3行まとめ
- 建設業の倒産は2024年に1,890件と過去10年で最多、休廃業・解散は8,162件と8年ぶりの高水準を記録しました(帝国データバンク)。2025年上半期も986件と4年連続増加で、通年では2,000件台到達の可能性が指摘されています。2024年4月に適用開始された時間外労働の上限規制(原則・月45時間/年360時間、国土交通省)が、中小事業者の廃業判断と事業承継型M&Aの相談を加速させている構図です。
- 建設業M&Aの実務上の核心は、建設業法第17条の2・第17条の3に基づく地位承継の「事前認可制度」(2020年10月施行)です。事業譲渡・合併・会社分割は許可行政庁の認可前に引渡しを行うと建設業法違反となる一方、株式譲渡は法人格が変わらないため認可不要——この一点だけでも、M&A手法の選択(株式譲渡 vs 事業譲渡)に決定的な影響を与えます。
- 本記事では、建設業M&A特有の論点——許認可承継の手法別取扱い、経営事項審査(経審)評点の引継ぎリスク、専任技術者・経営業務管理責任者の確保、工事経歴書を起点としたデューデリジェンス、2024年問題対応状況の評価軸——を、一次ソース(国土交通省・中小企業庁・e-Gov)に基づき、60代のオーナー経営者の実務判断に資する形で整理します。
はじめに——建設業M&Aを取り巻く構造変化
建設業の経営環境は、2024年を境に大きく転換しました。帝国データバンクの調査によれば、2024年の建設業倒産は1,890件と過去10年で最多、休廃業・解散は8,162件で2016年以来8年ぶりの高水準に達しています。2025年上半期も986件(前年同期比+7.5%)と4年連続で増勢が続いており、通年では2,000件台(2013年以来12年ぶり)への到達も視野に入っています。
背景には、2024年4月1日から建設業に適用開始された時間外労働の上限規制(原則・月45時間/年360時間、違反には罰則あり)の影響があります。国土交通省「建設業の時間外労働の上限規制は2024年4月から!」では、特に中小事業者にとって労務管理体制の整備と人員確保が経営の存続条件になりつつあると指摘されています。この規制適用が、結果として「自社単独での継続が難しい」と判断する経営者の決断を加速させており、M&A仲介への相談件数も増加傾向にあります。
一方で、後継者不在率は2024年に59.3%と、2018年の71.4%から約12ポイント改善しました(帝国データバンク「全国 後継者不在率動向調査」)。親族外承継や内部昇格、第三者承継としての建設業M&Aの活用が広がった結果ですが、それでも建設業の後継者難倒産は2024年度で127件・全業種の25.0%を占め、業種別では依然最多です。
令和7年版国土交通白書も、第1章で「担い手不足等によるサービスの供給制約」を国土交通行政の最重要課題に位置付けています。建設技術者数・建設技能労働者数は2025年以降も減少が続く見込みであり、社会インフラの維持・更新を担う事業者の集約・再編は、もはや業界全体の構造的課題です。
本記事は、こうした構造変化を踏まえ、建設業M&Aを検討する売り手・買い手の双方が、最低限押さえるべき実務論点を整理するものです。なお、許認可・税務・労務に関する個別判断は、必ず弁護士・税理士・公認会計士・行政書士等の各専門家にご相談ください。
1. 建設業M&Aが急増する背景——2024年問題・倒産最多・後継者不在の三重苦
1-1. 倒産・休廃業の最新数字(2024年・2025年上半期)
建設業の市場退出は、2024年に明確な転換点を迎えました。帝国データバンクの集計によれば、2024年の建設業倒産(負債1,000万円以上・法的整理)は1,890件に達し、過去10年で最多を記録しています。リーマンショック後の2009年以来の高水準であり、コロナ禍の資金繰り支援策(実質無利子・無担保融資、いわゆるゼロゼロ融資)の返済本格化と、人件費・資材費の高騰が同時に効いた結果です。
休廃業・解散も同年8,162件(前年比+7.0%)と、2016年以来8年ぶりの高水準でした。倒産は「破綻」ですが、休廃業・解散は「自主的な事業終了」であり、経営者が「これ以上続けても負担が増えるだけ」と冷静に判断した結果と読み解けます。手元に資産が残るうちに事業を畳む選択は合理的ですが、長年積み上げた許認可・取引先・職人ネットワークが断絶することは、地域社会と社会インフラ維持にとっても大きな損失です。
2025年上半期も建設業倒産は986件(前年同期比+7.5%)と4年連続で増勢が続いており、通年で2,000件台(2013年以来12年ぶり)に到達する可能性も指摘されています。
1-2. 2024年問題(時間外労働上限規制)の直接的影響
2024年4月1日から、建設業にも時間外労働の上限規制が適用開始されました。原則は月45時間・年360時間、特別条項を結んだ場合でも年720時間以内(休日労働を含めて単月100時間未満・複数月平均80時間以内)が上限となり、違反には罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科される可能性があります(国土交通省・厚生労働省)。
建設業はこれまで、工期遵守・天候による工程ずれ・元請の都合による突発作業など、長時間労働が常態化しやすい構造を抱えてきました。上限規制への対応は、①36協定の整備、②勤怠管理システムの導入、③要員増員、④工期交渉力の強化のすべてが必要であり、人手不足下の中小事業者にとっては短期間での対応が極めて困難です。
結果として、「単独で2024年問題に対応するのは難しい」と判断した経営者が、労務管理体制を持つより大きな同業他社への譲渡を選ぶケースが増えています。M&Aは、廃業による許認可・人材・顧客の散逸を回避しつつ、規制対応コストを統合先で吸収できる現実的な選択肢として機能しています。
1-3. 後継者不在と後継者難倒産
建設業の後継者不在率は、2024年に59.3%(前年比▲2.0pt)まで改善しました(帝国データバンク「全国 後継者不在率動向調査」)。2018年の71.4%から約12ポイントの改善であり、内部昇格や第三者承継としてのM&A活用が広がった結果と考えられます。
ただし、後継者難倒産(経営者の死亡・体調不良・後継者不在を直接原因とする倒産)は、2024年度に建設業で127件発生し、これは全業種の25.0%を占めます。業種別では依然として最多であり、「後継者を立てたいが立てられないまま、経営者の体力・気力が尽きる前に決断する」局面が、業界全体で同時並行的に進行している状況です。
令和7年版国土交通白書も、建設技術者数・建設技能労働者数の減少が2025年以降も続く見込みであることを示し、担い手不足によるサービス供給制約を最重要課題に位置付けています。事業承継の観点からも、「自社の経営資源を地域に残すために、誰に渡すか」を能動的に設計する時期に入りました。
2. 建設業許可の承継実務——建設業法第17条の2・第17条の3の事前認可制度
2-1. 建設業法第17条の2・第17条の3の概要
建設業の許可は、許可業者の人格(法人格・個人)に紐づく性格を持ちます。2020年10月の改正建設業法施行により、第17条の2(事業譲渡・相続)・第17条の3(合併・会社分割)に基づく地位承継の事前認可制度が導入され、事業の譲り渡し・合併・分割を行う場合には、許可行政庁(国土交通大臣許可または都道府県知事許可)の事前認可を取得する必要があります(国土交通省「建設業者の地位の承継について」)。
承継認可を受ければ、譲渡・合併・分割の効力が生じた日から、譲受人・存続会社・新設会社等が建設業者の地位を承継することができます。これにより、許可番号や許可年月日が変わらず、入札参加資格や取引先との関係も継続できる利点があります。一方、事前認可を受けないまま事業を引き渡すと、譲受人は無許可で建設業を営むこととなり、建設業法違反として処分対象になり得ます(国土交通省関東地方整備局「事業承継等の事前認可制度」)。
2-2. 株式譲渡 vs 事業譲渡・合併・分割——許認可上の取扱いの違い
M&A手法の選択にあたり、許認可承継の観点から最も重要なのは、「法人格が変わるかどうか」です。以下に、主要4手法の建設業法上の取扱いを整理します。
| 手法 | 建設業許可の事前認可 | 経審評点 | 主な実務上の留意点 |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 不要(法人格は不変) | 原則継続 | 経営業務管理責任者・専任技術者の異動届は必要。簿外債務・偶発債務の包括承継リスク。 |
| 事業譲渡 | 必要(法第17条の2) | 譲受側は新規申請扱い | 認可前引渡しは建設業法違反。承継対象資産・債務を契約で明確化。 |
| 合併 | 必要(法第17条の3) | 存続会社で再申請扱い | 合併期日前に認可取得が必要。経審評点が一時的に下落するリスク。 |
| 会社分割 | 必要(法第17条の3) | 承継会社で新規申請扱い | 分割計画書の作成・承認手続が必要。許可業種ごとに実態的な承継範囲を検討。 |
この比較表が示すように、株式譲渡を選択すれば事前認可は不要であり、許可番号・許可年月日もそのまま維持されます。一方、事業譲渡・合併・会社分割を選択する場合は、許可行政庁の事前認可を取得した後でなければ、事業を譲り渡すことができません。
2-3. 認可申請に必要な書類と所要期間
地位承継の事前認可申請には、おおむね以下の書類の添付が必要です(具体的な書類は許可行政庁・案件内容により異なるため、所管の行政書士・許可行政庁にご確認ください)。
- 事業譲渡・合併・分割契約書(または計画書)
- 経営業務管理責任者の証明書類(5年以上の経営経験を示す書類)
- 専任技術者の証明書類(資格証・実務経験証明書等)
- 誓約書・登記事項証明書・納税証明書等
- 承継後の役員・株主構成を示す書類
標準的な所要期間は申請から認可まで概ね1〜3か月程度とされていますが、書類不備や許可行政庁の繁忙期を考慮し、M&Aクロージングのスケジュール設計には十分な余裕を確保することが必要です。許可行政庁が国土交通大臣許可(複数都道府県に営業所を持つ場合)か都道府県知事許可(一の都道府県内に営業所を持つ場合)かによって、申請窓口と運用も異なります。
2-4. 「事業譲渡だが認可待ちの間は売り手が施工する」運用上の注意
事業譲渡や合併では、認可前の段階で買い手側が施工を開始してしまうと建設業法違反となります。認可日までの間は売り手が引き続き施工し、認可日をもって地位を承継するという段取りが基本です。進行中の工事の工程と認可日のすり合わせ、発注者への事前説明、下請契約の引継ぎ手順など、契約実務面での詳細設計が欠かせません。
以上の論点は、M&A契約条項(前提条件・クロージング条件・補償条項)の設計と密接に絡むため、建設業法に詳しい弁護士・行政書士に必ずご相談のうえ、契約書を整備されることを強くお勧めします。
3. 経営事項審査(経審)引継ぎの実務リスク——評点下落とスケジュール設計
3-1. 経営事項審査(経審)とは
経営事項審査(経審)は、公共工事の入札参加を希望する建設業者が必ず受けなければならない経営状況・経営規模等の客観的審査です。完成工事高(X1)、自己資本額・利益額(X2)、技術職員数・元請完成工事高(Z)、その他の審査項目(W:労働福祉、建設業の経理状況、研究開発、建設機械保有状況、若手技術者の育成等)など、複数の評点を組み合わせて総合評定値(P点)が算出され、これが入札参加資格の格付に直結します。
P点・各評価項目の具体的な計算式は省令で定められており、年次の経営状況分析と経営規模等評価申請を経て決定されます。詳細な計算については、顧問税理士・公認会計士・行政書士等の専門家にご相談ください。
3-2. 合併・分割後の経審が「新規申請扱い」になる構造
国土交通省北陸地方整備局「合併・譲渡等における許可申請及び経営事項審査」資料が示すように、合併・会社分割が行われた場合、存続会社・新設会社の経審は新規申請扱いとなり、合併・分割前の評点をそのまま引き継ぐことはできません。
新規申請扱いになると、たとえば過去2〜3年の完成工事高平均(X1)が「新会社としての実績」として再カウントされるため、合併・分割直後は実績年数が不足し、評点が一時的に大幅低下するリスクがあります。技術職員数・建設機械保有状況・経理状況等も新会社単位での評価となり、組織再編から1〜2年は評点回復の過渡期に置かれます。
3-3. 入札参加資格の有効期間との兼ね合い
入札参加資格は通常2年間の有効期間で設定されているため(発注機関により異なります)、合併・分割を実施する時期によっては、評点回復前に資格更新を迎えてしまい、大型公共工事への入札参加資格の格付(A・B・C等)が一時的に下がる可能性があります。
このため、M&Aクロージング時期の決定にあたっては、以下のような実務的工夫が考えられます(具体的判断は専門家とご検討ください)。
- 経審の更新時期と合併・分割期日の関係を事前に整理する
- 入札参加資格更新時期との重なりを回避する
- 大型案件入札の予定がある期間を避ける
- 評点の一時下落を見込んだうえで、回復までの受注計画を保守的に組む
3-4. 株式譲渡を選択するメリット——経審評点の継続性
これに対し、株式譲渡では法人格が変わらないため、経審評点は原則として継続されます。経営業務管理責任者の交代や役員構成の変更があった場合も、必要な変更届を提出すれば評点自体は維持されるため、「公共工事の入札実績を主な企業価値の源泉とする建設業者」のM&Aでは、株式譲渡が選好されるケースが多くなります。
もっとも、株式譲渡には簿外債務・偶発債務の包括承継リスク(過去工事の瑕疵担保責任、未払残業代、税務リスク等)が伴うため、M&Aデューデリジェンスを十分に実施し、表明保証条項や補償条項で適切にリスク配分する設計が不可欠です。具体的なM&A手法の選択は、弁護士・税理士・公認会計士・行政書士等の各専門家と協議のうえご検討ください。
4. 専任技術者・経営業務管理責任者の確保——M&Aで最も頻発するヒューマンリスク
4-1. 建設業許可の人的要件——経営業務管理責任者と専任技術者
建設業許可を維持するためには、以下の人的要件を継続的に満たす必要があります(建設業法第7条・第15条等、e-Gov)。
- 経営業務管理責任者(または常勤役員等):建設業の経営経験を5年以上有する者を、常勤役員またはこれに準ずる地位に置くこと(2020年改正で要件が一部柔軟化)
- 専任技術者:各営業所に、許可業種に応じた一定の資格・実務経験を有する技術者を、専任で配置すること
これらは「いれば足りる」のではなく、常勤性・専任性の継続的な担保が許可維持の必須条件です。M&A後にこれらのキーパーソンが退職すると、最悪の場合許可要件を満たさなくなり、廃業届の提出や許可取消の事態にもなり得ます。
4-2. M&A後にキーパーソンが流出する典型シナリオ
建設業M&Aで頻発するヒューマンリスクの典型は、以下のようなパターンです。
- 創業オーナーである経営業務管理責任者が、譲渡対価受領後に予定より早く引退
- 専任技術者が、買い手企業の経営方針に合わず、転職
- 主任技術者・監理技術者クラスの中核人材が、地域の同業他社に引き抜かれる
- 譲渡公表直後に、若手職人が「先行きへの不安」を理由に退職
これらのリスクに対しては、M&A契約段階で以下を設計することが標準実務です。
- キーパーソンの雇用継続意向の事前確認(雇用契約継続合意書、リテンション・パッケージ)
- 創業オーナーの引継期間(顧問・嘱託)の合意と退職金・競業避止条項
- 主要技術者の競業避止義務と引留め条件
- 代替要員の確保計画(採用、社内昇格、外部からの招聘)
- 譲渡公表前後の従業員への説明戦略と説明会の設計
4-3. 2024年12月施行の省令改正——ICT活用による技術者専任合理化
2024年12月13日に施行された「建設業法施行規則等の一部を改正する省令」により、技術者専任のICT活用・遠隔管理に関する要件が一部合理化されました(国土交通省報道発表)。これは、現場常駐が原則だった監理技術者・主任技術者について、一定の要件を満たすICT環境(カメラ・通信機器・現場管理システム等)を整えれば、複数現場の遠隔管理を可能とする方向の改正です。
これにより、技術者1人が複数現場をカバーできる柔軟性が増したため、M&A後の体制設計においても、人員配置の効率化が図りやすくなりました。ただし、改正の細部運用は今後の通達・指針の整備によるところもあり、実際の現場での運用にあたっては、所管の許可行政庁・行政書士に最新の運用指針をご確認ください。
4-4. デューデリジェンスにおけるヒューマンリスクのチェックポイント
買い手のデューデリジェンスでは、以下のヒューマンリスクチェックを必ず組み込みます。
- 経営業務管理責任者・専任技術者の年齢・健康状態・引退予定
- 主任技術者・監理技術者の資格・実務経験年数・離職率
- 過去5年の退職者数と退職理由(特にキーパーソンの離職有無)
- 給与水準と地域同業他社との比較(引抜きリスクの判定)
- 採用パイプライン(協力会社・若手職人の継続的確保力)
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5. 建設業M&Aのデューデリジェンス(DD)(デューデリジェンス)実務論点
5-1. 工事経歴書による事業実態の把握
建設業者は、年次の経営事項審査申請にあわせて工事経歴書を作成します。これには発注者名、工事形態(元請・下請)、工事種別、請負金額、工期、施工地(エリア)、JV参画の有無等が記載されており、譲渡対象会社の事業実態を最も具体的に把握できる一次資料です。
DD実務では、過去3〜5年分の工事経歴書を時系列で並べ、以下の観点を評価します。
- 発注者集中度:上位3〜5社で売上の何%を占めるか。集中度が高すぎる場合、特定発注者離反のリスクが業績変動を直撃
- 元請・下請構造:元請比率、二次・三次下請比率、下請依存度
- 地域分散:施工地の地理的分布(東京都内中心か、複数県にまたがるか)
- 工事種別:得意分野(土木・建築・電気・管・塗装等)の偏り
- 採算性:工事ごとの想定粗利と実績粗利の乖離
5-2. 未成工事支出金と会計基準(進行基準 vs 完成基準)
建設業特有の会計論点として、未成工事支出金(工事完成前にかかった原材料費・労務費・外注費等の累計)の適正計上があります。会計基準として原則は工事進行基準(進捗度に応じて売上・原価を計上)ですが、中小企業では工事完成基準(工事完成時点で一括計上)が採用されることもあります(一定の要件のもと)。
工事完成基準が適用されている場合、未成工事支出金が決算書上で過大に計上されているケースがあり、これが含み損の温床となっている可能性があります。DD実務では、過去3期分の決算書を比較し、未成工事支出金の残高推移と工事ごとの月次進行表を突合して、不審な点があれば個別工事ベースで詳細を確認することが不可欠です。
会計基準の選択と適用の妥当性、未成工事支出金の評価については、必ず公認会計士・税理士とともに精査されることをお勧めします。
5-3. 経審評点と実態決算書の乖離チェック
経審評点は、建設業者の客観的な経営指標として公的に開示されるため、「評点を良く見せたい」というインセンティブが構造的に働きます。完成工事高の前倒し計上、自己資本額の水増し、外注費の付け替え、技術職員数のかさ上げ等、論理的にあり得る粉飾パターンは複数存在します。
DD実務では、経審申請書類と実態決算書(月次試算表・元帳・工事別損益)を突合し、説明のつかない乖離がないかをチェックします。経審申請書類は許可行政庁に開示請求できる場合もあるため、買い手として入手可能な情報は最大限活用することが原則です。
5-4. 過去商慣行リスクの確認
建設業界には、地域・業種によっては過去に談合・不当廉売・発注者へのリベート・下請単価の不当圧縮といった商慣行が存在した時期があります。これらは独占禁止法・建設業法・刑法の各観点から重大なリスクとなり、M&A後に発覚すれば買い手の信用毀損と多額の損害賠償リスクを生みます。
DDでは、過去5年程度の対象会社の取引慣行について、経営層・営業責任者・経理責任者へのヒアリングを通じて、リスクの存否を慎重に確認します。発覚した場合は、表明保証条項・補償条項・特別補償条項での明示的なリスク配分を、弁護士の関与のもとで設計することが必要です。
5-5. 2024年問題対応状況の評価
2024年4月以降のM&A案件では、時間外労働上限規制への対応状況が新たな評価軸として加わっています。具体的には、以下の点をDDで確認します。
- 36協定の締結状況と労使協議の実態
- 勤怠管理システムの導入有無と運用実態
- 過去2年間の月別労働時間データと上限超過の有無
- 未払残業代の潜在的リスク(労働基準監督署の指導歴、訴訟歴)
- 工期交渉力(元請への適正工期確保の交渉実績)
2024年問題への対応が遅れている対象会社を買収する場合、統合後の追加コスト(システム導入、人員増員、給与水準引上げ)を保守的に見積もる必要があります。M&Aの流れのうち、特にDD・バリュエーションの段階での織り込みが重要です。
これらDD全般の実施にあたっては、弁護士・公認会計士・税理士・社会保険労務士・行政書士等の各専門家と連携してチームを組成されることを強くお勧めします。
6. まとめ——建設業M&Aを成功に導く3つの視点
6-1. 許認可と経審のスケジュール設計を最優先に
建設業M&Aでは、「いつ、どの手法で、どの段階で許認可を承継するか」がスケジュール全体を規定します。事業譲渡・合併・分割を選択する場合、許可行政庁の事前認可取得に1〜3か月、経審の新規申請から評点取得までさらに1〜3か月を要するため、クロージングまでの逆算スケジュールが極めてタイトになります。
株式譲渡を選択すれば許認可承継は不要ですが、簿外債務・偶発債務の包括承継リスクが伴います。「許認可承継の手間」と「包括承継リスク」のトレードオフを、案件ごとの個別事情を踏まえて慎重に評価することが、第一の成功要因です。
6-2. ヒューマンリスクをDDの核心に据える
建設業の真の経営資源は、許可番号でも工事経歴書でもなく、経営業務管理責任者・専任技術者・主任技術者・監理技術者・職人といった「人」にあります。M&A契約上どれだけ完璧な条項を整えても、キーパーソンが流出すれば許可要件を満たさなくなり、事業継続そのものが危うくなります。
キーパーソンの雇用継続意向の事前確認、リテンション・パッケージの設計、競業避止条項、代替要員確保計画——これらをDD段階から具体的に詰めることが、第二の成功要因です。
6-3. 2024年問題・担い手不足対応を「成長ポテンシャル」として評価する
2024年問題への対応が進んでいる事業者は、統合後に他社の遅れた対応を吸収する受け皿として機能します。逆に、対応が遅れている事業者を買収する場合は、追加投資コストを織り込む必要がある一方、「対応支援」を統合シナジーの源泉として位置付けることも可能です。
担い手不足が業界の構造的課題となるなか、労務管理体制・若手育成体制・ICT活用に投資できる体力を持つ事業者が、地域の集約・再編の中核となっていく可能性が高いと考えられます。M&Aを単なる規模拡大ではなく、業界の構造変化への戦略的対応として位置付けることが、第三の成功要因です。
結び——地域の社会インフラを次世代に渡すために
建設業は、社会インフラの新設・維持・更新を担う、地域社会の根幹的な産業です。倒産1,890件・休廃業8,162件という2024年の数字は、単なる経営指標ではなく、地域の建設能力そのものが失われていく現実を示しています。担い手不足が進行するなか、長年積み上げた許認可・取引先・職人ネットワーク・施工ノウハウを次世代に渡すための選択肢として、建設業M&Aの戦略的活用は今後さらに重要性を増すと考えられます。
株式会社 日本財務戦略センター(中小企業庁 M&A 支援機関 登録、一般社団法人 M&A 支援機関協会 正会員)では、建設業のオーナー経営者の皆様の事業承継・M&Aについて、売り手の利益最大化とリスク回避を最優先するセカンドオピニオン的な立場でご相談を承っています。許認可承継・経審スケジュール・ヒューマンリスクの設計など、案件特性に応じて弁護士・税理士・公認会計士・司法書士・行政書士等の各専門家と連携しながら、最適な進め方をご一緒に検討します。
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主な一次ソース・参考資料
- 国土交通省「建設業者の地位の承継について(建設業法第17条の2・3)」
- 国土交通省関東地方整備局「事業承継等の事前認可制度」
- 国土交通省北陸地方整備局「合併・譲渡等における許可申請及び経営事項審査」
- 国土交通省「建設業の時間外労働の上限規制は2024年4月から!」
- 令和7年版 国土交通白書「第1章 担い手不足等によるサービスの供給制約の現状と課題」
- 国土交通省報道発表「建設業法施行規則等の一部を改正する省令(技術者専任合理化)施行」(2024年12月13日)
- 中小企業庁「令和5年度に認定支援機関等が実施した事業承継・引継ぎ支援の動向」
- e-Gov 法令検索「建設業法(昭和二十四年法律第百号)」
- 帝国データバンク「建設業倒産動向調査(2024年)」
- 帝国データバンク「全国企業 休廃業・解散動向調査(2024年)」
- 帝国データバンク「全国 後継者不在率動向調査(2024年)」
- 帝国データバンク「後継者難倒産の動向調査(2024年度)」
守秘義務と免責事項
本記事は、公表されている一次ソース(国土交通省・中小企業庁・経済産業省・e-Gov 法令検索、帝国データバンク等の公開資料)に基づき、株式会社 日本財務戦略センター(中小企業庁 M&A 支援機関 登録、一般社団法人 M&A 支援機関協会 正会員)が独自の視点で構成・整理した解説記事です。記載内容は記事公開時点(2026年4月)のものです。
個別の法務・税務・財務・労務的判断、特に建設業法・経営事項審査・労働関係法令・各種許認可に関連する論点については、必ず弁護士・税理士・公認会計士・司法書士・行政書士・社会保険労務士等の各専門家にご相談ください。許可行政庁・都道府県によって運用細部が異なる手続きについては、所管の許可行政庁または行政書士にご確認ください。本稿はあくまで、業界構造・最新統計・公開情報に基づく一般的な解説を目的としています。
<a href="https://jfsc.jp/construction-ma-strategy-risks-opportunities/">建設業M&A 2026年実務ガイド|建設業法第17条の2・第17条の3の事前認可制度・経審引継ぎ・2024年問題まで徹底解説|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「建設業M&A 2026年実務ガイド|建設業法第17条の2・第17条の3の事前認可制度・経審引継ぎ・2024年問題まで徹底解説」(2021年12月14日) https://jfsc.jp/construction-ma-strategy-risks-opportunities/
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本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件における法務・税務・会計判断を提供するものではありません。法務・税務・会計の個別判断は、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。M&Aのスキーム設計・タイミング・買い手探し等のアドバイザリーは、株式会社日本財務戦略センターにご相談ください。記載内容は公開時点の情報に基づき、法令改正や市場変動により最新の状況と異なる場合があります。
📅 本記事の情報基準日
本記事は 2021年12月14日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。
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