2026.05.13 マクロ経済・地政学

ドル覇権論——なぜ「紙くずになる」と言われたドルが、半世紀後も基軸通貨であり続けるのか

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ドル覇権論——なぜ「紙くずになる」と言われたドルが、半世紀後も基軸通貨であり続けるのか

The JFSC PROJECT 第2弾

📌 本記事の要点(クイックアンサー)

  • ドルが基軸通貨であり続ける理由は、軍事力・決済インフラ・制裁能力という三位一体構造にある。1971年に金兌換性を失ってもなおドル覇権が崩れなかったのは、兌換性ではなく「使い続けられる構造」(ネットワーク外部性+制度的慣性)が決定的だったため。
  • 人民元・mBridge・ペトロユアン構想はいずれも実体規模・制度的条件のいずれかで代替には至っていない。人民元の実体的国際決済シェアはどの指標で見ても 3% 程度の範囲にとどまる。
  • ドル覇権は「不完全な覇権」が「代替不在」によって維持される構造にある。次の30年も「予言された崩壊」と「現実の慣性」のギャップが続く蓋然性が高い。

プロローグ

今回は基軸通貨というデファクトスタンダードについて検討していきたいと思います。

1971年8月15日、リチャード・ニクソン大統領がドルと金の兌換停止を発表した、いわゆるニクソンショックの直後、多くの論者が「ドルは紙くずになる」と予言しました。金という裏付けを失ったドルは、もはや単なる印刷された紙片に過ぎず、市場の信認は早晩失われるはずだ——そうした見立てが、当時の経済論壇では決して少数派ではありませんでした。論理だけを追えば、確かに筋は通っています。兌換性こそが通貨の信用を支える本質であるならば、それを失った瞬間に価値の根拠は雲散霧消するはずです。極端な言い方をすれば、ドルはたばこ1本よりも価値がないことになります。

ところが、実際に起きたことは予言とは逆方向でした。たばこは戦時下の捕虜収容所のような特殊な閉鎖空間でしか通貨として機能せず、ドルはニクソンショックから半世紀以上を経た2026年の今もなお、世界の貿易・金融・外貨準備の中心に居座り続けています。IMFの公式統計を見ても、世界の公的外貨準備に占めるドル比率は依然として6割近くを占めており、人民元の比率は1桁台にとどまっています。「紙くず」になるはずの通貨が、なぜ基軸通貨の座を譲らないのか。この捻れこそが、本稿で扱う中心的な問いです。

この問いを早くから提示していた論者の一人に、本山美彦氏がいます。本山氏は『売られるアジア——国際金融複合体の戦略』(新書館、2000年5月)などの一連の著作で、基軸通貨ドルが単なる経済的合理性ではなく、軍事力・決済インフラ・制裁能力といった非経済的な要素に支えられている構造を論じてきました。2000年前後の時点では、この種の議論は「陰謀論ではないか」という冷ややかな目で読まれることも少なくなかったように思われます。しかし、2022年のロシア中央銀行外貨準備凍結、SWIFTからの主要銀行排除、インド・ロシア間貿易におけるルピー死蔵問題といった一連の出来事を経て、当時の指摘は具体的事実として裏付けられる形になりました。陰謀論として受け流されていた構図が、現実の制裁実務の中で可視化されたと言えるでしょう。

より新しい体系的整理としては、エコノミストの土田陽介氏による『基軸通貨——ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書 0291、筑摩書房、2024年)が挙げられます。同書はマクロ経済学・国際金融論の標準的な道具立てを用いつつ、現実の基軸通貨が満たすべき条件を整理した近著であり、本稿でも通底する参照軸として援用します。

本稿では、基軸通貨ドルを軍事・決済・制裁という3つのレンズで整理した上で、対抗馬として語られることの多い人民元、中央銀行デジタル通貨の越境決済プラットフォームであるmBridge、そしてペトロユアン構想などについて、それぞれの実装段階と限界を検討していきます。中国経済の規模については第1弾(The JFSC PROJECT 第1弾「遅れてきた日本——中国不動産危機30年比較」)で扱った不動産危機の議論と接続させ、名目GDPと実質的な購買力の乖離という論点にも触れる予定です。基軸通貨という地味な主題が、なぜ国際政治経済の根幹に位置し続けるのか、その手触りを少しでも共有できればと考えています。

第1章 基軸通貨の3条件

ドルが基軸通貨であり続ける理由を理解するには、教科書的な定義の先にある「現実の裏書き」を見る必要があります。エコノミストの土田陽介氏は、著書『基軸通貨——ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書 0291、筑摩書房、2024年)で、現実の基軸通貨が満たすべき3つの条件を体系化しています。教科書が説く「価値尺度・交換媒体・貯蔵手段」という三機能だけでは、なぜドルが他の通貨を圧倒し続けるのかを説明し切れません。土田氏が提示する枠組みは、その空白を埋める試みと言えるでしょう。

なお、本稿では通貨の階層構造として、土田氏の整理に倣い「ソフトカレンシー(兌換性が制限された通貨、人民元・ロシアルーブル等)」「ハードカレンシー(自由兌換通貨、ユーロ・円・英ポンド・スイスフラン等)」「キーカレンシー(基軸通貨、現状は米ドル一強)」の三階層を用います。土田氏が示す基軸通貨の3条件は、(1)発行国の圧倒的国力(経済・政治・軍事)、(2)高度な金融市場、(3)通貨交換量が突出して多いこと、の3点です。本稿で本格的に検討していく軍事・決済・制裁の三位一体構造は、これら3条件のうち特に(1)の軍事的側面と(2)の制度的側面を、実装レベルで解剖する試みと位置づけられます。

第1条件:軍事力という最終的担保

第1の条件は、軍事力です。一見すると経済の議論に軍事を持ち込むのは奇異に映るかもしれませんが、国際取引で通貨を受け取るという行為は、発行国が今後も存続し、債務を履行し、取引相手の財産と契約を保護し続ける能力を信じることに等しいと考えられます。この信頼を最終的に裏付けるのは、発行国の主権の継続性そのものです。

米国は世界各地に空母打撃群を展開し、シーレーンの安全を物理的に確保しています。原油・LNG・穀物・半導体素材といった国際商品の輸送が滞らないのは、その海上交通路を維持する軍事プレゼンスがあるからだという見方が一般的です。2021年8月のアフガニスタン政府崩壊)の際にも、現地で流通していたドル札が紙くずにはなりませんでした。アフガニスタンという国家が消失しても、米国という発行体が存続している以上、ドル紙幣の価値は維持されたわけです。これは、通貨の信認が発行国の主権の頑健性に最終的に依存していることを示す事例と整理できます。

第2条件:決済インフラの支配

第2の条件は、決済インフラの支配です。国際送金の事実上の標準であるSWIFT(国際銀行間通信協会、本部ベルギー)は、形式上は中立な協同組合組織として運営されています。しかし実態としては、ドル建て決済の最終的な清算が米国内のコルレス銀行網とCHIPS(Clearing House Interbank Payments System)を経由する以上、米財務省が実質的な影響力を持つ構造になっていると指摘されています。

ドル建て取引である限り、世界中のどの銀行も最終的にニューヨーク連邦準備銀行の口座を経由せざるを得ません。この構造の下では、SWIFTから特定国の銀行を切り離す措置は、国際取引からの物理的な排除を意味します。2012年と2018年のイラン制裁、そして2022年のロシア主要銀行に対するSWIFT遮断は、決済インフラへのアクセスそのものが地政学的な武器になり得ることを示した事例と言えるでしょう。

第3条件:金融制裁を発動できる能力

第3の条件は、金融制裁を発動できる能力です。米財務省外国資産管理局(OFAC:Office of Foreign Assets Control)が運用する制裁プログラムは、SDNリスト(Specially Designated Nationals)への掲載を通じて、対象となる個人・企業・国家を国際金融システムから事実上遮断します。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻後、G7とEUはロシア中央銀行の海外資産およそ3,000億ドル相当を凍結しました。中央銀行の外貨準備という、これまで不可侵に近い存在と見なされてきた資産が凍結対象となったことは、国際金融史における転換点と評する論者も少なくありません。

こうした制裁能力は、しばしば「金融核兵器」と表現されます。使わないことが抑止力として機能する点でも、その比喩は当を得ていると考えられます。北朝鮮制裁、イラン制裁、ロシア制裁といった一連の運用実績の蓄積が、ドル建て決済からの排除という選択肢の信憑性を支えていると言えるでしょう。

教科書と現実の乖離

伝統的な貨幣論は、通貨の機能を「価値尺度・交換媒体・貯蔵手段」の三役で説明してきました。土田氏の整理が示唆するのは、この三機能を国際的に成立させるためには、軍事力・決済インフラ・制裁能力という3つの裏書きが必要だという点です。さらに、自由な交換性、十分な流動性、法治と司法の独立、市場の透明性が備わっていなければなりません。

これらの条件を同時に満たす通貨は、現状では米ドル以外に見当たらないという評価が一般的です。IMF COFER Databaseによれば、2025年第3四半期時点で世界の公的外貨準備に占めるドル比率は約57%、ユーロが約20%で続いています。ICE先物市場で取引されるドルインデックス(DXY)は2026年5月時点でおよそ98近辺で推移しており、ユーロ57.6%・円13.6%・英ポンド11.9%・カナダドル9.1%・スウェーデンクローナ4.2%・スイスフラン3.6%という6通貨バスケットに対し、相対的な強さを保っています。米国の対外純債務がおよそ27.5兆ドル(2025年第4四半期、米商務省経済分析局:BEA)に達してなお、ドル需要が衰えない構造は、教科書的な「経常赤字国の通貨は減価する」という命題とは異なる現実を映していると言えるでしょう。

ここまで見てきた3条件は、いずれもドル覇権を「外側から支える」要素でした。次章では、これら3つの裏書き——軍事・決済・制裁——がそれぞれ具体的にどのような制度と慣行を通じて機能しているのかを、より立ち入って検討していきたいと思います。とりわけ、ドル建て国債の信用構造、ペトロダラー体制の現在地、そしてSWIFT/CHIPS/OFACという三層構造が一体として作動する仕組みを解きほぐすことで、ドル覇権の頑健性と脆弱性の両面が見えてくるはずです。

第2章 軍事・決済・制裁の三位一体構造

第1章では、ドル覇権を外側から支える3つの条件——圧倒的な軍事プレゼンス、グローバル決済インフラの掌握、制裁という経済的強制力——を個別に概観しました。しかし、これら3つは独立した支柱として並立しているのではなく、互いに補強し合いながら一つの総合システムとして作動していると見るのが実態に近いと思われます。本章では、3条件が「三位一体」として機能する循環構造を、IMF・世界銀行のガバナンスにも触れながら検討していきます。

軍事が制裁の実効性を裏書きする

経済制裁という手段は、単に取引を禁ずる紙の上の宣言にとどまるならば、対象国に対して限定的な効果しか持たないでしょう。制裁が実効的に機能する前提には、「制裁に逆らえば、最終的には物理的な圧迫を受け得る」という暗黙の威嚇が存在していると考えられます。第5艦隊が常時展開するペルシア湾、第7艦隊がプレゼンスを維持する西太平洋、欧州方面のNATO体制——こうした世界各地への前方展開能力こそが、迂回取引に踏み切ろうとする国家や金融機関に対して心理的なコストを課しているという見方が一般的です。

逆に言えば、軍事的裏付けを欠いた制裁は、対象国にとって「やり過ごせるコスト」にとどまる可能性が高くなります。第二次大戦前の国際連盟による対伊制裁が形骸化した経緯は、強制力を伴わない制裁の限界を示す古典的な事例として参照されてきました。

決済インフラが制裁の即効性を担保する

軍事的威嚇が制裁の「最終的な裏書き」だとすれば、決済インフラの掌握は制裁の「即効性」を支える装置と位置づけられます。SWIFTからの遮断やOFACによる二次制裁の発動は、宣言された瞬間から対象金融機関のドル建て取引を機能停止に追い込み得る仕組みになっています。物理的な軍隊を動かす必要すらなく、ニューヨーク連銀のコルレス口座を経由するドル決済の流れを止めるだけで、相手国の対外取引網に深刻な打撃を与えられる構造です。

米財務省OFACの年次報告では、毎年数千件規模の制裁措置が運用されているとされており、その執行を可能にしているのは、世界の貿易決済の相当部分がドル建てで処理されているという厚みのある現実そのものです。決済インフラを握っているがゆえに、制裁が「即日効く武器」として成立しているのだと言えるでしょう。

制裁の脅威が決済インフラへの依存を強める

ここで興味深いのは、制裁と決済インフラの関係が一方向ではなく、正のフィードバックループを形成していると考えられる点です。制裁の威力を目の当たりにした国や企業ほど、「制裁の対象になりたくない」という動機から、ドル決済網のルールに自発的に従う傾向が強まります。コンプライアンス体制の整備、KYC/AMLの強化、二次制裁を警戒した自主的な取引停止——いずれもドル決済インフラの規律を内面化する動きと整理できます。

結果として、制裁という強制力が決済ネットワークの粘着性を高め、その粘着性がさらに次の制裁の効力を強化するという循環が回り続けることになります。脱ドル化の議論が長年語られながらも、現実の決済シェアではドルの優位が容易に揺らがない背景には、こうした自己強化的な構造があると見ることができそうです。

IMF・世銀ガバナンスという第4の補助線

軍事・決済・制裁の三位一体に加えて、戦後の国際金融秩序を制度面から支えてきたのが、IMFと世界銀行における米国の地位です。IMFのクォータ(出資比率)と投票権において米国は17.43%のシェアを保有しており、重要事項の決定に必要な85%条項との関係で、事実上の拒否権を持つ構造が長らく維持されてきました。世界銀行のIBRDにおいても、米国の投票権シェアは最大株主としての位置にあると報じられています。

この制度的な発言力は、危機時の流動性供給や国際金融ルール形成において、ドル中心の秩序を制度面から下支えする役割を果たしてきたと評価されることが多いようです。土田陽介『基軸通貨』(筑摩選書)でも、戦後ブレトンウッズ体制の設計思想として、こうしたガバナンス構造が基軸通貨の正統性を支えた側面が論じられています。

ドル覇権の三位一体構造 米ドル 基軸通貨 軍事力 空母打撃群 シーレーン確保 決済インフラ SWIFT・CHIPS NY連銀 制裁能力 OFAC・SDN 二次制裁 実線:基軸通貨を構成する3条件 / 点線:相互補強の循環
図1:ドル覇権を支える「軍事力・決済インフラ・制裁能力」の三位一体構造

反例から見える相互依存性

3条件の相互依存性は、いずれかを欠いた事例を観察することでも浮かび上がってきます。冷戦期のソ連は世界有数の軍事力を保持していたものの、ルーブルは基軸通貨化しませんでした。決済インフラと、それを支える開かれた金融市場が欠けていたことが要因の一つに挙げられます。ユーロは登場以降、世界の決済通貨として一定のシェアを獲得しましたが、統一的な軍事プレゼンスと制裁執行体制を欠いており、基軸通貨としての地位ではドルに及ばないと評価されています。人民元については、中国当局の経済的影響力は拡大しているものの、軍事的な世界展開と、自由に出入りできる開放的な金融市場という条件が揃わない限り、現状ではドルを代替する地位には届かないという見方が一般的です。

つまり、軍事・決済・制裁のいずれか一つや二つでは基軸通貨は成立せず、3条件が揃って初めて「総合システム」として機能するという構造が、反例を通じても確認できると言えるでしょう。

ハードカレンシーは反例になるか——必要条件と十分条件

ここで、ユーロ・ポンド・スイスフラン・円といった主要ハードカレンシーが、軍事力テーゼに対する反例となるのではないかという疑問が生じます。これらの通貨は、ユーロ圏や英国、スイス、日本のいずれも、米国のような圧倒的な単独軍事力を持つわけではないからです。

しかし、これらを単純に反例とするのは、やや早計かもしれません。共通するのは、いずれも米国軍事力の保護下、ないしは米国を中心とする西側同盟の枠組みに置かれている点です。ユーロはEU加盟国の大半がNATOに属し、米軍核傘・在欧米軍の保護下にあります。ポンドは英国がNATO中核国であり、英国の核戦力もNATOに統合運用されています。円は日米同盟・在日米軍・米核傘の下にあります。スイスフランは中立国の通貨ですが、NATO加盟国に地理的・経済的に囲まれ、避難先・対比通貨として機能しています。シンガポールドル等のアジアの主要通貨についても、マラッカ海峡の航行確保が米英海軍の存在によって担保されている事実は、無視できない前提として横たわっています。

ただし、ここで注意が必要なのは、軍事的担保がハードカレンシー化の必要条件の一つとして作用していると整理できる一方、それだけで十分条件として機能するわけではない点です。軍事的保護下にあっても、経済規模・金融市場の深度・制度の安定性・市場開放性のいずれかを欠けば、ハードカレンシーとしての信認は得られません。例えば、チェコ・コルナやポーランド・ズロチはいずれもNATO加盟国の通貨ですが、ユーロや英ポンドに匹敵するハードカレンシーとしての国際信認は得られていません。NATO加盟がハードカレンシー化を約束するわけではなく、経済規模・市場深度・制度的厚みが同時に求められる実例として整理できます。逆に、これら経済的・制度的条件を備えた通貨が、軍事的真空状態でハードカレンシー化した例は現状確認しにくい、というのが実証上の整理です。本稿が主張するのは、基軸通貨化(キーカレンシー化)の第1条件として軍事力が決定的役割を果たしているということであり、ハードカレンシー化については、軍事力は必要条件の一つではあっても、唯一の決定要因ではないと整理するのが穏当だと思われます。

ここまで、ドル覇権が3条件の相互補強によって支えられている構造を見てきました。しかし、この総合システムは初めから完成していたわけではありません。むしろ、戦後ブレトンウッズ体制の下で金との交換性を担保されていた時代から、1971年のニクソンショックを経て、なぜ金の裏付けを失ってもなおドルが基軸通貨であり続けたのか——この「謎」こそが、現在のドル覇権の本質を理解する上で避けて通れない論点になります。次章では、この歴史的転換点に立ち入って検討していきたいと思います。

第3章 ニクソンショックと「謎」の起源

基軸通貨の三条件——軍事的裏付け、決済インフラ、制裁可能性——を前章で確認しました。しかし読者の中には、ひとつの素朴な疑問を抱かれた方もおられるかもしれません。「ドルはかつて金との兌換性を失った通貨ではないか。なぜそれが今も世界の基軸であり続けているのか」という疑問です。本章ではこの「謎」の起源を、1944年から半世紀の時系列でたどります。

ブレトンウッズ体制と兌換性の時代

1944年7月、米ニューハンプシャー州ブレトンウッズに44カ国の代表が集い、戦後の国際通貨秩序が設計されました。中核は二つの仕組みです。第一に金1オンス=35ドルの公定比率による金兌換性。第二に各国通貨をドルに対して固定相場で連動させる、いわゆる金・ドル本位制です。

この体制が成立した背景には、戦後復興の現実的要請がありました。戦災で疲弊した西欧諸国と日本は、決済手段としての硬貨・正貨を欠いていました。米国はマーシャル・プラン(1948年〜)やガリオア・エロア資金を通じ、ドル建ての援助を大規模に供与します。結果として西欧・日本の国際取引はドル建てで決済される構図が定着し、貿易黒字国の中央銀行はドル準備を積み上げていきました。

「金との交換が保証された紙幣」というドルの信認は、この段階では制度的に担保されていたと言えるでしょう。ドル基軸の地位は、軍事力と金兌換性という二重の裏付けによって築かれたわけです。

1971年8月15日——金の窓口は閉じられた

しかし1960年代後半、ベトナム戦争の戦費膨張と「偉大な社会」政策に伴う財政赤字、そして欧州諸国による金兌換請求の増加が、米国の金準備を急速に減少させました。米国の金保有量は1949年の約2万2千トンから1971年には約8千トンへ縮小したとされます(U.S. Treasury 公表値)。

1971年8月15日、ニクソン大統領はテレビ演説で「ドルの金への兌換を一時停止する」と宣言します。同時に90日間の賃金・物価凍結、輸入課徴金10%が発表されました。いわゆるニクソンショックです。1973年には主要国が変動相場制へ移行し、ブレトンウッズ体制は事実上終焉を迎えました。

当時の論調は「ドルは紙くずになる」という予言で溢れていました。J・K・ガルブレイスをはじめとする経済学者を中心に、兌換性を失った通貨が基軸の地位を保てるはずがないという見立てが広く示されていました。論理は明快です。価値の裏付けを失った紙片が、世界中の中央銀行と貿易業者から選好され続ける理由はないはずだ、というわけです。

50年後の現実——ドル比率は下がらなかった

ドル覇権の歴史的変遷(1944–2025) 1944 ブレトンウッズ体制 金1oz=35ドル 1948 マーシャル・プラン 約130億ドル 1971 ニクソンショック 金兌換停止 1974 ペトロダラー 米サウジ密約 1999 ユーロ誕生 2008 リーマン危機 2022 ロシア中銀資産凍結 約3,000億ドル 2024 BIS mBridge離脱 世界の公的外貨準備に占めるドル比率(IMF COFER): 1973年 約84% 2000年 約71% 2025年 約57% 兌換性停止から半世紀を経ても、ドル覇権は崩れず——むしろ慣性は強固に。
図2:ブレトンウッズ体制崩壊からロシア制裁・mBridge離脱まで、ドル覇権の歴史的変遷

ところが歴史の答えは、予言とは異なる方向に進みました。IMFのCOFER(外貨準備の通貨構成)データによれば、世界の公的外貨準備に占めるドル比率は1973年時点で約84%、その後1990年代に一旦低下したものの、2000年代以降は概ね60%前後で推移し、2025年第1四半期時点でも約58%を維持しています。ユーロ(約20%)、円(約5%)、ポンド(約5%)と比較しても、依然として圧倒的なシェアです。

外国為替市場ではさらに顕著です。国際決済銀行(BIS:Bank for International Settlements、本部スイス・バーゼル)が3年ごとに公表する Triennial Central Bank Survey 2022 によれば、OTC外為取引におけるドルの片側関与率は約88%。1989年調査の約90%とほぼ変わっていません。兌換性停止から半世紀が経過しても、ドル取引比率はむしろ安定的に推移してきたのです。

なぜ「紙くず」にならなかったのか。複数の要因が指摘できます。第一に、米国国債市場の圧倒的な流動性です。発行残高・取引量ともに他国を一桁上回り、各国中央銀行が外貨準備の運用先として代替手段を持ちにくい構造があります。第二に、SWIFTやCHIPSといったドル建て決済インフラの既存ネットワークです。利用者が増えるほど離脱コストが上がる、典型的なネットワーク外部性が働いています。第三に、軍事的プレゼンスと前章で論じた制裁能力です。

「使い続けられる構造」という答え

土田陽介氏は『基軸通貨』において、兌換性は基軸通貨の必要条件ではなかった、と整理します。重要なのは「使い続けられる構造」——すなわちネットワーク外部性と制度的慣性であり、これが一度成立すると、価値の裏付けが変質しても通貨の地位は容易には崩れないという見方です。

別の言い方をすれば、「いまさらドルを止めるわけにもいかない」という集合的な現状維持バイアスが、世界の決済秩序を支えていると考えられます。各国にとって、ドルから離脱した瞬間に被る取引コストの増加は、ドルを使い続けるコストを上回ります。この非対称性が、半世紀にわたるドル基軸の慣性を生み出してきたと言えるでしょう。

兌換性は基軸通貨の必要条件ではなかった——これが1971年から2025年までの歴史が示した答えです。教科書的な価値裏付け論では、この50年の経路は説明し切れません。

では、兌換性に代わって何がドルの地位を支えてきたのでしょうか。1970年代に米国とサウジアラビアの間で形成されたとされる「ペトロダラー」体制は、その答えのひとつを示唆します。原油決済をドル建てで固定する仕組みが、兌換性を失ったドルに新たな需要基盤を与えたという議論です。次章では、ペトロダラーの実態と現在地を、近年の中東情勢や人民元建て原油決済の動向も踏まえて検討します。

第4章 ペトロダラーの現在地

1974年 米サウジ密約とペトロダラー体制の成立

1971年のニクソンショックによって金との兌換性を失ったドルが、それでもなお基軸通貨としての地位を保ち続けた背景には、1974年に米国とサウジアラビアの間で交わされた一連の合意があったとされています。当時のキッシンジャー国務長官とファイサル国王の間で、サウジアラビアが原油輸出代金をドル建てで受領し、その収益の相当部分を米国債で運用する一方、米国はサウジ王室に対する安全保障の供与と軍事技術の移転を約束する、という枠組みが形成されたと伝えられています。

この合意は条約として公開された性質のものではなく、後年の機密解除文書や関係者の回顧録を通じて全容が明らかになってきた経緯があります。ただし、サウジアラビアが原油決済を一貫してドル建てで行ってきた事実、そして膨大な額の米国債を保有してきた事実は、米財務省 TIC データなどから観察可能です。

この枠組みは OPEC 加盟国全体に波及し、国際原油取引のドル建て決済が事実上の標準として定着していくことになります。原油という現代経済の基礎財がドルでしか決済されないという構造は、世界中の中央銀行に対してドル建て外貨準備を保有する強い動機を生み出し、ドルの基軸通貨性を金兌換停止後も支える土台となったと評価されています。

ペトロダラー・リサイクルの循環構造

ペトロダラー体制の本質は、単に石油代金がドルで支払われるという表層的な事実にとどまりません。中東産油国に流入した巨額のオイルマネーが、米国債や米国金融資産の購入を通じて再び米国に還流する循環構造、いわゆる「ペトロダラー・リサイクル」が組み込まれていた点に特徴があります。

この循環は米国にとって、財政赤字を低利で安定的にファイナンスする仕組みとして機能してきました。同時に産油国にとっても、ドル建て資産は流動性が高く、米国の軍事的庇護のもとで価値保全が期待できる運用先という位置づけがありました。両者の利害が一致する形で、半世紀にわたって維持されてきた構造であると言えるでしょう。

2022年以降の揺らぎ:人民元決済とmBridge

この構造に変化の兆しが見え始めたのが、2022年以降の動きです。象徴的な出来事として、2022年12月の習近平国家主席のサウジアラビア訪問、そして2023年11月に締結された中国人民銀行(PBoC)とサウジアラビア通貨庁(SAMA)の3年・500億人民元規模の通貨スワップ合意が挙げられます。これらを通じて、サウジから中国向けに輸出される原油の一部について人民元建て決済を行う方向で枠組みが整えられたと報じられました。

加えて2024年6月には、サウジアラビア中央銀行(SAMA)が BIS イノベーション・ハブが主導する mBridge プロジェクトに、観察員から正式メンバーへ移行したことが公表されています。mBridge は中央銀行デジタル通貨(CBDC)を用いた多国間決済プラットフォームで、中国人民銀行、香港金融管理局、タイ中央銀行、UAE中央銀行が中核を担っています。

これらの動きを捉えて、「ペトロユアンが誕生した」「ドル覇権の終焉が始まった」と評する論者も少なくありません。

実態の検討:揺らぎと「終焉」の距離

しかし、実態を数値で確認しますと、こうした評価は現時点では大きく先行しているという見方が一般的です。

第一に、サウジアラビアの原油輸出のうち人民元建てで決済されている比率は、依然として限定的な水準にとどまると見られています。S&P Global などの推計では、サウジ原油輸出全体に占める人民元決済の比率は概ね 1〜3% の範囲にあるとされ、決済通貨全体の構造を変えるほどの規模には達していません。

第二に、サウジアラビアの通貨リヤルは、1986年以来 1ドル=3.75リヤルでのドルペッグを維持しています。自国通貨そのものがドルにアンカーされている以上、外貨準備の中心がドル建て資産であることは構造的な必然です。SAMA の統計でも、外貨準備の大半が米ドル建て資産で運用されている状況は大きく変わっていません。

第三に、サウジが米国との関係を根本的に転換するインセンティブは、限定的であると考えられます。軍事面での米国依存、F-15 や THAAD など主要装備の保守・部品供給、ロイヤルファミリーの資産運用、米国の高等教育機関とのネットワーク——こうした多層的な結びつきを一斉に切り替えることのコストは、人民元決済導入の便益を大きく上回ると見るのが自然でしょう。

しばしば指摘される論点として、UAE やサウジ、あるいはタイといった国々が米国を「裏切る」という構図はやや単純化が過ぎ、むしろ現実に進行しているのは、特定の二国間取引について多通貨バスケット的な決済指標を採用する動き、いわば「オイルペッグ」的な決済の多様化ではないかという見立てがあります。これは可能性として観察に値しますが、「ペトロダラー体制の終焉」とは位相の異なる現象として整理されるべきであると考えられます。

BIS Triennial Central Bank Survey 2022 においても、FX 市場におけるドル取引比率は約88%(取引の片側ベース)で前回調査からほぼ変化なく、人民元のシェアは約2.6%にとどまっています。決済通貨の慣性は、政策的合意の有無とは別の次元で強固に働いていると言えるでしょう。

ペトロダラー体制は揺らいでいる、しかし「終焉」と呼べる段階からは依然として遠い——これが、現時点で利用可能な数値とソースに基づく穏当な評価であると思われます。

もっとも、決済通貨としてのドルの慣性を支えているのは、原油決済の慣行だけではありません。国際送金のメッセージング基盤である SWIFT、ドル建て決済の清算インフラである CHIPS、そして米財務省 OFAC の制裁執行という三層構造が、ドル決済から離脱しようとする経済主体に対して具体的な摩擦を生じさせる仕組みとして機能しています。次章では、この三層構造がどのように実装され、何を可能にしているのかを順に見ていくこととします。

第5章 SWIFT/CHIPS/OFAC 三層構造の実装

ドル覇権が今なお揺るがない理由を、抽象的な「信認」や「慣性」で語る論考は数多くあります。しかし実装レベルで見れば、その土台はきわめて具体的な3つのインフラに集約されます。SWIFT、CHIPS、OFAC の三層です。本章ではこの三層がどのように噛み合い、ドル建て国際取引の99%以上が米国の決済網を経由する構造を成立させているのかを、技術的に解剖していきます。

SWIFT —— 中立を装うメッセージング網

SWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)は、本部をベルギーのラ・ユルプに置く協同組合形式の国際組織です。世界200ヵ国超、11,000を超える銀行・金融機関が加盟しており、形式上は特定国の支配下にない中立的なインフラとして設計されています。SWIFT Annual Review 2024 によれば、1日に流通するメッセージ数は数千万件規模に達し、年間では160億件規模に達すると報告されています。

ここで誤解されやすい点を整理しておきます。SWIFTは送金そのものを行っているわけではありません。あくまで銀行間で「いくらをどこからどこへ送ってほしい」という指示を運ぶ通信網、すなわちメッセージングシステムです。実際の資金移動は別系統で行われ、SWIFTのMTメッセージやISO 20022形式のメッセージは、その指示書を標準フォーマットで届ける役割を担っています。

SWIFTが「中立」と言われるのは、ベルギー法に準拠した協同組合という建付けによるところが大きいと考えられます。ただし、後述するOFACの制裁対象となった銀行はSWIFTからも排除される運用が続いており、形式的中立と運用上の中立は別物だという見方が一般的です。

CHIPS —— ドル建て大口決済の本丸

SWIFTがメッセージを運ぶだけだとすれば、ドル建ての資金そのものはどこで動いているのでしょうか。その中核がCHIPS(Clearing House Interbank Payments System)です。CHIPSはThe Clearing House Payments Companyという米国民間銀行コンソーシアムが運営する、ドル建て大口決済のための清算ネットワークです。

参加銀行は40行台に絞り込まれており、1日の決済額は1兆ドルを超えるとされています。米国外の銀行であっても、ドル建てで大口の国際決済を行いたければ、参加銀行のいずれかにコルレス口座(取引のための預け金口座)を保有し、その経由でCHIPSにアクセスする必要があります。CHIPS上で清算された残高は、最終的にニューヨーク連邦準備銀行のFedwireに接続され、中央銀行マネーで決済完了となります。

つまりドル建て国際取引の最終ステップは、必ず米国の金融インフラの内部で行われていることになります。この事実が次のOFACの威力を成立させています。

OFAC —— 制裁を実装する財務省の腕

OFAC(Office of Foreign Assets Control、米財務省外国資産管理局)は、米国の経済制裁を実務上運用する部局です。中心的なツールがSDNリスト(Specially Designated Nationals and Blocked Persons List)で、ここに掲載された個人・法人・船舶等との取引は米国人・米国企業に対して原則禁止されます。

OFACの真の威力は、二次的制裁(Secondary Sanctions)にあると指摘されています。これは米国外の銀行・企業がSDN対象と取引した場合にも、米国の金融システムへのアクセス遮断という形で制裁を及ぼす仕組みです。象徴的な事例が2014年6月のBNPパリバ事件で、米司法省のプレスリリースによれば、スーダン・イラン・キューバ向けのドル決済を処理したとして同行は89億ドルの罰金を科されました。HSBCやStandard Charteredも同種の事案で数十億ドル規模のペナルティを受けています。

この水準の罰金は単なる違法行為への対価ではなく、米国外の金融機関に対して「米国の制裁を自発的に遵守させる」ための実効的な抑止装置として機能していると見る向きが一般的です。

三層の連動メカニズムとロックイン

ドル建て国際決済のフローと OFAC のフィルタリング 送金銀行 (海外側) SWIFT メッセージング コルレス銀行 (米国側) CHIPS 1日約1.8兆ドル NY連銀 / Fedwire 中央銀行マネー最終決済 OFAC(米財務省) SDN リスト・二次制裁 各段階でフィルタリング ドル建て国際取引の 99% 以上が米国の決済網を経由 SWIFT を切断するか、CHIPS 清算を止めれば、取引は完結しない
図3:SWIFT/CHIPS/OFAC 三層構造の連動メカニズム

ここまでの三層がどう連動するかを整理します。OFACがある主体をSDNリストに追加すると、CHIPS参加銀行はその主体を含む決済の清算を拒否します。SWIFT上で送金指示そのものは流せたとしても、最終決済段階で止まれば取引は完結しません。さらにSWIFT自体も、欧米当局の要請に基づき対象銀行を排除する運用が続いており、メッセージング段階で遮断される場合もあります。

重要なのは、この構造が「ドル通貨そのものを使えなくする」仕組みではなく、「米国の決済インフラを使えなくする」仕組みだという点です。理論上、当事者間で別ルートを構築すれば回避できるはずですが、土田陽介『基軸通貨』が指摘するように、ドル建て国際取引の99%以上は米国の決済網を経由しているため、実効的にはドル建て取引から排除されるのと同義になります。

ここに通貨のロックインが生まれます。仮にユーロ建てや人民元建てへ切り替えたとしても、取引相手の一方がドル建てを要求すれば、結局はCHIPSに戻ってきます。原油・鉱物資源・航空機リース等の国際市場価格が依然としてドル建てで形成されている以上、この回路から完全に抜け出すコストは極めて高いと考えられます。

SWIFTから切られたという報道は耳目を集めやすいものの、本丸はCHIPSとOFACの方にあると言えるでしょう。SWIFTは可視化されたシンボルにすぎず、実装上の支配力はその背後にある決済清算と制裁執行の二層に宿っている、というのが本章の結論です。

この三層構造が現実にどう機能したかを最も明瞭に示したのが、2022年以降のロシアに対する一連の制裁です。SDN指定、SWIFT排除、CHIPSアクセス遮断、外貨準備の凍結が同時並行で発動された結果、ロシア経済とグローバル金融秩序に何が起き、何が起きなかったのか。次章ではロシア制裁の教訓を整理し、ドル覇権の射程と限界を検証していきます。

第6章 ロシア制裁の教訓——ルピー死蔵と闇レート

基軸通貨の意味を、最も鮮明に可視化した事案が2022年以降のロシア制裁です。教科書的な国際金融論が抽象的に語ってきた「決済通貨を握られるとはどういうことか」という問いに、現実の経済データで答えが返ってきました。本章では侵攻直後の制裁発動から、ルピー死蔵、人民元受け取り回避、国内闇レート復活までの一連の流れを整理します。

侵攻直後の制裁発動と中央銀行資産凍結

2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を受け、G7とEUは同月26日に共同声明を発表し、主要ロシア銀行をSWIFTから遮断する方針を打ち出しました。3月にはVTB、ズベルバンク、オトクリティエ等の段階的遮断が進み、同時にロシア中央銀行の海外資産凍結が決定されました。

凍結対象となった資産規模はG7・EU・日本・スイスを合わせて約3,000億ドル相当と各種報道で伝えられています。ロシア中央銀行の外貨準備は約6,400億ドル規模とされており、そのおよそ半分が事実上利用不能となったとの見方が一般的です。決済インフラ(SWIFT)と価値保管インフラ(外貨準備)の双方を同時に遮断する措置は、近代以降の主要国に対する制裁としては前例の少ない規模であったと考えられます。

ルピー死蔵——「自国通貨で受け取っても使えない」

制裁回避の代替決済として、ロシアはインド向け原油輸出をルピー建てで進めました。2022年から2023年にかけてインドはロシア産原油の主要輸入国となり、2023年5月のピーク時には日量約200万バレル前後を輸入していたとの報道があります。ところがこの取引で受け取ったルピーが、ロシア国内に送金できないという問題が表面化しました。

インド・ルピーは部分的兌換通貨であり、資本規制の下で大規模な国外送金には制約があります。ロシア外相セルゲイ・ラブロフ氏は2023年5月、インド訪問時の記者会見で、インドの銀行にロシア側名義で約80億ドル相当のルピーが滞留しており「使い道が見つからない」状態にあると発言したと各国通信社が伝えました。

この事案は、基軸通貨論が長年指摘してきた論点を具体化したものと言えるでしょう。すなわち、自国通貨建てで貿易黒字を計上しても、その通貨が他国で自由に利用できなければ、保有資産としての価値は限定的にとどまる、という構造です。

人民元受け取り回避と通貨の非対称性

ルピー死蔵と並行して注目されたのが、ロシアが対中貿易の決済で人民元を必ずしも歓迎しなかったとされる動きです。中国人民銀行の人民元国際化報告書(RMB Internationalization Report 2024)等によれば、ロシアの外貨準備に占める人民元の比率は2022年以降上昇したと報告されています。一方で、決済通貨としての利用には複数の制約が指摘されました。

第一に、中国の人民元は管理変動相場制の下で、市場実勢よりも安く設定されているとの見方が一部のエコノミストから示されています。第二に、人民元はオフショア人民元(CNH)とオンショア人民元(CNY)が分断されており、両者のレート差や送金規制が存在するとされます。第三に、ロシアは中国からの輸入も大きく、貿易構造上、人民元が一方的に積み上がりにくい局面と、逆に余剰となる局面が交互に生じるとの分析もあります。

結果として、外貨準備の構成比では人民元シェアが上昇したものの、第三国決済への展開は限定的にとどまったとの報道が複数あります。基軸通貨でない通貨を受け取ることのコストが、制裁下で改めて意識された格好です。

闇レート復活と公式レートの乖離

国内市場でも特異な動きが観察されました。2022年3月初旬、ロシア・ルーブルは対ドルで一時130ルーブル台まで下落したと報じられています。その後、中央銀行による政策金利の大幅引き上げ(一時20%)、輸出企業への外貨売却義務付け、資本流出規制等の複合介入によって、公式レートは比較的短期間で侵攻前水準近傍に戻りました。

ただし、個人レベルの両替や国外送金の現場では、公式レートと実勢レートの乖離が広がったとする報道が2022年から2023年にかけて複数のロシア独立系メディアおよび西側通信社から伝えられています。空港や闇市場における外貨取得コストが公式レートの数十パーセント上に乗る場面があったとされ、ソ連末期に見られたタイプの二重レート構造が部分的に復活したとの分析が示されました。

その後、2024年6月にはモスクワ取引所におけるドル建ておよびユーロ建ての取引が、米国による対露追加制裁を受けて事実上停止される事態に至りました。ロシア中央銀行は銀行間OTC(店頭)取引の仲値を新たな公式レート算出基準として採用しましたが、市場価格の形成主体がより不透明な相対取引へと移行した格好です。

公式レートが管理介入で安定して見える一方、市場参加者の実感としてのレートが別に存在するという現象は、為替の信認が中央銀行の宣言ではなく取引主体間の合意で決まることを示唆しているとも考えられます。

代理変数を通じて仮説の妥当性を伺う

代理変数を通じて、仮説の妥当性を伺うこともできます。ロシア連邦統計局(Росстат)と中央銀行(cbr.ru)の公表データを照合しますと、フィルター付きタバコ 1 パックの平均小売価格は 2022 年 1 月時点で約 149.93 ルーブル、2024 年平均で約 176.84 ルーブル、2025 年 11 月時点で約 203.52 ルーブルと推移しています。これを各時点の公式為替レート(2022 年平均 68.35、2024 年平均 92.66 ルーブル/ドル)で換算すると、ドル建てではおおむね 1.91 〜 2.19 ドル/パックの範囲で推移する計算になります。同等品をドイツ・フランスの EU 諸国で比較しますと、ドル換算で 12.5 〜 14.2 ドル/パック程度の水準にあり、ロシアの価格は EU 水準のおよそ 15 〜 18% にとどまっています。

これを購買力平価(PPP)ベースで読みますと、ルーブルは公式レートが示すよりも 10 〜 15% 程度強い可能性が示唆されます。IMF が 2024 年にロシア経済を購買力平価ベース GDP で世界第 4 位と評価したこととも整合する方向です。一方、前節で確認したとおり、並行市場・銀行店頭仲値ベースでは、ルーブルは公式レートよりも 10 〜 20% 程度弱く取引されていたとの報道があります。公式レートと実勢が、購買力ベースと取引ベースで、それぞれ別方向に乖離している構図が浮かび上がります。資本流出規制と、輸入制限・国内物価抑制が同時に作用している結果である可能性を伺わせます。

ただし、これらの数値は本稿執筆時点で取得可能な公開データに基づくものであり、銘柄別の月次データやコカ・コーラ系飲料の代替ブランドを含む詳細比較は、公開資料として整備されていません。加えて、戦時動員下で個人消費需要そのものが変動している影響も考慮に入れる必要があり、代理変数を用いた為替推計には相応の留保が伴います。あくまで仮説の妥当性を伺わせる材料として位置づけるべき性格のものです。

小括

ロシア制裁が示した教訓は、基軸通貨を持たない国は戦時において「自国通貨も受け取った外貨も使えない」状態に陥り得る、という点に集約されると言えるでしょう。決済インフラからの遮断、外貨準備の凍結、代替通貨建て決済の死蔵、国内レートの二重化が同時並行で進む構造は、平時の貿易利便性とは別の次元で通貨の信認を測る指標と考えられます。通貨の力は、平時の取引コストではなく、戦時のロックイン構造で評価されるという見方が、この事案を通じて改めて浮かび上がったと整理できそうです。

次章では、視点を一気に転換します。国家・中央銀行・SWIFTといった上位インフラがすべて失われた極限状況——第二次世界大戦中の捕虜収容所や、現代の刑務所内——で、なぜ「たばこ」が貨幣として自然発生したのかを取り上げます。基軸通貨論の対極から、貨幣の本質を逆照射する試みとなります。

第7章 たばこ通貨と捕虜収容所——なぜ通貨は通貨になるのか

基軸通貨論を理解するためには、その対極にある「自然発生通貨」を観察することが有益と考えられます。通貨は中央銀行や国際協定がなくとも、閉じた共同体の中で自生する性質を持っています。しかし、自然発生通貨と国際基軸通貨とのあいだには、表層の類似を超えた構造的断絶があると言えるでしょう。

Radford論文が描いた捕虜収容所の貨幣経済

R.A.Radford は、第二次大戦中にドイツ軍の捕虜となったイギリス人経済学者です。解放後の 1945 年、彼は Economica 誌 Vol.12, No.48 に “The Economic Organisation of a P.O.W. Camp” と題する論文を発表しました。この論考は、現在もミクロ経済学・貨幣論の古典として参照されることが多いものです。

Radford の観察によれば、収容所内では赤十字から配給されるパッケージに含まれる紙巻きたばこが、ごく短期間のうちに事実上の通貨として機能するようになったとされています。食料・衣類・サービスの価格はたばこ建てで掲示され、賃金もたばこで支払われ、賭博や闇取引の決済もたばこで完結していたと記録されています。価値尺度・交換媒体・貯蔵手段という貨幣の三機能が、誰の指令もなく自生的に成立した事例として、しばしば言及されています。

たばこが通貨となった4つの特性

Radford 論文および後続研究の整理を踏まえると、たばこが通貨機能を獲得した背景には、おおむね四つの条件があったと考えられます。

第一に規格化です。紙巻きたばこ 1 本が小額単位、20 本入りの箱が中額単位として、自然に階層的な単位構造を形成しました。第二に一定の希少性で、赤十字パッケージの配給頻度が供給量に上限を与えていました。第三に耐久性であり、湿気管理さえ怠らなければ数週間から数ヶ月の保存に耐えたとされています。第四に内在価値で、最終的には喫煙という消費財として用途を持っていた点が挙げられます。

この四条件は、後述する他の閉鎖空間における代替通貨にも共通して見られる構造との指摘があります。

現代の刑務所における代替通貨

たばこ通貨は歴史的遺物ではありません。米国では Bureau of Prisons(BOP)が 2004 年に連邦刑務所内での喫煙を全面禁止しました。これに伴い、長らく事実上の通貨として流通していた紙巻きたばこは、施設内経済から消滅したと報じられています。

代替として浮上したのが青サバの缶詰、いわゆる Mackerel です。The Atlantic や NPR の 2008 年前後の報道によれば、規格化されたパウチ缶が 1 単位として用いられ、2017 年頃までは主要な決済手段だったとされています。これに加え、即席ラーメン、インスタントコーヒー、未使用切手なども、施設や時期によって通貨として機能してきたことが、学術論文 “Cigarettes, Cans, and the Currency Function of Goods in Closed Economies” 等で論じられています。

興味深いのは、これらの財がいずれも前節の四条件——規格化・希少性・耐久性・内在価値——を満たしている点でしょう。閉鎖経済における通貨選択は、参加者の偶発的合意ではなく、財の物理的特性によって相当程度予測可能だと考えられます。

なお、より広い国際比較を試みる際にコカコーラ缶を共通単位として用いる議論もありますが、各国の砂糖税や輸入関税の差が小売価格に大きく反映されるため、純粋な価値尺度として用いることには慎重な検討が必要との指摘があります。たばこについては、フィリップモリス インターナショナルや日本たばこ産業(JT)等の多国籍企業が国別販売データを公表しているため、ドル換算の比較は技術的には可能ですが、それでも国別の税制差による価格差は残存します。

自然発生通貨と国際基軸通貨——アナロジーの境界

1971 年のニクソン・ショック直後、一部の論者は「ドルはやがてたばこに置き換わる」と揶揄する向きを示しました。これはドルが内在価値を失い、刑務所内の代替通貨と同水準にまで地位を落とすという比喩で、半ばジョークの文脈で語られたものと整理できます。ただ、揶揄の底には「内在価値を失った紙幣は早晩信認を失う」という素朴な直感が共有されていたとも見られます。

半世紀後の現実は、この直感とは異なる方向に進みました。たばこは依然として刑務所という閉じた空間の中でしか通貨機能を持たず、ドルは国際決済通貨として覇権を維持しているのが現状です。揶揄に込められていた前提——内在価値が通貨の信認を支える本質的条件であるという前提——そのものが、国際基軸通貨の現実とは噛み合っていなかったわけです。

たばこ通貨と国際基軸通貨は、まったく異なる体系に属します。たばこ通貨の 4 条件(規格化・希少性・耐久性・内在価値)は、いずれも「閉じた空間で財そのものが持つ物理的属性」に依存します。一方、国際基軸通貨の 3 条件(軍事的担保・決済インフラ・制裁能力)は、いずれも「開かれた国際社会で発行国が持つ制度的・地政学的属性」に依存します。

| 軸 | たばこ通貨 | 国際基軸通貨 | |—|—|—| | 成立空間 | 閉鎖空間(収容所・刑務所) | 開放空間(国際社会) | | 支える条件 | 財の物理的属性 | 発行国の制度的属性 | | 自然発生性 | あり(参加者の暗黙合意で自生) | なし(制度設計の積み上げで構築) | | 内在価値 | 必須(喫煙という消費財) | 不要(不換紙幣として成立) |

内在価値を持たない不換紙幣であっても、制度的バックアップが充実していれば基軸通貨たりうる——これが半世紀の経験が示した答えです。通貨の発生メカニズムを理解することと、基軸通貨の交代条件を理解することは、別個の知的作業と言えます。両者の区別を曖昧にしたまま「ドルの内在価値喪失」を論じても、論点が噛み合わないことが多いと考えられます。

次章では、自然発生通貨ではなく、国家主導で設計された制度通貨の最前線——中央銀行デジタル通貨(CBDC)を用いた多国間決済プラットフォーム「mBridge」——を取り上げ、ドル決済網に対する制度的挑戦の実像を検討していきます。

第8章 mBridge の正体——通貨ではなく決済インフラ

人民元基軸化を語る文脈で、しばしば「切り札」として持ち出されるのが mBridge です。中央銀行デジタル通貨(CBDC)を用いた多国間決済プラットフォームであり、ドル決済を経由せずに参加国間の取引を完結させる仕組みとして注目を集めてきました。ただし、その実態を一次ソースに沿って整理すると、mBridge は「新しい通貨」ではなく「決済インフラ」にとどまるという理解が妥当であるように見受けられます。

mBridge の基本構造

mBridge は、国際決済銀行(BIS)の Innovation Hub Hong Kong Centre が 2021 年から主導してきたプロジェクトです。BIS は 1930 年設立、世界 60 以上の中央銀行が加盟する協力機関で、しばしば「中央銀行の中央銀行」と呼ばれ、国際金融統計の整備や決済システム研究を担ってきました。国際的中立性と公的信認の象徴ともされる機関です。BIS Innovation Hub の 2023 年 10 月公表資料によれば、参加メンバーは中国人民銀行(PBoC)、香港金融管理局(HKMA)、タイ中央銀行(BoT)、UAE 中央銀行(CBUAE)の 4 行で出発し、2024 年 6 月にサウジアラビア通貨庁(SAMA)が正式メンバーとして加わったと発表されています。

技術的には、各国の中央銀行が発行する CBDC(中国の e-CNY、UAE の e-AED 等)を共通のプラットフォーム上で相互に決済できるよう設計されており、即時グロス決済(PvP:Payment versus Payment)方式を採用しているとされます。決済ファイナリティを数秒〜数十秒で確定させる点が、コルレス銀行を経由する従来の国際送金との大きな差異と説明されてきました。

mBridge は「通貨」ではない

ここで重要なのは、mBridge そのものは新しい通貨を発行する仕組みではないという点です。ユーロのように単一の法定通貨を新設するスキームではなく、既存の各国 CBDC を相互に交換するための共通レイヤーにすぎません。

土田陽介氏は『基軸通貨——ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書 0291、2024 年)において、決済インフラと基軸通貨は別次元の論点であると整理しています。決済の迅速化と、その通貨が国際的に価値保蔵手段として選好されるかどうかは、まったく別の問題だという指摘です。多通貨バスケット建ての交換価値指標を設計したとしても、それはあくまで会計単位的な性格を持つ指標であって、ユーロのように加盟国が自国通貨を放棄して採用する単一通貨とは構造が異なると考えられます。

mBridge の意義と限界——規模感で見る現在地

意義としては、ドル決済を経由しない二国間決済が技術的に可能になる点が挙げられます。米国の制裁リスクを意識する参加国にとって、SWIFT や CHIPS を経由しないルートを確保する戦略的価値はあると見る向きもあります。

ただし、ここで省略されるのは「ドル換算という手続き」であって、ドル覇権を支える中心構造そのものではないという見方が一般的です。具体的には、米国債という巨大な安全資産プールへの需要、SWIFT・CHIPS・OFAC が形成する三層構造、そしてユーロダラー市場を含む国際金融取引の建値慣行は、mBridge の有無とは独立して存続します。

規模感を数値で確認しますと、mBridge の取引実績は 2024 年累計で約 55 億ドル、決済件数は約 4,000 件と The Block 等が報じています。一方、ドル建て決済の中核を担う CHIPS は 1 日あたり 1 兆ドル超を清算しており、SWIFT のメッセージ流量は 1 日数千万件規模に達するとされます。mBridge の累積規模は CHIPS の年間清算額のおよそ 0.002% に満たない水準であり、現時点では決済インフラとしての周辺的な位置づけと言えるでしょう。技術的なフィージビリティが確認されたという段階であり、ドル決済網を代替するだけの実用規模には到達していません。

さらに踏み込んで言えば、mBridge の決済額に占めるデジタル人民元(e-CNY)の比率は約 95% に達しているとの分析もあります。多通貨バスケット型の決済プラットフォームを掲げながら、実態としては人民元中心の運用構造になっているわけです。この点を踏まえると、mBridge は「多通貨決済の中立的インフラ」というより、「人民元の国際的影響力を多通貨の形式で拡張する試み」として読むほうが、実態に近いと考えられます。

取引完了後に手元に残る通貨をどこに置くかという問題も残ります。サウジアラビアの石油代金を e-CNY で受け取ったとして、そのまま人民元建ての資産で運用し続けられるだけの市場の厚みと自由な兌換性があるかと問えば、現時点では限定的と言わざるを得ません。資本規制が残る人民元建て資産、市場規模が限られるサウジリヤル建て資産では、最終的な価値保管先として米国債に比肩する選択肢を提供できていないというのが、複数の論者の整理です。

BIS 離脱と BRICS Bridge 構想

もう一点、見落とせないのが BIS の立場の変化です。BIS 一般支配人の Agustín Carstens 氏は 2024 年 10 月 31 日、mBridge プロジェクトから BIS が「卒業」する旨を公表しました。公式理由は、プロジェクトが 4 年間の役割を完了し、参加国中央銀行に運営を引き継ぐ段階に達したというものです。

ただし、この発表のタイミングは注視に値します。同年 10 月にロシア・カザンで開催された第 16 回 BRICS 首脳会議では、mBridge の技術基盤を応用した「BRICS Bridge」と呼ばれるドル回避決済システム構想が討議されたと複数のメディアが報じました。Carstens 氏自身が「mBridge は BRICS 専用のツールではない」と発表時に明言したことが、逆に BRICS Bridge との連想が拡がっていた状況を示唆しているとも読めます。BIS という国際的中立性を旨とする機関が、米国を中心とする加盟国からの政治的反応を視野に入れ、運営主導権を参加国中銀に譲り渡す選択をしたという解釈も成立し得ます。

BIS 離脱後は、中国・香港・タイ・UAE・サウジアラビアの中央銀行が運営を継続する形となっています。中国主導の色合いはむしろ強まったとの分析が一般的であり、決済額に占める人民元比率の高さもこの構造と整合します。技術的なフィージビリティと、地政学的な受容性は別の問題だという土田氏の整理は、ここでも有効と考えられます。

なお、中国国内メディア(人民日報・中国社会科学院系列等)は mBridge の進展を「アジア通貨統合のハード権益確立に向けた一歩」として肯定的に評価する論調が確認されます。一方、BIS 離脱について中国当局・主要メディアからの公式の反応や反論は確認しにくく、対外的に慎重な対応姿勢がうかがえる状況です。

湾岸諸国の「形式参加」と米国の中東軍事プレゼンス

ここでもう一段、踏み込んでおきます。サウジアラビアと UAE という湾岸産油国が mBridge に参加していること自体は、地政学的な接近を示唆する事実です。しかし、両国が mBridge を実質的な主要決済ルートとして本格採用するかどうかは、別の論点として残っています。

第 1 章で論じたとおり、基軸通貨の第 1 条件は軍事力です。サウジ・UAE の安全保障は、米国の軍事プレゼンスに長年依存してきた構造があります。F-15・パトリオット・THAAD といった主要装備の保守、米第 5 艦隊によるペルシア湾の航行確保、空軍基地・前方展開拠点を含む実体的なプレゼンスは、現在も継続しています。2026 年 2 月以降に深刻化したイラン情勢に対して、米国・イスラエルが軍事的関与を強化しているとされる中、米軍は地域に推計 5 万人規模の駐留を継続し、サウジアラビアや UAE も含む湾岸諸国にとって安全保障面での米国依存の構造は、ますます明確になっています。ホルムズ海峡は 2 月以降事実上の封鎖状態にあるとされ、湾岸諸国にとって航行確保と安全保障は喫緊の現実的課題となっています(ホルムズ海峡情勢と日本経済への影響については、本稿の関連記事 「2026年5月 ホルムズ海峡『事実上の封鎖』で日本経済は?」 も参照)。こうした環境下で、湾岸諸国が人民元決済圏への実質コミットを深めることは、政治的に容易ではないと考えられます。

mBridge への正式参加は、複数決済オプションの確保という戦略的選択肢として理解する余地があります。ただし、それと「ペトロダラーから本格的に離脱する」こととは、相応の距離があると見るのが穏当でしょう。湾岸諸国の選好は、いつ何が起きるかわからない中東情勢のなかで、究極的には軍事的担保を持つ通貨に向きやすい構造があるためです。

小括

以上を踏まえると、mBridge は「決済プラットフォーム」としては一定の前進であるものの、人民元を単独の基軸通貨に押し上げる装置とまで評価するのは過大であるように見受けられます。むしろ、多通貨バスケットの形式で人民元の国際的影響力を拡張する試みとして読むのが実態に近く、現時点ではその伸長度合いは、ドル決済網と比較して周辺的な水準にとどまっています。BIS という国際公的看板を失った後の中国主導化、そして米国の中東軍事プレゼンス継続下で湾岸諸国の実質コミットが進みにくい構造を考慮すると、mBridge の今後の伸長は、技術的フィージビリティだけでは規定できない地政学的変数に左右されると言えるでしょう。

では、人民元が単独で基軸通貨になるためには、何が足りないのでしょうか。次章では、土田氏や複数の国際金融研究者が指摘してきた「人民元基軸化を阻む 4 つの構造的障害」を、資本規制・市場の厚み・法の支配・ネットワーク外部性の観点から整理していきます。

第9章 人民元が基軸通貨になるための4障害

第1章で示した基軸通貨の3条件、すなわち発行国の軍事力、決済ネットワークの普遍性、そして制裁の有効性は、いずれも「その通貨を保有することの安全」を担保する条件でした。本章では、この枠組みを踏まえつつ、エコノミストの土田陽介氏が整理する4つの構造的障害に沿って、人民元の基軸通貨化を阻む要因を見ていきます。なお、人民元基軸化の構造的限界については、本稿の前哨記事 「人民元は基軸通貨になれない|アメリカドル一強を支える4つの構造障害」 でも論じておりますので、併せてご参照ください。

第1障害:自由な交換性の欠如

中国は1996年12月1日に IMF 協定第8条受諾国としての義務を引き受け、経常勘定取引(貿易・サービス・所得移転)について人民元の交換性を実現しましたが、資本勘定取引については現在も規制を維持しています。なお、2008年は人民元クロスボーダー決済の試点(パイロット)プログラムが開始された別事象として位置づけられます。個人の年間外貨購入額は5万ドル相当が上限とされ、企業による対外証券投資は適格国内機関投資家制度(QDII)や適格国内有限責任組合制度(QDLP)といった枠組みを通じてのみ可能です。

IMFは基軸通貨採用の重要な判断基準として「freely usable currency(自由に利用可能な通貨)」という概念を用いており、2016年のSDR構成通貨入りの際にも、この点は議論の対象となりました。SDRバスケットにおける人民元の構成比率は2022年の見直しで10.92%から12.28%へ引き上げられた一方、IMFは資本勘定取引の規制が残存している事実そのものは認めています。

資本規制の維持は、中国当局が「為替の安定」を政策目標として重視している結果と考えられます。資本移動の自由・為替の安定・独立した金融政策の三つを同時に達成することはできない、いわゆる国際金融のトリレンマがここに横たわっていると見る向きが一般的です。

第2障害:流動性の不足とオンショア/オフショアの分断

人民元市場は、中国本土で取引されるオンショア人民元(CNY)と、香港・シンガポール・ロンドン等で取引されるオフショア人民元(CNH)に分断されています。両者は同じ通貨でありながら別個のレートを持ち、規制環境も異なります。為替差は通常はわずかですが、市場が動揺する局面では拡大する傾向が観察されています。

SWIFTが公表するRMB Trackerによれば、国際決済通貨としての人民元のシェアは、近年の月次データで概ね2〜4%台で推移しているとされています。米ドル(47%前後)、ユーロ(22%前後)、英ポンド(7%前後)と比較すると、依然として相当の開きがある状況です。

もっとも、中国当局が独自に整備してきた人民元クロスボーダー決済システム(CIPS:Cross-border Interbank Payment System)の利用は着実に拡大しています。中国人民銀行公表値によれば、CIPS の取引額は 2024 年に約 175 兆元(約 24 兆ドル相当)、前年比で約 43% 増加し、対応する参加国・地域は 119 に達したとされます。CIPS の年間決済額は、米ドル建ての CHIPS(1 日約 1.8 兆ドル、年率では数百兆ドル規模)と比較しますと、概ね 3 〜 5% 程度の水準にあると推計されます。

主要決済システムの年間決済規模(対数スケール) 10億ドル 1,000億ドル 10兆ドル 1,000兆ドル 10京ドル Fedwire 米中央銀行 約1,000兆ドル CHIPS 米国ドル建て 約660兆ドル TARGET2 ユーロ圏中銀 約595兆ドル CIPS 中国人民元 約24兆ドル mBridge 中央銀行間 約55億ドル(累計) CIPS は CHIPS の約 3.7%、mBridge は CHIPS の約 0.001%
図4:主要決済システムの年間決済規模比較(対数スケール、推計含む)

ただし、この数字の評価には注意が必要です。CIPS の取引内訳について、中国人民銀行は総額・件数のみを公表し、純粋なクロスボーダー決済と、オフショア人民元(CNH)⇔ オンショア人民元(CNY)の銀行間清算、中国国内銀行の海外支店経由振替といった「準クロスボーダー」取引との分解は非公開です。Federal Reserve や CSIS、Lawfare 等の分析でも、CIPS の規模拡大は事実であるものの、ドル覇権への直接的な脅威としては誇張気味との論調が優勢になっています。SWIFT 経由で観測される人民元の国際決済シェア(2025 年 5 月時点で 2.88%)と、CIPS / CHIPS 比率(約 3 〜 5%)は、桁としてはほぼ近接した水準にあり、人民元の実体的な国際決済シェアは、いずれの指標で見ても 3% 程度の範囲にあると整理するのが穏当でしょう。

外国為替市場における存在感はさらに限定的です。BISが3年ごとに実施するTriennial Central Bank Survey 2022によれば、外国為替取引における人民元のシェアは取引片側比率で約2.6%、米ドルの88%とは桁違いの開きがあります。基軸通貨の条件である「深く、厚く、いつでも捌ける市場」という観点からは、流動性の不足が依然として課題と言えるでしょう。

第3障害:法治と司法独立

通貨を保有するということは、第1章で述べたとおり、発行国の司法制度が自分の財産権と契約を保護してくれると信じることに等しいと言えます。この点で、中国の法制度は固有の特徴を持っています。

中国共産党中央政法委員会は人民法院(裁判所)と人民検察院(検察)の活動を指導する位置づけにあり、司法は党の指導下に置かれる建付けとなっています。これは三権分立を前提とする多くの諸国の制度設計とは異なる構造です。

外国企業や投資家にとっては、契約紛争が司法手続きに持ち込まれた場合の予測可能性をどう評価するかが問題となります。中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)などの仲裁機関の独立性についても、国際的な評価は分かれており、近年では一部の多国籍企業が紛争解決地を香港やシンガポールに移す動きも報告されています。

第4障害:市場の透明性

中国国家統計局が公表する経済データの信頼性をめぐっては、長らく国際的な議論が続いています。GDP統計、失業率、物価統計のいずれについても、エコノミストや国際機関の中に独自の推計を行う者が一定数存在することは、データに対する慎重な姿勢の表れと見ることもできるでしょう。

上場企業の財務開示についても課題が指摘されています。米国議会は2020年12月にHolding Foreign Companies Accountable Act(HFCAA、外国企業説明責任法)を可決し、米国上場企業に対して米国公開会社会計監視委員会(PCAOB)による監査調書検査の受入れを義務付けました。これにより、検査を3年連続で受け入れない企業は米国市場から上場廃止となる枠組みが導入されました。2022年8月に米中監督当局間で監査協力覚書が締結され、PCAOBによる検査体制が一定の段階で整備されたとされていますが、その後の運用継続については関係者の注視が続いています。

加えて、当局によるキャピタルコントロールが市場価格形成のメカニズムに介入する余地を残していることも、透明性評価の観点からは論点として残されていると考えられます。

総括:トリレンマと政治的選択

人民元は、発行国の経済規模で見れば世界第2位の通貨です。中国人民銀行が公表する人民元国際化報告書でも、クロスボーダー決済における人民元利用は年々拡大していると報告されています。

しかし、本章で見た4つの障害、とりわけ第1障害である資本規制は、基軸通貨化の前提条件と密接に関わるものです。資本規制を撤廃すれば、外国投資家による人民元資産アクセスは飛躍的に拡大する反面、為替コントロールは失われ、独立した金融政策の運営余地も狭まります。これは中国当局にとって、政治的に選びにくい選択肢であると見る向きが一般的です。

人民元の基軸通貨化は、技術的な決済ネットワーク整備だけでは進まず、為替体制・司法制度・統計開示制度といった、より深い制度層の選択を伴うものと考えられます。

次章では、こうした制度面の議論を一旦離れ、中国経済そのものの足元の姿を見ていきます。名目GDPの世界第2位という見出しの裏側で、実質的な経済の体力に何が起きているのか、第1弾で論じた不動産危機の延長線上で改めて整理してみたいと思います。

第10章 中国経済の名目と実質の逆転——基軸通貨論からの視座

基軸通貨論の本筋からはやや脱線しますが、人民元基軸化の現実可能性を測るうえで、発行国である中国経済の実相を確認しておく必要があります。とりわけ近年顕在化している「名目と実質の逆転」「低金利下での高成長」という二つの論点は、通貨への信認問題と直結すると考えられます。なお、中国不動産危機の構造的問題については The JFSC PROJECT 第1弾「遅れてきた日本——中国不動産危機30年比較」 で詳述したため、本章では基軸通貨論との関連に絞って整理します。

名目GDPデフレーターのマイナス連続

国家統計局(NBS)公表のGDPデフレーターは、2023年第2四半期から2025年第2四半期まで9四半期連続でマイナス圏に沈んでいます。GDPデフレーターは経済全体の物価動向を示す指標であり、消費者物価指数より広範な価格変動を捉えるため、これがマイナスで推移しているということは、一般物価水準が継続的に下落している局面、すなわちデフレ状態にあると解釈できるでしょう。

結果として、名目GDPが実質GDPを下回るという反転現象が生じています。通常の経済では名目値が実質値を上回り、その差がインフレ分として観測されますが、中国ではこれが逆転している状況です。IMF World Economic Outlook 2025年10月版でも、中国のGDPデフレーターのマイナス推移が指摘されており、デフレ脱却の道筋が見えにくいとの分析が示されています。

低金利下の高成長という不整合

中国財政部公表データによれば、2025年初頭時点の中国10年国債利回りは約1.82%とされています。同時期の主要国比較では、米国が約4.5%、英国が約4.5%、ドイツが約2.4%、日本が約1.7%という水準にあり、中国の名目金利は日本に次ぐ低位、新興国としては異例の低さといえます。

ここでフィッシャー方程式に当てはめて整理しますと、実質金利は名目金利から期待インフレ率を差し引いた値となります。名目1.82%、期待インフレ率がほぼゼロまたは僅かにマイナスであるとすれば、実質金利は概ね2%から3%程度と推計されることになります。

一方、国家統計局公表の実質GDP成長率は2024年通年で5.0%とされています。先進国の経験則では、実質金利が実質成長率を恒常的に下回る状態は「金融抑圧」と呼ばれる例外的局面であり、長期にわたって維持することは難しいとされています。実質金利2-3%下で実質5%成長が持続する条件としては、①全要素生産性の異例の伸び、②政府主導投資が市場経済を上回る効率性で運用されていること、③公表統計の信頼性、のいずれかが成立している必要があると考えられます。これら三条件のうち、特に①②については国際機関や独立系シンクタンクから疑問が呈されているのが現状です。

代替指標による独立推計

公表統計への疑念を補う指標として、いわゆる李克強指数があります。これは2007年に当時遼寧省党委書記であった李克強氏が米国大使館との会談で「GDP統計は人為的なものであり、参考にすぎない。私は電力消費量、鉄道貨物輸送量、銀行貸出残高の三つを見ている」と述べた内容がWikileaks経由で公表されたことに由来します。これら三指標から推計する手法は、その後エコノミストの間で広く参照されるようになりました。

独立系調査機関であるCapital Economicsの China Watch シリーズでは、2024年の中国実質成長率について独自推計で2%台から3%台との数値が示されており、公式統計5.0%との乖離が指摘されています。この乖離は単年の誤差ではなく、過去複数年にわたって継続している点が問題視されており、公式統計と実態の差が累積していけば、将来的に修正コストが発生する可能性があるとの見方もあります。

PPPベースで見た中国経済の規模

公表GDPの信頼性議論とは別に、購買力平価(PPP)ベースで見た中国経済の規模そのものは、近年顕著な水準に達しています。世界銀行が公表した2021年基準の購買力平価国際比較プログラム(ICP)の最新データ(2024年改定値)によれば、PPP ベースでの中国 GDP は約 35.24 兆国際ドル、米国は約 24.16 兆国際ドルと推計されており、中国は米国を上回る規模に到達しているとされています。IMF World Economic Outlook の PPP ベース指標でも同様の傾向が示されており、中国経済の「実体的な購買力規模」は名目為替レート換算で見るよりも大きいという整理が、国際機関の間で共有されてきました。

ただし、PPP ベースの規模が大きいことと、その国の通貨が基軸通貨として機能できることとは、別の論点です。PPP は国内物価水準で見た購買力の比較指標であり、国際金融取引の決済通貨としての受容性、安全資産プールの厚み、自由な交換性とは、性質を異にしています。中国経済が PPP ベースで世界第 1 位に到達しているという事実は、人民元基軸化の追い風として援用されることがありますが、本稿で繰り返し確認してきた通り、基軸通貨化に必要な制度的条件(資本規制撤廃、司法独立、市場透明性、軍事的担保)はそれぞれ別個に評価される必要があります。

基軸通貨論との接続

ここまで整理した論点——名目と実質の逆転、低金利と高成長の不整合、公式統計と独立推計の乖離、そして PPP ベースの規模と基軸通貨化条件の分離——は、いずれも市場の透明性および制度的成熟度という論点に集約されると考えられます。第9章で論じた人民元基軸化の第4障害、すなわち金融市場の透明性問題と地続きの構造です。

通貨が基軸通貨として国際的に受容されるためには、発行国の経済データに対する市場参加者の信認が前提となります。GDP、物価、金利、財政収支といった基礎データが公表通りに信頼できるという共通認識があってはじめて、その通貨建ての金融資産が長期保有の対象となりうるからです。

土田陽介『基軸通貨』においても、通貨覇権を支える条件として経済規模そのものに加え、データの透明性と市場アクセスの自由度が重要であると論じられています。現状の中国経済データに対する国際的な評価を踏まえると、人民元基軸化の道筋には、経済規模や貿易量だけでは埋められない信認上の課題が残されていると考えられます。

本章で整理した経済データの透明性問題は、対外的な経済戦略の評価にも波及します。次章では、人民元国際化の主要な手段とされる一帯一路構想を取り上げ、参加国の対外債務問題、いわゆる「債務の罠」論をめぐる論点を、国際機関の調査と独立研究の双方から整理していきます。

第11章 一帯一路と「債務の罠」——基軸通貨経済圏構築の頓挫

一帯一路の構想と規模

一帯一路(Belt and Road Initiative、以下BRI)は、2013年9月に習近平国家主席がカザフスタン・ナザルバエフ大学で「シルクロード経済ベルト」構想を表明し、同年10月にインドネシア国会で「21世紀海上シルクロード」構想を演説したことに始まる広域経済圏構想です。陸路で中央アジア・中東・欧州を、海路で東南アジア・南アジア・アフリカ・地中海を結ぶ二系統が骨格とされ、中国商務部および外交部の公表資料によれば、参加実績は2024年3月時点で 152 か国+32 国際機関に達しています。

投融資の累計規模については、米シンクタンクAEI(American Enterprise Institute)が運営するChina Global Investment Trackerが、2013年から2024年までの累計で1兆ドルを超えるとの推計を示しており、中国商務部公表ベースでも直接投資と請負工事を合計した累計額は約1.3兆ドル規模に達するとされています。建設契約と投資が概ね半々の構成で、エネルギー、運輸、金属、不動産の4分野が中心と分析されています。資金の出し手は中国国家開発銀行、中国輸出入銀行、シルクロード基金、アジアインフラ投資銀行(AIIB)などが中核を担ってきたと整理されています。

マーシャル・プランとの対比

BRIはしばしば米国のマーシャル・プラン(1948-1951年)と比較されます。マーシャル・プランの援助総額は当時価値で約130億ドル、現在価値換算で約1,500億ドル規模とされ、西欧16カ国に対し4年間でドル建てで配分されました。重要なのは、援助されたドルが西欧域内で流通し、域内貿易の決済通貨として定着し、後の不換紙幣化(1971年ニクソン・ショック)以降もドルが基軸通貨の地位を維持する土壌を作った点にあると指摘されています。

これに対しBRIは、累計投融資規模では米国の戦後復興援助を名目額で上回る一方、人民元の国際流通には限定的な影響しか及ぼしていないとの分析が複数あります。国際決済におけるSWIFT統計(RMB Trackerシリーズ)でも、人民元のシェアは2023年12月のピーク4.74%から2025年5月時点で2.88%まで後退しており、ドル(約47%)、ユーロ(約22%)と比較すると依然として小さいと言えるでしょう。BRIの融資の多くがドル建てで実行されてきたとの指摘もあり、「自国通貨を相手国に流通させる」という基軸通貨化の段階に至っていないと考えられます。

債務の罠 主要事案

BRI関連で「債務の罠」と呼ばれる事案が複数の参加国で報じられています。

スリランカのハンバントタ港は、債務返済の困難から2017年に中国国有企業を含む合弁会社に99年間の運営権が譲渡され、事実上の長期租借となりました。同事案は「債務の罠」論の象徴例として国際的に言及されることが多い案件です。ザンビアは2020年11月に新型コロナ禍のなかで対外債務のデフォルトを宣言し、対中債務は約60億ドルと報じられ、債務再編交渉が長期化したとの記録があります。

パキスタンは2022年以降、繰り返しIMFの救済プログラム下にあり、対中債務は約300億ドル規模との推計が示されています。ラオスは2023年に公的・公的保証債務がGDP比100%を超え、中国系企業が出資する電力会社が国営電力会社の送電網運営に深く関与する構造となったと報じられています。モンテネグロでも、中国輸出入銀行から借り入れた高速道路建設債務の返済を巡り、EUへの支援要請が行われたとされています。

批判と再反論

「債務の罠」という枠組みについては、論争があります。中国外交部は記者会見等で「西側によるレッテル貼り」「事実と異なる政治的言説」と繰り返し反論してきました。英王立国際問題研究所(Chatham House)が2020年に公表した論考「Debunking the Myth of ‘Debt-trap Diplomacy’」は、ハンバントタ港の事例を精査した上で、「意図的に罠を仕掛けた」という説明には実証的裏付けが弱いとしつつ、結果として相手国の主権領域に影響が及んだ事案は存在すると整理しています。

米William & Mary大学のAidData研究所が2021年と2023年に公表した「Banking on the Belt and Road」シリーズは、対中債務の再交渉事案が累積で100件超に達したこと、契約に守秘条項・担保条項・交差デフォルト条項などが組み込まれている事例が多いことを報告しています。意図性の有無とは別に、契約の不透明性が後年の摩擦を生む構造があるとの分析と読めます。

国内的に見ても、中国国家開発銀行・中国輸出入銀行の対外融資には不良債権化リスクが高まっているとの報道が複数あり、政治的目的で実行された大規模融資が経済的に回収困難になる構図は、かつての京都による「新銀行東京」(中小企業向け融資を政策目的で拡大した結果、巨額の累積損失を計上した地域金融機関の事案)と比較される論調も見られます。経済合理性より外交目的が先行した融資の帰結という観点からは、共通する論点があると考えられます。

基軸通貨論との接続

BRIは、設計段階では人民元の国際化を後押しする梃子としての側面が意識されていたとの分析があります。人民元建て融資の拡大、相手国中央銀行との通貨スワップ協定、人民元クロスボーダー決済システム(CIPS)の利用拡大などが、累積的に人民元の国際的地位を高める道筋として想定されていたと整理できます。

しかし実際には、参加国の多くが債務問題に直面し、債務再交渉のなかで中国側に有利な条件が浮上したと報じられたことで、参加国側の警戒感が高まったとの分析があります。基軸通貨化の前提として求められる「相手国側の自発的な保有意思」と「相手国民間部門での流通」という条件を満たすには、政治的反発が累積する経路はむしろ逆行する可能性があると言えるでしょう。マーシャル・プランがドル覇権を補強したのとは対照的な軌跡を辿っているとの見方が、現時点では優勢に思われます。

次章では、人民元が基軸通貨経済圏を構築する上で直面する3つの構造的障害——資本移動規制、法の支配と司法独立、金融市場の深さと透明性——を、より制度面から検討します。

第12章 基軸通貨化(キーカレンシー化)の構造的限界——中国経済が抱える3障害

前章までで、人民元国際化の試みが SWIFT 代替インフラの脆弱性、資本規制の継続、一帯一路の債務問題という3つの壁に阻まれてきた経緯を見てきました。本章ではより根源的な問いに踏み込みます。すなわち、ある通貨が基軸通貨(キーカレンシー)、つまり国際的な決済・準備・契約の中心通貨へと至るには、どのような構造条件が必要なのか。そしてその条件に照らしたとき、中国経済はどこで詰まっているのか、という問いです。米ドル覇権の歴史的経験から導かれる3つの構造条件を順に検討し、最後に補足として人口動態の影響に触れます。

第1障害:経常赤字を出せる経済構造

基軸通貨の供給メカニズムを考えるうえで、まず押さえておきたいのは米国の対外ポジションです。米商務省経済分析局(BEA)の国際投資ポジション統計によれば、米国の対外純債務は2025年第4四半期時点でおおむね27.5兆ドル規模(資産約43.0兆ドル、負債約70.5兆ドル)に達しているとされます。この巨額の純債務は、米国が長年にわたり経常赤字を計上し続けてきたことの裏返しです。

ここで重要なのは、経常赤字そのものが「弱さ」ではなく、基軸通貨を世界に供給する経路として機能してきたという点でしょう。米国が財・サービスを輸入し、その対価としてドルを世界に流出させる。流出したドルは各国の準備資産・貿易決済・金融取引に用いられる。この循環が米ドル基軸の血流を成り立たせていると考えられます。

ベルギーの経済学者ロバート・トリフィンが1960年に提示した、いわゆる「トリフィンのジレンマ」は、まさにこの構造の二面性を指摘したものです。基軸通貨国は世界に通貨を供給するために経常赤字を許容する必要があるが、赤字が累積すれば信認が低下しうる、という緊張関係です。

中国はこの第1の条件において、出発点が逆向きと言えるでしょう。製造業輸出を主軸とする経済モデルのもと、構造的な経常黒字国として歩んできました。経常黒字を維持しながら人民元を世界に流通させる経路は、原理的には資本収支からの流出に限られますが、第11章で見たとおり、一帯一路を通じた人民元の対外供給は債務持続性の問題に直面しています。経常収支の構造を反転させずに基軸通貨化を進める道は、構造的に狭いと言わざるを得ません。

第2障害:内需の弱さ

第2の条件は、世界から財・サービスを吸収できるだけの内需の厚みです。国家統計局(NBS)の公表データを踏まえた各種推計によれば、中国の家計最終消費支出が GDP に占める比率は、近年は概ね40%前後の水準にとどまっています。これに対し、米国はおよそ68%、日本は53%前後、ドイツも52%前後と、いずれも50%を上回ります。世界平均と目される58%程度と比較しても、中国の数値は明確に低位にあります。

家計消費比率の低さは、内需だけで経済を回すことが難しい構造を意味します。結果として外需依存、すなわち輸出ドライブ型の成長から抜け出しにくい状態が続いてきました。中国当局は2020年5月、習近平国家主席の発言を契機に「双循環戦略」を提唱し、国内大循環を主とし、国内・国際の双循環が相互に促進する経済モデルへの転換を打ち出したとされます。ただし、家計消費比率の趨勢的な引き上げという観点で見るかぎり、その効果は限定的との評価が見られます。

基軸通貨国は、世界の供給能力を吸収する「最終需要の場」としての役割を果たします。内需が薄いままでは、「世界から輸入を増やし、その対価として自国通貨を散布する」モデルが成立しにくいと考えられます。

第3障害:司法独立性の欠如

第3の条件は、契約執行と財産権保護にかかわる司法の独立性です。基軸通貨を保有するということは、最終的にその発行国の法制度が、外国保有者の財産・契約上の権利を保護することへの信頼に立脚しています。

中国においては、共産党による司法に対する指導関係が制度上明示されており、これが国際的な契約執行・仲裁の場面でどのように作用するかについては、評価が分かれてきました。中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)は国際商事仲裁の主要機関の一つですが、その独立性や手続透明性に対する国際的な見方は一様ではありません。外国直接投資の保護に関する不確実性も、累次の事例を通じて議論の対象となってきました。

人民元建てで大規模なクロスボーダー取引・長期保有を行うとは、いざという局面で中国の裁判所・仲裁機関による権利救済を受け入れることに等しいと言えるでしょう。この点に対する国際金融市場の評価が定まらないかぎり、基軸通貨化に必要なリスクヘッジ環境は整いにくいと考えられます。

第4の隠れた障害:人口動態という時間軸

最後に、3つの構造条件の背景に流れる人口動態に触れておきます。中国国家統計局公表値によれば、中国の総人口は2021年末の約14億1,260万人をピークに、その後は減少局面に入ったとされます。国連の世界人口推計2024年版(World Population Prospects 2024)では、2050年の中国人口は約12.6億人と見込まれており、ピーク時からおよそ1.4億人規模の減少が示唆されています。

基軸通貨とは、数十年単位の長期信認に支えられる通貨です。人口減少と高齢化が進む経済における長期成長率の天井、そしてその下での財政・金融政策の制約は、基軸通貨化にとって追い風とは言いにくい条件と考えられます。

総括——構造的に異なる経済モデルの帰結

以上を整理しますと、基軸通貨化に求められる構造条件——経常赤字を許容する供給メカニズム、世界の供給能力を吸収する強い内需、外国保有者の権利を担保する独立した司法——のいずれにおいても、中国経済は現行の構造から距離があると言えるでしょう。

これは中国経済の善し悪しを論じる話ではありません。製造業輸出主導・国家統制型のモデルと、消費主導・自由市場・司法独立を前提とする基軸通貨モデルとは、設計思想が根本的に異なります。中国当局が基軸通貨化を中長期の戦略目標として真剣に追求するのであれば、経済モデル全体の転換が不可避と考えられますが、それは政治的にも社会的にも容易な選択ではないでしょう。

ここまでは「人民元はなぜ基軸になりにくいか」を構造面から検討してきました。次章では視点を一度引いて、ドル覇権の崩壊を予言してきた主要論者たちの議論を体系的にレビューし、本稿の枠組みから反論を試みます。トリフィンのジレンマから Bretton Woods III 論、武器化反動論まで、6 派閥に整理して順に検証していきます。

第13章 ドル陥落論への反駁——主要論者たちの主張を検証する

ドル覇権の崩壊を予言する議論は、学界・実務界で長年にわたって積み重ねられてきました。古典的なトリフィンのジレンマから、近年の Bretton Woods III 論、武器化反動論まで、論者によって主張の角度は異なるものの、いずれも「ドル一強体制は永続しない」という結論を提示してきた点では共通しています。

本章では、主要なドル陥落論を 6 派閥に整理し、それぞれの代表的論者の主張を概観したうえで、本稿が提示してきた枠組み——軍事・決済・制裁の三位一体構造、人民元基軸化を阻む 4 つの構造的障害、ハードカレンシー化に求められる構造条件、そして本稿独自の 4 テーゼ——から反論を試みます。

派閥1:古典構造論派——Triffin のジレンマ

ベルギー出身の経済学者ロバート・トリフィン(Robert Triffin、エール大学)は、1960 年に書籍『Gold and the Dollar Crisis』を上梓し、同年の米議会証言で、基軸通貨国(米国)が国内目標と国際責務の間で抱える構造的矛盾を指摘しました。基軸通貨を世界に供給するには経常赤字が必要だが、その赤字の累積が通貨価値への信認を蝕む、という後に「トリフィンのジレンマ」と呼ばれる論理です。

本稿の反駁: このジレンマは 1971 年の金兌換停止で実体的に顕在化したわけですが、その後半世紀にわたってドル覇権は維持されてきました。第 3 章で論じた通り、兌換性は基軸通貨の必要条件ではなかった、というのが歴史の答えです。さらに第 12 章で述べた通り、米国経常赤字の累積(対外純債務約 27.5 兆ドル)は基軸通貨を世界に供給する経路として機能しており、Triffin のジレンマは構造的矛盾であると同時に基軸通貨の供給メカニズムそのものでもあるという両面性を持っています。

派閥2:マルチカレンシー化派——Eichengreen「Exorbitant Privilege」

UC Berkeley の経済史家バリー・アイケングリーン(Barry Eichengreen)は、書籍『Exorbitant Privilege: The Rise and Fall of the Dollar』(Oxford University Press、2011 年)で、ドルの「過剰特権」が歴史的にどう形成されたかを論じ、長期的にはドル一強から複数通貨が並立するマルチカレンシー化への移行を予測しました。

本稿の反駁: マルチカレンシー化は本稿でも第 14 章で扱う通り、外貨準備に占めるドル比率の漸減(70% 台 → 57%)として実際に進行しています。しかしこれは「基軸通貨の交代」ではなく「相対的シェアの変化」であり、グローバル基軸通貨としての地位はドルに留まっているというのが現時点の評価です。Eichengreen 自身も、マルチカレンシー化を「ドル覇権の終焉」とは区別して論じている点に留意が必要です。

派閥3:米中覇権交代派——Dalio「Changing World Order」と Pettis

レイ・ダリオ(Ray Dalio、Bridgewater Associates 創業者)は著書『Principles for Dealing with the Changing World Order』(2021 年、Avid Reader Press)で、覇権国の興亡サイクルを歴史的に検証し、米中覇権の交代局面に世界が入りつつあるという見立てを示しました。本人の公式サイト principles.com でもフレームワーク概要が公開されています。

また、米国人エコノミストでありながら北京大学光華管理学院に教授として籍を置くマイケル・ペティス(Michael Pettis、Carnegie Endowment 公式)は、米国経常赤字とドル覇権の構造的矛盾を一貫して論じ、人民元国際化の可能性についても分析を加えてきました。

本稿の反駁: 人民元が米ドルに代替する基軸通貨となるには、第 9 章で論じた 4 つの構造的障害(自由な交換性・流動性・法治と司法独立・市場の透明性)と、第 12 章で論じたハードカレンシー化のための 3 障害(経常赤字を出せる経済構造・内需の弱さ・司法独立性)をすべてクリアする必要があります。Pettis の指摘する米国経常赤字の構造矛盾は、Triffin のジレンマと同じ問題に行き着くものですが、これは「代替が登場する」ことを意味しません。本稿独自のテーゼ 1(NATO・核傘下の通貨だけがハードカレンシー化に到達している)も、米中覇権交代論に対する反論材料となります。

派閥4:米国財政赤字派——Roubini

「Doctor Doom」の異名を持つヌリエル・ルービニ(Nouriel Roubini、NYU Stern)は、米国の双子の赤字(経常赤字+財政赤字)の持続不能性、米国国債の格下げ、新興国の脱ドル化加速を継続的に警告してきました。著書『Megathreats』(2022 年)や Project Syndicate での連載でも、ドル覇権への懐疑的視座を展開しています。

本稿の反駁: 米国財政赤字の規模は確かに巨大(連邦政府債務約 38 兆ドル、GDP 比 100% 超)であり、フィッチが 2023 年 8 月に AAA → AA+ へ、ムーディーズも 2025 年に Aaa → Aa1 へ格下げを実施しました。しかし、格下げ後もドル比率は 57%(COFER 2025 年第 3 四半期)を維持しており、米国財政赤字の懸念は脱ドル化の決定打になっていません。

さらに踏み込めば、米国の経常赤字・財政赤字そのものが、基軸通貨を世界に供給するメカニズムであるという論点を見落としてはなりません。米国が経常赤字を出すことで、世界にドルが流出し、各国の準備資産・貿易決済・金融取引に用いられます。この循環がなければ、世界はドルを十分に保有できません。経常黒字国(中国・ドイツ・日本等)は、通貨を世界に流通させる経路を構造的に持ち得ません。トリフィンのジレンマの「不安定性」の側面ではなく、その「供給メカニズム」の側面に着目すれば、米国の赤字は基軸通貨であることの「欠陥」ではなく、むしろ「必要条件」と整理することもできます。Roubini や Pettis が指摘する「双子の赤字の持続不能性」は、ドル覇権の脆弱性を示すものではありますが、同時に、赤字を出さない国の通貨は基軸通貨にはなれないという逆説を示してもいます。基軸通貨とは「赤字でも使われる通貨」であり、もっと言えば「赤字でなければ世界に流通しない通貨」なのです。

実際、この「赤字でも基軸通貨として求められる」構造は、米国国債の金利水準に明瞭に表れています。米国は連邦政府債務約 38 兆ドル、対外純債務約 27.5 兆ドルという巨額の赤字を抱えながら、10 年国債利回りは 4% 台前半にとどまっています。同等規模の赤字を抱えた新興国(トルコ・アルゼンチン等)の長期金利が 10% 超に跳ね上がる事実と対比すると、米国だけが赤字を出しながら低金利を維持できるという「過剰特権(Exorbitant Privilege)」が浮かび上がります。世界が決済通貨としてドルを求め、その結果として米国債が継続的に買われ、金利が低位に抑えられる——この循環構造こそが、トリフィンのジレンマの「不安定性」を実質的に相殺している現代の現実です。Eichengreen が書名にしたこの概念は、ドル陥落論への反論材料としても本稿の主軸を支えています。

この「赤字でも金利低位」のメカニズムを支えているのは、米国の金融セクター(ニューヨーク中心)の還流力です。米国が経常赤字を通じて世界にドルを流出させても、そのドルは結局、世界中の中央銀行・投資家によって米国債・米国株・米国債券市場に再投資されます。ニューヨーク金融市場が世界最大級の規模と流動性を備えていることで、流出したドルが効率的に米国内に還流する循環が成立しているのです。

日本が政府債務 GDP 比約 235% という米国の倍近い水準にもかかわらず、円安と避難先機能の喪失に苦しんでいる構造的理由のひとつは、ここに求められます。日本は経常黒字を維持していますが、その黒字の中身は近年、貿易黒字ではなく所得収支(海外子会社からの配当・利子)が中心となっています。しかも、海外子会社の利益は本国還流せず現地再投資に回るケースが多く、名目上の黒字が実際の資金還流につながりにくい構造があります。

この変化の背景には、日本の製造業の長期にわたる海外移転——いわゆる「産業空洞化」——があります。かつて、トヨタ・ホンダ・松下電器(現パナソニック)等の輸出企業が国内に大規模な生産拠点を抱えていた時代、海外で稼いだ売上は日本国内に還流し、従業員給与・税金・関連サプライチェーンを通じて国内経済を直接潤していました。しかし 1990 年代以降の円高・人件費上昇・現地市場対応のため、製造業は次々と海外現地生産にシフトしました。日本企業の海外現地生産比率は、自動車・電機・精密機械等の主要輸出産業で大幅に上昇し、生産・雇用・税金・売上のサイクルが現地完結する構造に変質しています。本国に戻るのは配当・ロイヤルティ等の所得収支のみであり、それも一部は現地再投資に回されます。

東京金融市場の規模も、ニューヨーク・ロンドンには及びません。この「黒字でも資金が本国に戻りにくい」構造——金融セクター弱と製造業空洞化のダブルパンチ——が、円信認の構造的弱さの一因となっていると整理できます。

英国もまた、米国に次ぐ金融セクター(ロンドン)の強さを背景に、ポンドの国際的地位を維持してきた事例として挙げられます。米国もかつての製造業大国から金融・サービス経済への移行を経ていますが、ニューヨーク金融セクターの強さによって本国還流の機能を維持できている点が、日本との決定的な違いといえます。基軸通貨としての地位を支えるのは、製造業の輸出力でも経常黒字の規模でもなく、金融セクターを通じた還流力 であるという視点は、本稿の枠組みに重要な補足を加えます。

ただし、米国が常に積極的に赤字を拡大してきたわけではない点も留意が必要です。1985 年 9 月のプラザ合意(G5 によるドル安誘導合意)、1995 年以降のルービン財務長官による「強いドル政策(Strong Dollar Policy)」の正式化、2018 年前後のトランプ政権でのスタンスのブレ、2021 年以降のイエレン財務長官による伝統的立場への回帰など、米国は時期によってドル価値の強弱に対する政策スタンスを明確に調整してきました。基軸通貨の供給メカニズムとしての赤字は構造的真実である一方、その規模・スピード・通貨価値の維持水準は、連邦政府・FRB・財務省の政策判断に委ねられる側面も存在します。基軸通貨の地位は「成り行きの結果」だけで保たれているのではなく、政策的な意思と構造的供給メカニズムのバランスの上に立っているのが現実と整理できます。

ここで因果関係を整理しておきます。本稿は「赤字こそ基軸通貨の供給メカニズム」という観点を提示してきましたが、これは「赤字を出しているから基軸通貨になれる」という単純な一方向の因果ではありません。むしろ「基軸通貨であるからこそ、経常赤字・財政赤字の両方を抱えても許容される」という循環的な因果関係の中に、米国は置かれています。経常赤字は世界にドルを供給する経路、財政赤字は通常であれば通貨価値を毀損する要因ですが、米国は両方を抱えながら基軸通貨の地位を維持し続けています。

米国の政府債務 GDP 比は約 122% にまで上昇しており、Roubini らの懸念は数字としては正当です。しかし、この水準でも基軸通貨が維持されている事実は、究極的な決定要因が「赤字の有無や規模」ではなく、「国際的なキャッシュフローとマネーを流通させるパワーの裏付け」——軍事力・決済インフラ・制裁能力という本稿の三位一体構造、さらに市場の厚みと制度的信認——にあることを示唆しています。日本は政府債務 GDP 比約 235%(2025 年 3 月時点、約 1,324 兆円)と米国の倍近い水準にありますが、基軸通貨ではないがゆえに、財政赤字の代償が円安と避難先機能の喪失として顕在化しています。これは米ドル以外の通貨が「キーカレンシー」になれない構造的な難しさを、日本という具体例で示しているとも整理できるでしょう。

派閥5:商品本位制回帰派——Pozsar「Bretton Woods III」

元 Credit Suisse のストラテジスト、ゾルタン・ポズサー(Zoltan Pozsar)は、2022 年 3 月の Credit Suisse レポート「War and Commodity Encumbrance」において、ロシア制裁後の世界秩序を「Bretton Woods III」と命名し、金やコモディティが新たな価値の裏付けとなる体制への移行を提唱しました。ロシア中央銀行資産凍結が「外貨準備の意味」を根本から問い直したという認識に基づく議論です。

本稿の反駁: 商品本位制への回帰は理論的には興味深い議論ですが、実装段階での困難は大きいと考えられます。mBridge の取引規模が CHIPS 年間清算額の 0.001% にも満たない現状(第 8 章)、IMF SDR が民間取引で広く流通する性格のものではない点(第 14 章で詳述)を踏まえると、決済インフラの代替は技術的には可能でも、価値保管先としての米国債需要を代替する仕組みは見えていません。Pozsar の指摘する「外貨準備の意味の問い直し」は本稿第 6 章のロシア制裁論と通底する論点ですが、それでも代替が登場していないという現実が答えになっています。

派閥6:武器化反動派——Mohsin「Paper Soldiers」と Posen

Bloomberg のホワイトハウス・米財務省担当記者サレハ・モーシン(Saleha Mohsin)は、書籍『Paper Soldiers: How the Weaponization of the Dollar Changed the World Order』(2024 年、Portfolio Books / Penguin Random House)で、米財務省がドルを制裁ツールとして用いる構造と、そのコストとしての脱ドル化加速を論じました。

Peterson Institute for International Economics(PIIE)の所長アダム・ポーゼン(Adam Posen)も、ロシア制裁を契機とした基軸通貨ドルの「過剰特権の終焉」を Foreign Affairs 等で警告してきた論者の一人です。

本稿の反駁: ドルの武器化が新興国に脱ドル化のインセンティブを与えていることは事実です。しかし、代替決済網(mBridge・CIPS)の規模は CHIPS の数%にとどまり、ハードカレンシー化に必要な制度的条件を欠いた状態では「ドル離れの意思」と「ドル離れの実行」の間に大きな乖離が残ります。本稿独自のテーゼ 3(mBridge は人民元拡張の試み、ただし実体規模は限定的)とテーゼ 4(SWIFT 外を加味しても人民元決済の実体シェアは概ね 3% 程度)が示す通り、武器化反動はあっても、代替の構築は遅々として進んでいません。

章のまとめ——6 派閥への反駁から見えるもの

6 派閥それぞれの論者は、ドル覇権の脆弱性・矛盾・歴史的経緯について鋭い指摘を提供してきました。これらの議論は本稿の論述にとっても有用な批判的視座を提供します。

ただし、それぞれの陥落論には共通する盲点があるように思われます。それは、「ドル覇権の脆弱性」と「代替の登場」を同一視してしまう傾向です。本稿が一貫して論じてきた通り、ドル覇権の脆弱性は事実として存在しますが、それは即座に代替通貨の登場を意味しません。基軸通貨化に求められる軍事・決済・制裁の三位一体構造、ハードカレンシー化に必要な経済・制度的条件、そして既存通貨ネットワークの慣性は、いずれも単一の論点では片付かない複合的な障壁を形成しています。

次章では、これらの議論を踏まえたうえで、ドル覇権そのものの脆弱性を直視し、それでも代替が登場しない構造的理由を最終的に整理し、次の 30 年の見通しを示すこととします。

第14章 ドル覇権の脆弱性と代替不在——次の30年

ここまでの各章では、ドル覇権の歴史的形成過程と、代替候補とされてきた人民元・mBridge・ペトロユアン構想等の限界を整理してきました。本編最終章となる本章では、視点を反転させ、まずドル覇権そのものが抱える脆弱性を直視します。その上で、それでも代替通貨が登場しない構造的理由を改めて整理し、次の30年の見通しを示すこととします。

ドル覇権の脆弱性——その両面性

ここで本章を読み進める前に、本稿が一貫してきた視座を再確認しておきます。米国の対外純債務や財政赤字は、表面的にはドル覇権の脆弱性として読まれがちですが、本稿は第 12 章のトリフィンのジレンマ論および第 13 章の Roubini 反駁で論じた通り、これらの赤字を 基軸通貨を世界に供給するメカニズムそのもの として捉える視座を採用しています。経常黒字国は通貨を世界に流通させる経路を構造的に持ち得ません。本章で扱うドル覇権の「脆弱性」は、その意味で、基軸通貨の宿命的な両面性——通貨供給メカニズムであると同時に信認低下要因——として読まれる必要があります。

ドル覇権が万全であるという見方は、データを見る限り取りにくくなっています。

米国の対外純債務は、2025年第4四半期時点で約27.5兆ドル規模に達したと米商務省経済分析局(BEA)の国際投資ポジション統計は示しています(資産約43.0兆ドル、負債約70.5兆ドル)。経常収支赤字の累積が対外純債務を膨張させてきた構造は、変わっていません。連邦政府債務残高についても、米財務省 Debt to the Penny によれば2025年12月時点で約38兆ドル規模、GDP比は100%を大きく超える水準で推移していると報じられています。

国際的な格付け機関の判断も、この間に変化が見られました。フィッチ・レーティングスは2023年8月、米国の長期外貨建て発行体デフォルト格付けを AAA から AA+ に引き下げました。さらにムーディーズも2025年に、米国の長期発行体格付けを Aaa から Aa1 へと引き下げたと公表しています。債務上限を巡る政治的協議の度重なる難航が、両社の判断理由の一つとして挙げられました。

加えて、各国当局による制裁ツールとしてのドル決済網利用が、長期的に「脱ドル化」の動機を蓄積させているとの指摘もあります。IMF の COFER 統計を見ると、世界の公的外貨準備に占めるドル比率は、2000年代初頭の70%台前半から、2025年時点では概ね57%程度まで低下していると報じられています。低下の主因は、ドル比率の代替として豪ドル・カナダドル・人民元等のいわゆる「非伝統的通貨」のシェアが微増していることにあるとの見方が一般的です。

これらを並べると、ドル覇権は不変の構造物ではなく、相応の脆弱性を抱えながら推移していると考えられます。

「有事のドル買い」——歴史的パターンと円の調達通貨化

ドル覇権が危機時に補強されるパターンは、近年に始まったものではありません。歴史的に、世界が金融・地政学的危機に直面するたびに、資金がドルへ回帰する「有事のドル買い」と呼ばれる現象が観察されてきました。

2008 年 9 月のリーマン・ショックは、その典型的な事例です。米国そのものが金融危機の震源地でありながら、リスクオフの巻き戻しによって主要通貨に対するドル指数(DXY)は短期間で急騰し、ユーロやポンド等に対してドルが大幅に買われました。米国が問題の中心であってもドルが避難先として機能するという、基軸通貨の特異な強さが示された場面です。2020 年 3 月のコロナショック、2022 年 2 月のロシア侵攻時にも、リスクオフ局面でドル買いが進行する同様のパターンが確認されています。

対照的に、かつては「有事の円買い」と呼ばれる現象も存在しました。円キャリートレード(低金利の円を借りて高金利通貨で運用するポジション)は 2007 年初頭時点で約 1 兆ドル規模に達していたとされ、危機時にはこれらのポジションが急速に巻き戻されることで円が買われていました。日本は長年、世界最大級の対外純資産国として知られ、危機時には海外資産の本国還流による円買いも発生しました。リーマン後の 2008 年にはキャリートレードの大規模な巻き戻しが進行し、その後も円高基調が続いた時期があります。

しかし、これらの円買いは「決済通貨としての能動的選好」というよりは、ポジション解消と資金還流の結果として観察される受動的・自動的な現象 でした。ドル買いが「基軸通貨としての決済通貨選好」に支えられているのに対し、円買いは「資金フローの自動的な還流」に支えられていたという質的な違いは、キーカレンシーとハードカレンシーの本質的な差を照らし出します。

近年は、円が「有事に買われなくなった」傾向が強まっています。日銀のゼロ金利政策(1999 年開始)と量的緩和(2001 年導入)の長期化により、円は国際金融市場で「調達通貨(funding currency)」として位置づけられました。日本の対外純資産は 2024 年第 4 四半期時点で約 3.66 兆ドルとプラスを保っていますが、ドイツ(約 4.12 兆ドル)、中国(約 4.05 兆ドル)に抜かれ、世界第 3 位の地位となっています。長らく世界最大の対外純資産国だった日本の地位後退は、有事の円買いを支えていた還流メカニズムの土台を揺るがしています。

加えて、日本国債発行残高は 2025 年 3 月時点で約 1,324 兆円、政府債務 GDP 比は 234.9% に達しており、日銀がそのうち 46.3% を保有する構造も、円信認の質を変えました。2022 年以降の急速な円安進行は、円が避難先機能を失ったことを象徴的に示しています。

ハードカレンシー円ですら、危機時の避難先機能はドルに一元化しつつあるというのが近年の現実です。スイスフランやユーロも避難先候補としては機能しますが、いずれもドルの吸収力には遠く及びません。「有事のドル買い」は、ドル覇権の代替不在を市場のメカニズムが日々確認している過程と整理することができます。

直近の中東情勢とドル覇権の一時的強化

ここまで列挙したドル覇権の脆弱性は、いずれも中長期的な構造論です。短期の局面に目を向けますと、2026 年 2 月以降に深刻化したイラン情勢は、ドル覇権を一時的に補強する方向で作用しているとも見られます(→関連記事:2026年5月 ホルムズ海峡「事実上の封鎖」2027年台湾有事 中国は本当にやれるのか)。米国・イスラエルがイランに対する軍事的関与を強化し、米軍が地域に推計 5 万人規模の駐留を継続しているとされる中で、ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態に置かれています。原油・LNG の輸送路を物理的に確保するのが米第 5 艦隊である以上、湾岸諸国にとっての安全保障コストは、軍事的担保を持つ通貨——すなわちドル——への需要を改めて押し上げる方向で働きます。

第 1 章で論じた基軸通貨の第 1 条件、すなわち軍事力による担保が、中東情勢の緊張下でむしろ実感的に再確認されている格好です。長期的に見ればドル覇権は対外純債務・財政赤字・脱ドル化圧力という構造的な摩擦に晒されていますが、地政学的緊張が高まる局面では、軍事プレゼンスを持つ国の通貨に資金が回帰するという、これまで繰り返し観察されてきたパターンが今回も働く可能性が高いと考えられます。「不完全な覇権」が「軍事的担保」によって短期的に補強される構造は、本稿が描いてきた中長期トレンドと並列して見ておく必要があると言えそうです。

代替が登場しない構造的理由

もっとも、ドルの相対的地位が低下しているという事実と、代替基軸通貨が登場するという見立ては別の議論です。各候補の制約を改めて整理しますと、次のように考えられます。

人民元については、第9章で論じた資本規制・法の支配・市場深度・国際信認の4障害に加え、第12章で扱った基軸通貨化のための制度的3障害が依然として残ります(→ 詳細整理:人民元は基軸通貨になれない|4つの構造障害)。ユーロは、統一財政の不在、銀行同盟の未完成、加盟国間の政治的緊張といった構造課題を抱えており、域外の基軸通貨へと拡張するハードルは高いとされています。円については、日本経済の規模縮小傾向、市場流動性の頭打ち、人口動態の制約から、グローバル基軸通貨の役割を担う条件を満たすのは難しいとの見方が一般的です。スイスフランや英ポンドは、信認は高いものの経済規模が小さすぎるという制約があります。

非ソブリン通貨を見ても、金は実物決済の困難さからデジタル時代の決済適性に欠けるとされ、ビットコインやイーサリアム等の暗号通貨はボラティリティと規制不確実性の問題が指摘されています。IMF の SDR(特別引出権)は構成通貨の合成バスケットであり、各国準備の一部としては機能していますが、民間取引の決済通貨として広く流通する性格のものではありません。

つまり、ドル比率が漸減することと、特定の通貨がドルに置き換わることは、別次元の話だと言えるでしょう。

マルチカレンシー化シナリオ

このため、今後の現実的シナリオとして語られることが多いのは、単一基軸通貨の交代ではなく、地域別・取引別での通貨の使い分けが進む「マルチカレンシー化」です。

ドルは依然として最大シェアを占め、米国の安全保障の傘の下にある取引では基軸通貨としての地位を維持する可能性が高いと考えられます。人民元は中国経済圏内の取引や、一帯一路参加国の一部で利用が広がる可能性があります。ユーロは EU 域内と北アフリカ等の周辺地域での使用が中心となるでしょう。

ただし、この見立てを「基軸通貨の交代」と表現するのは正確ではないように思われます。マルチカレンシー化はあくまで「ドルのシェア微減と、他通貨の局所的伸長」という相対的変化であり、グローバル基軸通貨としての地位はドルに留まるとの見方が一般的だからです。

CBDC 競争

近年の論点として、各国中央銀行デジタル通貨(CBDC)の動向も整理しておきます。

米国は2023年7月に即時決済サービス FedNow を稼働させましたが、CBDC そのものについての発行可否は2025年時点でも結論が出ていません。中国は e-CNY(デジタル人民元)の試験稼働を 17 省 26 地区へと段階的に拡大しており、中国人民銀行公表値では個人ウォレット約 1.8 億口座、累計取引額 7.3 兆元規模に達しているとされています。EU はデジタルユーロについて、欧州中央銀行(ECB)が2025年から準備段階に入ったと報じられています。インドの e-Rupee も試験運用が継続しているとされます。中央銀行間決済の領域では、第8章で扱った mBridge プロジェクトが進行しています。

ただし、CBDC は決済技術の革新であって、通貨そのものの覇権交代を意味するものではない、というのが多くの論者の見方です。発行通貨が物理紙幣からデジタル形態に切り替わったとしても、その通貨に対する信認や法的基盤、流動性の問題は別途残るためです。

次の30年の見通し

これらを踏まえ、次の30年の見通しを段階的に整理しますと、おおむね以下のようなレンジで議論されているように思われます。

短期(〜2030年)については、ドル覇権の支配的地位は不変であり、シェアの漸減はあっても基軸通貨としての位置づけが変わる可能性は低いと考えられます。中期(2030〜2040年)には、マルチカレンシー化が進行し、外貨準備に占めるドル比率が45〜55%程度まで低下する可能性が一部で指摘されています。長期(2040〜2055年)については、CBDC や量子計算等の技術革新、および地政学的変動次第で振れ幅が大きく、確たる見通しを立てることは困難ですが、完全な基軸通貨交代は構造的に依然難しいとの見方が現時点では多いようです。

ここで想起されるのは、土田陽介氏が『基軸通貨』で示した、ポンドからドルへの基軸通貨交代でさえ半世紀以上を要したという指摘です。さらに、ドル自体が1971年のニクソン・ショックで金との兌換性を失った後も、結果として基軸通貨の地位を維持してきたという事実は、基軸通貨が持つ慣性の強さを示していると考えられます。デジタル化時代にあっても、この慣性は一定程度持続するとの見方には相応の説得力があるでしょう。

本稿独自の論点整理——4つのテーゼ

本稿は土田陽介氏の基軸通貨論を出発点としつつ、各章で独自の論点整理も試みてきました。最後に、本稿が提示する4つの独自テーゼをここで明示的にまとめておきたいと思います。

テーゼ1:「NATO・核傘下の通貨」だけがハードカレンシー化に到達している(必要条件としての軍事的担保)

ユーロ・ポンド・円・スイスフランといった主要ハードカレンシーは、いずれも米国軍事力の保護下、ないしは米国を中心とする西側同盟の枠組みに置かれています。NATO加盟国の通貨か、英仏の核戦力に支えられた通貨か、日米同盟下の通貨か、NATO圏に地理的に囲まれた中立国の通貨か——いずれかの軍事的担保を欠いた経済規模国の通貨で、ハードカレンシーレベルに到達した例は現状ほぼ確認しにくいというのが、本稿の整理です。チェコ・コルナやポーランド・ズロチがNATO加盟国であってもハードカレンシー化していないことから、軍事的担保は「必要条件の一つ」にとどまりますが、それでも基軸通貨化の前提層として実証的に見えてきます。

テーゼ2:ロシア為替の「双方向の乖離」——制裁下経済の二層介入構造

第6章で観察したロシア・ルーブルの為替動向は、公式レートを基準として双方向に乖離する稀有な事例となっています。並行市場・銀行店頭仲値ベースではルーブルが公式より弱く(10〜20%減価)、購買力平価ベースでは公式より強く(10〜15%強含み)取引・観察されている構造です。資本流出規制(並行市場側の減価圧力)と輸入制限・物価補助(PPP側の強含み)が同時に作用した結果として整理することができ、戦時下の為替管理が二層構造を生んでいるという独自の観察です。

テーゼ3:mBridge は「多通貨決済」というより「多通貨の皮をかぶった人民元の影響力拡張の試み」、ただし実体規模は限定的

決済額に占めるデジタル人民元(e-CNY)の比率が約95%に達している点、BIS離脱(2024年10月)後に中国主導色が一段と強まった点、そして取引規模(2024年累計約55億ドル)がCHIPSの年間清算額に対して0.001%にも満たない点を踏まえれば、mBridgeは「多通貨の中立的決済インフラ」というより、「多通貨形式で人民元の国際的影響力を拡張する試み」として読むのが実態に近いと考えられます。ただし、その伸長度合いは現時点で周辺的な水準にとどまり、ドル決済網の代替には程遠いというのが本稿の評価です。

テーゼ4:SWIFT外で進む人民元決済を加味しても、人民元の実体的国際決済シェアは概ね3%程度

SWIFT経由で観測される人民元の国際決済シェアは近年2〜4%台で推移していますが、これにCIPS独自決済(CHIPSの3〜5%相当)を加味しても、桁としては近接した水準にとどまります。「SWIFT統計だけ見ると人民元の実体規模を過小評価しかねない」という指摘は一定の妥当性を持ちますが、CIPSにはオフショア⇔オンショアの銀行間清算など「準クロスボーダー」取引が含まれることを考えれば、人民元の実体的国際決済シェアは、いずれの指標で見ても3%程度の範囲に収まると整理するのが穏当です。

これら4つのテーゼは、土田氏の体系的整理に依拠しつつ、本稿が独自に踏み込んだ論点整理です。基軸通貨論を「軍事・決済・制裁の三位一体構造」という枠組みで読み解く土田氏のフレームを継承しながら、その上で、ハードカレンシー化の必要条件、ロシア為替の特異性、mBridgeの実態、人民元決済の規模感という4つの具体論点について、本稿は独自の整理を試みました。

結語

以上を整理しますと、ドル覇権は完璧でも永遠でもありませんが、現時点で代替候補のいずれも基軸通貨化の条件を満たすには至っていない、というのが本稿の到達点です。「不完全な覇権」が「代替不在」によって維持される構造、と表現することもできるでしょう。

1971年以降の半世紀が示したのは、「ドル崩壊」を予言する議論と、実際にはドル基軸が継続してきた現実との間に大きなギャップがあり続けたという事実でした。次の30年も、技術と地政学の双方で大きな変動が想定される一方、この「予言と現実のギャップ」が引き続き観察される可能性は十分にあるように思われます。

次のエピローグでは、本稿で扱った基軸通貨論を、より個人的な視座から振り返ります。

エピローグ——『売られるアジア』を半笑いで読んでいた頃の話

最後に、本稿のテーマである基軸通貨論を、もう少し個人的な視座から振り返らせていただきたいと思います。

学生だった2000年前後、本山美彦先生の講義(国際経済論だったと思います)を取ったのですが、テキストで使われていた『売られるアジア——国際金融複合体の戦略』(新書館、2000年5月)を、半ば冷やかし気味に読んでいた記憶があります。「国際金融複合体」というサブタイトルの語感が、当時の自分にはやや陰謀論めいて見えていたからです。またドルが軍事と決済インフラと制裁能力で世界を縛っている、という議論は、教科書的な国際金融論で習った「価値尺度・交換媒体・貯蔵手段」というドライな枠組みからは遠く、率直に言えば今でいうところの陰謀論に近く、「なんすかこれ」と半笑いで読み流していたのが正直なところです(単位は頂きました。ありがとうございます)。

転機は2022年に訪れました。ロシアによるウクライナ侵攻を受け、G7とEUは主要ロシア銀行をSWIFTから遮断し、さらにロシア中央銀行の海外資産およそ3,000億ドル相当を凍結しました。本山氏が20年以上前に指摘していた構図——ドル覇権が経済的合理性ではなく、軍事・決済インフラ・制裁能力に支えられているという見立て——が、目の前で具体的な制裁実務として展開していきました。インドの銀行に滞留したルピーがロシア国内に送金できないという「ルピー死蔵」問題は、自国通貨で受け取っても使えないという、基軸通貨論の核心を最も鮮明に可視化した事案だったように思います。また陰謀論めいていた論証も、今からするとアメリカのイラク侵攻やアフガニスタン侵攻などもあり、当時の自分からすると解像度が高まり、理解できるようになったとも言え、今にして思うと恥じ入るばかりです。

学生時代の自分が半笑いで読んでいた本のページに書かれていたことが、四半世紀近くを経て国際ニュースの一面に並ぶようになる——この感覚は、率直に言って居心地のよいものかはわかりません。陰謀論として受け流していた言説のうち、どこまでが実際には精度の高い構造分析だったのか。自分の知的バイアスがどの方向に偏っていたのか。しかし座学と思われる大学の講義が現実のリアルポリティクスに直結していたと今になって考えると、あらためて背筋が伸びる思いです。

本稿で扱った各章——軍事・決済・制裁の三位一体、ニクソンショック後の謎、SWIFT/CHIPS/OFAC の三層構造、ロシア制裁の教訓、mBridge と人民元の構造的限界、中国経済の名目と実質の逆転、一帯一路と債務の罠——は、いずれも単独で論じられることが多い論点です。これらを「基軸通貨論」という一本の軸で串刺しにしてみたとき、見えてくるのは、ドル覇権が「完璧でも永遠でもないが、代替不在によって維持されている」という不思議な均衡でした。

エコノミストの土田陽介氏が『基軸通貨——ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書 0291、筑摩書房、2024年)で整理した枠組みは、本山氏の問題意識を体系化したものとも読めます。陰謀論として受け流されていた20年前の主張と、マクロ経済学・国際金融論の標準的な道具立てを用いた近著の整理が、結論において重なってくる——この一致は、偶然ではないだろうと考えています。

基軸通貨という現象は、地味な主題です。日々の貿易決済、外貨準備の通貨構成、政策金利の上下動、SWIFTメッセージの流量——いずれも新聞の経済面で大きな見出しになることは少なく、それでいて国際政治経済の根幹に位置し続けています。本稿が、その地味な主題の手触りを少しでも共有できる試みになっていれば、書き手としては嬉しく思います。

よくある質問(FAQ)

Q1. 基軸通貨の3条件とは?

エコノミストの土田陽介氏が著書『基軸通貨——ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書 0291、2024年)で体系化した3条件は、①発行国の圧倒的国力(経済・政治・軍事)、②高度な金融市場、③通貨交換量が突出して多いこと、です。本稿ではこれを軍事力・決済インフラ・制裁能力の三位一体構造として整理しています。現状この3条件を同時に満たすのは米ドルのみと評価されます。

Q2. なぜニクソンショック後もドルは紙くずにならなかったのか?

1971年8月のニクソンショックで金兌換性が停止された際、多くの論者が「ドルは紙くずになる」と予言しました。半世紀後の現実は予言と逆方向で、ドル基軸は維持されています。理由は、兌換性ではなく「使い続けられる構造」——米国国債市場の圧倒的流動性、SWIFT/CHIPS の既存決済ネットワーク、軍事的プレゼンスと制裁能力——という制度的慣性とネットワーク外部性が、価値の裏付けに代わってドル覇権を支えたためです。

Q3. 人民元はなぜ基軸通貨化できないのか?

①自由な交換性の欠如(資本規制)、②流動性の不足(オンショア/オフショア分断)、③法治と司法独立の問題、④市場の透明性、という4つの構造的障害が制度層に残るためです。資本規制を撤廃すれば為替コントロールを失うため、中国当局には政治的に選びにくい選択肢でもあります。本稿の前哨記事「人民元は基軸通貨になれない」でも詳述しています。

Q4. mBridge は脱ドル化を実現するか?

mBridge は中央銀行デジタル通貨(CBDC)を用いた多国間決済プラットフォームであり、通貨そのものではありません。2024年累計取引額は約55億ドル規模で、CHIPS(米ドル建て、1日約1.8兆ドル)の年間清算額に対して0.001%にも満たない水準です。さらに決済額の95%がデジタル人民元(e-CNY)に偏っており、「多通貨の皮をかぶった人民元拡張の試み」と位置づけられます。ドル決済網を代替する段階には程遠いというのが本稿の評価です。

Q5. ロシア制裁が示した教訓は?

2022年2月以降のロシア制裁で、ロシア中央銀行の海外資産約3,000億ドルが凍結され、主要銀行がSWIFTから遮断されました。基軸通貨を持たない国は戦時下で「自国通貨も受け取った外貨も使えない」状態に陥り得るという脆弱性が顕在化しました。インド向け原油輸出で受け取ったルピーが本国送金できない「ルピー死蔵」、人民元の受け取り回避、国内闇レート復活など、平時の貿易利便性とは別次元の通貨信認の問題が浮き彫りになっています。

Q6. BIS の mBridge 離脱の意味は?

2024年10月31日、BIS(国際決済銀行)の一般支配人 Agustín Carstens 氏が mBridge プロジェクトからの「卒業」を公表しました。公式理由は4年間の役割完了とされていますが、同年10月にロシア・カザンで開催された第16回 BRICS 首脳会議で mBridge 技術基盤を応用した「BRICS Bridge」構想が討議されたことを受けた政治的距離化との解釈も成立します。BIS という国際的中立性の象徴機関が抜けたあと、中国主導色が一段と強まったとの分析が一般的です。

Q7. キーカレンシー・ハードカレンシー・ソフトカレンシーの違いは?

本稿では土田陽介氏の整理に倣い、次の三階層を用います。キーカレンシー(基軸通貨)=国際金融の中心通貨、現状は米ドル一強。ハードカレンシー=自由兌換通貨、ユーロ・円・英ポンド・スイスフラン等。ソフトカレンシー=兌換性が制限された通貨、人民元・ロシアルーブル等。人民元の基軸通貨化には、まずソフトカレンシーからハードカレンシーへ、さらに国際決済通貨としての利用拡大を経て、キーカレンシーへ至る複数段階のクリアが必要です。

Q8. ドル覇権はいつ崩壊するか?

短期(〜2030年)はドル覇権の支配的地位は不変、シェアの漸減はあっても基軸通貨としての位置づけが変わる可能性は低いと考えられます。中期(2030〜2040年)にはマルチカレンシー化が進行し、外貨準備に占めるドル比率が45〜55%程度まで低下する可能性が指摘されています。長期(2040〜2055年)は CBDC や量子計算等の技術革新および地政学的変動次第ですが、完全な基軸通貨交代は構造的に依然として難しいとの見方が現時点では多いようです。ポンドからドルへの基軸通貨交代でさえ半世紀以上を要した歴史を踏まえれば、慣性は強固です。

著者紹介

五十嵐 悠一(M&Aアドバイザー、株式会社日本財務戦略センター代表取締役)

京都大学経済学部経営学科卒。中小企業M&A・事業承継不動産仲介の現場で、売り手・買い手双方の立場から案件を支援。M&Aアドバイザーとして国内外の中堅・中小企業の事業承継・第三者承継を多数手掛ける。学生時代に本山美彦教授の国際経済論を受講したことが、本稿の問題意識の出発点となっている。

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公開日: 2026年5月13日 / 最終更新日: 2026年5月22日
五十嵐 悠一

執筆者

五十嵐 悠一(いがらし ゆういち)

株式会社日本財務戦略センター 代表取締役

京都大学経済学部経営学科卒業。株式会社損害保険ジャパン本店営業部、東証上場M&A仲介会社を経て、2020年5月に日本財務戦略センターを設立。中小企業のM&A仲介・事業承継支援を専門とし、医療・介護・食品製造・流通卸・機械製造分野の成約実績を持つ。

資格:プロフェッショナルCFO(日本CFO協会)/M&Aエキスパート(金融業務2級 事業承継・M&Aコース)

公的登録:中小企業庁 M&A支援機関 登録事業者/一般社団法人 M&A支援機関協会 正会員

メディア登壇:株式会社サイゾー Business Journal ウェブセミナー講師「【売り手向け】M&Aを成功させるための具体的な行動・プロセス・知識」(2022年6月)[公式告知]

専門家コラム寄稿:BATONZ(国内最大級M&A プラットフォーム)に M&A・事業承継 74本(2021年〜継続)[コラム一覧]

|LinkedIn|X (@jfsc2020)|BATONZ

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本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の案件における法務・税務・会計判断を提供するものではありません。法務・税務・会計の個別判断は、弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。M&Aのスキーム設計・タイミング・買い手探し等のアドバイザリーは、株式会社日本財務戦略センターにご相談ください。記載内容は公開時点の情報に基づき、法令改正や市場変動により最新の状況と異なる場合があります。

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よくあるご質問(FAQ)

この章のポイント
日本財務戦略センターへのご相談に関する共通の10問と、本記事に関する0問の計10問。
共通Q1. 日本財務戦略センターはどのような会社ですか?
A. 株式会社日本財務戦略センター(JFSC)は、中小企業オーナーの M&A・事業承継を「自分事として最後まで完結する」ためのご相談先です。仲介の独断ではなく、売り手の判断材料を整える立場を貫いています。会社概要もご覧ください。
共通Q2. 相談したら、必ず M&A しなければいけませんか?
A. いいえ、ご相談のみで結構です。相談後に「今回は見送ります」と判断いただいても問題ありません。M&A 以外の選択肢(廃業・親族承継・事業再生)も含めてご一緒に整理します。まずは無料相談からお気軽にどうぞ。
共通Q3. 相談料・着手金は発生しますか?
A. 初回相談・簡易査定・進行中の段階まで、すべて無料です。日本財務戦略センターは完全成功報酬制を採用しており、M&A 成約時のみご報酬が発生します。着手金・中間金・月額顧問料は一切いただきません。なお、案件特性により外部専門家への依頼や登記等の実費(例:司法書士の登記費用、外部監査法人による資産査定、譲受企業側からの弁護士・公認会計士による DD 費用 等)が発生する場合は、必ず事前にご相談・ご同意のうえ進めますので、不意の費用負担は生じません。詳細は弊社の報酬体系をご確認ください。
共通Q4. 一般的な M&A 仲介会社と、どこが違いますか?利益相反はどう開示されますか?
A. M&A 仲介は売主・買主の双方から報酬を得る「両手仲介」が業界慣行で、構造的な利益相反のリスクがあります。そのうえで、業界には「誘い込む仲介」と「公開する仲介」の二類型があると当社は考えています。日本財務戦略センターは後者の立場で、契約締結時に重要事項説明書を交付し、両手仲介の構造を含めて文書でご説明したうえで、売り手の判断材料となる情報を整え、買い手の都合で交渉を急がせない姿勢を貫きます。これは経済産業省・中小企業庁中小 M&A ガイドライン第 3 版・2024 年 8 月改訂、手数料算定基準の開示・買い手信用調査等を留意事項として明示)に則った対応です。二類型化の根拠は弊社独自の業界 20 社研究レポート、構造論の詳細は仲介契約 vs FA 契約の構造分析もご参照ください。
共通Q5. どれくらいの規模から相談できますか?
A. 年商数千万円規模の小規模事業から、数億円規模まで対応します。業界の多くの仲介会社では最低手数料を 2,000 万円以上に設定している傾向で、各社の最低手数料は中小企業庁M&A 支援機関登録制度・登録情報で確認いただけます。日本財務戦略センターの最低手数料は 700 万円で、小規模案件もお引き受けしています。具体的な報酬構造は弊社の報酬体系をご確認ください。
共通Q6. 税金・法律のことを詳しく教えてもらえますか?
A. 税務・法務は税理士法・弁護士法により、具体的な提案は弁護士・税理士等の専門家のみが行えます。当社は業界慣行の一般論をご説明した上で、顧問の先生方にご確認いただく形でご案内します。必要に応じて専門家ネットワークのご紹介も無料で行っています。
共通Q7. 家族や従業員に知られたくないのですが、可能ですか?
A. ご相談段階から NDA(秘密保持契約)を締結し、徹底管理します。社名を公開せずに買い手候補へ打診する「ノンネーム打診」の進め方も可能です。守秘義務体制については情報管理ポリシーでご確認いただけます。
共通Q8. 成約までどれくらいの期間がかかりますか?
A. 標準的には 3〜6 ヶ月程度を目安としてお考えください。買い手候補と事前に綿密な調整を行い、売主オーナー様のペースで進行します。スピード優先で売主の利益を損なう進め方は致しませんが、売主オーナー様のご事情・ご要望に応じて、最短 60 日での成約実績もございます。
共通Q9. デューデリジェンス(DD)では、どのような立場をとりますか?
A. 日本財務戦略センターは、売主オーナー様の利益を最優先に検討する立場を貫きます。仲介業の構造的な利益相反論点については仲介契約 vs FA 契約の構造分析で詳述しており、DD 費用負担の判例実務は東京地裁 DD 費用判決の射程でご確認いただけます。必要に応じて第三者の公認会計士・弁護士・税理士等の専門家をご紹介し、買い手寄りに偏らない査定体制を整えます。中小企業庁中小 M&A ガイドラインの遵守事項に則り、適切な情報開示を行います。
共通Q10. 対応エリアは限られますか?
A. 全国対応可能です。首都圏はもちろん、各地方都市でもご相談実績があります。オンライン面談と現地訪問を組み合わせ、所在地を問わず売主様のペースで進行します。まずは所在地を問わない無料相談をご利用ください。

📅 本記事の情報基準日

本記事は 2026年5月13日 公開時点の情報に基づきます。税制・法令等は改正される場合があるため、最新の制度・税制は公的機関の公式情報をご確認ください。

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