育児・介護休業法は 2025 年 4 月と 10 月の 2 段階で大規模改正が施行されました。3 歳未満の子に限定されていた残業免除請求権は 小学校就学の始期まで拡大、介護離職防止のための個別周知・意向確認義務が新設、男性育休取得率の公表義務は 従業員 300 人超企業まで拡大。中小企業庁『2025 年版中小企業白書』が示す通り、現業職不足を実感する中規模企業は 85.7%、小規模事業者は 88.0%に達しており、人材確保と労務改革は経営課題そのものです。本記事では、この法改正を中小企業の M&A 戦略——譲渡対価評価・DD 労務観点・PMI における雇用継続——と接続し、参謀役(税理士・弁護士・FA・銀行)が経営者に提示すべき実務指針を体系化します。
📌 この記事の結論(TL;DR)
育児・介護休業法 2025 年改正は、中小企業にとって 労務コスト増の負担であると同時に、M&A 譲渡対価の加算・減算要因として直接機能します。改正対応済の企業は買い手 DD で「労務リスク低い」と評価され譲渡価格が引き上がり、未対応の企業は減額交渉の材料になります。介護離職者は年間約 11 万人(うち女性 63%)、男性育休取得率は 2024 年度で初の 4 割超(40.5%)に到達。後継者不在率 50.1% の事業承継市場で、人材定着力は譲渡価値そのものです。
本記事では、改正の全体像(4 月・10 月段階施行)→ 中小企業の実務対応 → M&A DD 労務観点 → PMI 設計 → 譲渡対価への影響 → 違反リスク——の 9 章構成で、参謀役向けに体系化します。
⚡ 改正のポイント早見表
| 2025/4 施行① | 残業免除請求権を 3 歳未満 → 小学校就学前まで拡大(義務) |
| 2025/4 施行② | 子の看護等休暇を 小学校 3 年修了までに拡大、感染症学級閉鎖・入卒園式で取得可 |
| 2025/4 施行③ | テレワーク等の柔軟な働き方の措置(努力義務 → 義務化方向) |
| 2025/4 施行④ | 男性育休取得率公表義務を 1,000 人超 → 300 人超企業に拡大 |
| 2025/10 施行① | 介護離職防止——介護申出時の 個別周知・意向確認義務を新設 |
| 2025/10 施行② | 介護対応の柔軟な働き方(短時間勤務・テレワーク・時差出勤)の措置義務 |
📖 目次
第1章 2025 年改正の全体像——4 月・10 月段階施行
1-1. 改正の背景——人材市場の構造的変化
本改正の背景にあるのは、人手不足の長期化と介護離職の構造化です。総務省『令和 4 年就業構造基本調査』によれば、介護離職者数は年間 約 11 万人に達し、うち女性が約 8 万人(63%)を占めます(出典:総務省 就業構造基本調査)。男女間の格差は依然として大きく、女性の就業継続を阻害する最大要因として政策課題化しています。
男性育休取得率は 2024 年度に 40.5%と過去最高を更新(前年度 30.1% から 10.4 ポイント上昇、出典:厚生労働省 雇用均等基本調査)、初めて 4 割の壁を突破しました。一方、平均取得期間は 5 日〜2 週間未満が 26.5%と短期取得が主流で、半年以上の希望者が約 3 割いるにもかかわらず実態と乖離しています。
中小企業庁『2025 年版中小企業白書』は、現業職不足を実感する企業比率として中規模企業 85.7%、小規模事業者 88.0%を報告(出典:中小企業庁 2025 年版中小企業白書)。労働分配率は中小企業で 80% 前後と既に限界水準で、賃上げ余力と人材確保は二重課題です。
1-2. 改正の二段階構造
2025 年改正は、4 月と 10 月の 2 段階で施行されました。4 月施行分は育児支援を主軸に、10 月施行分は介護離職防止を主軸に据える設計です(出典:厚生労働省 改正育児・介護休業法のあらまし)。
| 施行時期 | 主な改正内容 | 対象企業 |
|---|---|---|
| 2025/4 | 残業免除請求権の拡大(小学校就学前まで)/子の看護等休暇拡充/柔軟な働き方の措置/男性育休公表義務拡大 | 中小企業含む全企業 ※公表義務のみ 300 人超 |
| 2025/10 | 介護離職防止——個別周知・意向確認義務/介護対応の柔軟な働き方の措置義務 | 中小企業含む全企業 |
中小企業も例外なく対象です。従業員 10 人未満の小規模事業者でも対応必須で、就業規則・社内規程の整備が必要となります。違反は 労働基準関係法令違反として企業名公表対象になり得ます。
第2章 残業免除請求権の拡大——3 歳未満から小学校就学前へ
2-1. 残業免除請求権の対象拡大
改正前の育児・介護休業法 17 条では、残業免除請求権の対象は「3 歳未満の子を養育する労働者」に限定されていました。2025 年 4 月以降は 「小学校就学の始期に達するまでの子」を養育する労働者に拡大されています。請求があれば、企業は事業の正常な運営を妨げる場合を除き、所定外労働を免除しなければなりません。
「事業の正常な運営を妨げる場合」の解釈は厳格で、単なる繁忙期や人員不足では拒否理由になりません。代替要員の確保が困難で業務遂行上の重大支障があると客観的に立証できる場合に限られます。中小企業の実務では、繁忙期の残業免除請求に対して「他の従業員にしわ寄せがいく」という理由で拒否するケースが見られますが、これは違法と判断されるリスクが高い対応です。
2-2. 子の看護等休暇の拡充
同改正で「子の看護休暇」は名称が 「子の看護等休暇」に変更され、対象年齢と取得理由が大幅に拡充されました。
| 項目 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 対象子の年齢 | 小学校就学前まで | 小学校 3 年修了まで |
| 取得理由 | 病気・けが・予防接種・健康診断 | 改正前 + 感染症学級閉鎖・入園/入学式・卒園/卒業式参加 |
| 取得日数 | 年 5 日(子 2 人以上は年 10 日) | 改正前と同じ |
2-3. テレワーク等の柔軟な働き方
3 歳未満の子を養育する労働者に対し、テレワーク等の措置を 努力義務として位置付ける改正が同時に施行されました。実務的には複数選択肢(短時間勤務・テレワーク・始業終業時刻の繰上げ繰下げ等)を提示し、労働者が選択できる体制が標準です。中小企業では「他の従業員との不公平感」を理由に措置を渋るケースもありますが、規程化と透明な運用で解消すべき課題です。
第3章 介護離職防止義務——個別周知・意向確認のフロー
3-1. トリガー条件と周知内容
義務発生のトリガーは、従業員が「介護に直面した旨」を申し出た時点です。具体例として、親の病気・入院、要介護認定の取得、介護施設の検討開始、介護休業の問い合わせ等が含まれます。申出を受けた企業は、当該労働者に対して以下を 個別に周知する義務を負います(出典:BUSINESS LAWYERS 育児・介護休業法改正解説)。
- 介護休業制度(対象家族 1 人につき通算 93 日、3 回まで分割可能)
- 介護休暇制度(年 5 日、対象家族 2 人以上は年 10 日)
- 所定労働時間の短縮等(短時間勤務・始業終業時刻繰上げ繰下げ・フレックスタイム)
- 所定外労働の制限・時間外労働の制限・深夜業の制限
- 介護休業給付金(雇用保険から最大 67% 支給)の概要
3-2. 意向確認の進め方——強制勧奨は違法
周知後、企業は労働者の利用意向を確認する義務があります。重要なのは、本人意思の尊重と強制勧奨の禁止です。「制度を使わずに頑張ってほしい」「離職した方が会社のためだ」等の発言は、改正法の趣旨に反する違法行為と判断され得ます。
実務的には、人事担当者または直属上司による 面談形式での確認が標準です。面談時には次の 5 つを記録しておくとトラブル回避になります(記録は任意ですが推奨)。
- 申出日・面談実施日・実施者
- 周知した制度内容
- 労働者の希望・現状(介護対象家族、要介護度、介護開始時期等)
- 選択した制度(複数可)と利用開始予定日
- 今後のフォローアップ予定
3-3. 早期情報提供——40 歳到達時の予防的周知
改正法は介護に直面する前段階での予防的周知も推奨しています。実務では 40 歳到達年度の従業員に対し、介護保険制度・社内介護支援制度の概要をまとめた資料配布や説明会実施が標準化しつつあります。これは「直面してから慌てる」を防ぐ施策で、中小企業庁の推奨運用です。
第4章 男性育休取得率公表義務——300 人超企業の実務
4-1. 公表義務の概要
育児・介護休業法 22 条の 2 第 1 項により、常時雇用する労働者数が 300 人を超える事業主は、男性育休取得率の公表が義務付けられました(2025/4 施行、出典:厚生労働省 男性労働者の育児休業取得率等の公表について)。公表内容は次のいずれかです。
- 男性の育児休業等の取得率
- 男性の育児休業等と育児目的休暇の取得率(合算)
公表期限は事業年度終了後おおむね 3 か月以内。公表媒体は、厚生労働省「両立支援のひろば」サイト、自社ウェブサイト、求人媒体等が想定されます。
4-2. 取得率の計算方法
取得率は次式で算定します。
分母は「配偶者が出産した男性労働者数」で、分子は「実際に育休を取得した男性労働者数」。事業年度をまたぐ場合の取扱いや、対象労働者の範囲は厚生労働省の通知に詳細が定められています。
4-3. M&A 検討時の評価軸として機能
公表された男性育休取得率は、M&A の 買い手側 DD 項目として機能し始めています。先行する大手企業では取得率 50% 以上を社内 KPI に設定する事例が増えており、買い手は被買収企業の取得率を「人材定着力」「企業文化の柔軟性」の指標として評価します。低い取得率は、買い手の「人材流出リスク」評価につながり、譲渡価格の減額交渉材料となります。
第5章 中小 M&A の DD で確認すべき労務観点
5-1. 労務 DD 必須 8 項目
2025 年改正対応を踏まえた労務 DD では、次の 8 項目が必須確認事項です。
- 育児・介護休業規程の整備状況——2025/4 および 2025/10 改正対応済か。厚生労働省「育児・介護休業等に関する規則の規定例(詳細版)」(厚労省ひな型)参照
- 就業規則の整合性——テレワーク・短時間勤務・時差出勤等の措置が就業規則に反映されているか
- 運用実績——直近 3 年間の育休取得者数・介護休業取得者数・残業免除請求件数
- 男性育休取得率(300 人超企業)——公表値の妥当性、社内 KPI との整合性
- 未払残業代の潜在リスク——残業免除請求拒否事例の有無、固定残業代制度の運用
- 離職率・離職事由——介護離職・育児離職の予兆、退職者面談記録
- 労使紛争歴——労働基準監督署からの指導歴、労働審判・訴訟事案
- 派遣労働者・有期雇用者の対応——改正は派遣・有期にも適用、被対象範囲の確認
5-2. 簿外債務の典型——未払残業代の遡及リスク
改正前から残業免除請求権を違法に拒否してきた企業では、退職者が後日「免除されなかった分の残業代」を請求する遡及リスクが生じます。賃金請求権の消滅時効は 3 年(改正民法)で、対象人数が多い場合は数千万円規模の簿外債務が顕在化することがあります。表明保証・売り手の防御策で詳述した通り、これらは先出しすれば対価控除や特別補償条項で限定的影響にとどまります。
5-3. 中小 M&A ガイドライン第 3 版との接続
中小企業庁『中小M&Aガイドライン第 3 版』(2024 年 8 月公表、出典:中小企業庁)は、PMI における雇用継続義務を明記しており、譲渡前の労務状態が承継後の事業継続性を左右する設計です。労務 DD は単なるチェックリスト作業ではなく、譲渡価格と統合可能性を決める実務として位置付けられています。
第6章 PMI における雇用継続と労務制度の継続性
6-1. PMI Day1 における労務メッセージ設計
PMI Day1(クロージング日)の従業員説明会では、雇用継続だけでなく 既存の労務制度がどう継続されるかを明確に伝える必要があります。育児・介護休業中の従業員、短時間勤務利用者、テレワーク利用者は特に不安が高く、Day1 の不適切な説明は離職連鎖を招きます。
具体的な伝達項目は次の通りです。PMI Day1 と売り手の役割(SPA への組込)でも詳述しています。
- 雇用条件(賃金・賞与・退職金制度)の継続
- 育児・介護休業中の従業員の地位継続
- 短時間勤務・テレワーク・時差出勤等の措置継続
- 就業規則・労使協定の維持または変更時期
- 有給休暇・特別休暇の引継ぎ
- 苦情相談窓口の継続
6-2. 統合フェーズでの労務制度ハーモナイゼーション
買い手企業の労務制度と売り手企業の労務制度を統一する「ハーモナイゼーション」は、PMI 期間 6〜18 か月で段階的に進めるのが標準です。一気に統一すると、既存従業員の権利が縮小したと感じられ離職要因になります。とくに育児・介護関連の制度は 不利益変更の合理性が労働契約法 10 条で厳格に判断されるため、慎重な対応が必要です。
第7章 譲渡対価への影響——労務リスクが減額要因になる典型
7-1. 減額要因 5 パターン
| 減額要因 | 買い手の見方 | 減額幅目安 |
|---|---|---|
| 育児・介護規程未整備 | 改正対応コストが買い手に転嫁、コンプラ違反の潜在リスク | 対価 -2〜5% |
| 未払残業代の潜在 | 遡及 3 年分の請求リスク、簿外債務 | 対価 -3〜10% |
| 高い離職率 | PMI 後の人材流出、シナジー実現困難 | 対価 -5〜15% |
| 男性育休取得率の低さ | 企業文化の柔軟性低い、若年層採用困難 | EBITDA 倍率 -0.3 倍 |
| 労使紛争歴 | 労基署指導・労働審判・訴訟事案 | 対価 -3〜8% |
7-2. 加算要因——整備済企業のプレミアム
逆に、改正対応済かつ運用実績が良好な企業は、買い手から「人材定着力高い」「PMI シナジー実現容易」と評価され、譲渡対価に加算がつきます。具体的には EBITDA 倍率 +0.5〜1.0 倍のプレミアムが乗るケースが報告されており、特に 業績好調な人材集約型業種(IT・サービス・医療・建設)で効果が顕著です。会社を高く売るための 5 つの実務原則で詳述した通り、承継後の事業継続性が買い手の支払意欲を引き出す核心です。
第8章 実務対応 4 ステップ——就業規則・管理職教育・公表体制
8-1. Step 1:就業規則・規程の整備
2025 年改正対応は厚生労働省「育児・介護休業等に関する規則の規定例(詳細版)」を参照するのが最短です。最低限の盛込項目は次の通りです。
- 小学校就学前までの残業免除申請手続き
- 子の看護等休暇の対象拡大(小学校 3 年修了まで、感染症学級閉鎖・入卒園式取得可)
- テレワーク・短時間勤務・時差出勤の複数選択肢提示
- 40 歳到達層向け早期介護制度情報提供のルーチン
- 介護申し出時の個別周知・意向確認の記録ルール
- 男性育休取得率の集計フロー(300 人超企業)
8-2. Step 2:管理職教育
介護離職防止の意向確認では、現場管理職の対応がトラブル発生の最大要因です。「強制勧奨は違法」「本人意思尊重」「面談記録の重要性」を社内研修で徹底する必要があります。中規模企業では年 1 回の管理職研修、小規模事業者では入社時オリエンテーションへの組込が現実的です。
8-3. Step 3:男性育休公表体制(300 人超企業)
事業年度終了後 3 か月以内の公表に向けて、取得率の集計フロー・公表媒体(自社サイト・両立支援のひろば)・社内 KPI を整備します。先行する大手企業は取得率 50% 以上を目標に設定する事例が増加しており、中堅企業も 30〜40% を当面の目標に据えるのが現実的水準です。
8-4. Step 4:M&A 想定企業の労務 DD 対応
譲渡を視野に入れる企業は、上記 Step 1〜3 を 譲渡 6〜12 か月前までに完了し、運用実績を蓄積しておくことが重要です。売り手側 DD 事前準備で詳述した「7 点の事前整理リスト」に加え、労務関連の運用実績(直近 3 年の取得者数等)を整理することで、買い手 DD の論点を先回りで潰せます。
第9章 違反リスク・公表制度
育児・介護休業法は厚生労働大臣・労働局長が 勧告を発出する権限を有しています。勧告に従わない場合は 企業名公表の対象となり、公表内容は企業名・本社所在地・代表者・業種が公開されます。報告拒否・虚偽報告に対しては 20 万円以下の過料が課されます(出典:東京労働局 労働基準関係法令違反に係る公表事案)。
M&A 検討時、これらの処分歴は買い手 DD で必ず発覚し、譲渡対価の重大な減額要因になります。さらに、企業名公表は取引先・金融機関との関係にも波及し、信用毀損リスクを伴います。
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よくある質問(FAQ)
参考資料・一次ソース
- 厚生労働省 改正育児・介護休業法のあらまし(令和 7 年 4 月・10 月施行対応版)
- 厚生労働省 育児・介護休業等に関する規則の規定例(詳細版)
- 厚生労働省 男性労働者の育児休業取得率等の公表について
- 総務省 令和 4 年就業構造基本調査
- 帝国データバンク 後継者不在率動向調査 2025 年
- 中小企業庁 2025 年版中小企業白書
- 中小企業庁 中小M&Aガイドライン第 3 版
- BUSINESS LAWYERS 2025 年 4 月・10 月施行 育児・介護休業法改正のポイント
- 東京労働局 労働基準関係法令違反に係る公表事案
⚠️ 個別案件のご検討にあたって
本記事は育児・介護休業法 2025 年改正と中小企業 M&A の一般的な実務原則を解説したものです。個別案件の就業規則整備・労務 DD・譲渡対価評価・PMI 設計等は、案件固有の事情で結論が変わります。顧問社会保険労務士・弁護士・税理士等の専門家にご確認のうえ、最終判断を行ってください。当社は中小M&A ガイドライン第 3 版・M&A支援機関協会の自主規制ルールに準拠し、業務を行っています。
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よくあるご質問(FAQ)
📅 本記事の情報基準日
本記事は 2025年9月17日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。
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