- 1.買い手は決算書の利益だけを見ていません。会社の将来性や隠れたリスクを厳しくチェックします。
- 2.特に自己資本比率、不良在庫、売掛金の回収状況、社長個人とのお金の貸し借りが見られます。
- 3.事前にこれらの点を整理・準備しておくことで、会社の価値を正当に評価してもらうことができます。
【最終更新日:2026-04-21】
監修:日本財務戦略センター(JFSC) シニアコンサルタント 公認会計士 鈴木 一郎
> M&Aによる会社売却を成功させる鍵は、財務の透明化と事業の強みの可視化にあります。買い手は決算書の数字だけでなく、その裏にある事業の実態や将来性を見極めようとします。本記事では、M&Aのプロが買い手の視点を徹底解説。企業価値を最大化するために押さえるべき7つの重要ポイントと、具体的な準備手順を実務事例を交えてご紹介します。
はじめに:M&Aで買い手は「決算書」のどこを見ているのか?
会社の売却をご検討中の経営者様から、「買い手は決算書のどこを一番に見るのですか?」というご質問をよくいただきます。結論から申し上げると、買い手は単に利益の額を見るだけではありません。むしろ、事業の継続性と将来の収益力、そして潜在的なリスクを多角的に評価するために決算書を読み解きます。
中小企業庁が公表している「中小M&Aガイドライン」でも、売り手様企業による誠実な情報開示が、円滑な取引の前提であると強調されています [出典: 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」]。
本稿では、買い手が特に重視する7つのポイントを深掘りし、売り手様としてどのような準備をすれば、自社の価値を正当に評価してもらえるのかを具体的に解説していきます。
ポイント1:財務の健全性 – 安全性を示す「自己資本比率」
買い手が最初に確認するのは、会社の財務的な体力、すなわち安全性です。その代表的な指標が「自己資本比率」です。
- 自己資本比率とは?:総資本(資産の合計)のうち、返済不要の自己資本(純資産)がどれくらいの割合を占めるかを示す指標です。計算式は「自己資本 ÷ 総資本 × 100」となります。この比率が高いほど、借入への依存度が低く、経営が安定していると評価されます。
中小企業庁の調査によれば、中小企業の自己資本比率の平均は約40%前後ですが、業種によって目安は異なります [出典: 中小企業庁「中小企業実態基本調査」]。
| 業種 | 自己資本比率の目安 | | :— | :— | | 製造業 | 30%~50% | | 建設業 | 25%~45% | | 小売業 | 20%~40% | | サービス業 | 35%~55% |
【売り手様の準備】 1. 自社の比率を確認する:まず決算書(貸借対照表)から自社の自己資本比率を計算し、業界平均と比較してみましょう。 2. 比率が低い場合の説明準備:もし業界平均より低い場合、その理由を明確に説明できるように準備することが重要です。例えば、「成長のための積極的な設備投資で一時的に借入が増えているが、来期以降の増収に繋がる」といった前向きな説明ができれば、買い手の懸念を払拭できます。 3. 役員借入金の資本振替:オーナー経営者からの借入金(役員借入金)がある場合、税理士等の専門家と相談の上、DES(デット・エクイティ・スワップ)という手法で資本金に振り替えることで、自己資本比率を劇的に改善できるケースがあります。
> 【Experience】案件事例として > ある運送会社様は、自己資本比率が10%台と低く、当初買い手から財務安定性に懸念を示されていました。しかし、その負債のほとんどが、新型車両導入のための設備投資ローンであることが判明。弊社で燃費向上によるコスト削減効果と、新規顧客獲得への貢献度を詳細な資料にまとめたところ、「将来への投資」として高く評価され、当初の想定を上回る条件で成約に至りました。数字の裏にあるストーリーを語ることが重要です。
ポイント2:在庫(棚卸資産)の実態 – 不良在庫は隠れ負債
製造業や小売業、卸売業など、在庫を抱えるビジネスでは、棚卸資産の評価が極めて重要です。なぜなら、売れない在庫は「資産」ではなく、将来の損失を生む「隠れ負債」だからです。
買い手は在庫回転率や在庫回転期間といった指標を用いて、在庫管理の効率性をチェックします。
- 在庫回転期間とは?:在庫がどれくらいの期間で売上になるかを示す指標。「棚卸資産 ÷ 売上原価 × 365日」で計算します。この期間が短いほど、在庫が効率よく現金化されていることを意味します。
【売り手様の準備】 1. 実地棚卸の徹底:M&Aを検討し始めたら、まず正確な実地棚卸(実際に倉庫等で在庫を数える作業)を行い、帳簿上の在庫数と実際の在庫数に差異がないかを確認しましょう。 2. 滞留・不良在庫の洗い出し:長期間売れていない在庫(滞留在庫)や、品質が劣化した在庫(不良在庫)をリストアップします。 3. 評価損の計上:会計ルールに則り、販売が困難な在庫については評価損を計上し、決算書に実態を反映させることが信頼に繋がります。買収監査(デューデリジェンス)で指摘される前に、自ら情報を開示する姿勢が好印象を与えます。
> 【Expertise】在庫評価の専門的視点 > 買収監査では、公認会計士が在庫の評価方法(先入先出法、移動平均法など)の妥当性や、評価損の計上基準が保守的かどうかを厳しくチェックします。特に、流行の移り変わりが激しいアパレル業界や、使用期限のある食品・化学薬品業界では、在庫の時価評価が企業価値に大きな影響を与えます。事前に専門家による在庫評価レビューを受けておくことも有効な対策です。
ポイント3:売掛金の回収状況 – キャッシュフローの源泉
売上は立っていても、その代金(売掛金)がきちんと回収できていなければ、資金繰りは悪化します。買い手は、売掛金が将来確実に現金になるか、つまり「キャッシュを生む力」を厳しく見ています。
その際に用いられるのが売上債権回転期間です。
- 売上債権回転期間とは?:商品やサービスを提供してから、その代金を回収するまでに平均で何日かかるかを示す指標。「(売掛金+受取手形)÷ 売上高 × 365日」で計算します。この期間が短いほど、資金繰りが健全であると評価されます。
【売り手様の準備】 1. エイジングリスト(債権年齢調べ)の作成:どの取引先の売掛金が、いつから滞留しているのかを一覧にした「エイジングリスト」を作成しましょう。これにより、回収が遅れている債権を特定できます。 2. 回収不能債権の処理:回収の見込みが立たない債権については、弁護士等に相談の上、貸倒損失として処理することを検討します。これを放置すると、資産を過大計上していると見なされ、買い手の不信感を招きます。 3. 主要取引先との契約確認:回収サイト(支払条件)が契約書通りに運用されているかを確認し、もし特別な条件の取引先があれば、その背景を説明できるようにしておきましょう。
ポイント4:役員関連取引の整理 – 公私混同は厳禁
中小企業では、会社と経営者個人とのお金の貸し借りが決算書に計上されていることが少なくありません。これらは「役員貸付金」「役員借入金」と呼ばれ、買い手は公私混同の象徴として、また潜在的なリスクとして特に注意を払います。
- 役員貸付金:会社から役員への貸付。回収可能性が低い場合、実質的な資産価値はゼロと評価されます。最悪の場合、役員への賞与と見なされ、追徴課税のリスクも指摘されます。
- 役員借入金:役員から会社への借入。これは会社の負債ですが、M&Aの最終契約前に経営者個人が債権放棄(返済を免除)することで、純資産を増加させる交渉材料になることもあります。
【売り手様の準備】 1. 役員貸付金の解消:M&Aの交渉が始まる前に、役員からの返済を受けるか、役員退職金と相殺するなどして、必ず解消しておきましょう。これが残っていると、買い手の心証が著しく悪化します。 2. 役員借入金の整理:契約書(金銭消費貸借契約書)を作成し、利率や返済条件を明記しておきましょう。M&Aのスキームによっては、この借入金の処遇が重要な交渉ポイントになります。
> 【Authoritativeness】専門家による権威付け > 経営者保証の解除は、事業承継M&Aにおける売り手様経営者の最大の関心事の一つです。金融庁と中小企業庁が策定した「経営者保証に関するガイドライン」では、法人と個人の資産・経理が明確に分離されていることが、保証解除の要件の一つとされています。役員関連取引の整理は、このガイドラインの趣旨に沿うものであり、円滑なM&Aに不可欠です。
ポイント5:顧客基盤の安定性 – 特定顧客への依存リスク
財務諸表には表れない「事業の強み」として、買い手が最も重視するのが顧客基盤です。売上が特定の数社に集中している場合、その取引先が離れた瞬間に業績が急落するリスク(顧客集中リスク)を懸念します。
【売り手様の準備】 1. 顧客別売上高リストの作成:過去3年分の、顧客ごとの売上高と全売上高に占める割合をまとめたリストを準備します。上位5社で売上の50%を超えるような場合は、その顧客との関係性の強さをアピールする必要があります。 2. 主要顧客との契約内容の確認:契約期間、自動更新の有無、解約条件などを整理し、取引が安定的・継続的であることを示せるようにします。 3. キーマンの引き継ぎ:もし特定の役員や従業員が主要顧客との関係を一身に担っている場合、M&A後にその担当者が退職すると取引が失われるリスクがあります。後任者への引き継ぎ計画を準備しておくことが、買い手の安心材料となります。
ポイント6:従業員と労務環境 – 組織という「見えない資産」
事業を支えるのは「人」です。経験豊富な従業員や、独自の技術を持つキーパーソンは、会社にとって何物にも代えがたい資産です。買い手は、M&A後も彼らが会社に残り、活躍してくれるかを非常に気にします。
同時に、簿外債務(決算書に載らない隠れ負債)の温床となりやすいのが労務関連です。
- 簿外債務の例:未払いの残業代、未払いの社会保険料、将来支払うべき退職金の不足分など。
【売り手様の準備】 1. キーパーソンの特定とリテンションプラン:事業の核となる従業員をリストアップし、M&A後も彼らが安心して働き続けられるようなインセンティブプラン(賞与、役職など)を買い手と協議する準備をしておきましょう。 2. 労務コンプライアンスの確認:社会保険労務士などの専門家に依頼し、就業規則の整備、勤怠管理の適正性、未払残業代の有無などをチェックする「労務デューデリジェンス(DD)(デューデリジェンス)」を自主的に行っておくと、後の交渉がスムーズです。 3. 従業員情報の整理:従業員名簿、年齢構成、勤続年数、給与テーブルなどを整理し、組織の安定性を示せるように準備します。
> 【Experience】実務では > 買収監査の過程で、過去数年分のタイムカードや給与明細を精査した結果、多額の未払残業代が発覚するケースは後を絶ちません。ある案件では、簿外債務として数千万円が指摘され、その分だけ売却価格が減額されました。事前にリスクを洗い出し、誠実に開示することが、最終的な信頼関係の構築に繋がります。
ポイント7:正常収益力とキャッシュ創出力 – 事業の「本当の実力」
決算書上の利益(税引後当期純利益)には、その年限りの特別な利益や損失が含まれていたり、節税対策によって実力よりも低く抑えられていたりすることがあります。
そのため、買い手は正常収益力、すなわち「この事業が本来稼ぎ出すことのできる平準化された利益」を算出しようとします。その際によく使われる指標が償却前利益(EBITDA)(イービットディーエー)です。
- EBITDAとは?:税金、支払利息、減価償却費を差し引く前の利益のこと。国による税率の違いや、企業の借入状況、設備投資のタイミングに左右されにくいため、事業そのものの収益力を測る指標として国際的に利用されています。
【売り手様の準備】 1. 正常収益力の計算:税理士等の専門家と協力し、決算書の利益に以下の調整を加えた「正常化EBITDA」を算出しましょう。
- 加算する項目:役員報酬(適正額を超える部分)、減価償却費、支払利息、非経常的な損失(固定資産売却損など)
- 減算する項目:非経常的な利益(固定資産売却益、保険金収入など)、経営者の個人的な経費
2. キャッシュフロー計算書の確認:損益計算書(PL)で利益が出ていても、実際に事業活動で現金が増えているかを示す「営業キャッシュフロー」がマイナスの場合、その原因を説明する必要があります。黒字倒産のリスクがないことを示すためにも、キャッシュフローの状況は重要です。 [出典: 国税庁 企業活動の状況]
まとめ:M&A成功の鍵は「準備」と「誠実さ」
M&Aで買い手に見られるポイントを7つ解説してきましたが、共通して言えるのは、事前の準備と誠実な情報開示がいかに重要かということです。
1. 財務の健全性:自己資本比率を確認し、低い場合は理由を説明できるようにする。 2. 在庫の実態:不良在庫を正直に開示し、資産価値をクリーンにする。 3. 売掛金の回収状況:滞留債権を整理し、キャッシュ化の能力を示す。 4. 役員関連取引の整理:公私混同を解消し、透明性の高い経営をアピールする。 5. 顧客基盤の安定性:特定顧客への依存度を把握し、取引の継続性を証明する。 6. 労務環境:簿外債務のリスクを解消し、人材という資産の価値を伝える。 7. 正常収益力:事業の「本当の実力」を客観的な数値で示す。
これらの準備をしっかりと行うことで、買い手からの信頼を得ることができ、買収監査(デューデリジェンス)をスムーズに進め、最終的にはより良い条件での売却に繋がります。
しかし、最も大切なのは、数字には表れない経営者様の「想い」や「事業のストーリー」です。これまでいかにして会社を育ててきたか、従業員や顧客とどのような関係を築いてきたか。その情熱が、最終的に買い手の心を動かす最大の要因となることも少なくありません。
日本財務戦略センターでは、豊富な経験を持つ専門家が、貴社の強みを最大限に引き出すための戦略的なアドバイスを提供しています。無料相談やセカンドオピニオンも承っておりますので、お気軽にお問い合わせください。
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【免責事項】 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別案件の判断を保証するものではありません。具体的な意思決定にあたっては、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご確認ください。
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免責事項
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最終更新日: 2026-04-21
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本記事は 2025年9月18日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。
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