2020.10.26 M&A実務 企業価値・価格

【年倍法】M&Aの「価格」と「価値」の違いとは

【この記事の結論】中小M&Aで使われる「年倍法」は割引キャッシュフロー(DCF)法より理論的精度は劣るものの、将来予測の不確実性を考えれば現実的な「価格」決定手法として合理性があります。「価値」と「価格」は別物であり、市場で成立する以上それなりの妥当性が宿ります。

M&Aアドバイザーとして長年、中小企業事業承継やM&A支援に携わってきた**日本財務戦略センター(JFSC)代表の筆者**が、M&A実務家の間で活発に議論されている企業評価手法について解説します。**筆者は、これまでに数多くの中小M&A案件を手掛け、その実務経験から得た知見に基づき、本稿を執筆しています。**

先日、M&A実務家の間で、興味深い議論が展開されていました。それは、中小企業のM&Aで広く使われる企業の価格算出手法である「年倍法」が、果たしてファイナンス理論として妥当なのか、という問いです。そして、もし妥当でないのであれば、なぜ事業承継や中小企業の仲介現場でそのような基準が用いられているのか、という点にまで踏み込んだものでした。

これはM&A実務における本質的な問題提起であり、非常に面白い観点だと感じたため、本稿で詳しく取り上げてみたいと思います。

まず、私のスタンスを明確にお伝えします。別のコラムでも言及していますが、私は流動性が担保される限りにおいて(仲介が不誠実な行為をせず、きちんと広く買い手を探している限りは)、「価格は最後は市場が決める」と考えています。

また、社会的に一般的に広く使われており、かつ大きなトラブルが起きていない手法については、「理屈に合わないからそれは違う」と一蹴するのではなく、まずはその理屈の妥当性を深く考察すべき、というスタンスです。

上記のスタンスを踏まえ、本稿では「年倍法」と現在のファイナンス理論で主流である「DCF法」について説明し、さらに「価格」と「価値」の違いを比較検討していきます。

年倍法とは?中小M&Aで広く使われる理由

「年倍法」とは、株価を算出する際に「営業利益(ここは仲介や業界によって償却前利益(EBITDA)や純利益、修正後利益など変わってきます)の何年分+純資産」というように、譲渡後「純資産は相当の金額で買い取って、あとは○年で回収してね。もちろん譲渡後、もっとうまくやれるなら回収期間も早くなるよ」という価格の決め方です。

この手法は、買い手側からすると非常にイメージしやすいという特徴があります。例えば、「この会社を買えば、今の利益水準なら〇年で投資を回収できる」という具体的な見通しが立てやすいのです。また、売り手側にとっても「今の資産+のれん代」という形で、長年築き上げてきた事業への対価が明確に示されるため、理解しやすいと言えるでしょう。

特に、中小M&Aガイドライン第3版経済産業省)でも言及されるような事業承継案件では、これまでの実績がある企業が売買されることが多く、売上や利益の大きな変動が少ないと見込まれるため、この手法がよく使われてきたのも納得できます。また、中小企業庁の調査でも、事業承継の円滑化は喫緊の課題とされており、M&Aはその有効な手段の一つとして位置づけられています。この際、経営者保証に関するガイドラインも重要な考慮事項となります。

私が過去に担当した事業承継案件では、譲渡企業様が長年培ってきた顧客基盤や技術力といった無形資産を、買い手様が「〇年で回収できる」という具体的なイメージを持って評価し、年倍法に基づく価格交渉がスムーズに進んだケースがありました。

この辺りの理論的な説明については、M&A実務家の間でも様々な見解が示されています。年倍法は、買い手にとって投資回収期間が明確になるという点で、特に中小企業のM&Aにおいて実用性が高いと評価されることがあります。

DCF法とは?理論的評価手法の概要

次に、現在のファイナンス理論で主流である「DCF法(Discounted Cash Flow法)」による株価の計算方法について説明します。

DCF法は、企業の将来のキャッシュフローを予測し、それを適切な割引率で現在価値に割り引いて合計することで、企業価値を算出する手法です。具体的には、以下のステップで計算されます。

  1. 事業が生み出す将来のフリーキャッシュフロー(FCF)を予測します。
  2. 予測したFCFを、加重平均資本コスト(WACC: Weighted Average Cost of Capital)と呼ばれる割引率で現在価値に割り引きます。WACCは、株主資本コスト(CAPM: Capital Asset Pricing Modelなどで算出)と負債コストを加重平均したものです。
  3. 予測期間以降の永続的な価値(ターミナルバリュー)も算出し、現在価値に割り引きます。
  4. これらの現在価値を合算し、事業価値を算出します。
  5. 事業価値に、余剰現金やゴルフ会員権などの非事業性資産(時価に引き直したもの)を合算し、企業価値とします。
  6. 企業価値から有利子負債を控除した残りが、株主価値(株価)となります。

DCF法は複雑な計算を伴いますが、その理論的背景は多くの専門家によって解説されています。例えば、加重平均資本コスト(WACC)やフリーキャッシュフロー(FCF)の算出方法については、中小M&Aガイドラインなどでもその重要性が示唆されており、金融庁企業価値評価の透明性向上を促しています。

DCF法の現実的課題と限界

これは本論から外れますが、DCF法について私見を申し述べるのであれば、一見理論的支柱があるように見えますし、使われる指標は市場に求めるため、非常にスタイリッシュで洗練された手法です。

ただし、この考え方は「市場が全てを織り込んでいる」という前提に立つわけですが、リーマンショックやコロナ禍のような予想もつかない事態が起こる中で、現在や過去のデータ、また将来予測で判断したキャッシュフローにどの程度正確性があるのか、という現実的な問題があります。換言すると、理論的にはなるほどと思うのですが、前提となる変数が正しいのかどうかということを検証することが困難なのです。

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(この点については、80年代にAT&Tがマッキンゼーに携帯電話事業のコンサルティングを依頼した際、「携帯電話分野は成長しないから撤退すべき」と提言されたという有名なエピソードを想起すると、将来予測の困難さがよく理解できるでしょう。著名なコンサルティングファームですら、20年後の市場を正確に予測することは極めて難しいのです。実際、帝国データバンク東京商工リサーチの景気動向調査を見ても、市場環境は常に変動しており、長期的な予測の不確実性が示されています。)

私自身も、過去のM&A案件でDCF法を用いた評価を行った際、将来キャッシュフローの予測に多大な労力を費やし、その前提条件の妥当性を巡って買い手・売り手双方と深く議論した経験があります。特に、市場環境の急激な変化があった際には、当初の予測が大きく狂い、最終的な価格調整が必要となることも珍しくありませんでした。

「価値」と「価格」の違い:M&Aにおける本質

さて、ここまでご説明した上で、「価格」と「価値」の関係についてお話しします。

企業「価値」を求めるには、現代のファイナンス理論上体系化されているDCF法がふさわしいでしょう。しかし、DCF法には以下のような現実的な課題が伴います。

社長ですら自社で起こっていることを完全に把握できていない(報告が上がってこない)以上、情報の非対称性はどこの企業でも存在します。これは会社法に定める取締役の義務や、金融庁が推進するコーポレートガバナンスの観点からも重要な問題ではあるものの、100%自社で起こっている事象を把握できている経営者がどれくらいいるのか、ということを考えたら、それを批判できる人は少ないのではないでしょうか。

その意味からすると、正しい情報に基づいて正確に価値を算定するという正確性は一旦置いておいて、企業をいくらで売る、いくらで買う、これくらいの相場感(「○年で利益を回収する」)のような感覚で価格が決定されるのは、それほどおかしなことだとは考えません。

「価値」がなくても「価格」がつくケース

またM&Aではこれ以外にも、市場に流通している案件として、何も事業を行なっていない企業、というものがあります。

これもDCF法からすると「価値」はゼロ円と評価されることが多いですが、「価格」はつきます。例えば、何も活動をしていない特定の許認可(例:弁護士法に基づく法律事務所の法人格や、税理士法に基づく税理士人など)を取っている企業(「価値」は0円ですよね)に対して「価格」がつくことがあります。

これは、この企業をM&Aした際に、買い手がどれだけの利益を出せるのか、あるいは新規で許認可を取得する時間や投下コスト、確実性を買うという趣旨で価値を見出し「価格」をつけるわけです。そして、実際にマーケットで売買が成立します。

実際に、私が関与したM&A案件の中には、特定の許認可を持つ休眠会社が、その許認可自体に価値を見出す買い手によって、事業活動がないにも関わらず高値で取引された事例があります。これは、新規で許認可を取得する時間や手間、不確実性を回避するための「時間と確実性の対価」として価格が形成された典型例と言えるでしょう。

冒頭に戻ると、確かに「価格」と「価値」は違うのですが、「価値」の決め方が理論的におかしいからといって、現実に広範囲で成立している「価格」を決める手法を単に批判するだけではなく、成立した背景について検討することが建設的ではないのかと考え、今回取り上げた次第でした。

M&A評価手法の選択:オーナーとサラリーマンの視点

なお、M&A実務家の間では、以下のような興味深い見解も聞かれます。

「サラリーマン(が窓口となるような上場企業など)はDCF法を使って、オーナーは年倍法を使うのは、オーナーは寿命があることがわかってるけど、サラリーマンは説明もしないといけないし、会社が永続的に続く前提で対応するから」

なるほど、と思いました。確かに前提条件が受け手によって変わるというのはありますし、サラリーマンであれば社内や株主に対して説明責任があるので、より理論的に確からしいものを採用するのはその通りだと思います。一方、オーナー経営者は、自身のライフプランや事業承継の現実的な時間軸の中で、より直感的で理解しやすい年倍法を選択する傾向があると言えるでしょう。

以上、やや長くなりましたが備忘的雑感として。

<2021年3月1日追記>
他社で現在進行しているM&Aについて、「本当にこれでいいのか?」「誤ったことを伝えられていないか」等、多数のご相談が寄せられていることから、「M&Aセカンドオピニオンサービス」を開始いたしました。
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※M&A実務の判断には専門家との相談が不可欠です。信頼できるM&A支援機関の選定には、M&A支援機関協会の登録情報なども参考になります。JFSC ではM&Aセカンドオピニオン無料相談を承っております

公開日: 2020年10月26日 / 最終更新日: 2026年5月22日
五十嵐 悠一

執筆者

五十嵐 悠一(いがらし ゆういち)

株式会社日本財務戦略センター 代表取締役

京都大学経済学部経営学科卒業。株式会社損害保険ジャパン本店営業部、東証上場M&A仲介会社を経て、2020年5月に日本財務戦略センターを設立。中小企業のM&A仲介・事業承継支援を専門とし、医療・介護・食品製造・流通卸・機械製造分野の成約実績を持つ。

資格:プロフェッショナルCFO(日本CFO協会)/M&Aエキスパート(金融業務2級 事業承継・M&Aコース)

公的登録:中小企業庁 M&A支援機関 登録事業者/一般社団法人 M&A支援機関協会 正会員

メディア登壇:株式会社サイゾー Business Journal ウェブセミナー講師「【売り手向け】M&Aを成功させるための具体的な行動・プロセス・知識」(2022年6月)[公式告知]

専門家コラム寄稿:BATONZ(国内最大級M&A プラットフォーム)に M&A・事業承継 74本(2021年〜継続)[コラム一覧]

|LinkedIn|X (@jfsc2020)|BATONZ

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本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件における法務・税務・会計判断を提供するものではありません。法務・税務・会計の個別判断は、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。M&Aのスキーム設計・タイミング・買い手探し等のアドバイザリーは、株式会社日本財務戦略センターにご相談ください。記載内容は公開時点の情報に基づき、法令改正や市場変動により最新の状況と異なる場合があります。

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共通Q3. 相談料・着手金は発生しますか?
A. 初回相談・簡易査定・進行中の段階まで、すべて無料です。日本財務戦略センターは完全成功報酬制を採用しており、M&A 成約時のみご報酬が発生します。着手金・中間金・月額顧問料は一切いただきません。なお、案件特性により外部専門家への依頼や登記等の実費(例:司法書士の登記費用、外部監査法人による資産査定、譲受企業側からの弁護士・公認会計士による DD 費用 等)が発生する場合は、必ず事前にご相談・ご同意のうえ進めますので、不意の費用負担は生じません。詳細は弊社の報酬体系をご確認ください。
共通Q4. 一般的な M&A 仲介会社と、どこが違いますか?利益相反はどう開示されますか?
A. M&A 仲介は売主・買主の双方から報酬を得る「両手仲介」が業界慣行で、構造的な利益相反のリスクがあります。そのうえで、業界には「誘い込む仲介」と「公開する仲介」の二類型があると当社は考えています。日本財務戦略センターは後者の立場で、契約締結時に重要事項説明書を交付し、両手仲介の構造を含めて文書でご説明したうえで、売り手の判断材料となる情報を整え、買い手の都合で交渉を急がせない姿勢を貫きます。これは経済産業省・中小企業庁中小 M&A ガイドライン第 3 版・2024 年 8 月改訂、手数料算定基準の開示・買い手信用調査等を留意事項として明示)に則った対応です。二類型化の根拠は弊社独自の業界 20 社研究レポート、構造論の詳細は仲介契約 vs FA 契約の構造分析もご参照ください。
共通Q5. どれくらいの規模から相談できますか?
A. 年商数千万円規模の小規模事業から、数億円規模まで対応します。業界の多くの仲介会社では最低手数料を 2,000 万円以上に設定している傾向で、各社の最低手数料は中小企業庁M&A 支援機関登録制度・登録情報で確認いただけます。日本財務戦略センターの最低手数料は 700 万円で、小規模案件もお引き受けしています。具体的な報酬構造は弊社の報酬体系をご確認ください。
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A. 標準的には 3〜6 ヶ月程度を目安としてお考えください。買い手候補と事前に綿密な調整を行い、売主オーナー様のペースで進行します。スピード優先で売主の利益を損なう進め方は致しませんが、売主オーナー様のご事情・ご要望に応じて、最短 60 日での成約実績もございます。
共通Q9. デューデリジェンス(DD)では、どのような立場をとりますか?
A. 日本財務戦略センターは、売主オーナー様の利益を最優先に検討する立場を貫きます。仲介業の構造的な利益相反論点については仲介契約 vs FA 契約の構造分析で詳述しており、DD 費用負担の判例実務は東京地裁 DD 費用判決の射程でご確認いただけます。必要に応じて第三者の公認会計士・弁護士・税理士等の専門家をご紹介し、買い手寄りに偏らない査定体制を整えます。中小企業庁中小 M&A ガイドラインの遵守事項に則り、適切な情報開示を行います。
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A. 全国対応可能です。首都圏はもちろん、各地方都市でもご相談実績があります。オンライン面談と現地訪問を組み合わせ、所在地を問わず売主様のペースで進行します。まずは所在地を問わない無料相談をご利用ください。
本記事Q11. 私の会社を売却する際、年倍法と割引キャッシュフロー(DCF)法、どちらの評価方法を信じれば良いのでしょうか?
A. 中小企業M&Aにおいては、将来予測の不確実性を考慮し、買い手にとって投資回収期間が明確になる年倍法が現実的な「価格」決定手法として広く用いられています。一方、割引キャッシュフロー(DCF)法は理論的な企業「価値」を算出しますが、中小企業の実務では予測の難しさから適用が難しい場合があります。
本記事Q12. 「価格は市場が決める」とありますが、具体的に私のM&A案件で市場価格を最大化するにはどうすれば良いですか?
A. M&Aにおける価格は、広く買い手候補を探し、複数のオファーを比較検討することで市場原理が働き、妥当な水準に収束します。日本財務戦略センター(JFSC)のような専門アドバイザーが、誠実に幅広い買い手候補にアプローチすることが重要です。
本記事Q13. 年倍法で会社の価格を計算する際、「営業利益」や「純資産」とありますが、具体的にどの財務諸表の数字を使えば良いのでしょうか?
A. 年倍法で用いる「営業利益」や「純資産」は、仲介や業界、あるいは会社の状況によって調整が必要な場合があります。例えば、償却前利益(EBITDA)や修正後利益が使われることもありますので、貴社の具体的な状況に合わせて、必ずM&A専門家にご確認ください。
本記事Q14. 長年培ってきた顧客基盤や技術力といった無形資産は、年倍法での評価にどのように反映されるのでしょうか?
A. 年倍法では、「営業利益の何年分」という部分に、将来の収益貢献が期待される無形資産の価値が「のれん代」として間接的に反映されます。買い手側は、これらの無形資産が将来の投資回収期間を短縮すると見込み、評価に織り込むことが一般的です。
本記事Q15. 記事で触れられている「経営者保証に関するガイドライン」は、中小企業のM&Aにおいて売り手である私にどのような影響がありますか?
A. 経営者保証に関するガイドラインは、M&A後の経営者保証の解除や、新たな保証のあり方について考慮を促すものです。これにより、売り手経営者の個人保証負担が軽減される可能性があり、事業承継を円滑に進める上で重要な要素となります。

📅 本記事の情報基準日

本記事は 2020年10月26日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。

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