2023.03.30 M&A実務

M&A買い手が知るべきAI活用術と限界:専門家が語るリスクと機会

M&AにおけるAI活用とは、人工知能技術をM&Aプロセス、特に情報収集、分析、デューデリジェンスの初期段階などに導入し、効率化や意思決定支援を図る試みを指します。財務諸表分析、契約書レビュー、市場トレンド予測などが主な応用分野ですが、AIはあくまで補助ツールであり、その出力の正確性や法的・戦略的判断には、M&Aアドバイザーや弁護士といった専門家の深い知見と最終的な検証が不可欠です。

M&A買い手のためのAI活用:可能性と限界を専門家が解説

日本財務戦略センター(JFSC)代表の五十嵐悠一です。私はこれまでM&Aアドバイザーとして、50件以上のM&A案件に携わり、中小企業事業承継や成長戦略を支援してまいりました。本記事では、その実務経験を踏まえ、今話題のAIツールであるChatGPTをM&A実務にどう活用できるか、その可能性と現在の限界について、具体的な事例を交えながら解説します。

人工知能による文書記述が話題となる中、弊社も時代にキャッチアップしていく方針です。AIはM&A実務に大きな変革をもたらす可能性を秘めていますが、その特性を理解し、適切に活用することが成功の鍵となります。

AIはM&Aの一般的な注意点をどこまで網羅できるのでしょうか?

2023年10月26日時点のChatGPTに「買い手がM&Aを行うにあたって気を付けるべきことを5つ挙げてください」と依頼したところ、わずか20秒ほどで以下の回答が得られました。

  1. 買収対象企業の評価
  2. 法的調査(デューデリジェンス)
  3. 人事・労務面の評価
  4. 財務面の調整
  5. 統合計画の策定

この即応性と網羅性には驚かされますが、私自身のM&Aアドバイザーとしての経験から言えば、この「一般論」だけではM&A実務の現場では通用しない場面が多々あります。AIの回答を鵜呑みにすることはできません。

まず、AIの限界として、OpenAIが公開している情報によると、2021年までの情報しか学習していない点が挙げられます。そのため、最新の法律改正や業界動向には対応できていません。例えば、中小M&Aガイドライン第3版のような最新の指針や、特定の業界に特有の規制変更などには追従できていない可能性があります。

個別具体的なM&A案件においてAIの回答は信頼できるのでしょうか?

次に、「では任天堂を買収する際に気を付けるべきことは何ですか?」と質問すると、AIは以下の回答を返しました。

評価、法的調査(知的財産権)、経営陣との調整、リスク評価、企業文化の調査

これでも悪くはありませんが、任天堂は上場企業であることから、金融庁が所管する金融商品取引法(金商法)を踏まえて対応しないといけません。上場企業のM&Aにおいては、公開買付け(TOB)を行う際の厳格な情報開示義務や手続きなど、金商法への対応が極めて重要となります。その知識がないと抜け漏れが生じ、重大な法的リスクに直面する可能性があります。

さらに「その際に注意するべき法律は?」と追加で聞いても、金商法は出てきません。M&A実務においては、これらの法律に加えて、会社法税理士法など、多岐にわたる専門知識が求められます。

「金商法は?」と尋ねると、AIは「買収に直接関係する法律ではありません」と誤った認識を示しました。しかし、「金商法を無視して上場企業を買収しようとすると金融庁に怒られませんか?」と具体的に問い直すと、ようやく「はい、金融商品取引法に違反する行為を行った場合、金融庁から警告や罰金、あるいは訴訟の対象となる可能性があります。」と回答しました。

このやり取りは、AIが「任天堂=上場企業」という前提を自ら推論し、必要な情報を提示するまでには至らないことを示しています。私たちM&Aアドバイザーは、この「前提」を正確に把握し、AIに適切な質問を投げかけることで、より質の高い情報を引き出す必要があります。

M&A実務でAIを効果的に活用するためのポイントは何ですか?

AIは大変便利なツールですが、使う人間がある程度知識や勘所をわかっていないと、重大なミスを犯してしまう可能性があります。私自身のM&A実務経験でも、AIの回答をそのまま鵜呑みにするのではなく、常に専門家の視点から検証し、不足している情報を補完する作業が不可欠だと感じています。

一方で、必要なことが分かっていれば、AIは非常に有用なツールとなります。例えば、初期段階の財務デューデリジェンス(DD)において、AIに財務諸表データの一部を読み込ませ、業界平均との乖離や異常値を素早く抽出させる試みを行いました。これにより、人間が詳細に分析すべきポイントを効率的に絞り込むことができ、DDにかかる時間とコストの削減に繋がる可能性を感じています。

また、契約書の初期レビューにおいても、定型的な条項の抜け漏れチェックや、特定のキーワード検索など、AIの高速処理能力は非常に有効です。ただし、最終的な法的判断やリスク評価は、弁護士法に則り、専門家である弁護士の知見が不可欠であることは言うまでもありません。税務面についても、税理士法に基づき、税理士の専門的なアドバイスが必須です。

このように、今まで人力でやっていた分野を機械で読み込み、AIが判断を手伝うことで、DDにかけるコストが減り、M&Aがさらに身近になる未来がそこまで来ているのは楽しみです。しかし、AIはあくまで補助ツールであり、最終的な意思決定や複雑な交渉、法的・税務的な判断は、M&Aアドバイザー、弁護士、税理士といった専門家との連携を通じて行うことが、買い手にとってM&Aを成功させるための最も重要なポイントとなります。

よくあるご質問

AIはM&Aのどのプロセスで役立ちますか?

AIは情報収集、市場分析、初期の企業評価、財務諸表の異常値検出、契約書の定型レビューなど、データ処理やパターン認識が得意な分野で効率化に貢献します。特にデューデリジェンスの初期段階で、人間が注力すべきポイントを絞り込む補助ツールとして有効です。

AIを活用する上で最も注意すべき点は何ですか?

AIは最新情報や個別具体的な文脈を自ら推論できないため、その出力の正確性や網羅性には限界があります。特に法的・税務的判断や複雑な交渉戦略においては、M&Aアドバイザー、弁護士、税理士といった専門家の深い知見と最終的な検証が不可欠です。

AIがM&Aアドバイザーの仕事を完全に代替する可能性はありますか?

現時点では、AIがM&Aアドバイザーの仕事を完全に代替する可能性は低いと考えられます。M&Aは、高度な交渉力、人間関係の構築、非定型的なリスク判断、そして感情的な側面への配慮が求められるため、AIはあくまで専門家を支援する強力な補助ツールとしての役割を担います。

公開日: 2023年3月30日 / 最終更新日: 2026年5月22日
五十嵐 悠一

執筆者

五十嵐 悠一(いがらし ゆういち)

株式会社日本財務戦略センター 代表取締役

京都大学経済学部経営学科卒業。株式会社損害保険ジャパン本店営業部、東証上場M&A仲介会社を経て、2020年5月に日本財務戦略センターを設立。中小企業のM&A仲介・事業承継支援を専門とし、医療・介護・食品製造・流通卸・機械製造分野の成約実績を持つ。

資格:プロフェッショナルCFO(日本CFO協会)/M&Aエキスパート(金融業務2級 事業承継・M&Aコース)

公的登録:中小企業庁 M&A支援機関 登録事業者/一般社団法人 M&A支援機関協会 正会員

メディア登壇:株式会社サイゾー Business Journal ウェブセミナー講師「【売り手向け】M&Aを成功させるための具体的な行動・プロセス・知識」(2022年6月)[公式告知]

専門家コラム寄稿:BATONZ(国内最大級M&A プラットフォーム)に M&A・事業承継 74本(2021年〜継続)[コラム一覧]

|LinkedIn|X (@jfsc2020)|BATONZ

免責事項

本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件における法務・税務・会計判断を提供するものではありません。法務・税務・会計の個別判断は、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。M&Aのスキーム設計・タイミング・買い手探し等のアドバイザリーは、株式会社日本財務戦略センターにご相談ください。記載内容は公開時点の情報に基づき、法令改正や市場変動により最新の状況と異なる場合があります。

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よくあるご質問(FAQ)

この章のポイント
日本財務戦略センターへのご相談に関する共通の10問と、本記事に関する0問の計10問。
共通Q1. 日本財務戦略センターはどのような会社ですか?
A. 株式会社日本財務戦略センター(JFSC)は、中小企業オーナーの M&A・事業承継を「自分事として最後まで完結する」ためのご相談先です。仲介の独断ではなく、売り手の判断材料を整える立場を貫いています。会社概要もご覧ください。
共通Q2. 相談したら、必ず M&A しなければいけませんか?
A. いいえ、ご相談のみで結構です。相談後に「今回は見送ります」と判断いただいても問題ありません。M&A 以外の選択肢(廃業・親族承継・事業再生)も含めてご一緒に整理します。まずは無料相談からお気軽にどうぞ。
共通Q3. 相談料・着手金は発生しますか?
A. 初回相談・簡易査定・進行中の段階まで、すべて無料です。日本財務戦略センターは完全成功報酬制を採用しており、M&A 成約時のみご報酬が発生します。着手金・中間金・月額顧問料は一切いただきません。なお、案件特性により外部専門家への依頼や登記等の実費(例:司法書士の登記費用、外部監査法人による資産査定、譲受企業側からの弁護士・公認会計士による DD 費用 等)が発生する場合は、必ず事前にご相談・ご同意のうえ進めますので、不意の費用負担は生じません。詳細は弊社の報酬体系をご確認ください。
共通Q4. 一般的な M&A 仲介会社と、どこが違いますか?利益相反はどう開示されますか?
A. M&A 仲介は売主・買主の双方から報酬を得る「両手仲介」が業界慣行で、構造的な利益相反のリスクがあります。そのうえで、業界には「誘い込む仲介」と「公開する仲介」の二類型があると当社は考えています。日本財務戦略センターは後者の立場で、契約締結時に重要事項説明書を交付し、両手仲介の構造を含めて文書でご説明したうえで、売り手の判断材料となる情報を整え、買い手の都合で交渉を急がせない姿勢を貫きます。これは経済産業省・中小企業庁中小 M&A ガイドライン第 3 版・2024 年 8 月改訂、手数料算定基準の開示・買い手信用調査等を留意事項として明示)に則った対応です。二類型化の根拠は弊社独自の業界 20 社研究レポート、構造論の詳細は仲介契約 vs FA 契約の構造分析もご参照ください。
共通Q5. どれくらいの規模から相談できますか?
A. 年商数千万円規模の小規模事業から、数億円規模まで対応します。業界の多くの仲介会社では最低手数料を 2,000 万円以上に設定している傾向で、各社の最低手数料は中小企業庁M&A 支援機関登録制度・登録情報で確認いただけます。日本財務戦略センターの最低手数料は 700 万円で、小規模案件もお引き受けしています。具体的な報酬構造は弊社の報酬体系をご確認ください。
共通Q6. 税金・法律のことを詳しく教えてもらえますか?
A. 税務・法務は税理士法・弁護士法により、具体的な提案は弁護士・税理士等の専門家のみが行えます。当社は業界慣行の一般論をご説明した上で、顧問の先生方にご確認いただく形でご案内します。必要に応じて専門家ネットワークのご紹介も無料で行っています。
共通Q7. 家族や従業員に知られたくないのですが、可能ですか?
A. ご相談段階から NDA(秘密保持契約)を締結し、徹底管理します。社名を公開せずに買い手候補へ打診する「ノンネーム打診」の進め方も可能です。守秘義務体制については情報管理ポリシーでご確認いただけます。
共通Q8. 成約までどれくらいの期間がかかりますか?
A. 標準的には 3〜6 ヶ月程度を目安としてお考えください。買い手候補と事前に綿密な調整を行い、売主オーナー様のペースで進行します。スピード優先で売主の利益を損なう進め方は致しませんが、売主オーナー様のご事情・ご要望に応じて、最短 60 日での成約実績もございます。
共通Q9. デューデリジェンス(DD)では、どのような立場をとりますか?
A. 日本財務戦略センターは、売主オーナー様の利益を最優先に検討する立場を貫きます。仲介業の構造的な利益相反論点については仲介契約 vs FA 契約の構造分析で詳述しており、DD 費用負担の判例実務は東京地裁 DD 費用判決の射程でご確認いただけます。必要に応じて第三者の公認会計士・弁護士・税理士等の専門家をご紹介し、買い手寄りに偏らない査定体制を整えます。中小企業庁中小 M&A ガイドラインの遵守事項に則り、適切な情報開示を行います。
共通Q10. 対応エリアは限られますか?
A. 全国対応可能です。首都圏はもちろん、各地方都市でもご相談実績があります。オンライン面談と現地訪問を組み合わせ、所在地を問わず売主様のペースで進行します。まずは所在地を問わない無料相談をご利用ください。

📅 本記事の情報基準日

本記事は 2023年3月30日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。

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