号)により、2025年6月1日から懲役は拘禁刑に改められ、現在の法定刑は10年以下の拘禁刑です。
この事件は、株式譲渡のトラブル・判例74件の分析の類型7(株式の売買に関連する刑事事件)で取り上げています。刑事事件は判断の対象が民事事件と違い、この事件が一般の経営権の取得や株式譲渡の危険性を示すものではありません。
以下は判決から導いた確認事項で、裁判所が述べたものではありません。
主犯の第一審の裁判所と判決日は、大阪高裁の判決文には記載がありません。2件の判決のその後(上告・控訴の有無、確定したかどうか)は、2026年10月12日時点の公開情報では確認できていません。刑事事件のため、個人名・学校法人名・会社名は伏せ、立場で書いています。
Q. 資金を貸した上場不動産会社の代表者は、なぜ無罪になったのですか?
大阪地裁は、代表者が、資金が理事の交替のために必要だと認識していたことは認めましたが、具体的な使途の認識は立証されていないとしました。説明用の書面には学校法人への貸付金と記載されており、代表者が貸付を学校法人の債務になると認識していても不合理ではないとして、横領の故意に合理的な疑いが残ると判断しました。
Q. 主犯にはどのような判決が出ましたか?
主犯は懲役5年6月の判決を受け、量刑が重すぎるとして控訴しましたが、大阪高裁(令和3年8月25日)は控訴を棄却しました。被害金額21億円は業務上横領の事案で最も高額な部類に属するとされ、少なくとも10億円を実質的に取得したと認定されています。
Q. 買収資金を、買収した会社の資産で返すことは、すべて違法ですか?
この判決はそこまで述べていません。大阪地裁は、理事の交替に必要な費用を学校法人が負担することや、一旦個人に貸し付けた後に学校法人が債務を適法に負担することは、具体的な使途次第ではあり得るとしています。ただし、これは資金を貸した代表者の故意を判断する前提として述べたもので、どのような使途なら適法になるかを判断したものではなく、その線引きは確定していません。この事件で横領とされたのは、主犯個人の借入れを、学校法人の手付金を流用して返したことです。株式会社の場合の扱いを含め、個別の取引は専門家に確認してください。
Q. この事件は株式譲渡の事件ですか?
学校法人は株式会社ではなく、経営権の移転は理事の交替によるものです。株式の売買そのものの事件ではありませんが、経営権を取得するための資金とその返済が問題になった事件として、株式譲渡・M&Aの判例分析の刑事事件の類型で取り上げています。
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この記事は、裁判所が公開している判決文(2026-10-12時点)をもとに、判決が認定した事実と判断を整理したものです。判決の評価にあたる言葉は、判決の文言をカギカッコで引用したものに限っています。判決に出てくる個人は、判決自身の伏せた表記か続柄だけで書いています。株式会社日本財務戦略センターが当事者の主張の当否や、現在の会社・商品について評価するものではありません。上級審や確定の有無は、記事中に書いたもの以外は確認できていません。個別の契約や紛争については、弁護士などの専門家にご相談ください。
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