「正直不動産」とM&A仲介
この記事の結論:M&A直接取引は仲介手数料を浮かせる代わりに、乗っ取り屋/詐欺買い手/後出し条件変更/取引先による乗っ取りなど致命的リスクに直結します。仲介担当者は①相手見極め②交渉すり合わせ③トラブル対応の3価値を提供します。手数料以上の損失を避けるため、経験豊富な仲介選定が重要です。
NHKでもドラマの第二クールが始まった「正直不動産」は、山下智久氏や福原遥氏といった俳優陣が、不動産市場の裏側や特殊事情に起因するトラブルに直面し、コミカルに「嘘をつかず」解決していくストーリーです。M&A実務に長年携わり、数多くの成約を支援してきた筆者としても大変興味深く、ドラマで描かれる内容は、業界関係者には既知でも一般には知られていない情報が多く、毎週家族で視聴しています。
「コミカルに」という演出は、真面目に取り扱うと内容がディープすぎて重厚な社会派ドラマになりかねないため、視聴者が親しみやすいように配慮されているものと推察されます。
「正直不動産」で扱われた直接取引と仲介の必要性
さて、直近の18巻および19巻では、M&Aにおける直接取引について扱われました。仲介手数料を高いと感じた顧客が直接取引を試みるものの、実際に着手すると事務コストが膨大になり、自身でリスクを負うことの重大性を知り、仲介の重要性を認識する…というストーリーです。
しかし、M&A仲介の専門家として筆者がその重要性を説くと、「それは筆者のポジショントークではないか」といったご指摘もあるかと存じます。そこで、筆者の実務経験や、業界で実際にあった事例などを踏まえて、M&Aにおける直接取引の危険性と仲介の価値についてお伝えします(事例は特定されないように内容を一部変更しています)。
直接取引と危険な買い手
事例1 実は乗っ取り屋だったケース
売り手は売上げ数億円規模の許認可事業を営む会社でした。コロナ禍やコンプライアンス上の問題により、一時的に大口取引先との取引が中断され、資金ショートを起こす可能性が極めて高い状況にありました。売り手の代表は資金ショートを回避すべく、知り合いの買い手に救済のためのM&Aを求め、相談に行きました。
買い手側は、簡素なA4一枚の株式譲渡契約書で、債務や連帯保証の引継ぎを行う代わりに株式を譲渡するという契約を締結しました。その契約の条件自体は妥当と思われましたが、問題はその後です。買い手は売り手個人の不動産も売却するように圧力をかけ、条件が過剰にエスカレートしていったようです。このような状況下で、弊社に他の買い手探しを依頼されましたが、期間がタイトであることに加え、そのまま進めると二重売買になる可能性が生じてしまいます。「どうしても(最初の買い手に)売りたくない」という売り手の意向は尊重しますが、他の買い手に売却すると、その買い手にも迷惑がかかるため、会社法に基づく民事再生などの裁判所が関与したスキームを使わざるを得ないかと考えています。なお、経営者保証ガイドラインに則った適切な債務整理も重要です。
この事例から学ぶべきリスク:
- 簡素な契約書による取引は、後々の条件変更や不当な要求を招きやすい。
- 資金ショート寸前の状況は、売り手の交渉力を著しく低下させ、悪質な買い手につけ込まれる温床となる。
- 知り合いとの直接取引であっても、金銭が絡むと関係性が変化し、予期せぬトラブルに発展する可能性がある。
仲介の介入ポイント(もし筆者が関与していたら):
- 買い手の徹底的な見極め: 簡素な契約書を提示する買い手や、譲渡後に不当な要求をする可能性のある買い手は、初期段階で排除します。過去の取引実績や評判、財務状況などを帝国データバンクや東京商工リサーチなどの専門機関を活用して徹底的に調査します。
- 契約書の精査: 譲渡対価、債務・連帯保証の引継ぎ条件、解除条項、表明保証など、M&A契約における重要な条項を網羅し、売り手の権利を最大限保護する契約書を作成します。特に、譲渡後の不当な要求に対する防御策を盛り込みます。M&A契約においては、弁護士法に則り、専門家による契約書作成・確認が不可欠です。
- 複数買い手の探索: 資金ショート寸前であっても、複数の買い手候補を探索し、競争原理を働かせることで、売り手にとってより有利な条件を引き出せるよう努めます。
事例2 買い手が不適切な人物だったケース
これは弊社で扱った案件ではないのですが、東北の某老舗企業の事例です。コロナの影響で債務超過に陥っていました。中小M&Aガイドラインに沿ってM&A支援機関に相談し、大手の製菓メーカーとのM&Aが成約直前まで進んでいたようです。
その話を聞きつけた買い手が直接話を持ち掛け、自身が大口顧客を紹介できると提案し、一部株式を所有することを条件に役員に就任することになりました。結果として大口顧客などを紹介することはできなかったため、後に交渉が決裂したと聞いています。もちろん売上げは上がらないため、もともと話があった大手製菓メーカーと再交渉することはできず、その後も苦境は継続していると思われます。
この事例から学ぶべきリスク:
- 「大口顧客紹介」などの甘い言葉に誘われ、安易に直接取引に応じると、時間と機会を失うだけでなく、企業の存続自体が危うくなる可能性がある。
- 買い手の実態や意図を十分に確認しないまま取引を進めると、不適切な人物による経営介入を許してしまう。
- 一度失われた信頼や機会は、容易には取り戻せない。
仲介の介入ポイント(もし筆者が関与していたら):
- 買い手の徹底的なデューデリジェンス: インターネット検索だけでなく、帝国データバンクや東京商工リサーチなどの専門機関による企業情報調査、業界内での評判、過去の取引実績などを多角的に確認し、買い手の信頼性と実態を深く掘り下げます。
- 提案内容の客観的評価: 「大口顧客紹介」といった魅力的な提案であっても、その実現可能性や具体的な計画を客観的に評価し、過度な期待を抱かせないよう売り手に助言します。
- 契約条件の明確化: 役員就任や株式譲渡の条件を明確にし、成果が出なかった場合の責任や契約解除の条件を具体的に盛り込むことで、売り手のリスクを最小限に抑えます。不適切な買い手を紹介した場合、信頼できる仲介会社であれば弁護士法や税理士法に基づく責任問題に発展する可能性もあるため、仲介は買い手の選定に細心の注意を払います。
事例3 後出しで条件が変更されたケース
これも弊社ではなく他社の事例です。買い手自体は筆者も存じており、過去の取引実績や業界内での評判から、懸念を抱いていました。円滑に進むのであれば弊社が介入する必要もないため静観していましたが、譲渡後に、事前に聞いていない条件が追加されたということで(事例1に似ています)、売り手が不満を表明し、交渉が決裂したとのことです。
これは100%買い手が不適切であったと判断されるため、その仲介会社には大変気の毒な結果でしたが、売り手からすると、仲介会社がいたことで反対売買を行い白紙に戻すことができたため、事例1と比べると被害が限定的であったと言えるでしょう。
この事例から学ぶべきリスク:
- M&A交渉の最終段階や譲渡後に、買い手側が当初の合意にない条件を「後出し」で提示するリスクがある。
- 直接取引の場合、このような後出し条件変更に対して売り手が単独で対抗するのは非常に困難である。
仲介の介入ポイント(もし筆者が関与していたら):
- 交渉過程の厳格な管理: 交渉の各段階で合意内容を文書化し、双方の認識の齟齬がないかを確認します。特に、最終契約書締結前に全ての条件が明確になっているかを徹底的にチェックします。
- 経験に基づく買い手評価: 筆者の経験から、過去に問題を起こした買い手や評判の悪い買い手は、初期段階で注意深く評価し、必要であれば取引を推奨しません。
- トラブル発生時の対応: 万が一、後出し条件変更が発生した場合でも、仲介が間に入ることで、売り手は冷静に対応でき、法的なアドバイスを受けながら交渉を有利に進めることが可能になります。この事例のように、仲介がいたことで白紙に戻すという選択肢が取れたのは、仲介の存在意義を示すものです。
事例4 親密な取引先(買い手)との直接取引で乗っ取られたケース
X(旧ツイッター)で手数料を惜しんだ売り手の顛末が書かれています。
・譲渡対価は役員借入金の分割返済
・M&A前にデューデリジェンス(DD)名目で買手が職場に来て勝手に従業員に指示を出す。従業員は譲渡済みと勘違い
・ネットバンキングを掌握される
・弁護士を立てるも無意味
・ケチらずにしばちょに頼めば良かった!(今ココ) <教訓>
・M&Aの交渉に仲良しとか関係ないし、むしろマイナス
金銭が絡む取引においては、人間関係が変化する現実的な側面もありますが、「M&A交渉に仲良しとか関係ない」は的を射た指摘です。クールにリスクとバランスを考えながら対応するのが仲介の役割だと筆者は考えます。
この事例から学ぶべきリスク:
- 親密な関係であっても、M&Aという大きな取引では利害が衝突し、関係性が悪化する可能性がある。
- デューデリジェンス(DD)の名目で、買い手が経営権を不当に掌握しようとするリスクがある。
- 譲渡対価が分割返済の場合、買い手の経営状況が悪化すると、売り手が対価を受け取れないリスクがある。
仲介の介入ポイント(もし筆者が関与していたら):
- デューデリジェンスの適切な管理: DDの範囲と実施方法を明確に定め、買い手が不当に経営に介入することを防ぎます。従業員への指示出しや重要情報の掌握は、契約締結前には厳しく制限します。
- 譲渡対価の支払い条件の交渉: 役員借入金の分割返済であっても、買い手の信用力に応じた担保設定や保証を求めるなど、売り手の回収リスクを低減する方策を提案します。
- 第三者としての冷静な交渉: 親密な関係だからこそ、感情的になりやすい交渉を、仲介が第三者として冷静かつ客観的に進行させ、売り手の利益を最大化するよう努めます。
仲介の入る意義
上記の事例をご覧いただき、中小M&Aガイドラインでも強調されているように、M&Aとはかなりリスクが高い商取引であることがお分かりいただけたと思います。経験豊富な仲介担当が入ることで、以下の価値を提供することが可能です。
①相手の見極めによるリスクの低減
②交渉過程におけるすり合わせと全体最適
③トラブルが発生した場合の是正・修復・離脱
そのうえで、どのような担当者が関与するかによって交渉過程が大きく左右されるため、やはり経験や実績をもとに任せるかどうか判断すべきでしょう。中小企業庁やM&A支援機関協会が提供するM&A支援機関の選定基準などを参考にすることが推奨されます。最近ではファンドへの売却のみを目的とする担当者や会社も増えているようですが、ハードな交渉や予期せぬトラブルを乗り越えた経験がある担当者の方が、多岐にわたる状況に対応できるため信頼できるのではないでしょうか。日本政策金融公庫の事業承継支援や、金融庁のファンドに関する情報も参考に、多角的な視点を持つことが重要です。
最後にもう一度「正直不動産」に戻ると、仲介は上記のメリットを提供しながら、買い手や売り手と一緒に、M&Aを行う「価値や意味をすり合わせながら創り出すこと」に尽きるのではないでしょうか。手数料を払いたくない(安い方がいい)というのはもっともな意見ですが、それによって先ほどの事例のように大きく損をしてしまうのと比べたら、経験豊富な仲介の活用は賢明な選択と言えるでしょう。
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なおM&A仲介の営業電話にお悩みの皆様やそちらの業界への転職を考えている皆様はこちらのコラムもどうぞ。
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※M&A実務の判断には専門家との相談が不可欠です。日本財務戦略センター(JFSC) ではM&Aセカンドオピニオン無料相談を承っております。
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本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件における法務・税務・会計判断を提供するものではありません。法務・税務・会計の個別判断は、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。M&Aのスキーム設計・タイミング・買い手探し等のアドバイザリーは、株式会社日本財務戦略センターにご相談ください。記載内容は公開時点の情報に基づき、法令改正や市場変動により最新の状況と異なる場合があります。
よくあるご質問(FAQ)
📅 本記事の情報基準日
本記事は 2024年1月30日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。
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