【この記事の結論】2023年の中小企業M&A件数は4,015件と3年連続で4,000件超え、売り手の比較競争が加速しています。「手離れしやすい会社」とは、時価純資産+実質利益×1〜3倍で適正評価でき、業績・許認可・人材・契約関係が整理された企業のことです。早期準備で価値最大化を実現してください。株式会社日本財務戦略センター 代表取締役の五十嵐悠一が、5つの磨き込み要素を実務目線で解説します。
中小企業M&Aの売り手が「比較される」時代に入ったのはなぜか?
MAARオンラインの発表によると、2023年の中小企業M&A件数は減少したものの4,015件と、3年連続で4,000件を超えました。中小企業庁が推進する事業承継支援や、経営者の高齢化といった背景も影響していると考えられます。これらの数字は顕在化したM&A件数であり、実態にはさらに多くの事業承継等のM&Aが行われていると見て間違いないでしょう。
市場が活況を呈すること自体は良いことですが、売り手目線では一つ問題が生じます。「会社を売りたい人が多くなると、売却時に他の会社と比較される」という構造です。買い手が売り手より圧倒的に多いという基本構図は変わりませんが、買い手の増加率より売り手の増加率が大きくなると、売り案件の比較対象が増えます。数年前と現在で比べると、同じ売上・財務内容の企業でも希少性が相対的に低下し、当時と同じ価格では売れない傾向が顕在化しつつあります。
東京都事業引継ぎ支援センターが示す現在の相場観とは?
中小企業M&Aの売買価格はどう決まるのでしょうか。東京都事業引継ぎ支援センターは価格算定について次のように説明しています。
評価倍率については、2010年代半ば頃までは、実質利益の3〜5倍、すなわち営業権(のれん)は営業利益の3年分とか5年分といわれていました。しかし、近年では景況や業種、成長性によっても異なりますが、実質利益の1〜3年分(※)をのれん代として計上するケースがあります。
数式に直すと次の通りです。
企業評価額=時価純資産+実質利益×評価倍率(1〜3倍)(実質利益は役員報酬・節税費用等を調整)
たとえば時価純資産1億円、営業利益に役員報酬・節税費用等を足し戻した実質利益5,000万円の場合、譲渡レンジは1.5億円〜2.5億円程度に収まります。東京都事業引継ぎ支援センターは公的な立場が強い組織のため、「うちなら営業利益の○年分で高く売れる」と根拠なく煽る一部仲介会社と比べて、現在の相場観を踏まえて入り口で適切に説明している姿勢が確認できます。これは、中小M&Aガイドラインが示す適正なM&Aプロセスにも合致します。
買い手側の評価式は売り手より厳しいのか?
株式会社日本財務戦略センターのような仲介会社にアプローチしてくる買い手の相場観は、売り手側よりも厳しい傾向にあります。実務でよく目にする算定式は次の通りです。
譲渡価格=ネットキャッシュ+EBITDA×2〜3倍(手数料込)
「ネットキャッシュ」は企業が自由に使える現預金・有価証券から有利子負債を差し引いた純粋な手元資金を指します。「EBITDA」は税引前利益に支払利息・減価償却費を足し戻したもので、企業のキャッシュ創出力を見る指標です。
東京都事業引継ぎ支援センター式(時価純資産ベース)と比べると、ネットキャッシュベースは資産価値が評価されにくく、主としてキャッシュフローから企業価値を見る構造です。「手残り1億円あれば売る」と希望する売り手と、買い手のEBITDA倍率評価との間には乖離が生じやすい状況といえます。
SaaS企業や特定の技術を持つIT企業など成長性が高く将来キャッシュフローが見込みやすい分野では高い評価倍率が維持される傾向にある一方、属人性が高く特定の経営者に依存する事業や明確な成長戦略が見えにくい事業に対しては、買い手はより慎重な評価を行うようになっています。今後も売り手増加が続けば、上記「2〜3倍」の係数がさらに低下する可能性も視野に入れる必要があります。
なお、買い手が予算の中に手数料を含めて検討するケースも増えています。買い手手数料が大きければ大きいほど、仲介会社が成約のために売却価格を下げる圧力となり得るため、売り手としては仲介会社の報酬体系にも注意を払うべきです。
「手離れしやすい会社」を作る5つの磨き込み要素とは?
売り手増加で価格が下がる環境では、「手離れしやすい会社」(高く売れる・売りやすい会社)を作って買い手に選んでもらうことが、価格と成約確度の両方を引き上げる鍵となります。
①業績が良好(黒字・純資産プラス)
過去3年間の黒字経営維持と純資産プラスの確保で、買い手からの信頼度は格段に向上します。安定した収益基盤は、買い手にとって最も魅力的な要素の一つです。株式会社日本財務戦略センターが支援した食品製造業のA社は、コロナ禍でも安定した黒字経営を維持し純資産を積み上げていたため、複数の買い手候補から高い評価を受け、希望額以上の条件で成約に至りました。
②M&Aが活発に行われている業種に属している
市場全体でM&Aが活発な業種は買い手が見つかりやすく、競争原理が働きやすいため高値売却が期待できます。帝国データバンクや東京商工リサーチの業界レポートで市場動向を確認することも有効です。実例として、ITサービス業界のスタートアップ企業D社は、特定のニッチ市場で高いシェアを持っていたため、大手IT企業数社が買収に名乗りを上げ、当初想定を上回る価格での売却が実現しました。
③借入金が少ない(土地等の資産が多くても借入が大きいと敬遠)
バランスシート上の負債が少ないほど、買い手は財務リスクが低いと判断します。不動産を過剰に保有している場合は、日本政策金融公庫等の金融機関と相談し、売却してリースバックする、証券化する等でバランスシートを軽くする戦略も有効です。株式会社日本財務戦略センターが関与した運送業のE社は、保有していた遊休不動産を売却しリースバック方式に切り替えることで財務体質を改善し、買い手の財務リスク評価を引き下げ、円滑なM&Aに繋がりました。
④赤字でも一過性で原因が明確
一時的な設備投資による赤字や、特定のプロジェクト終了に伴う費用計上など、明確な理由と改善計画があれば買い手は将来性を評価します。製造業のB社は一時的な赤字要因を明確に説明し改善計画を提示したことで、高評価を得て成約に至りました。逆に「なぜかわからないが赤字」という法人を必要とする買い手は限定的です。
⑤社長への依存度が低い(キーマンが自走可能)
後継者育成や幹部への権限委譲を進めることで、社長不在でも事業継続できる体制を構築しましょう。IT企業のC社では、社長が主要業務から徐々に離れ、幹部社員が自律的に事業を運営する体制を整えたことで、買い手からの評価が大幅に向上しました。代表者がいなくなった後の不安に対しては、一定期間のロックアップ条項などで対処することも可能です。
業種別の買い手注目度では、医療・介護福祉業界、製造業界、不動産業界、建設業界での中小M&Aが活発な印象です。特に人手が必要とされる業種が顕著ですが、近年はDX推進やAI関連技術を持つ企業、特定分野の専門技術を持つエンジニアリング企業、サブスクリプション型ビジネスモデルを持つ企業も買い手注目度が上昇傾向にあります。単に人手不足を補う目的だけでなく、新たな技術・市場への参入や既存事業とのシナジー創出を目的としたM&Aが増加しています。
売りづらい会社・価格を下げる要素とは?
逆に評価を下げる要素は次のとおりです。
- M&Aがあまり活発でない業界に属している:買い手候補が少なく、株式会社日本財務戦略センターのような仲介会社経由で広く買い手探索を行う必要が出てきます
- 譲渡希望額が市場と乖離しすぎて高すぎる:プロセスが長期化し、最終的に買い手が見つからないリスクが高まります。M&A支援機関協会のガイドラインに沿った適正な企業価値評価を推奨します
- 社長への依存度が高すぎる:業務マニュアル整備や幹部社員への権限委譲を計画的に進めることが求められます
- 慢性的な赤字で借入金が多い、債務超過額が大きすぎる:経営者保証ガイドラインでも債務超過が大きい場合は連帯保証解除が困難となるケースが示唆され、早期の事業再生計画が重要です
- 資金ショート寸前:第二会社方式の事業譲渡など事業再生スキームで考えると道筋が見える場合がありますが、事業再生対応の仲介会社は限定的です
債務超過の連帯保証問題については、経営者保証ガイドラインでも債務超過が大きい場合は限定的な扱いとされており、連帯保証解除どころか引き継げない状況で実務的に足踏みするケースもあります。資金ショート寸前案件と同様、事業再生も併せて検討すべきです。市場と明らかに乖離した金額提示は、売り手の市場理解度に対する疑念を招く可能性もあるため、慎重なポジショニングが求められます。
M&Aプロセスと準備期間の目安はどれくらいか?
M&Aは複雑なプロセスですが、適切な準備と専門家のサポートがあればスムーズに進められます。一般的なプロセスと準備期間の目安は下記です。
- 相談・準備期間(6か月〜1年):M&Aの目的明確化、企業価値の概算評価、資料準備等。「手離れしやすい会社」にするための改善策を検討する段階
- 買い手探索・交渉期間(3か月〜1年):ノンネームシート作成、買い手候補打診、秘密保持契約締結、トップ面談、意向表明書の受領等
- 基本合意・デューデリジェンス期間(1〜3か月):基本合意書締結後、買い手による財務・法務・事業の詳細調査
- 最終契約・クロージング(1か月):デューデリジェンス(DD)結果を踏まえた最終条件交渉、株式譲渡契約書等の締結
株式会社日本財務戦略センターでは、これらのプロセス全体を通じて売り手の立場に寄り添い、最適なM&Aを実現するためのサポートを提供しています。なお、契約条項そのものや税務上の扱いは、弁護士・税理士・公認会計士など各分野の専門家にご確認ください。
※M&A実務の判断には専門家との相談が不可欠です。日本財務戦略センター(JFSC)ではM&Aセカンドオピニオン無料相談を承っております。
よくあるご質問
「手離れしやすい会社」とは具体的にどんな会社ですか?
(1)過去3年黒字で純資産プラス、(2)M&Aが活発な業種に属する、(3)借入金が過大でない、(4)赤字でも一過性で原因が明確、(5)社長への依存度が低くキーマンが自走可能、の5要素を満たす会社です。年買法でも買い手目線のEBITDA倍率評価でも、譲渡対価を引き上げる方向に作用します。
東京都事業引継ぎ支援センターと買い手側の評価式はどう違いますか?
支援センター式は「時価純資産+実質利益×1〜3倍」で資産価値を含めて評価しますが、買い手側は「ネットキャッシュ+EBITDA×2〜3倍」とキャッシュフロー中心の厳しめ評価になりがちです。同じ会社でも算定方式により譲渡価格レンジが変動するため、両者の差を理解しておく必要があります。
売却準備に必要な期間はどれくらいですか?
一般的には(1)相談・準備6か月〜1年、(2)買い手探索・交渉3か月〜1年、(3)基本合意・DD 1〜3か月、(4)最終契約・クロージング1か月の合計1年〜2年半程度を見込みます。財務改善や属人性解消等の磨き込みを行う場合は、それ以前の準備期間も加算してください。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件における法務・税務・会計判断を提供するものではありません。法務・税務・会計の個別判断は、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。M&Aのスキーム設計・タイミング・買い手探し等のアドバイザリーは、株式会社日本財務戦略センターにご相談ください。記載内容は公開時点の情報に基づき、法令改正や市場変動により最新の状況と異なる場合があります。
よくあるご質問(FAQ)
📅 本記事の情報基準日
本記事は 2024年6月5日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。
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