この記事の要点(3 行まとめ)
- 創業 50 年の歴史を持つ食品加工製造業(年商 2 億円弱)の事業承継 M&A を、弊社(日本財務戦略センター(JFSC))の創業当時に手掛けた実例を、守秘義務に配慮しご紹介します。
- 60 歳前後の経営者は、奥様のご家業を長年「実質的代表」として牽引。後継者不在、HACCP 義務化という時代の節目、そして長年の債務を背景に、「経営の肩の荷を下ろしたい」という切実な想いを抱えておられました。
- 仲介者として、経営者の連帯保証解除を最優先に、事業の未来を託せる買主様とのご縁を結びました。本件は、「成約の瞬間に、関わる全員にとって価値ある取引を創り上げること」こそが我々の使命だと、改めて教えてくれた原点です。
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はじめに:すべての事業承継に、経営者の人生が懸かっている
M&A の世界には、一つとして同じ案件はありません。特に、長年地域に根ざし、従業員の生活を支えてきた中小企業の事業承継には、数字だけでは測れない経営者の人生そのものが懸かっています。
本稿では、弊社(株式会社日本財務戦略センター/JFSC)の創業当時に手掛けた、創業 50 年・年商 2 億円弱の食品加工製造業の事業承継 M&A を、守秘義務の範囲で抽象化してご紹介します。
この記事は、M&A の成約から数年後を追うものではなく、「成約」という一点に焦点を当てた実務の記録です。その一点において、仲介者として何をご支援できたのか。私たちの原点となった案件を、誠実に振り返ります。
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1. ご相談の背景:創業50年、奥様の家業を守り抜いた経営者
ご相談の主は、地方で 50 年の歴史を刻んできた食品加工製造業の、60 歳前後の男性経営者でした。年商は 2 億円弱。地域の食卓を、長年にわたり支えてこられた老舗です。
この会社はもともと奥様のご家業でした。ご相談者様ご自身は、登記上の役員ではないものの、実質的な代表として、30 年以上にわたり会社を牽引してこられたのです。地方の同族経営の会社では、決して珍しくない形です。
日々のお金のやり繰りから、従業員の採用、金融機関との交渉まで、経営のすべてをその双肩で担ってこられました。
2. 「実質的代表」としての重責と、連帯保証の課題
この「実質的代表」というお立場は、事業承継を進める上で、丁寧な整理が必要な点でした。
- 会社の株式を持つ株主は、奥様やそのご親族。
- しかし、日々の経営判断や取引先との信頼関係を築いてきたのは、ご相談者様ご本人。
- そして、会社の借入に対する連帯保証(経営者保証)は、実質的な経営者であるご相談者様が負っておられました。
奥様のご家業を守るため、経営の重責を一身に引き受けてこられた。その実直なお人柄が伝わってきました。
ご相談の動機は、静かな、しかし決意に満ちた一言でした。
> 「経営の肩の荷を、下ろしたいんです」
お子様に事業を継ぐお考えはなく、ご自身の人生の次の章を見据えたい。その真摯な願いに、私たちは正面から向き合うことになりました。
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3. 時代の節目:HACCP義務化が迫るなかでの経営判断
ご相談をいただいた時期は、食品製造業界全体が、大きな時代の節目を迎えていました。
HACCP(ハサップ)に基づく衛生管理の完全義務化(2021 年 6 月 1 日施行)が目前に迫っていたのです。HACCP への対応は、新しい設備投資や管理体制の構築、人材教育など、多岐にわたる準備を要します。50 年間、職人の勘と経験で品質を守ってきた中小企業にとって、それは決して軽い負担ではありません。
このまま自社で多額の投資を行い、次世代の基準に対応し続けるのか。 それとも、より体力のある企業にバトンを渡し、長年培った技術と暖簾(のれん)を未来へつないでもらうのか。
HACCP 義務化という業界構造の変化は、多くの経営者にとって、事業の未来を考える大きなきっかけとなっていたのです。
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4. 乗り越えるべき3つの課題
本件をお引き受けするにあたり、私たちは三つの課題を乗り越える必要がありました。
4-1. 長年の歴史の中で積み重ねられた財務状況
会社の借入金は、年商規模に比して決して少なくない水準でした。M&A によって、ご勇退後の生活を支える資金をどれだけ確保できるか、慎重な試算が求められました。
4-2. 限られた時間のなかでの探索
HACCP 義務化というタイムリミット、そして経営者ご自身の年齢を考えると、悠長に時間をかけてお相手を探す余裕はありませんでした。
4-3. 業種と規模の特性
年商 2 億円弱の食品加工業という規模は、大手 M&A 仲介会社が主戦場とする領域から少し外れます。私たちは、業界内のネットワークを駆使し、地道にお相手を探す必要がありました。
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5. 事業の価値を未来へつなぐ、理想の買い手との出会い
厳しい条件の中でしたが、この事業の価値を深く理解し、未来へつなぎたいと願う買い手様とのご縁が生まれました。
その企業は、同じ食品加工領域で事業の拡張を目指す、意欲あふれる会社でした。50 年の歴史で築かれた地域の取引先網、独自の製造ノウハウ、そして何より、誠実に働いてこられた従業員の皆様。そのすべてを「価値」として受け止め、新しい体制でさらに発展させていく未来図を、熱意をもって語ってくださいました。
交渉の過程で、買い手様はこうおっしゃいました。 「譲渡が実現したら、まずウェブサイトを刷新し、この素晴らしい製品のブランド価値を、もっと世の中に伝えていきたい」
数字の条件だけでなく、事業への敬意と未来への情熱が、そこには確かにありました。
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6. 経営者の人生を守るための譲渡設計:連帯保証の解除
今回の事業承継で、私たちが最もこだわったのは、次の二点です。
6-1. 連帯保証(経営者保証)の完全な解除
ご相談者様が長年背負ってこられた個人としての保証を、譲渡の瞬間にすべて解除すること。これは、譲渡金額以上に、ご本人の「経営の肩の荷を下ろす」という願いを叶えるための絶対条件でした。
私たちは、金融機関、買い手様との間で粘り強く交渉を重ねました。経営者保証ガイドラインの趣旨も追い風となり、株式譲渡の実行と同時に、ご相談者様の連帯保証がすべて解除されるスキームを構築することができました。
6-2. 円滑な引き継ぎのための、譲渡後の関与
ご相談者様は、譲渡と同時に会社を去るのではなく、一定期間、顧問のような立場で残り、新しい経営陣を支える道を選ばれました。代表権と連帯保証からは解放される。しかし、50 年の歴史を次の担い手へ丁寧に引き継ぐ責任は果たしたい。その誠実な想いを、買い手様も快く受け入れてくださいました。
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7. 関係者全員の納得を目指して:ガイドラインに準拠した丁寧な調整
M&A の最終局面は、関係者全員の想いを一つに束ねていく、丁寧な調整の連続です。本件は、中小 M&A ガイドライン(本件当時は第 1 版、現在は第 3 版)の精神に則り、透明性の高いプロセスを徹底しました。
- 金融機関との、債務と保証の整理交渉
- 主要な取引先への、ご挨拶と説明のタイミング
- 従業員の皆様への、不安を与えない形での発表
- 株主である奥様と、実質的経営者であるご相談者様の最終的な意思統一
数ヶ月にわたり、一つひとつの課題を、当事者のお気持ちに寄り添いながら解決していきました。
なお、個別の法務・税務判断については、必ず弁護士・税理士といった専門家にご相談いただく前提で進めております。本稿は実務プロセスの一例であり、個別の法務・税務アドバイスではありません。
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8. 「いい取引でした」—その一言に込められた想い
すべての手続きが完了し、穏やかな日常が戻ってきたある日のこと。ご相談者様から、一本のお電話をいただきました。譲渡後の引き継ぎが順調に進んでいることなどを、静かにお話しくださった後、最後にこうおっしゃいました。
> 「いい取引が、できました。ありがとう」
その一言に、数ヶ月間の私たちの仕事が報われた気がしました。経営者ご自身の人生にとって、意味のある決断をご支援できた。その実感が胸に込み上げてきました。
ウェブサイトの一新 — 買い手が描いた「次の章」の始まり
時を同じくして、その会社のウェブサイトが、買い手様のお話通り、全面的に美しく刷新されているのを目にしました。長年愛されてきた製品が、新しいデザインとストーリーをまとって、輝きを増している。
50 年の歴史を守り抜いた方の想いと、事業の未来を託された方の情熱が、確かに一つになった瞬間でした。
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9. 仲介者の役割:「一点の意思決定」を支えるということ
ここで、M&A 仲介という仕事の現実について、率直にお伝えしなければなりません。
私たちは、成約後の事業経営を、何年にもわたって追跡し続ける立場にはありません。成約後の事業の行方は、ひとえに、新しい経営者のビジョンと日々の経営判断、そして市場の変化によって決まっていきます。
私たちの使命は、「成約」という、経営者の人生における極めて重要な「一点の意思決定」の場面で、専門家として最大限のお力添えをすることです。本件も、私たちの記録は、この「成約の瞬間」までとなります。
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10. 私たちが創業期に学んだこと:M&A仲介の原点
弊社の創業当時に手掛けたこの案件は、私たちの仕事の原点です。 この経験から学んだことは、今も私たちの核となっています。
M&A 仲介の「成功」とは、成約の瞬間に、関わるすべての人にとって意味のある取引を創り上げることである。
本件の成約の瞬間には、4 つの価値が確かに存在していました。
1. 売主様は、経営の重責と連帯保証から解放され、穏やかな次の人生への一歩を踏み出された。 2. 売主様は、譲渡後も引き継ぎに関わることで、50 年の歴史を未来へつなぐ責任を果たされた。 3. 買主様は、価値ある事業と人材を受け継ぎ、ブランドの新たな章を情熱をもってスタートされた。 4. 弊社は、プロとして、両当事者にとって最善の形を、ガイドラインに準拠して実現できた。
この 4 つが揃う「一点」を創り出すこと。それこそが、M&A 仲介の仕事のすべてです。
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老舗食品加工業の経営者の皆様へ:未来を拓く3つの視点
本稿をお読みいただいた、同じように事業の未来を考える経営者の皆様へ、3 つのメッセージをお届けします。
1. 業界の転換点は、未来を選ぶ好機
HACCP のような業界構造の変化は、負担であると同時に、自社の未来を主体的に選ぶための好機でもあります。「まだ先のこと」と考えず、早い段階で専門家に相談し、複数の選択肢(設備投資、M&A、事業承継など)を検討することが、経営の自由度を保ちます。
2. 連帯保証の解除は、交渉次第で実現できる
「会社を辞めても保証だけが残るのでは」というご不安は、多くの経営者が抱えています。経営者保証ガイドラインの活用を前提に、金融機関や専門家と早期に協議を始めることで、事業承継と同時に保証を解除できる道筋は、現実に存在します。
3. 「肩の荷を下ろしたい」は、前向きな決断
長年事業を守り抜いた方が「肩の荷を下ろしたい」と願うのは、決して弱さや諦めではありません。それは、ご自身の人生と、会社の未来の両方に対して誠実に向き合った末の、勇気ある前向きな決断です。その尊い決断を、私たちは全力で支えます。
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よくあるご質問(FAQ)
関連ツールと参考資料
- M&A 売却ロールプレイングシミュレーター — 12 フェーズの疑似体験で、仲介担当者の対応・契約プロセスを事前に学ぶ
- 10 分事業承継診断 — M&A を検討すべき状況かをタイプ診断
- 企業価値セルフ試算シミュレーター — 匿名で売却価額の目安を試算
- M&A 仲介手数料比較シミュレーター — 仲介会社選びの前に手数料水準を比較
参考となる公的資料:
- 中小 M&A ガイドライン第 3 版(経済産業省、2024 年 8 月公表)
- 経営者保証ガイドライン(全国銀行協会、2013 策定 / 2023 年一部改定)
- 事業承継・引継ぎ支援センター
- 中小企業活性化協議会(中小企業庁)
- HACCP 制度化関連情報(厚生労働省)
- 一般社団法人 M&A 支援機関協会
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守秘義務と免責
本稿に登場する事業者・当事者・関係者・地域・時期・金融機関については、守秘義務の関係上、いずれも具体名・具体情報をご紹介することはできません。業種サブ領域・規模・製造品目・当事者属性・発言も、個別案件が識別されないよう、意図的に最大限の抽象化・加工を施しています。本稿は特定の事業者・機関の宣伝を目的とするものではなく、食品加工業における事業承継 M&A の実務的な論点と、仲介者が果たす役割について、読者の皆様にご理解いただくことを目的としています。
本稿は、食品加工業における事業承継 M&A の一般的な実務プロセスと、そこから得られる学びについての情報提供を目的としており、特定案件についての法的・税務的・会計的アドバイスを提供するものではありません。HACCP 対応・経営者保証解除・連帯保証の整理・譲渡スキームの設計などの個別判断については、必ず弁護士・税理士・公認会計士などの専門家にご相談ください。弊社は一般社団法人 M&A 支援機関協会の会員(中小企業庁 M&A 支援機関登録制度にも登録)として、中小 M&A ガイドライン第 3 版を遵守した仲介業務を行っております。事業承継・M&A のご相談は、お気軽にお問い合わせください。
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株式会社日本財務戦略センター(JFSC) 代表取締役 五十嵐 悠一 https://jfsc.jp/
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件における法務・税務・会計判断を提供するものではありません。法務・税務・会計の個別判断は、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。M&Aのスキーム設計・タイミング・買い手探し等のアドバイザリーは、株式会社日本財務戦略センターにご相談ください。記載内容は公開時点の情報に基づき、法令改正や市場変動により最新の状況と異なる場合があります。
📅 本記事の情報基準日
本記事は 2026年4月23日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。
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