M&Aを検討する際、その実現に向けた資金調達は避けて通れない重要な課題です。大企業であれば豊富な現預金やメインバンクからの大規模融資で対応可能ですが、本記事では、小規模事業者や個人がM&Aを行うケースに焦点を当て、日本政策金融公庫(以下、公庫)の活用を前提に、その可能性を深掘りします。
さらに、単なる資金調達方法の解説に留まらず、M&Aを積極的に展開していきたい個人や小規模法人が、初期段階で法人を新設し、そこで融資を受けることで、まるでPEファンドのような戦略的なM&Aを実現できないかという「疑似LBOスキーム」についても考察します。日本財務戦略センター(JFSC)代表のM&Aアドバイザリーとして数多くのスモールM&A案件を手掛け、特に資金調達面でクライアントを支援してきた経験と、多くのクライアント様への資金調達支援を通じて培った知見に基づき、その実現可能性と潜在的なリスクを解説します。
M&A資金調達に日本政策金融公庫のどの融資制度が活用できますか?
M&A、特に事業承継を目的とした資金調達には、公庫の「国民生活事業」と「中小企業事業」の二つの融資制度が活用できます。具体的な制度については、日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金のページで詳細をご確認いただけます。それぞれ上限額(国民生活事業で7,200万円、中小企業事業で7億2千万円)が設定されており、「事業承継」や「経営権の確保(M&A)」が融資対象として明記されています。
国全体で中小企業の事業承継を促進する方針が示されており、中小企業庁や経済産業省も様々な支援策を打ち出しています。公庫の融資制度は、こうした国の政策と密接に連携しており、中小M&Aガイドライン第3版に沿ったM&Aを後押しする役割も担っています。
日本政策金融公庫をM&A資金調達に利用するメリット・デメリットは何ですか?
公庫をM&A資金調達に活用する最大のメリットは、公庫自体が事業承継に対して非常に積極的な姿勢であることです。政府系金融機関として、市中銀行では対応が難しい案件を補完する役割を担っており、政府がM&Aを通じた事業承継を促進している背景から、公庫もM&Aに積極的に取り組んでいます。
具体的な数字を見ると、2019年度の事業承継・集約・活性化支援資金の融資件数(国民生活事業)のうち、第三者承継に係る融資は707件でした。MAARの記事によると、2019年のM&A件数は顕在化されているだけで約4,100件であり、顕在化していないものを含めるとM&A全体の件数が8,000件、うち6割がスモールM&Aと仮定すると、公庫の融資件数はスモールM&A全体の20%弱を占める計算となり、当時の状況としては積極的に融資を行っていたと言えるでしょう。なお、707件のうち約2割は民間金融機関との協調融資を行っており、これにより上限額以上の資金調達も可能になるケースもあります。
また、事業承継を行った法人の多くが5人以下の小規模法人であるというデータは、いわゆる「会社組織として固まっている」法人でなくとも融資を受けられていることを示唆しており、これはM&Aを検討する個人や小規模事業者にとって大きなプラス材料です。
もう一つの大きなメリットは、無担保融資が全体の9割を占めていることです。政府は経営者保証に関するガイドラインを策定し、個人からの連帯保証に過度に依存しない融資慣行を推進していますが、いまだに連帯保証を求める金融機関も少なくありません。これが事業承継の足かせとなる現実がある中で、公庫の無担保融資は、買い手のリスクを軽減し、M&Aをより円滑に進める上で非常に有効な手段となります。
一方で、公庫融資にはいくつかのデメリットも存在します。例えば、審査期間が市中銀行と比較して長くなる傾向があること、提出を求められる書類が多岐にわたり準備に手間がかかること、そして特に大規模なM&A案件においては融資額に上限があるため、資金ニーズを完全に満たせない可能性がある点です。また、事業計画の策定には高い精度が求められ、その内容が融資の可否を大きく左右します。
上記のデータについては公庫の特集ページで詳細をご確認いただけます。
日本政策金融公庫を活用した「疑似LBOスキーム」とはどのような戦略ですか?
ここからは、M&Aをより戦略的に、かつ効率的に進めるための「思考実験」として、公庫融資を活用した「疑似LBOスキーム」について深掘りします。これは、M&Aアドバイザリーとして私自身が多くのクライアント様と議論し、その可能性を探ってきたテーマでもあります。実際に、手元資金が限られるものの、複数の事業を統合することで大きなシナジーを見込めるクライアントに対し、この疑似LBOスキームを提案し、新設法人での公庫融資獲得から買収実行までを支援した経験があります。
PEファンドなどがよく用いるLBO(Leveraged Buyout:レバレッジド・バイアウト)は、日本政策投資銀行からの引用にもある通り、借入金を活用して企業や事業を買収するM&Aの形態です。買い手は少ない自己資金(エクイティ)で買収を実現し、買収対象会社の安定的なキャッシュフローを借入金の返済に充てることで、自己資金に対する高いリターンを目指します。
このLBOの考え方を、個人や小規模法人のM&Aに応用できないか、というのが「疑似LBOスキーム」の核心です。具体的には、「非公開法人に投資を行う会社」を新設し、その新設法人で公庫から融資を受け、その融資と自己資金(エクイティ)を買収資金とすることで、PEファンドが行うようなM&A戦略を、自分自身の裁量で展開していくというものです。
例えば1,000万円で売られている会社があるとします。これを個人が直接1,000万円の融資を受けて買収した場合、将来会社を売却する際に個人に資金が入ってしまい、税務上の取り扱いが複雑になる可能性があります。そこで、まず法人を設立し、その新設法人で1,000万円の創業融資(または事業承継融資)を受け、その資金で対象会社を買収し子会社化します。こうすることで、買収した会社を成長させ第三者に譲渡した場合、その譲渡益は新設した法人に入ってくるため、次のM&A資金として活用しやすくなります。また、融資を活用することで手持ち資金のキャッシュアウトを抑え、資金効率よくM&Aを進めることが可能になります。
疑似LBOスキームを成功させるための注意点やリスクは何ですか?
このスキームを検討する上で、いくつかのハードルとリスクを理解しておく必要があります。
- 融資審査の厳しさ:一般的な金融機関ではM&A自体の融資はありますが、実績のない新設法人への融資は審査が厳しくなる傾向があります。しかし、公庫は創業支援や事業承継支援に積極的であるため、綿密な事業計画と買収対象会社の安定した事業性を示すことで、融資を受けられる可能性が高まります。
- 買収対象会社の選定:LBOスキームの成功には、安定したキャッシュフローを生み出す買収対象会社の選定が不可欠です。借入金の返済原資となるため、事業の安定性、収益性、将来性を慎重に見極める必要があります。
- 税務上の注意点:法人を設立し、M&Aを行うことで、税務上のメリットを享受できる可能性がありますが、同時に複雑な税務処理が発生します。国税庁の指導や税理士法に基づき、必ず専門の税理士に相談し、スキームの適法性と税務上の影響を十分に確認することが重要です。
- 法務上の手続き:会社設立からM&A契約、子会社化に至るまで、会社法に基づく様々な法務手続きが必要です。弁護士法に基づき、M&Aに精通した弁護士に相談し、適切な契約書の作成や法務デューデリジェンスを行うことで、将来的なトラブルを回避できます。
- 統合プロセス(PMI)(Post Merger Integration)の課題:買収はゴールではなくスタートです。買収後の経営統合(PMI)は、組織文化の融合、業務プロセスの統一、シナジー効果の実現など、多岐にわたる課題を伴います。これらを計画的に実行し、買収対象会社の価値を最大化する手腕が求められます。
このように、公庫融資を活用して「非公開企業に投資を行う法人」を新設し、その法人で融資を受けて買収することで、手持ち資金の効率化と、M&Aを通じた事業成長の加速が期待できます。これは単なる「思考実験」に留まらず、私自身のM&Aアドバイザリー経験からも、特定の条件下で有効な選択肢となり得る戦略です。
このスキームを具体的に検討される方は、ぜひ専門家にご相談ください。JFSCでは、M&Aアドバイザリーとして、このような戦略的な資金調達からM&A実行、PMIに至るまで、一貫したサポートを提供しております。また、M&A支援機関協会や事業承継・引継ぎ支援センターなども、M&Aに関する情報提供や相談窓口を設けています。
※M&A実務の判断には、税務・法務・財務の専門知識が不可欠です。本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別のM&A案件における具体的な判断は、必ず専門家との相談を通じて行ってください。JFSC では、M&Aアドバイザリーとしての豊富な実績と専門性に基づき、M&Aセカンドオピニオン無料相談を承っております。
よくあるご質問
日本政策金融公庫はスモールM&Aの資金調達に積極的ですか?
はい、日本政策金融公庫は政府系金融機関として、中小企業の事業承継やM&Aを積極的に支援しています。特に市中銀行では難しいとされる小規模案件や新規事業への融資に意欲的で、無担保融資の割合が高い点が特徴です。2019年度には第三者承継に係る融資が707件あり、スモールM&A全体の約20%を占めていました。
「疑似LBOスキーム」とは具体的にどのようなものですか?
疑似LBOスキームとは、個人や小規模法人が「非公開法人に投資を行う会社」を新設し、その新設法人で日本政策金融公庫から融資を受け、その資金で買収対象会社を子会社化する戦略です。これにより、自己資金の効率化を図り、買収した会社の成長益を法人内で再投資し、次のM&Aへと繋げるなど、PEファンドのような戦略的なM&A展開が可能になります。
公庫融資を活用したM&Aで特に注意すべき点は何ですか?
公庫融資を活用したM&Aでは、綿密な事業計画の策定と、安定したキャッシュフローを生み出す買収対象会社の選定が不可欠です。また、法人設立やM&A契約に伴う複雑な税務・法務手続きが発生するため、必ずM&Aに精通した税理士や弁護士といった専門家と連携し、スキームの適法性や税務上の影響、契約内容を十分に確認することが重要です。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件における法務・税務・会計判断を提供するものではありません。法務・税務・会計の個別判断は、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。M&Aのスキーム設計・タイミング・買い手探し等のアドバイザリーは、株式会社日本財務戦略センターにご相談ください。記載内容は公開時点の情報に基づき、法令改正や市場変動により最新の状況と異なる場合があります。
よくあるご質問(FAQ)
📅 本記事の情報基準日
本記事は 2021年9月14日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。
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