公開日:2021年3月5日 /最終更新日:2024年7月24日
事業再生ADR制度について
事業再生(弊社では人口に膾炙していることから「企業再生」とも記載していますが、実務的には「事業再生」が使われております)についてまとめてきましたが、今回は「事業再生ADR」について記載してみたいと思います。
事業再生にADRについては、主管官庁の経済産業省のサイトを参照していますので、興味ある方は、此方も見てみるとよろしいかもしれません。
事業再生ADR(Alternative Dispute Resolution)制度とは、過剰債務に悩む企業の問題を解決するため生まれた制度です。
企業の早期事業再生を支援するため、中立な専門家が、金融機関等の債権者と債務者との間の調整を実施します。その際、双方の税負担を軽減し、債務者に対するつなぎ融資の円滑化等を図るという点では、昨日記載した、特別調停スキームによる事業再生と似ているところもありますが、ADRを利用しているところが異なります。
根拠法ですが、特定調停スキームが日弁連のガイドラインに拠るのに対し、今回は「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」に基づく認証ADR制度※1に立脚し、「産業競争力強化法」において規定されています。
事業再生ADRの手続き(プロセス)
①債務者が特定認証紛争解決事業者(現在は一般社団法人事業再生実務家協会のみ)に産業再生ADR制度の利用を申請し受理されること。
②認証紛争解決事業者が債務者と連名で債権者に対し、一時停止の通知を発出。
債権者が債権の回収、担保権の設定や破産手続き、再生手続、更生手続、特別清算の開始を申し立てないようにします。
③②から2週間以内に事業再生計画案の概要説明のための債権者会議を開催。
債務者が資産、負債の状況、事業再生計画案の概要を説明。質疑応答や債権者間の意見交換を実施し、議長、手続き実施者(弁護士など)の専任を行います。次回以降の債権者会議の開催日時と開催場所について決議を行います。
④事業再生計画案の協議のための債権者会議開催。
手続き実施者が、事業再生計画案が「公正かつ妥当で経済的合理性を有するか」について意見を陳述します。
⑤事業再生計画案の決議のための債権者会議。
事業再生計画案について決議を行い、全員が同意したら私的整理が成立します。他方、一人でも不同意であれば法的整理に移行します。
他の手続きとの比較
法的整理と私的整理との比較については以前記載を行いましたので、一般的な私的整理との比較を行いましょう。
第三者が関与という点では特定調停スキームと似ているところがありますが、支援措置が大きいことが他の私的整理との違いかもしれません。そのため利用実績のある企業は東証一部やジャスダック等に上場している企業が多いです。また制度が整備されているためか合意率が高く、253社中不成立になった社数は11社と不合意率は5%を切っているところも特徴です。
上記については、当事者間に解決を図るためのインセンティブを付与しているからと言われています。
以下、確認していきましょう。
支援措置①
商取引債権の優先弁済の円滑化 【産業競争力強化法第59条~第65条】○ 商取引債権の優先弁済に関する蓋然性の向上(民事再生法、会社更生法の特例)
①特定認証紛争解決事業者が、事業再生ADR手続終了までに発生した商取引債権の弁済について、以下を確認。
(ⅰ)当該債権が少額であること
(ⅱ)当該債権を早期に弁済しなければ当該事業者事業の継続に著しい支障を来すこと
②法的整理に移行してしまった場合、裁判所は、①の事実(専門知識を有する第三者が①の(ⅰ)、(ⅱ)を確認した事実)
を考慮した上で、「商取引債権が、他の再生債権(更生債権)に優先して弁済されても衡平を害しないか」判断する。
→法的整理移行後の商取引債権の優先弁済に関する蓋然性を高めることで、事業再生の円滑化を図る。
上記は経済産業省の資料からそのまま記載しています。
分かりづらいので当職なりに整理すると、法的整理後、各種債権は債権の性質ごとに弁済される優先権が付きますが、事業再生ADRの期間にも債務者企業は事業運営を行い、その間にも取引先などとの間で商取引債権は発生しますが、仮にこの商取引債権が免除されてしまうという事になれば取引先も取引を行いたくないでしょうし、企業活動にも影響を生じてしまうでしょう。
またADRもうまくいかなくなります。
そのため、事業再生ADR手続き期間に生じた債権については、必要性をチェックしたうえで優先弁済に該当するか判断する、つまり返ってくる可能性が高い債権とすることで、債権者のハレーションを下げる、という理解です。
支援措置②
社債の元本減免の円滑化 【産業競争力強化法第54条、第55条】○ 社債の元本減免に関する社債権者集会決議に対する裁判所認可の蓋然性の向上(会社法の特例)
①特定認証紛争解決事業者が、事業再生計画案における社債の元本減免について、以下を確認。
(ⅰ)事業再生に合理的に必要となる減額を目的とするものであること。
(ⅱ)清算価値保証等、社債権者にとっても経済的合理性を有すると見込まれるものであること。
※確認に際して、特定認証紛争解決事業者は、事業再生計画案における社債以外の取扱いも含めて、実質的衡平性を十分に考慮する。
②社債の元本減免に関する社債権者集会決議について、認可の申し立てが行われた場合、裁判所は、①の事実(専門知識
を有する第三者が①の(ⅰ)、(ⅱ)を確認した事実)を考慮した上で、「社債権者集会決議が、社債権者の一般の利益に
反しないか」判断する。
→社債の元本減免に関する社債権者集会決議に対する裁判所認可蓋然性を高めることで、私的整理段階での社債の元本
減免を円滑化。
他の私的整理と大きく違うところはこの部分かもしれません。
社債の元本減免についても実施することができます(債権者が全員同意した場合)。
そもそも社債を発行できる企業というのは限られていることから、社債を減免するための私的整理、という選択肢を考えると事業再生ADRという手続きを取らざるを得ないのかもしれません。
もう一つ大きく異なるのは以下のつなぎ融資(プレDIPファイナンス)でしょう。
支援措置③
つなぎ融資(プレDIPファイナンス)の円滑化 【産業競争力強化法第56条~第58条】(1)つなぎ融資債権の優先弁済に関する蓋然性の向上(民事再生法、会社更生法の特例)
①特定認証紛争解決事業者が、事業再生ADR手続の開始から終了に至るまでの、つなぎ融資(プレDIPファイナンス)
について以下を確認。
(ⅰ)つなぎ融資が資金繰りのために合理的に必要なものであること
(ⅱ)対象債権者全員の同意を得たものであること
②法的整理に移行してしまった場合、裁判所は、①の事実(専門知識を有する第三者が①の(ⅰ)、(ⅱ)を確認した事実)
を考慮した上で、「つなぎ融資に関する債権が、他の再生債権(更生債権)に優先して弁済されても衡平を害しないか」
判断する。
→法的整理移行後のつなぎ融資債権の優先弁済に関する蓋然性を高めることで、私的整理段階でのつなぎ融資を円滑化。つなぎ融資(プレDIPファイナンス)の円滑化 【産業競争力強化法第51条、第52条】
(2)(独)中小企業基盤整備機構による債務保証(対象に制限なし)
事業再生ADRの開始から終了に至るまでの、つなぎ融資(プレDIPファイナンス)について、(独)中小企業基盤整備機構
が審査の上債務保証を実施。中小企業の場合、信用保証協会の事業再生円滑化関連保証を利用後に当該保証を利用可。(3)事業再生円滑化関連保証(中小企業信用保険法の特例、中小企業が対象)
事業再生ADRの開始から終了に至るまでの、つなぎ融資(プレDIPファイナンス)について、以下①~③の 中小企業
信用保険法の特例を措置。
①付保険限度額の同額の別枠化(普通保険:2億円、無担保保険:8千万円、特別小口保険:1,250万円)
②普通保険の填補率※1の引き上げ(70%→80%)
※1 保険事故(信用保証協会による代位弁済)が生じた場合に、(株)日本政策金融公庫が信用保証協会に対して支払う金額の割合
③保険料率の引き下げ(普通保険、無担保保険:1.69% ※2 、特別小口保険:0.4% ※2)
※2 手形割引等特殊保証及び当座貸越特殊保証の場合は、 普通保険、無担保保険:1.44%、特別小口保険:0.34%
また、上記プレDIPファイナンスは事業再生ADR手続において優先弁済の対象となるだけでなく、万が一法的手続に移行した場合でも裁判所が優先的扱いをするよう配慮されるため、容易なつなぎ資金確保の仕組みが制度上担保されています。
この制度も他の私的整理とは大きく異なる(通常はそれ以上の損失を怖れ、金融機関は追加融資をしなくなる)のではないでしょうか。
反面、5億までのつなぎ融資が適用されるのであれば、企業からすると大変ありがたい要素でもあると思います。
金融支援は上記にとどまりません。
支援措置④
手続終了後、計画実施段階における金融支援 【産業競争力強化法第53条】○ 事業再生計画実施関連保証(中小企業信用保険法の特例、中小企業が対象)
事業再生ADR手続で成立した事業再生計画を実施するために必要となる資金について、以下①~③の
中小企業信用保険法の特例を措置。
①付保険限度額の同額の別枠化(普通保険:2億円、無担保保険:8千万円、特別小口保険:1,250万円)
②普通保険の填補率※1の引き上げ(70%→80%)
※1 保険事故(信用保証協会による代位弁済)が生じた場合に、(株)日本政策金融公庫が信用保証協会に対して支払う金額の割合
③保険料率の引き下げ(普通保険、無担保保険: 0. 41% ※2、 特別小口保険: 0. 19%※2)
※2 手形割引等特殊保証及び当座貸越特殊保証の場合は、普通保険、無担保保険: 0. 35% 、 0. 15%
なお、本制度を利用する中小企業は、事業再生計画の実施状況を四半期毎に金融機関に対して報告、
金融機関は自らの経営支援の実施状況も含めて年1回 、状況を信用保証協会に対して報告。
手続き終了後についても金融支援を行うので、先ほどと同様再生後の資金計画が他の私的整理と比べても容易になると言えるでしょう。
このほか、税制メリットも債務者企業にとって若干他の手続きと比べるとメリットがあります(債権者が債務免除を損金計上できるところは特定調停スキームと同様)。
支援措置⑤
企業再生税制等の適用○ 事業再生ADR手続により債権放棄を伴う事業再生計画が成立した場合、企業再生税制等が適用される
(平成20年3月28日及び平成21年7月9日付国税庁回答)。
(参考:https://www.nta.go.jp/law/bunshokaito/hojin/090709/index.htm)
(1)債務者企業に対する措置
①事業再生ADRに基づく資産評定による評価益及び評価損は、
法人税の課税対象となる所得の計算上、それぞれ益金算入及び損金算入が可能。
②①の適用を受ける場合、期限切れ欠損金を青色欠損金等に優先して利用することが可能。
③①及び②で益金が残った場合は、青色欠損金を利用可能。
(2)債権者に対する措置
事業再生ADRにより策定された再建計画に基づき
債権者が行う債権放棄等は、その債権放棄等による損失は
寄付金に該当せず、損金算入が可能。
○ 事業再生計画に社債の元本減免が含まれる場合の取扱いについて(P6も参照)
特定認証紛争解決手続において、社債の元本減免を含む事業再生計画が策定され、社債の元本減免を内容とする社債権者集会決議についての裁判所の認可を
前提として対象債権者全員の同意が得られ、実際に裁判所の認可がなされることにより、当該事業再生計画が成立した場合の税務上の取扱いは次のとおり。
(1)債務者企業
当該事業再生計画により、2以上の金融機関等又は1以上の政府系金融機関等から債務免除を受けるケースにおいては、上記債務者企業に対する措置と同様、
企業再生税制(法人税法第25条第3項、法人税法第33条第4項、法人税法第59条第2項)の適用を受けることが可能。この場合、法人税法第59条第2項第1号の
適用については、金融債権者からの債務免除の場合と同様、社債権者からの債務免除部分についても適用が可能。
(2)社債権者
上記のとおり成立した事業再生計画に基づき、社債権者が社債の元本減免に応じたことによる損失については、金融債権者の債権放棄に係る損失と同様、損金
の額に算入することが可能。
「若干」と記載したのは上記引用のうち、黒字で当職が修正している部分です。
過去の欠損金も利用できるというのは大きいのではないでしょうか。
また相殺できなかった欠損金があった場合は翌期以降利用できるので、今までの欠損金が将来にもわたって利用できるという点では大きいでしょう。
支援措置⑥
私的整理と法的整理の連続化(特定調停法の特例)【産業競争力強化法第50条】特定調停は、裁判所による調停の下、支払い不能に陥るおそれのある債務者等が負っている金銭債務に関する利害関係の
調整を行う制度。
通常は、裁判官(調停主任)1人に加え、法律、税務、金融、企業財務、資産評価等の専門家(民事調停委員)2人以上
で組織される調停委員会が調停に当たるが、裁判所が相当と認めるときは、裁判官のみで調停を行うことができる。
事業再生ADR手続を利用した債務者企業が特定調停の申立てをした場合、裁判所はその事実(事業再生ADR手続に
おいて資産評定等が実施済みであること)を考慮した上で、「裁判官のみで調停を行うことが相当か」判断する。
→事業再生ADRにおける資産評定結果等を考慮するため、簡易迅速な再生が可能。
法的整理に移行する前に資産評定などが行われている前提で特定調停に移行できるとされています。
特定調停の段階であれば私的整理であることから、法的整理とことなり公にはならないこと、また裁判官が調停を行うという事であれば、実質的に心証開示などを行い、法的手続きを行ったときにどう判断するのか、という事を事前に債権者に伝えることができることから、債権者からすると訴訟に移行しても有利にならなそうであれば調停で債務者調整を成立させる方が合理的か否かを判断することができるでしょう。
ワンクッション置くことで私的整理の段階で当事者を納得させる(からこそ合意率が高い)制度なのだと考えられます。
上記のように見てみると中小企業を中心として広範に利用されてもいい制度のように思われますが、特定認証紛争解決事業者である一般社団法人事業再生実務家協会を利用する際に別途制度利用費用が発生するため、この費用負担ができるか否かで利用する企業が限られてきていることが問題点として挙げられるようです。
対象債権者数 | 対象債権者に対する債務額 | 業務委託金 | 業務委託中間金 | 報酬金 |
---|---|---|---|---|
20社以上 | 100億円以上 | 10,000,000円 | 10,000,000円 | 20,000,000円 |
10社以上 20社未満 | 20億円以上 100億円未満 | 5,000,000円 | 5,000,000円 | 10,000,000円 |
6社以上 10社未満 | 10億円以上 20億円未満 | 3,000,000円 | 3,000,000円 | 6,000,000円 |
6社未満 | 10億円未満 | 2,000,000円 | 2,000,000円 | 4,000,000円 |
このほかに弁護士やその他専門家への報酬などを考えると、単独再建で運転資金が乏しい企業の場合、中々敷居が高いと思われるのかもしれません。
弊社では上記の問題も含めワンストップで対応するためサービスを提供いたします。
再生手続を行わなければいけないのは分かるが不安だ、と思われた方は、遠慮なく弊社までお問い合わせください。
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