3行まとめ
- 株式会社バトンズ(公式公表によれば、2026年4月21日に東京証券取引所グロース市場へ上場、証券コード554A)は、東京海上日動火災保険株式会社と連携し、2026年1月より、自社プラットフォーム「BATONZ」を介して成約したM&A案件に対し、表明保証保険「M&A BATONZ」を原則として自動付帯する新スキームを開始しました。2020年10月開始の旧スキーム(バトンズデューデリジェンス費用39万8千円・補償上限300万円固定)から、インタビューレポートを基礎とする付帯方式・成約価格に応じた変動補償型へと大幅刷新されています。
- 新スキームは「セーフティ」「ベーシック」(成約価格10億円以下が対象)と、「アドバンス」(成約価格10億円超または追加補償希望者向け)の3プラン構成。バトンズデューデリジェンス以外のデューデリジェンスでも付帯が可能となり、適用案件の裾野が大きく広がりました。具体的な保険料率・補償上限の数値は公式ページで直接ご確認ください。
- 同時に、2022年5月販売開始の東京海上日動火災保険株式会社「国内M&A保険Light」(最低保険料50万円から)の登場、表明保証保険料が事業承継・M&A補助金(十四次公募・2026年1月公示)の補助対象経費に含まれること、中小M&Aガイドライン第3版(中小企業庁、令和6年8月30日改訂)における表明保証保険の明示的位置付けと、小規模M&Aを取り巻く環境は、2020年当時とは別次元の制度的成熟期に入っています。本記事では新旧スキームの違い、3プラン比較、市場全体の最新動向、60代経営者がチェックすべき表明保証リスクまでを整理します。
はじめに——2020年の解説を、2026年の現在地から書き直す
本記事の旧版は、2020年10月、株式会社バトンズが小規模M&A向け表明保証保険「M&A Batonz」をリリースしたタイミングで公開した解説記事でした。当時は、表明保証保険といえば最低保険料1,000万円規模の大型案件向けが当たり前の時代であり、バトンズデューデリジェンス費用39万8千円に対して300万円の補償上限を自動付帯するというスキームは、業界に強いインパクトを与える先進的な取り組みでした。
その後の約5年半で、小規模M&A向け表明保証保険を取り巻く環境は、別次元と言ってよいほど成熟しました。具体的には、(1)東京海上日動火災保険株式会社による「国内M&A保険Light」(2022年5月販売開始、最低保険料50万円)の登場、(2)2026年1月の「M&A BATONZ」新スキームへの全面刷新、(3)2026年4月21日の株式会社バトンズの東京証券取引所グロース市場への上場、(4)中小M&Aガイドライン第3版(中小企業庁、令和6年8月30日改訂)における表明保証保険の明示的位置付け、(5)事業承継・M&A補助金(十四次公募・2026年1月公示)における表明保証保険料の補助対象経費化——という、制度・商品・市場の3軸での進化が同時並行で進んでいます。
あわせて、旧版の本文で「中小M&Aガイドライン第3版(2023年9月策定)」と記載していた点について、正確には第3版は中小企業庁により令和6年(2024年)8月30日に改訂されたものであり、本記事ではこの事実誤認を訂正したうえで、最新版を踏まえた解説に更新します。
本記事は、株式会社バトンズおよび東京海上日動火災保険株式会社の各公式公表資料、中小企業庁・経済産業省の一次ソースを基礎に、株式会社 日本財務戦略センター(中小企業庁 M&A 支援機関 登録、一般社団法人 M&A 支援機関協会 正会員)が独自の視点で構成・整理した解説記事です。
1. 「M&A BATONZ」新スキーム(2026年1月〜)——何が変わったのか
1-1. 旧スキーム(2020年10月〜2025年)の構造
旧スキーム(公式公表によれば、2020年10月21日リリース)は、以下の特徴を持つ「DDおまけ型」の付帯保険でした。
- 付帯条件:株式会社バトンズが提供する「バトンズデューデリジェンス(企業調査)」を実施した案件に限り自動付帯
- 費用:バトンズデューデリジェンス費用39万8千円(保険料は明示的には別建てされず、デューデリジェンス費用にバンドル)
- 補償上限:固定300万円
- 補償対象:株式譲渡契約上の表明保証条項のうち、財務・労務に関わる項目
- 保険期間:クロージング日より1年間
- 引受保険会社:東京海上日動火災保険株式会社
定型化された質問票による効率化と、買収監査と保険のバンドルによる「敷居の低さ」が画期的でしたが、補償上限が300万円固定であったため、譲渡価格1,000万円超の案件では補償が物足りないケースも多く、また付帯条件が「バトンズデューデリジェンス実施案件」に限られるため、適用範囲も限定的でした。
1-2. 新スキーム(2026年1月〜)への全面刷新
株式会社バトンズおよび東京海上日動火災保険株式会社の公式公表によれば、2026年1月から提供を開始した新「M&A BATONZ」は、以下の点で旧スキームから大きく刷新されています。
- 付帯条件の拡大:株式会社バトンズが実施する「インタビューレポート」を基礎として付帯。バトンズデューデリジェンス以外のデューデリジェンス(外部の公認会計士・税理士による財務デューデリジェンス、弁護士による法務デューデリジェンス等)を実施した案件でも付帯可能となり、対象案件の裾野が大きく拡大
- 付帯方式:BATONZプラットフォームを介して成約したM&A案件には、原則として自動付帯(成約時点での標準装備化)
- 補償構造:成約価格に応じて補償上限が増加する変動型に再設計(旧スキームの300万円固定上限から脱却)
- プラン体系:「セーフティ」「ベーシック」(成約価格10億円以下が対象)と、「アドバンス」(成約価格10億円超または追加補償希望者向け)の3プラン構成
- 引受保険会社:東京海上日動火災保険株式会社(旧スキームから継続)
1-3. 新旧スキーム比較表
| 項目 | 旧スキーム (2020年10月〜2025年) | 新スキーム「M&A BATONZ」 (2026年1月〜) |
|---|---|---|
| 付帯条件 | バトンズデューデリジェンス実施案件のみ | バトンズのインタビューレポートを基礎に、外部のデューデリジェンスを伴う案件でも付帯可能 |
| 付帯方式 | DD実施案件に自動付帯 | BATONZ経由の成約案件に原則自動付帯(標準装備化) |
| 補償上限 | 300万円(固定) | 成約価格に応じて変動(プランごとに段階設定) |
| プラン体系 | 単一 | セーフティ/ベーシック/アドバンスの3プラン |
| 補償対象 | 財務・労務に関わる表明保証違反 | 財務・労務に関わる表明保証違反、引継ぎ前に認識のなかった事象が引継ぎ後に判明した場合の買い手費用負担等 |
| 引受保険会社 | 東京海上日動火災保険株式会社 | 東京海上日動火災保険株式会社(継続) |
出典:株式会社バトンズ プレスリリース(2020年10月21日/2026年1月)、東京海上日動火災保険株式会社 公表資料。具体的な保険料率・補償上限金額の詳細数値は公式ページ(batonz.jp/lp/mabatonz/)で必ずご確認ください。本表は記事公開時点(2026年4月)における公表情報に基づく整理です。
1-4. 3プランの位置付け(公表情報の範囲)
| プラン | 対象 | 想定ユースケース |
|---|---|---|
| セーフティ | 成約価格10億円以下 | 小規模案件向けの標準的な補償。BATONZ経由の標準装備として広く適用される位置付け。 |
| ベーシック | 成約価格10億円以下 | セーフティの上位プラン。補償条件の手厚さを求めるケース向け。 |
| アドバンス | 成約価格10億円超/追加補償希望 | 中堅規模以上の案件、または追加補償を求める買い手・売り手向けの上位プラン。 |
出典:株式会社バトンズ公式公表(2026年1月)。各プランの具体的な保険料・補償上限の数値、約款の詳細は公式ページ(batonz.jp/lp/mabatonz/)で必ずご確認ください。実際の付帯可否・条件は個別案件ごとに引受保険会社の審査によります。
1-5. 株式会社バトンズの上場と事業基盤
株式会社バトンズは、公式公表によれば、2026年4月21日に東京証券取引所グロース市場へ上場(証券コード554A)。日本エム・アンド・エー・センター・ホールディングス株式会社の持分法適用会社として継続しつつ、独立した上場会社としての事業基盤を確立しました。同社の公表によれば、2026年2月末時点で累計成約実績は3,315件、買い手側アクティブユーザーは2万人を超えています。2026年3月期の売上高は20億1,000万円(前年比+45.8%)、経常利益は3億4,400万円(前年比+574.5%)と、急成長フェーズにあります。
こうした事業基盤の確立とスキーム刷新は連動しており、「個人M&Aを含む小規模案件にも、定型化された表明保証保険を、成約時の標準装備として届ける」という戦略を、上場会社としての規律のもとで推進する体制が整ったものと位置付けられます。
2. 表明保証・表明保証保険の基礎知識(中小M&Aガイドライン第3版を踏まえて)
2-1. 表明保証(Representations and Warranties)とは
表明保証とは、一定の時点(通常は契約締結時とクロージング時)における契約当事者に関する事実、契約の目的物の内容等に関する事実について、当該事実が真実かつ正確である旨を、契約当事者(特に売主側)が表明し、相手方に対して保証するものです。買収監査(デューデリジェンス)を通じて譲渡条件が決定される過程で、提供された情報・説明が真実かつ正確であることを売り手が買い手に対して契約上保証する仕組みであり、取引の信頼性を担保する基本的な構造として、中規模・大規模M&Aでは長く一般化してきた制度です。
2-2. 表明保証違反時の救済
表明保証に違反した事実が判明した場合、契約上は次のような救済方法が定められることが一般的です。
- クロージング前に判明した場合:クロージング不実施・契約解除
- クロージング後に判明した場合:代金額の調整、補償請求(賠償・補償は売上計上の問題が生じうるため、価格調整方式を選好するケースが多い)
たとえば、売り手が「未払い残業代は存在しない」と表明保証していたにもかかわらず、クロージング後にサービス残業の実態が判明した場合などが、典型的な表明保証違反のケースとして想起されます。
2-3. 中小M&Aガイドライン第3版(令和6年8月30日改訂)における位置付け
中小企業庁が公表する中小M&Aガイドライン(第3版)-第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-(令和6年〔2024年〕8月30日改訂)では、表明保証・デューデリジェンス・クロージング後手続き・経営者保証の取り扱いが整理して明示されています。
同ガイドラインでは、特に表明保証保険について「国内でも一部損害保険会社が提供を開始しており、デューデリジェンスレポートの提出と引受審査が一般的である」旨の説明が記載されています。これは、表明保証保険が中小M&Aの実務において市場健全化ツールとして公的に位置付けられたことを意味します。
なお、本記事の旧版で「中小M&Aガイドライン第3版(2023年9月策定)」と記載していた点は事実誤認であり、正確には第3版の改訂は令和6年(2024年)8月30日です。本記事ではこの点を訂正のうえ、最新版を前提に整理しています。
2-4. 表明保証保険とは(買い手付保型・売り手付保型)
表明保証保険(Representations and Warranties Insurance)とは、表明保証違反による損害を保険でカバーする商品です。一般的に、買い手が保険料を負担し買い手が保険金請求権者となる「買い手付保型」と、売り手が保険料を負担し売り手が補償リスクを保険会社に転嫁する「売り手付保型」がありますが、市場では買い手付保型が主流です。
「M&A BATONZ」は、公式公表によれば買い手付保型のスキームに位置付けられ、売り手が意図せず表明保証違反を犯した場合でも、買い手への賠償が保険でカバーされる構造となります。これにより、売り手の出口後リスクを軽減し、M&A成立を促進する機能が期待されます。ただし、表明保証保険への加入は、売り手の誠実な情報開示義務を免除するものではありません。故意の隠蔽や重大な注意義務違反は免責となる場合が多い点に留意する必要があります。
2-5. 表明保証条項のドラフティングは弁護士へ
表明保証条項の具体的なドラフティング(財務・税務・法務・労務・環境・許認可等の各項目について、どこまでの範囲・どのような限定文言で表明保証するか)は、案件ごとに条件が大きく異なります。これは弁護士の独占業務に関わる領域であり、必ず顧問弁護士・案件アドバイザー弁護士にご相談ください。本記事は概要解説にとどめ、個別案件のドラフティング指導は行うものではありません(弁護士法第72条)。
3. 市場全体の最新動向——東京海上日動「国内M&A保険Light」と複数社の参入
3-1. 東京海上日動火災保険株式会社「国内M&A保険Light」(2022年5月販売開始)
東京海上日動火災保険株式会社の公表によれば、2022年5月、中小M&A向けの表明保証保険商品「国内M&A保険Light」の販売を開始しました。同商品の主な仕様は次の通りです。
- 最低保険料:50万円(従来の表明保証保険の最低保険料1,000万円規模から大幅引き下げ)
- 最低補償額:1,000万円
- 特徴:補償内容を定型化することで、全国の保険代理店での取り扱いを可能とした
これは、中小M&A市場における表明保証保険の「敷居を一段引き下げた」転換点として位置付けられます。同社は前年の2022年2月にも、金融機関が提供するM&A支援ビジネス向けの「金融機関向けM&A包括補償(表明保証保険)」の販売を開始しており、中小M&A市場への商品ラインアップの拡充を継続的に進めています。
3-2. 複数の損害保険会社による参入
表明保証保険市場には、東京海上日動火災保険株式会社のほか、三井住友海上火災保険株式会社、損害保険ジャパン株式会社などの大手損害保険会社、AIG損害保険株式会社(大型案件中心)などが、それぞれの戦略で参入しています。各社の中小M&A向け個別商品の具体的なスペックは、各社プレスリリース・公式資料をご確認ください。市場全体としては、商品ラインアップの拡充、保険料率の低下、補償範囲の拡大が並行して進行中です。
3-3. 「M&A BATONZ」の市場における位置付け
こうした市場環境のなかで、「M&A BATONZ」が独自の位置を占めるのは、「BATONZプラットフォームを介した成約案件に対する原則自動付帯」というインフラ性にあります。買い手が能動的に保険商品を比較検討して選択するのではなく、プラットフォーム経由の成約案件には標準装備として表明保証保険が付帯される——という構造は、個人買い手や初めてのM&Aに臨む買い手にとって、心理的・実務的な障壁を大きく下げる効果が期待されます。
一方、東京海上日動火災保険株式会社「国内M&A保険Light」のような汎用商品は、案件規模や買い手の要望に応じて、BATONZ経由以外の案件、外部仲介・ファイナンシャル・アドバイザー経由の案件でも幅広く活用される位置付けにあります。両者は競合というよりも、市場の異なる層をカバーする補完関係にあると整理できます。
4. 事業承継・M&A補助金と中小M&A市場改革プラン——制度面の追い風
4-1. 事業承継・M&A補助金における表明保証保険料の補助対象経費化
中小企業庁が公募する「事業承継・M&A補助金」(中小企業生産性革命推進事業の一環、十四次公募・2026年1月公示)では、ファイナンシャル・アドバイザー費用、仲介費用、デューデリジェンス費用、セカンドオピニオン費用、そして表明保証保険料が補助対象経費に含まれています。具体的な補助率・補助上限は最新の公募要領をご確認ください。
これは、表明保証保険が単なる民間の保険商品ではなく、中小企業の円滑な事業承継・M&Aを支援するための公的な政策ツールとして位置付けられたことを意味します。買い手・売り手にとっては、保険料負担の一部を補助金で軽減できる可能性があり、加入のハードルがさらに下がる方向に作用します。補助金の活用可否や申請手続きの詳細は、中小企業診断士・税理士等の専門家、および地域の事業承継・引継ぎ支援センターにご相談ください。
4-2. 中小M&A市場改革プラン(経済産業省、2025年8月公表)
経済産業省は、2025年8月に「中小M&A市場改革プラン(中小M&A市場の改革に向けた検討会中間とりまとめ)」を公表しました。同プランは、近年のM&A支援機関の急増に伴う支援品質のばらつき、不適切な譲り受け側の存在、経営者保証問題などへの対応として、市場の健全化に向けた政策的な方向性を整理した文書です。
この中で、表明保証保険は中小M&A市場の健全化ツールとして位置付けられていると整理されています。表明保証保険の普及は、不適切な売買契約の温存を防ぎ、買い手・売り手の双方が安心して取引に臨むための制度的な安全弁として機能することが期待されているわけです。
4-3. 経営者保証ガイドラインとの関係
表明保証保険と直接の関係はないものの、関連する政策動向として、「経営者保証に関するガイドライン」(2014年運用開始、2024年改訂)の存在も意識する必要があります。同ガイドラインは、事業承継・M&Aに伴う旧経営者の個人保証解除を後押しする枠組みであり、表明保証保険による補償の充実とあわせて、「売り手の出口後リスクを多層的に低減する」制度的環境が整いつつあります。経営者保証の解除に関する具体的な交渉は、顧問税理士・取引金融機関とご相談のうえ進めていただくことをお勧めします。
5. 60代経営者がチェックすべき表明保証リスク——売り手側の自衛策
5-1. 長年の経営慣行から生じる労務上の問題
60代経営者の方が永年経営してきた会社では、労務管理上の問題が表明保証リスクとして顕在化するケースが少なくありません。具体的には次のような項目です。
- 未払残業代(特に管理監督者の取り扱い、固定残業代制度の運用、みなし労働時間制の適用要件)
- 有給休暇の未消化・買取問題
- 社会保険・労働保険の加入漏れ・標準報酬月額の運用
- 外国人労働者の在留資格に関する手続き
- 就業規則・36協定の整備・届出状況
これらは、長年の慣行のなかで「業界では当たり前」「以前からそうしてきた」というかたちで温存されがちな領域ですが、買い手にとっては典型的なデューデリジェンスの確認項目であり、クロージング後に表明保証違反として顕在化するリスクが高いものです。
5-2. 帳簿に表れにくい偶発債務・未払費用
帳簿上は把握しにくいものの、表明保証違反のリスクとなりうる項目もあります。
- 取引先との価格交渉中の値引き要求・将来の値引き約束
- 顧客クレームに対する将来の補償・無償対応の口頭約束
- 取引先・従業員への借入・前渡金
- 係争中・係争予兆のある案件(労働審判・取引先トラブル等)
- 環境規制への対応状況(製造業・建設業等で土壌汚染・廃棄物処理に関わる潜在リスク)
- 許認可・届出の管理状況(変更届出漏れ、更新時期の管理等)
5-3. 取引先との口頭合意・慣行的取引の文書化
中小企業のM&Aで頻繁に問題となるのが、取引先との口頭合意・慣行的取引の未文書化です。たとえば、特定の主要取引先との価格・支払条件・返品条件・専属契約的な取り扱いなどが、長年の信頼関係のなかで明文化されないまま運用されているケースが少なくありません。買い手としては、文書化されていない条件は引き継ぎリスクと評価せざるをえず、表明保証範囲の交渉や、価格調整の論点となります。
5-4. 売却検討の2〜3年前からのリスク棚卸し
表明保証リスクは、売却交渉が始まってから慌てて対応しても、根本的な解消は困難です。可能であれば、売却を検討する2〜3年前から、顧問税理士・社会保険労務士・弁護士と連携して、リスクの棚卸しと是正に着手することが、結果的に売却条件の改善・売り手手取りの最大化につながります。表明保証保険の付保があっても、売り手の誠実な情報開示義務は免除されません。表明保証保険は、リスクを「ゼロにする」ものではなく、「予期しなかったリスクが顕在化したときの財務的緩衝材」と位置付けるのが正確な理解です。
5-5. 表明保証保険の活用は専門家との協議を前提に
「M&A BATONZ」のような付帯型保険、東京海上日動火災保険株式会社「国内M&A保険Light」のような単体商品、それぞれに適用条件・補償範囲・免責事項の差異があります。具体的にどの商品が自社案件に適合するか、保険適用条件をどう整理するかは、保険業法に基づく登録業者である保険代理店、および顧問弁護士・顧問税理士・公認会計士等の専門家と協議のうえご検討ください。本記事は保険商品の契約勧誘を行うものではなく、業界動向と一般的な仕組みの解説にとどまるものです。
6. 中小M&A実務への含意——保険時代のデューデリジェンスと売り手戦略
6-1. デューデリジェンスは依然として実務の中心
表明保証保険の普及は、デューデリジェンスを省略・簡略化する根拠にはなりません。むしろ多くの保険商品では、デューデリジェンスレポートの提出と引受審査が引受条件となっており、適切なデューデリジェンスの実施が、保険適用の前提となっています。中小M&Aガイドライン第3版(令和6年8月、中小企業庁)でも、デューデリジェンスの重要性は引き続き強調されています。
「M&A BATONZ」新スキームにおいても、株式会社バトンズによる「インタビューレポート」の実施が付帯の基礎となっており、買収判断の基礎となる情報収集プロセスは依然として実務の中心に位置付けられています。保険は、デューデリジェンスで発見できなかったリスクへの備えであり、デューデリジェンスそのものの代替ではありません。
6-2. エスクローの代替・縮小と「クリーンエグジット」
表明保証保険が普及する以前は、エスクロー(中立第三者である信託銀行等が、譲渡代金の一部を一定期間預かり、表明保証違反等が判明した場合の補償原資とする仕組み)が、代表的なリスクヘッジ手段でした。エスクロー期間中は、売り手は譲渡代金の一部を回収できないため、資金計画上の制約となりがちでした。
表明保証保険を活用することで、エスクローを縮小・代替できる場合があります。これにより、売り手は「クリーンエグジット」——後日賠償請求を受けるリスクを保険で転嫁したうえで、譲渡代金の早期回収と事業からの完全撤退——を実現しやすくなります。買い手側も、売り手との対立を避けつつ補償リスクに備えられるため、入札・交渉・資金調達プロセスが円滑化する効果があります。
6-3. 個人M&A時代のリスク分散インフラ
株式会社バトンズが推進する個人M&A・小規模M&Aの普及は、「会社を初めて買う」買い手が大量に登場する市場の出現を意味します。個人買い手にとって、表明保証違反による予期せぬ追加負担は、人生設計を揺るがすリスクとなりかねません。
「M&A BATONZ」のようなプラットフォーム経由の標準装備型保険、東京海上日動火災保険株式会社「国内M&A保険Light」のような汎用商品の登場は、こうした個人M&A時代のリスク分散インフラとして、市場全体の健全化に寄与する制度的進化と評価できます。
6-4. 売り手が留意すべき「保険があれば安心」という落とし穴
一方、売り手側からみたときに留意すべきは、「保険があるから情報開示は適当でよい」という発想は危険であるという点です。多くの表明保証保険は、売り手の故意の隠蔽・重大な注意義務違反を免責とするのが一般的であり、悪質な情報非開示が判明した場合は、保険でカバーされず、結果的に売り手自身が補償責任を負う可能性があります。
売り手にとって最善の戦略は、事前のリスク棚卸し → 誠実な情報開示 → 表明保証範囲の合理的限定 → 表明保証保険による緩衝材化という、多層的なリスク管理の組み合わせです。これらの設計は、顧問弁護士・顧問税理士・公認会計士等の専門家との連携のもとで進めることをお勧めします。
結び——「敷居の低下」から「市場の標準装備化」へ
2020年に「M&A Batonz」が登場した時点では、小規模M&A向け表明保証保険は、業界の敷居を引き下げる先進的な実験でした。それから約5年半が経過した2026年の現在、同スキームは全面刷新され、東京海上日動火災保険株式会社「国内M&A保険Light」をはじめとする汎用商品との併存、補助金制度による政策的後押し、中小M&A市場改革プランによる位置付けの明示など、市場全体が「実験」から「標準装備化」のフェーズに入りつつあります。
とはいえ、表明保証保険は万能の道具ではありません。本来の機能は、適切なデューデリジェンスを実施したうえで、なお発見しきれなかったリスクに対する財務的緩衝材を用意することにあります。売り手が誠実に情報を開示し、買い手が必要な調査を尽くし、そのうえで残余のリスクを保険でカバーするという、多層的なリスク管理の一要素として位置付けることが、保険時代の中小M&A実務における正しい理解です。
株式会社 日本財務戦略センターでは、中小企業のオーナー経営者の皆様の事業承継・M&A・事業譲渡について、売り手の利益最大化とリスク回避を最優先するセカンドオピニオン的な立場でご相談を承っています。表明保証範囲の整理、デューデリジェンスの設計、保険適用の検討、補助金活用の判断などについて、顧問弁護士・税理士・公認会計士・司法書士・行政書士等の各専門家と連携しながら、最適な進め方をご一緒に検討します。いつでもお気軽にご相談ください(初回相談無料・秘密厳守)。
よくあるご質問(FAQ)
関連ツールと参考資料
関連 日本財務戦略センター(JFSC) ツール
- M&A・事業承継 10分セルフ診断 — 4択×15問・約10分で「自社の現在地」を整理
- 企業価値セルフ試算 — 類似会社比較法・純資産法・割引キャッシュフロー(DCF)の3手法で簡易試算
- M&A 手数料・手残り比較 — レーマン方式と業界平均の比較
- M&Aの流れと進め方の一例 — 初回相談から成約までの流れ
主な一次ソース・参考資料
- 株式会社バトンズ プレスリリース(2026年1月、東京海上日動と連携した新スキーム開始)
- 「M&A BATONZ」公式ページ(最新プラン・補償条件の一次確認先)
- 東京海上日動火災保険株式会社「国内M&A保険Light」販売開始プレスリリース(2022年5月)
- 東京海上日動火災保険株式会社「金融機関向けM&A包括補償」販売開始プレスリリース(2022年2月)
- 中小M&Aガイドライン(第3版)改訂発表(経済産業省、令和6年8月30日)
- 中小M&Aガイドライン(第3版)PDF(中小企業庁)
- 中小M&A市場改革プラン中間とりまとめ(経済産業省、2025年8月)
- 事業承継・M&A補助金(十四次公募、中小企業庁)
- 株式会社バトンズ プレスリリース(2020年10月、旧スキーム開始時の公表資料)
守秘義務と免責事項
本記事は、公表されている一次ソース(株式会社バトンズ公式公表、東京海上日動火災保険株式会社公表資料、中小企業庁・経済産業省公表資料)に基づき、株式会社 日本財務戦略センター(中小企業庁 M&A 支援機関 登録、一般社団法人 M&A 支援機関協会 正会員)が独自の視点で構成・整理した解説記事です。記載内容は記事公開時点(2026年4月)のものです。
「M&A BATONZ」「国内M&A保険Light」を含む各保険商品の具体的な保険料率・補償上限・約款の詳細・付保可否は、引受保険会社・保険代理店および各社公式ページで必ずご確認ください。本記事は保険業法に基づく保険商品の契約勧誘を行うものではなく、業界動向と一般的な仕組みの解説を目的としています。
個別の表明保証条項のドラフティング、デューデリジェンスの設計、補償交渉、税務処理、補助金申請等については、必ず弁護士・税理士・公認会計士・司法書士・行政書士等の各専門家にご相談ください。本稿はあくまで、業界構造・公開情報に基づく一般的な解説を目的としており、個別案件への適用や法的判断を代替するものではありません。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件における法務・税務・会計判断を提供するものではありません。法務・税務・会計の個別判断は、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。M&Aのスキーム設計・タイミング・買い手探し等のアドバイザリーは、株式会社日本財務戦略センターにご相談ください。記載内容は公開時点の情報に基づき、法令改正や市場変動により最新の状況と異なる場合があります。
📅 本記事の情報基準日
本記事は 2020年10月22日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。
関連の最新情報:中小企業庁 / 国税庁 / 金融庁 / e-Gov 法令検索

