2021.12.03 M&A実務

M&Aで会社を高く売るには?売り手が押さえるべき5つの実務原則と価値毀損を防ぐ交渉術

本記事は宅地建物取引業(宅建業・不動産会社・不動産業者・賃貸管理業)のM&A・事業承継に関する実務情報です。個別事案により判断が異なるため、具体的なご相談は弁護士・税理士・公認会計士等の専門家へご確認ください。



中小企業の M&A で「会社を高く売る」とは、単純に譲渡対価の最大化を指すのではなく、譲渡対価・税引後手残り・経営者保証解除・従業員雇用継続・買い手の支払意欲を 5 つの実務原則で総合管理することを意味します。中小企業庁が 『中小M&Aガイドライン第3版』(2024年8月30日公表)で示した通り、価格交渉力は 買い手候補の数(競争原理)・情報開示の誠実性・対価設計の合理性 という 3 要素で決まります。本記事ではこの 3 要素を 5 つの実務原則に分解し、価値毀損を防ぐ交渉術として体系化します。

📌 この記事の結論(TL;DR)

M&A で会社を高く売る経営者は、譲渡 6〜12ヶ月前から準備を始め、買い手候補を複数確保し、情報開示で誠実さを示し、対価設計でリスクを引き受け過ぎず、承継後の事業継続性を担保する という 5 原則を踏んでいます。

中小M&A の成約件数は 2024 年に 2,132 件(事業承継・引継ぎ支援センター実績、10 年で約 10 倍)、後継者不在率は 2025 年で 50.1%(帝国データバンク)と、市場は売り手にとって追い風です。一方で 2025 年 1 月には初の M&A 支援機関登録取消事例が発生し、注意発出は計 21 社に上るなど、仲介選定リスクも顕在化しています。本記事では公的データと実務知見をもとに、価値毀損を防ぐ交渉術を 9 章+ FAQ で網羅解説します。

⚡ 5 原則 早見表

第1原則6〜12ヶ月の準備期間で「数字の根拠」を整える(決算書 3 期・税務申告書・契約書一覧・許認可書類)
第2原則買い手候補を 2 社以上確保して競争原理を働かせる(オークション形式 vs 相対交渉の使い分け)
第3原則情報開示の誠実性で減額交渉の余地を狭める(簿外債務・偶発債務・許認可リスクの先出し)
第4原則対価設計でリスクを引き受け過ぎない(アーンアウト過剰回避・ロックアップ期間最適化・経営者保証解除)
第5原則承継後の事業継続性で買い手の支払意欲を引き出す(許認可業種は EBITDA 倍率 +1〜2 倍のプレミアム)

📖 目次

Table of Contents

第1章 中小M&A市場の構造変化と「高く売る」の定義

📍 章扉要点 中小M&A は 10 年で成約件数約 10 倍、後継者不在率は 2025 年に初めて 50% 台に低下。市場は売り手優位だが、「高く売る」は譲渡対価だけでなく税引後手残り・経営者保証解除・従業員雇用継続・買い手の支払意欲の 4 軸で測る。

1-1. 成約件数 2,132 件——市場拡大の構造的背景

事業承継・引継ぎ支援センターの 2024 年度成約件数は 2,132 件(2015 年度 209 件比で約 10 倍増)と、中小M&A 市場は構造的拡大期にあります(出典:帝国データバンク M&A意識調査 2025年)。日本企業 M&A 全体では 2024 年に 4,700 件と過去最高を更新し、コロナ禍後の事業再編需要、後継者不在の長期化、ファンド・事業会社の成長戦略としての M&A 活用が複合的に作用しています。

特筆すべきは 後継者不在率の低下です。帝国データバンクの最新調査(2025 年版)では 50.1%(前年比 -2.0pt)と、調査開始以来初めて 50% 割れの水準に近づきました(出典:帝国データバンク 後継者不在率動向調査 2025 年)。2024 年は 52.1%、過去 10 年間最高水準だった 2017 年の 66.5% から 16.4 ポイント低下。要因として、内部昇格率が 36.1% と同族承継率 32.3% を初めて上回ったこと、第三者承継としての M&A が「廃業より優位な選択肢」として認知されたことが挙げられます。

1-2. 「高く売る」の 4 軸定義

経営者の感覚的な「高く売る」は譲渡対価の絶対額に集中しがちですが、本記事では以下の 4 軸で定義します。

軸内容
①譲渡対価基本合意書 / 株式譲渡契約書(SPA)に記載される総額。EBITDA 倍率・純資産・シナジー反映で決定
②税引後手残り譲渡所得税・住民税控除後の実額。個人株主の株式譲渡は 20.315%(所得税 15.315% + 住民税 5%、復興特別所得税含む)の分離課税
③経営者保証解除既存借入の連帯保証から個人として外れること。経営者保証ガイドラインに基づき金融機関と協議
④事業継続性従業員雇用・取引先関係・許認可・キーマン留任。買い手の支払意欲(=最大入札額)を決める源泉

譲渡対価が同じ 5 億円でも、税引後手残りは個人株主と法人株主で大きく異なり、株式譲渡か事業譲渡かでも変わります。詳細は株式譲渡 vs 事業譲渡の選択基準を参照してください。経営者保証が残ったままでは「会社は売れたが個人債務は残る」という最悪事態にもなり得ます。

第2章 第1原則:6〜12ヶ月の準備期間で「数字の根拠」を整える

📍 章扉要点 仲介依頼〜クロージングは平均 9 ヶ月(6〜12 ヶ月)。資料準備不足が遅延最大要因。決算書 3 期・税申告書・契約書一覧・株主名簿・許認可書類・組織図・従業員名簿の 7 点を 事前に整えることで、DD 期間短縮 1 ヶ月+減額交渉余地縮小 5〜15%。

2-1. 平均 9 ヶ月のプロセス——遅延最大要因は資料準備

M&A の標準プロセスは 4 段階に分かれます。準備フェーズ 1〜3 ヶ月、マッチング・基本合意 1〜3 ヶ月、デューデリジェンス(DD)1〜3 ヶ月、最終契約・クロージング 1 ヶ月。合計で 6〜12 ヶ月(平均 9 ヶ月)が業界標準です。詳細プロセスはM&A の流れと意思決定の型を参照してください。

遅延の最大要因は 売り手側の資料準備不足です。基本合意後の DD 段階で「決算書の整合性が取れない」「契約書原本が見当たらない」「株主名簿が更新されていない」といった不備が見つかると、DD 期間が 1〜2 ヶ月延び、買い手の不安が増幅され、価格再交渉の口実を与えます。売り手側 DD 事前準備で詳述した通り、DD は「買い手の手続き」ではなく「売り手の準備で価格・条件・成約速度を決める」攻めの工程です。

2-2. 7 点の事前整理リスト

買い手・仲介・公認会計士・弁護士が DD で確実に求める書類は次の 7 点です。

  1. 決算書 3 期分(貸借対照表・損益計算書・株主資本等変動計算書・キャッシュフロー計算書・注記表)+ 試算表(直近)
  2. 税務申告書 3 期分(法人税・地方税・消費税・源泉所得税・印紙税)+ 修正申告履歴
  3. 主要契約書一覧(販売・仕入・賃貸借・リース・労務・金融機関借入・保証契約)— チェンジ・オブ・コントロール条項の有無を必ず確認
  4. 株主名簿(直近版、名義のみ・所在不明株主が含まれていないか)— 名義株主の探索事例のように音信不通の株主がいると最大の壁になる
  5. 許認可書類(業種別の許可証・更新履歴・登録番号・専任技術者/取引士の選任届)
  6. 組織図と従業員名簿(雇用契約書・就業規則・36 協定・社会保険手続書類・退職金規程)
  7. 知的財産・登録権利(商標・特許・実用新案・著作権・ドメイン)— 個人名義で登録されているケースに要注意

2-3. 「数字の根拠」を語れる状態にする

資料を揃えるだけでは不十分です。買い手が知りたいのは「なぜこの売上・利益・資産になっているのか」の構造的説明。経営者本人が、過去 3 年間の売上構成・利益率推移・主要顧客比率・人件費構造・設備投資履歴を口頭で 30 分以内に説明できる状態に到達することが、価格交渉力の起点になります。

数字の根拠が曖昧なまま交渉に入ると、買い手は「説明できない部分にリスクが潜んでいる」と判断し、5〜15% の安全マージンを価格から引きます。逆に、過去 3 期の決算変動を経営者が論理的に説明できれば、減額交渉の余地は狭まります。

第3章 第2原則:買い手候補を増やして競争原理を働かせる

📍 章扉要点 価格は「買い手候補の数」と「希少性」の関数。最低 2 社以上の打診が交渉力の最低ライン。オークション形式(複数社同時打診)は ±5〜20% 価格上振れ、相対交渉は速度優先。専任媒介で 1 社独占される構造に注意。

3-1. 価格交渉力=買い手候補の数

売り手の交渉力は BATNA(Best Alternative to Negotiated Agreement、最良の代替案)の有無で決まります。買い手候補が 1 社しかなければ、買い手は値下げ交渉に応じない売り手を「他に行き場がない」と評価し、価格を 10〜20% 引き下げてくる典型パターンになります。逆に 3 社以上が並走している局面では、各社が「他社に取られる前に決める」インセンティブで動き、価格は均衡水準より上振れします。

中小M&A ガイドライン第 3 版でも、仲介者の利益相反リスクとして「特定の買い手に偏った紹介」が明記され、売り手は独立した複数経路で買い手探索を行うことが推奨されています。一社専任の仲介依頼であっても、ノンネームシート段階で複数社に打診される設計になっているか、契約書面で確認が必要です。

3-2. オークション形式 vs 相対交渉の使い分け

形式向く局面価格効果所要時間
オークション業績好調・希少性高い・複数買い手候補が想定される業種(IT・建設・許認可業種)+5〜20% 上振れ+1〜2 ヶ月
相対交渉秘匿性重視・特定買い手とのシナジー大・速度優先標準水準標準(9 ヶ月)

オークション形式は IM(インフォメーション・メモランダム)を 5〜10 社に同時配布し、1 次入札で 3 社程度に絞り、2 次入札で最終 1〜2 社と詳細条件を詰めます。手間と時間はかかりますが、買い手間の競争で価格が引き上がる構造的優位があります。一方、相対交渉は秘密保持と速度に優れる代わりに、買い手側のペースに引きずられるリスクがあります。

3-3. 仲介選定で気をつけるべき構造的リスク

2025 年 1 月 24 日、M&A 支援機関登録制度の運用開始以降初の登録取消が発生しました(「M&A DX」、東京都港区)。理由は資金力に疑義がある買い手を繰り返し紹介し、手数料徴収後に売却代金未払いとなった点です。中小企業庁による注意発出は 2024 年 10 月に 15 社、2025 年 1 月に 6 社、計 21 社に達しました(出典:M&A支援機関登録制度)。

仲介の手数料体系・最低報酬・二重報酬・高インセンティブ営業の実態はM&A仲介の手数料体系と業界構造で詳細に解説しています。仲介選定の段階で、登録 ID・最低報酬・計算ベース(譲渡価格/企業価値/移動総資産)・テール条項の 4 点を必ず書面で確認してください。

第4章 第3原則:情報開示の誠実性で減額交渉の余地を狭める

📍 章扉要点 簿外債務・偶発債務・許認可リスクは 先出しすれば減額幅は限定的、後出しなら破談・補償請求・訴訟へ発展。表明保証違反は東京地裁判例で支出額が損害として認定。隠す方が損する構造。

4-1. 「後出しは破談、先出しは減額限定」の構造

情報開示の誠実性は、譲渡対価そのものを引き上げる効果はありませんが、引き下げ要因を限定する効果があります。買い手は DD で発見できなかった事象が、契約後に表明保証違反として顕在化することを最も嫌います。簿外債務・偶発債務・労働紛争・係争中の訴訟・税務調査の指摘事項は、知っていれば 必ず先出しするのが鉄則です。

先出しの場合、買い手は対価から該当額を控除する、または特別補償条項を設定するという形で対応します。一方、後出しが発覚した場合、表明保証違反として補償請求の対象となり、東京地裁判例では簿外債務発覚・債権不存在で支出額が損害として認定されています(出典:Business Lawyers 表明保証違反の裁判例)。最悪の場合、契約解除+訴訟費用+ レピュテーション毀損まで発展します。

4-2. 開示すべきリスク 12 項目

  1. 簿外債務:未払残業代・未払退職給付債務・未認識リース債務・未払賞与・未認識債務保証
  2. 偶発債務:他社債務の保証・係争中の訴訟・行政処分の可能性・税務調査の指摘事項
  3. 労働紛争:残業代請求・パワハラ/セクハラ訴え・解雇紛争・労基署の指導歴
  4. 許認可リスク:許可更新の遅延・行政処分歴・免許剥奪事由・専任資格者の退職リスク
  5. 主要顧客集中:売上の 30% 超を 1 社に依存している場合の継続性リスク
  6. キーマン依存:技術者・営業責任者・経理担当者の属人的業務
  7. 知的財産帰属:商標・特許が個人名義の場合の譲渡リスク
  8. 名義株主:所在不明株主・名義のみ株主の存在
  9. 関連当事者取引:経営者親族との取引・役員報酬・関連会社取引
  10. 環境関連リスク:土壌汚染・アスベスト・PCB・化学物質取扱
  11. 不動産:賃貸契約の更新拒絶リスク・地主との争い・建築基準法不適合
  12. 金融機関関係:経営者保証の状況・コベナンツ違反履歴・リスケ歴

これらは DD 質問リストの定番項目です。事前に整理し、「該当あり」の項目には対応方針(補償条項・特別表明保証・除外事項)まで考えておくことで、価格交渉の主導権を保てます。表明保証と補償条項の設計実務は表明保証・売り手の防御策を参照してください。

第5章 第4原則:対価設計でリスクを引き受け過ぎない

📍 章扉要点 譲渡対価は「現金一括」が売り手最有利。アーンアウト・ロックアップ・株式対価が混じると名目額は上がっても実質手残りリスクが残る。経営者保証解除はクロージング条件に明記。

5-1. 譲渡対価の構成要素

譲渡対価には以下の 4 タイプが組み合わさります。「総額」だけ見て判断すると、税務・流動性・リスクで実質手残りが大きく変わります。

タイプ特徴売り手評価
現金(クロージング)SPA 締結時に全額入金◎ 最有利
エスクロー譲渡対価の 5〜10% を補償用に第三者預託、1〜2 年後解放○ 標準
アーンアウト譲渡後 2〜3 年の業績達成で追加対価支払い△ 紛争リスク高
買い手株式対価買い手会社の株式で支払(ロックアップ条項あり)△ 流動性リスク

5-2. アーンアウトの紛争リスク

アーンアウト(業績連動追加対価)は中小M&A ではほぼ未使用で、クロスボーダー大型案件で主流です(出典:TMI総合法律事務所 アーンアウト)。買い手から提案された場合、表面額は魅力的でも、買収後の 支払い操作リスク(買い手が経費を意図的に増やして利益指標を達成させない等)と 計算式の曖昧性が紛争原因になります。アーンアウト条項を提案しない理由で詳述した通り、対価設計のスペクトラム論として「将来業績払い」は売り手のリスク負担として割に合わないケースが大半です。

5-3. ロックアップ・キーマン条項

ロックアップ(譲渡後の経営者残留義務)は中小M&A では 2〜5 年が業界相場です。残留期間中の役員報酬・退職金・退任時の補償は、譲渡対価の一部として捉える必要があります。長期ロックアップは「譲渡したのに辞められない」状態を生み、経営者の生活設計に影響します。ロックアップ・キーマン条項と売り手の生活設計で具体的な防御策を詳述しています。

5-4. 経営者保証解除はクロージング条件に明記

譲渡対価をいくら高く設定しても、既存借入の経営者保証が残ったままでは「会社を売ったが個人債務は残る」状態になります。クロージング条件として「金融機関による経営者保証解除書面の取得」を必須化することが鉄則です。金融庁は 2024 年 6 月に経営者保証改革プログラムの実施例を公表し、保証解除の事例蓄積が進んでいます。2024 年 3 月 15 日からは保証人不要の選択肢が信用保証制度に追加されました(保証料上乗せ条件)。買い手が「保証は当面そのままで」と提案してきた場合、譲渡対価から既存借入残高相当を割り引く前提で交渉してください。

第6章 第5原則:承継後の事業継続性で買い手の支払意欲を引き出す

📍 章扉要点 買い手の支払意欲は「買収後の事業継続性」で決まる。許認可業種は EBITDA 倍率 +1〜2 倍のプレミアム。キーマン留任・取引先関係維持・PMI 計画整備が価格を引き上げる。

6-1. 許認可業種の +1〜2 倍プレミアム

業界別 EBITDA 倍率の目安は次の通りです。中小M&A 全体の EBITDA 倍率は 3〜5 倍が標準で、業種・規模・成長性で変動します(出典:マネーフォワード ビジネスバリュエーション解説)。許認可業種は新規参入障壁の高さが買い手の戦略的価値となり、EBITDA 倍率に +1〜2 倍のプレミアムが乗ります。

業種EBITDA 倍率目安プレミアム要因
IT・ソフトウェア5〜8 倍高成長・継続課金モデル
建設業4〜6 倍国交省許可・経審点・技能工確保
医療法人5〜7 倍認定医療法人・地域独占性
製造業3〜5 倍技術蓄積・取引先安定
飲食・小売3〜5 倍立地・ブランド力(人気店は 5 倍超)
宅建業(不動産業)4〜6 倍免許番号年数・地場ネットワーク・賃貸管理ストック

業種別の許認可承継論点は許認可業種のM&A業種横断ガイドで建設業・宅建業・運送業・医療・介護・薬局・飲食業を網羅解説しています。建設業の事前認可制度・経審引継ぎ・2024 年問題は建設業のM&A実務を、宅建業の免許承継は免許は譲渡できない・事業譲渡で成立させる実務構造を参照してください。

6-2. キーマン留任・取引先関係・PMI 計画

買い手が最も恐れるのは「鍵となる人材・取引先がクロージング後に離脱して、想定したシナジーが消える」ことです。譲渡前からキーマンとの面談機会を設計し、退職金・継続契約・インセンティブ報酬で残留意欲を高める設計を組み込みます。主要取引先には、譲渡公表のタイミングと面談シナリオを事前に詰めておきます。

PMI(Post Merger Integration、買収後統合)の Day1 計画——役員会・従業員説明会・取引先・金融機関への報告タイミング——を売り手側で起案して買い手と共有することで、買い手の「譲渡後の不確実性コスト」が下がり、価格に反映されます。PMI Day1 と売り手の役割(SPA への組込)で、SPA 起案段階から PMI 計画を組み込む実務設計を解説しています。

第7章 価値毀損の典型 10 パターン

📍 章扉要点 譲渡価格を毀損する 10 パターンを 準備期間中に潰す。準備不足・名義株主・キーマン依存・許認可リスク・主要顧客集中・税務調査未完・労働紛争・知財個人帰属・関連当事者取引・経営者保証残存。
  1. ① 資料準備不足:DD 期間延長で買い手の不安増幅、5〜15% 減額の口実
  2. ② 名義のみ株主:所在不明株主・親族名義の整理未了で SPA 締結不能。1 ヶ月かけて株主を探した宅建業の事例のように、最大の壁になりうる
  3. ③ キーマン依存:技術者・営業責任者が経営者個人と一体化、譲渡後の離脱リスク
  4. ④ 許認可承継リスク:許可更新前・行政処分歴・専任資格者の退職予定。建設業の事前認可は 建設業法第 17 条の 2・第 17 条の 3を参照
  5. ⑤ 主要顧客集中:1 社で売上 30% 超は買い手から「単独集中リスク」として減額対象
  6. ⑥ 税務調査未完・修正申告中:金額確定前は減額・補償条項対象
  7. ⑦ 労働紛争:未払残業代・労基署指導歴・パワハラ訴訟は労務 DD で必ず発覚
  8. ⑧ 知財個人帰属:商標・特許・ドメインが個人名義の場合、譲渡前に法人移転手続が必要
  9. ⑨ 関連当事者取引:経営者親族との取引・関連会社取引は買い手から不透明リスクとして整理を求められる
  10. ⑩ 経営者保証残存:クロージング条件にできていない場合、対価から借入残高相当を実質的に割引かれる

これら 10 パターンは、いずれも準備期間 6〜12 ヶ月の間に潰せる項目です。経営者一人で対処できないものは、顧問税理士・顧問弁護士・金融機関と早期に連携してください。M&A 仲介契約を結ぶ前から、これらの整理に着手することが、譲渡対価を 10〜30% 引き上げる最大の打ち手です。

第8章 バリュエーション 3 手法と業界別 EBITDA 倍率

📍 章扉要点 バリュエーションは DCF・類似会社比較(マルチプル)・純資産(時価純資産)の 3 手法。中小M&A は EBITDA マルチプル が実用的。算定書は最低 2 手法併用、レンジで提示。

8-1. 3 手法の使い分け

手法基本式適用局面
DCF将来 FCF を WACC で割引成長見通しが明確・事業計画 5 年策定可
類似会社比較EBITDA × 業界中央値倍率中小M&A の実用解
時価純資産時価評価ベース純資産資産超過・不動産保有比率高

DCF 法の理論・実装はDCF法(中小M&A・FCF 多期間・割引率変動)を、類似会社比較法の落とし穴はマルチプル法(買い手目線・不動産利回りアナロジー)を、業界別 EBITDA 倍率の中央値の罠はEBITDA マルチプル業界平均の落とし穴を参照してください。

8-2. 算定書を「数字の根拠」として使う

仲介・FA から提示される譲渡価格は「経験則 + 業界相場」のことが多く、論理的根拠が薄い場合があります。売り手として独立した立場で、最低 2 手法を併用したバリュエーションレンジを保有しておくことが、価格交渉の論拠になります。算定書は以下の 4 要素で構成します。

価格決定の構造は加重平均資本コスト(WACC)構造再編と価格メカニズムでも詳述しており、日銀金利正常化が中小M&A の譲渡価格に与える影響を整理しています。

第9章 売り手のための実務チェックリスト

📍 章扉要点 準備〜契約前までの 24 項目チェックリスト。「該当あり」項目は譲渡前に解消、解消困難なものは仲介・買い手と先出しで共有。

9-1. 準備期間(6〜12 ヶ月)チェック

9-2. 仲介契約・マッチングフェーズ

9-3. DD ・基本合意フェーズ

9-4. SPA 締結・クロージング

手数料・手残りの実額試算はM&A手数料・手残り比較シミュレーション、譲渡価格の目安は株価シミュレーション、株式譲渡 vs 事業譲渡の手取り比較はスキームシミュレーション、自社の準備状況はセルフ診断ツールで確認できます。

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よくある質問(FAQ)

参考資料・一次ソース

⚠️ 個別案件のご検討にあたって

本記事は中小M&A の一般的な実務原則を解説したものです。個別案件の譲渡対価評価・税務処理・契約条項・経営者保証解除等は、案件固有の事情で結論が変わります。顧問税理士・弁護士等の専門家にご確認のうえ、最終判断を行ってください。日本財務戦略センターは中小M&A ガイドライン第 3 版・MAAA(M&A支援機関協会)自主規制ルールに準拠し、業務を行っています。

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【引用・転載について】
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<a href="https://jfsc.jp/sell-company-higher-price-five-principles/">M&Aで会社を高く売るには?売り手が押さえるべき5つの実務原則と価値毀損を防ぐ交渉術|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「M&Aで会社を高く売るには?売り手が押さえるべき5つの実務原則と価値毀損を防ぐ交渉術」(2021年12月3日) https://jfsc.jp/sell-company-higher-price-five-principles/

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公開日: 2021年12月3日 / 最終更新日: 2026年5月22日
五十嵐 悠一

執筆者

五十嵐 悠一(いからし ゆういち)

株式会社日本財務戦略センター 代表取締役

京都大学経済学部経営学科卒業。株式会社損害保険ジャパン本店営業部、東証上場M&A仲介会社を経て、2020年5月に日本財務戦略センターを設立。中小企業のM&A仲介・事業承継支援を専門とし、医療・介護・食品製造・流通卸・機械製造分野の成約実績を持つ。

資格:プロフェッショナルCFO(日本CFO協会)/M&Aエキスパート(金融業務2級 事業承継・M&Aコース)

公的登録:中小企業庁 M&A支援機関 登録事業者/一般社団法人 M&A支援機関協会 正会員

メディア登壇:株式会社サイゾー Business Journal ウェブセミナー講師「【売り手向け】M&Aを成功させるための具体的な行動・プロセス・知識」(2022年6月)[公式告知]

専門家コラム寄稿:BATONZ(国内最大級M&A プラットフォーム)に M&A・事業承継 74本(2021年〜継続)[コラム一覧]

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免責事項

本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件における法務・税務・会計判断を提供するものではありません。法務・税務・会計の個別判断は、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。M&Aのスキーム設計・タイミング・買い手探し等のアドバイザリーは、株式会社日本財務戦略センターにご相談ください。記載内容は公開時点の情報に基づき、法令改正や市場変動により最新の状況と異なる場合があります。

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よくあるご質問(FAQ)

この章のポイント
日本財務戦略センターへのご相談に関する共通の10問と、本記事に関する0問の計10問。
共通Q1. 日本財務戦略センターはどのような会社ですか?
A. 株式会社日本財務戦略センター(JFSC)は、中小企業オーナーの M&A・事業承継を「自分事として最後まで完結する」ためのご相談先です。仲介の独断ではなく、売り手の判断材料を整える立場を貫いています。会社概要もご覧ください。
共通Q2. 相談したら、必ず M&A しなければいけませんか?
A. いいえ、ご相談のみで結構です。相談後に「今回は見送ります」と判断いただいても問題ありません。M&A 以外の選択肢(廃業・親族承継・事業再生)も含めてご一緒に整理します。まずは無料相談からお気軽にどうぞ。
共通Q3. 相談料・着手金は発生しますか?
A. 初回相談・簡易査定・進行中の段階まで、すべて無料です。日本財務戦略センターは完全成功報酬制を採用しており、M&A 成約時のみご報酬が発生します。着手金・中間金・月額顧問料は一切いただきません。なお、案件特性により外部専門家への依頼や登記等の実費(例:司法書士の登記費用、外部監査法人による資産査定、譲受企業側からの弁護士・公認会計士による DD 費用 等)が発生する場合は、必ず事前にご相談・ご同意のうえ進めますので、不意の費用負担は生じません。詳細は弊社の報酬体系をご確認ください。
共通Q4. 一般的な M&A 仲介会社と、どこが違いますか?利益相反はどう開示されますか?
A. M&A 仲介は売主・買主の双方から報酬を得る「両手仲介」が業界慣行で、構造的な利益相反のリスクがあります。そのうえで、業界には「誘い込む仲介」と「公開する仲介」の二類型があると当社は考えています。日本財務戦略センターは後者の立場で、契約締結時に重要事項説明書を交付し、両手仲介の構造を含めて文書でご説明したうえで、売り手の判断材料となる情報を整え、買い手の都合で交渉を急がせない姿勢を貫きます。これは経済産業省・中小企業庁中小 M&A ガイドライン(第 3 版・2024 年 8 月改訂、手数料算定基準の開示・買い手信用調査等を留意事項として明示)に則った対応です。二類型化の根拠は弊社独自の業界 20 社研究レポート、構造論の詳細は仲介契約 vs FA 契約の構造分析もご参照ください。
共通Q5. どれくらいの規模から相談できますか?
A. 年商数千万円規模の小規模事業から、数億円規模まで対応します。業界の多くの仲介会社では最低手数料を 2,000 万円以上に設定している傾向で、各社の最低手数料は中小企業庁M&A 支援機関登録制度・登録情報で確認いただけます。日本財務戦略センターの最低手数料は 700 万円で、小規模案件もお引き受けしています。具体的な報酬構造は弊社の報酬体系をご確認ください。
共通Q6. 税金・法律のことを詳しく教えてもらえますか?
A. 税務・法務は税理士法・弁護士法により、具体的な提案は弁護士・税理士等の専門家のみが行えます。当社は業界慣行の一般論をご説明した上で、顧問の先生方にご確認いただく形でご案内します。必要に応じて専門家ネットワークのご紹介も無料で行っています。
共通Q7. 家族や従業員に知られたくないのですが、可能ですか?
A. ご相談段階から NDA(秘密保持契約)を締結し、徹底管理します。社名を公開せずに買い手候補へ打診する「ノンネーム打診」の進め方も可能です。守秘義務体制については情報管理ポリシーでご確認いただけます。
共通Q8. 成約までどれくらいの期間がかかりますか?
A. 半年から 1 年程度が目安ですが、案件によって異なります。買い手候補と事前に綿密な調整を行い、売主オーナー様のペースで進行します。スピード優先で売主の利益を損なう進め方は致しませんが、売主オーナー様のご事情・ご要望に応じて、最短 60 日での成約実績もございます。
共通Q9. デューデリジェンス(DD)では、どのような立場をとりますか?
A. 日本財務戦略センターは仲介者として、売り手・買い手のどちらかに偏らない立場で臨み、売主オーナー様が判断に必要な情報を得られるよう整えます。仲介業の構造的な利益相反論点については仲介契約 vs FA 契約の構造分析で詳述しており、DD 費用負担の判例実務は東京地裁 DD 費用判決の射程でご確認いただけます。必要に応じて第三者の公認会計士・弁護士・税理士等の専門家をご紹介し、買い手寄りに偏らない査定体制を整えます。中小企業庁中小 M&A ガイドラインの遵守事項に則り、適切な情報開示を行います。
共通Q10. 対応エリアは限られますか?
A. 全国対応可能です。首都圏はもちろん、各地方都市でもご相談実績があります。オンライン面談と現地訪問を組み合わせ、所在地を問わず売主様のペースで進行します。まずは所在地を問わない無料相談をご利用ください。

📅 本記事の情報基準日

本記事は 2021年12月3日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。

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