M&A 業界記事は「株式譲渡+役員退職金併用で節税」と整理し、社長 功績倍率 3.0 倍 を 無条件のセーフハーバー のように語る傾向があります。しかし判例の世界は厳しい。東京高裁平成 30 年 4 月 25 日判決 は「平均功績倍率を超える加算は特殊事情のある場合のみ」と確定させ、大分地裁平成 20 年 12 月 1 日判決 は最終報酬月額の直前積み増しを否認、東京地裁令和 2 年 3 月 24 日判決 は退任後遡及増額に対し 功績倍率法の適用自体を排斥 しました。社長 3.0 倍はあくまで 行政上の目安 に過ぎず、業界の平均功績倍率次第(業種により 1.6 〜 2.3 倍)で否認リスクが残ります。弊社のスタンスは 「推奨は特になく、スキームとして提案したうえで、顧問税理士と相談してもらう」。留任してもらうことも多いので、退職金スキーム自体が選ばれない可能性もある——このフラットな提案姿勢が、判例リスクと売り手の人生設計の両方を守る運用です。本記事では、役員退職金の 4 つの誤解を 判例ベース で論難しつつ、日本財務戦略センター(JFSC) の哲学(決め打ちしない・税理士主導)をお伝えします。
1. 役員退職金 — M&A 売り手の節税策と損金算入の基本
M&A 売り手オーナーが対価を受け取る方法として、株式譲渡対価 と 役員退職金 の組合せが業界では一般的に紹介されます。退職所得は所得税法上の優遇税率(退職所得控除+ 1/2 課税)が適用されるため、譲渡所得との組合せで売り手の手取りを最大化できる可能性があります。
ただし、買い手側にとっても 損金算入 された役員退職金は法人税の節税効果があるため、双方利害が絡む論点です。根拠条文は次のとおりです。
| 条文・通達 | 概要 |
|---|---|
| 法人税法第 34 条第 2 項 | 役員給与のうち「不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額」は損金不算入 |
| 法人税法施行令第 70 条第 2 項 | 退職給与の過大判定要素:①業務従事期間 ②退職事情 ③同種・同規模の類似法人の支給状況 |
| 法人税基本通達 9-2-27 の 3 | 功績倍率法による退職給与は業績連動給与に該当しない旨の確認的規定 |
業界で広く流通する「社長 3.0 倍・専務 2.4 倍・常務 2.2 倍・平取締役 1.8 倍・監査役 1.6 倍」という功績倍率の標準値は、東京高裁昭和 56 年 11 月 18 日判決(行裁例集 32 巻 11 号 1998 頁、不動産仲介業ケース) が示した 同業類似法人の最高功績倍率 3.0 倍 を用いた判断が原型です。これは 法定基準でも公的ガイドラインでもなく、当該事案での判断にすぎません。
譲渡対価設計の前に売り手としての論点を整理
役員退職金スキームの判断は、譲渡形態・価格目線・留任意向と一体です。弊社の 事業承継 10 分診断 でご活用ください。
2. 通説論難 — 役員退職金 4 つの誤解(判例ベース)
誤解 1:「社長 3.0 倍は無条件で損金算入」
業界記事は 社長 3.0 倍 をセーフハーバーのように扱う傾向があります。しかしこれは 国税庁 税務大学校論叢 111 号 でも整理されているとおり、東京高裁昭和 56 年判決 が示した 不動産仲介業ケースの同業類似法人の最高功績倍率 を採用したもので、業種ごとの平均功績倍率(1.6 〜 2.3 倍程度) を超える設定は否認リスクが残ります。
決定的だったのが 東京高裁平成 30 年 4 月 25 日判決 です。第一審(東京地裁平成 29 年 10 月 13 日)が「平均功績倍率の 1.5 倍まで許容」との異例判断を示しましたが、東京高裁が逆転。「類似法人の抽出が合理的である限り、別途功労加算する必要はなく、特殊な事情がある場合に限り考慮する」 と判示し、国(税務当局)側が完全勝訴確定。平均功績倍率を超える加算を原則認めない方向性を高裁レベルで確定 させた重要判決です。
類似先行事例として 大分地裁平成 21 年 2 月 26 日判決 も、創業者社長の最終報酬月額 150 万円 × 勤続 37 年 × 功績倍率 3.5 = 約 1 億 9,425 万円を超える退職給与に 功労金 5,985 万円・特別功労金 165 万円を加算 したケースについて、「類似法人の平均功績倍率(2.3 倍)を大幅に超える功績倍率が認められる極めて特殊な事情」がないとして加算分を全額否認しました。
誤解 2:「最終報酬月額を譲渡直前に積み増せば節税効果最大」
これが最も危険な誤解です。大分地裁平成 20 年 12 月 1 日判決 は、創業者社長が肺がん入院中に報酬を月額 130 万円 → 200 万円へ段階増額し、最高額ベースで退職金 1 億 1,200 万円を計算した事案について、「入院後に職務内容が減少していたのに報酬が上昇する合理的根拠がない」 として増額前の 130 万円ベースに引き戻し、適正額 6,370 万円を認定しました。過大報酬否認と過大退職給与否認のダブル否認 が確定しています。
さらに 東京地裁令和 2 年 3 月 24 日判決(TAINS Z888-2350) は、元取締役が退任後の決議で月額 25 万円を遡及的に 100 万円へ 4 倍増額 したケースについて、「退職給与の算定根拠を整える目的で決定されたもの」 として 功績倍率法の適用自体を排斥、1 年当たり平均額法へ変更しました。「特段の事情がある場合は功績倍率法によることが不合理」との基準を示した重要判決です。
事前積み増しを行うなら、少なくとも 2 〜 3 年前から、業績連動の合理性を文書化 しておくことが必須。直前積み増しは確実に否認リスクの的になります。
誤解 3:「退職金併用は売り手だけの節税策」
役員退職金は買い手側にとっても 損金算入による法人税の節税効果 があります。M&A クロージング時に支払われる役員退職金は、買い手側で当期の損金として処理できるため、買収後の連結 PL に対するインパクトを意識した設計が必要です。
弊社の運用としては、買い手側の損金算入メリットをそのまま売り手に伝え、双方メリットがある旨も伝え、税理士にも確認を取ってもらう 流れです。仲介が一方の利益だけを語る構造は、両手取り構造での利益相反になりかねません。仲介 vs FA 記事 でも整理した通り、双方への中立的な情報提供が仲介の本分です。
誤解 4:「退職金スキームは全案件で採用すべき」
業界記事は退職金併用節税を 万能のスキーム として推奨する傾向があります。しかし弊社の現場感覚は違います。留任してもらうことも多いので、退職金スキーム自体が選ばれない可能性 もあります。
役員退職金の支給は 退職を前提 とした制度です。M&A 後に売り手社長が役員として留任する場合、退職金支給は形式的に成り立たず、税務上も問題が生じます(実質的に退職していないと判定されるリスク)。ロックアップ・キーマン条項記事 や 売り手側引継期間設計記事 で整理した通り、中小 M&A では役員残留がデフォルトのケースも多く、退職金スキームの採否は案件次第です。
手数料 SIM ツールで譲渡対価設計の手取りを試算
役員退職金併用シミュレーションを含めた譲渡対価設計は、手数料 SIM ツールで複数パターンを比較できます。
3. 弊社のスタンス — 推奨は特になく、スキーム提案+顧問税理士主導
(1) 提案タイミング:譲渡形態と価格の目線をすり合わせた後にスキーム提案
弊社の役員退職金併用節税の提案は、まず譲渡形態と価格の目線をすり合わせた後、スキームとして提案する流れ が多いです。順序を逆にして「退職金スキームありき」で進めると、対象企業の事情・売り手の留任意向・買い手の役員構成と整合しないケースが出ます。
(2) 功績倍率の安全圏:判例ベース、業種別の平均功績倍率を尊重
功績倍率(社長 3.0 / 副社長 2.5 / 常務 2.2 / 平取締役 1.8 / 監査役 1.6 等)について、弊社が安全圏と考える基準は 過去の判例に準拠 です。
- 東京高裁昭和 56 年判決(不動産仲介業)— 同業類似法人の最高功績倍率 3.0 倍を基準
- 大分地裁平成 21 年判決 — 平均功績倍率を 1.5 倍程度上回る加算は原則否認
- 東京高裁平成 30 年判決 — 平均功績倍率を超える加算は特殊事情のある場合のみ
これらの判例から、業種別の平均功績倍率(1.6 〜 2.3 倍程度)を超える加算は否認リスクが高い と理解しています。社長 3.0 倍は「行政上の目安」に過ぎず、安全圏とは限りません。
(3) 最終報酬月額の事前積み増し:税務リスクがある旨を伝える
最終報酬月額の事前積み増しについて、弊社は 税務リスクがある旨を必ず伝えます。大分地裁平成 20 年判決(入院中報酬増額を否認)と 東京地裁令和 2 年判決(退任後遡及増額で功績倍率法ごと排斥)を引用して、リスクを具体的に開示します。
もし積み増しを検討するなら、譲渡決定の少なくとも 2 〜 3 年前から、業績連動の合理性を文書化 しておくことが必須です。直前積み増しは税務調査での否認の的になります。
(4) 買い手側の損金算入メリット:そのまま伝え、双方メリットを共有
買い手側の役員退職金の損金算入メリット(法人税の節税効果)について、弊社は そのまま伝え、双方メリットがある旨も伝え、税理士にも確認を取ってもらう 運用です。
売り手にとっても買い手にとっても両者にメリットがある構造であれば、交渉は円滑に進みます。仲介が一方の利益だけを強調する構造は避けます。
(5) 否認・追徴事例:弊社では取り扱いなし、業界では重要判例多数
弊社の取り扱った案件で役員退職金が否認・追徴された事例は ありません。これは弊社が判例に準拠した功績倍率と直前積み増しの回避を運用しているためです。
業界全体では、本記事で引用した 東京高裁昭和 56 年・東京高裁平成 30 年・大分地裁平成 20 年・大分地裁平成 21 年・東京地裁令和 2 年 の判決が代表的な否認事例として知られています。これらの判例を踏まえた設計が、否認リスクの回避に直結します。
(6) 配分の推奨:特になし、スキーム提案+顧問税理士相談、留任時は採用されない可能性も
株式譲渡対価 vs 退職金併用の配分について、弊社の 推奨は特にありません。スキームとして提案したうえで、顧問税理士と相談してもらうことが多い です。
そして重要な留意点として、留任してもらうことも多いので、退職金というスキームが選ばれない可能性も あります。M&A 後の役員残留がある場合、退職金支給は形式的に成り立たず、税務上のリスクも生じます。決め打ちで退職金スキームを推奨する仲介の運用は、案件特性を無視した押し付けになりかねません。
(7) 顧問税理士との連携:売り手依頼に応じて、まず売り手 → 顧問税理士でやり取り
顧問税理士との連携について、弊社は 売り手からの依頼に応じて様々 な対応をします。標準的には まずは売り手から顧問税理士とやり取りしてもらうことが多い です。
役員退職金の適正額算定 ・ 類似法人データの収集 ・ 否認リスク評価は、顧問税理士の専門領域 です。仲介が直接シミュレーションを提供するのではなく、税理士が判断材料を整え、売り手が意思決定する——この役割分担を尊重します。
4. JFSC の本質的見解 — 判例リスクと売り手人生設計の両立、決め打ちしない哲学
本記事のクライマックスとして、JFSC の本質的見解をお伝えします。
役員退職金スキームについて、弊社は 推奨は特になく、スキームとして提案したうえで、顧問税理士と相談してもらう ことが多いです。
なぜ推奨を出さないか。M&A 後に 留任してもらうことも多い からです。留任するなら、退職金スキーム自体が選ばれない可能性もあります。譲渡形態と価格の目線をすり合わせた後、初めてスキームとして提案する——この順序を守ります。
功績倍率について。社長 3.0 倍は 東京高裁昭和 56 年判決 で示された不動産仲介業ケースが原型ですが、これは セーフハーバーではなく、行政上の目安 に過ぎません。東京高裁平成 30 年判決 は『類似法人の抽出が合理的である限り、別途功労加算する必要はなく、特殊な事情がある場合に限り考慮する』と判示し、平均功績倍率を超える加算を原則認めない方向性を高裁レベルで確定 させました。業種ごとの平均功績倍率(1.6 〜 2.3 倍)を超えれば、3.0 倍でも否認リスクがあります。
最終報酬月額の直前積み増しは、特に注意が必要です。大分地裁平成 20 年判決 は入院中報酬増額を否認、東京地裁令和 2 年判決 は退任後遡及増額に対し『退職給与の算定根拠を整える目的』として 功績倍率法の適用自体を排斥、1 年当たり平均額法に切り替えました。事前積み増しは 税務リスクがある旨を必ず伝えます。
買い手側の損金算入メリットも、そのまま伝えます。双方メリットがある旨も伝え、最終的には 税理士にも確認を取ってもらう。これが弊社の運用です。
大手 M&A 仲介や業界記事は、役員退職金併用節税を「売り手手取り最大化の万能策」「社長 3.0 倍は安全圏」として整理する傾向があります。しかし判例の世界は厳しく、業種別の平均功績倍率を超える設定 ・ 直前報酬積み増し ・ 退職後遡及増額 ・ 平均功績倍率を超える加算 はいずれも否認の的になります。
弊社のアプローチは、判例ベースで功績倍率の安全圏を判断、事前積み増しのリスク開示、買い手メリットの双方共有、留任時の退職金スキーム不採用の可能性も明示、顧問税理士主導の意思決定支援——この五点を一体として運用することです。
役員退職金は 売り手の人生設計と税務リスクが交差する論点 です。決め打ちで「退職金スキームありき」と推奨する構造は、留任希望の売り手 ・ 業種特性で平均功績倍率が低い売り手 ・ 過去の報酬実績が少ない売り手にとっては不適合です。当たり前のことを当たり前にやる——これが大手 M&A 仲介の標準解説と一線を画す JFSC の現場感覚です。
役員退職金併用節税でお悩みの売り手オーナー様へ
譲渡形態 ・ 価格目線 ・ 留任意向 ・ 顧問税理士の意見と、譲渡対価設計の判断材料は多岐にわたります。決め打ちせず、まず M&A 検討の早い段階でご相談ください。
初回相談無料・秘密厳守・完全成功報酬制(最低報酬 700 万円)。中小企業庁 M&A 支援機関登録事業者・M&A 支援機関協会正会員(特定事業者リスト閲覧資格保有)。
5. 数年後に振り返って気づくこと
「社長 3.0 倍は安全圏と思って計上したが、業種平均が低くて否認、追徴課税になった」「譲渡直前に最終報酬を 130 万円 → 200 万円に積み増したら、大分地裁平成 20 年判決と同じ構造で否認された」「退任後に遡及増額したら、東京地裁令和 2 年判決のとおり功績倍率法ごと排斥されて 1 年当たり平均額法に切り替えられ、退職金総額が大幅圧縮された」「M&A 後に留任することになって、決め打ちで進めた退職金スキームが不要になった」「顧問税理士との連携抜きで進行して、申告時に問題発覚した」——これが役員退職金スキームを判例リスクと売り手人生設計の両立を軽視して後悔した売り手の典型的な声です。
役員退職金は売り手の手取り最大化と税務リスク回避が交差する繊細な論点です。判例ベースの功績倍率判断、事前積み増しのリスク回避、留任時の不採用可能性の明示、顧問税理士主導の意思決定——これらを仲介がフラットに支援できるかで、売り手の手取りと将来の安心が大きく変わります。法人税法第 34 条第 2 項 と 同施行令第 70 条第 2 項 の枠組み、国税庁 法人税基本通達 9-2-27 の 3、そして本記事で引用した複数の判例を踏まえた設計が、売り手の自衛策です。当たり前のことを当たり前にやる——これが大手 M&A 仲介の標準解説と一線を画す JFSC の現場感覚です。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件における法務・税務・会計判断を提供するものではありません。法務・税務・会計の個別判断は、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。M&Aのスキーム設計・タイミング・買い手探し等のアドバイザリーは、株式会社日本財務戦略センターにご相談ください。記載内容は公開時点の情報に基づき、法令改正や市場変動により最新の状況と異なる場合があります。
よくあるご質問(FAQ)
📅 本記事の情報基準日
本記事は 2026年4月26日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。
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