公開日:2021年12月6日 /最終更新日:2024年7月24日
中小企業庁が中小M&Aを促進する背景とは
一般社団法人金融財政事情研究会より日本のM&Aの歴史背景などについてまとめられた本が出ました。
高齢化による事業承継の問題やM&Aを中小企業が行うと生産性が上がったなど既存の論点の他、コングロマリット化を行うと日本の場合は営業利益率が下がる傾向があるがアメリカの場合は営業利益率が上がっているなど、中々面白かったので、今回は本書を中心に政府が中小企業M&A支援を行う背景などについて触れてみたいと思います。
「日本のM&Aの歴史と未来」
日本のM&Aの歴史と未来
書籍紹介
「M&Aの歴史をたどり、未来を展望する」長期にわたり低迷が続き、さらに人口減少局面に入った日本経済を再生させるためには企業の生産性を向上(一人当たりの生産性を向上)させていくしか道はない。生産性向上は中小企業にとってはもちろんのこと、コングロマリット化するとむしろ生産性が低下してしまう大企業にとっても重要なテーマである。
また、雇用の維持、地方創生といった観点では、日本経済を支える中小企業のうち、127万者で後継者が不在との現状を改善していく必要がある。そうした後継者不在の中小企業の事業承継において、M&Aはきわめて有効なツールとなる。
さらに、大企業はもちろん、中小企業においてもその活動がグローバル化しているなかでは、国内のみならず、海外とのM&A等を駆使した連携の巧拙がその企業の成長を大きく左右する。
日本企業、そして日本経済にとっても重要性を増すM&Aについて、その歴史を振り返りつつ、現状と課題、今後の方向性を官民それぞれの第一人者が論じるM&A関係者必読の書。
第一章では中小企業庁財務課長の日原正視さんが豊富な資料に基づいて、なぜ日本経済にM&Aが必要なのかについて論じています。
日原 正視(ひはら・まさみ)
2003年東京大学法学部卒業後、同年経済産業省入省。2011年ミシガン大学公共政策修士取得。大臣官房秘書課、経済産業政策局調査課、中小企業庁政策企画委員等を経て、大臣官房会計課政策企画委員として新型コロナウイルス感染症対策をはじめとする経済産業関係予算の総合調整を実施。2020年7月に中小企業庁財務課長に就任し、中小企業関係税制や事業承継・M&Aの推進等を担当(現職)
M&Aをご検討されている方も政府の考え方について知っておくことで、M&Aを遠い存在とするのではなく、買う側としても売る側としても身近な手段として考えられることができるのではないでしょうか。
本コラムでは第一章をまとめながら政府の考えについて整理していきたいと思います。
面白い本なので興味のある方は書店などでお求めください。
日本の経済状況
まず政府が危機感を有しているのは日本の経済の低迷です。
以下の図の左側の折れ線グラフが示すように、欧米先進国と比較しても潜在成長率が低く、他国と比較しても年率換算で3%程度低いと考えられています。
(経済産業省「産業構造審議会総会(第28回)33pp」)
昔は日本のGDPは世界でも高く、2005年でも世界全体の1割を占めていましたが、この推移のままでは2060年には3%にまで低下すると考えられています。
このようにGDPが低下する理由の一つとして生産年齢人口の減少が要因としてあります。
(少子化社会対策白書2021pp1)
上図が示すように2020年では生産年齢人口は7449万人であるところ、2065年には4529万人まで激減していくと予想されております。
言いかえればモノやサービスを作る担い手が現在の半分近くになってしまうから、と指摘しています。
成長阻害要因について
上記を踏まえ、成長会計に基づき「労働の投入量」「資本の投入量」「全要素生産性(技術進歩等)」の3要素に分けてさらに分析を進めています。
先ほどの要素のうち「労働の投入量」について人口の減少により労働の投入量も減少してしまうため、経済成長にマイナスの影響が出てしまうことを認めながらも労働生産性に着目しています。
まず高齢者や女性(特に出産午後の女性)の労働参加率が高くなっていることから、現在の労働投入量の構成要因のうち、労働参加率はプラスの影響が起きているにもかかわらず、全体として低成長なのは、もう一つの要因である労働生産性の低さにあると考えています。
(日本生産性本部「労働生産性の国際比較2020」)
上図が示すように日本の労働生産性はOECD諸国37か国中26位と下位に甘んじており、トルコやニュージーランド、韓国よりも低くポーランドやギリシャよりも上といったレベルです。
1位のアイルランドが187,745ドルと日本の81,183ドルの倍以上の労働生産性があることと比較してもいかに低いのかという事が分るかと思います。
伸びしろで見ても労働生産性の伸び率が2015年~2019年平均で見ると日本はー0.3%に対し、ポーランドは3.8%、アイルランドは3.2%など下位の国には追い付かれ、上位の国とは引き離されそうです。
このようなマクロ経済の背景を踏まえ、ミクロの視点について政府はどのように考えているのでしょうか。
日本経済を牽引する大企業の現状と課題
日本の大企業の収益性について欧米と比較すると(日本企業はTOPIXベース、アメリカはS&P500、欧州はBE500 )、日本は9.4%に対してアメリカは18.4%、欧州は11.9%と明らかに劣後しています。
日本の場合、イノベーションが起きておらず付加価値をつけることができないことから、「マークアップ率(製造コストの何倍で売れるか)」が明らかに低い。
(成長戦略実行計画2021pp2)
上図左上の棒グラフをご確認ください。
日本の場合、製造コストに対して1.3倍で売れないのに対し、米国では1.8倍で売れていることからアメリカでは付加価値を得られているものの、日本では価格競争に陥ってしまっていることを意味しています。
またマークアップ率の伸び率でも日本はほぼ横ばいであることから、上昇しているアメリカや欧州の企業と比べるとさらに付加価値創造において劣後していくと考えられています。
また同様の資料から新製品・新サービスを投入した企業の割合も掲載されていますが、日本は明らかに低く、製造業ではトップのドイツ(18.8%)の半分(9.9%)、サービス業ではトップのイタリア(12.2%)の半分以下(4.9%)と低い数字です。
新しい製品やサービスを生み出すよりも改良にとどまり、イノベーションを起こせていないのではという指摘がされています。
その要因として「デジタル競争力」「設備投資と研究開発」「人材育成」の3つの点に絞り、さらに深堀をしています。
デジタル競争力については国際経営開発研究所のランキングでは63か国中27位で、特に人材のデジタルスキル・技術スキルが62位とさんさんたる状況と指摘されています。
同様に設備投資や研究開発への投資についても欧米はリーマンショック後1~3年で投資額がリーマン前に回復しているのに対し、日本の場合は回復までに5~6年経過しているという点も挙げています。
更に人材育成という点では、企業のOJT以外の人材投資をGDP比で見てみると、米国は2.1%に対して日本は0.1%とこれも明らかに差がついている状況です。
学びなおしの機会も日本では少ないことから、高スキル人材の育成はもちろん、低スキル人材から中スキル人材への移行も起き辛い状況であると考えられています。
また面白い観点として不採算事業の日米欧の比較も行われています。
(産業構造審議会2050経済社会構造部会(第五回)pp24)
上図をご確認ください。
このマトリックスによれば日本の企業は規模が大きく多角化をするにつれ営業利益率が下がるのですが(売り上げが2兆円以上で50%以上多角化をしている企業の場合3%の営業利益率)、アメリカの場合は13.7%と4倍以上の開きがあります。
反面、売上が500億以下と小規模で専業である場合、日本は営業利益率8.8%、アメリカはー0.5%と逆転構造が起きています。
日本企業の場合、アメリカと比べると多角化による非効率が生じてきていると言えるでしょう。
また同資料pp23の企業年数とROAの比較を日米で行っていますが、日本企業の場合は企業年齢が長くなるとROAが低下するのに対し、アメリカ企業では一定水準を維持していることから、企業年数が長くなり活力が落ちていく中で多角化を進め、さらに収益力がアメリカと比べ減ってしまっているというトレンドがあるのではないでしょうか。
企業の成長とM&A
以上を踏まえたうえで、著者はM&Aが有効な経営戦略の手段であると述べています。
M&Aにより「時間を買う」ことで短期間で投資効果を得られること、人材の確保ができること、設備や研究開発の成果を買えることをメリットとして挙げています。
反面、硬直化した事業構造を切り出して売ることで不採算部門の再編を行うと同時に他社のセグメントを買うというダイナミックな戦略を取るという点で、売却購入双方のメリットについて掲げています。
日本経済が直面している問題について、ミクロ経済の主体である企業がM&Aを経営戦略として行っていく中で生産性を上げ、日本経済を再度発展させたい、という事が政府の思惑としてあると言えるでしょう。
M&Aによる生産性向上の波及経路として
①規模の拡大によるコア事業の強化・拡大
②垂直統合によるコア事業の強化・拡大
③新規ビジネスへの参入
④成熟・衰退事業の再編
⑤グループ内再編
があると考えており、M&Aを行い経営統合を成功させることで価値を上昇させ生産性を向上することを期待しています。
日本経済における中小企業の役割と重要性
日本の場合、法人数では95%以上が中小企業であり、従業者数でも60%以上が中小企業が占めています。
他方、付加価値額については50%以上が大企業が占めています。
政府としても日本経済で大きなウェイトを占める中小企業について単に生産性を上げるという事ではなく、地域の安定や地域住民の生活の向上など、経済的な価値以外の価値提供のような多様性を理解した上で中小企業政策を展開していく必要があると考えています。
その上で中小企業を以下の4つの類型に整理しています。
①グローバル型・・・グローバル展開などにより、中堅企業に成長、高い生産性を実現しようとする企業
②サプライチェーン型・・・独自技術を用いて、サプライチェーンの中で活躍し、生産性向上を実現しようとする企業
③地域資源型・・・地域資源等を活用、良いモノ・サービスを高く提供し、付加価値向上を実現しようとする企業
④地域コミュニティ型・・・地域の課題解決と暮らしの実需にこたえるサービスを提供する企業
このうち①と②のグローバル型、サプライチェーン型は生産性を向上させ日本経済を引っ張っていく存在ととらえており、③と④の地域資源型及び地域コミュニティ型は地域の生活やコミュニティを支えることが使命とし、生産性の向上や成長だけで意義を図ろうとはしていません。
中小企業を取り巻く二つの問題
中小企業の位置付けと役割について整理した後に2つの問題について分析しています。
一つは経営者の高齢化です。
2020年は新型コロナウィルスの問題もあって年間5万件の休廃業・解散があったこと、60代の経営者で48.2%、70代経営者で38.6%、80代経営者で31.8%にそれぞれ後継者がいない状態となっていることです。
今後も休廃業解散が続いてしまうと中小企業が保有する技術やサービス、豊かな文化の消失が起きてしまい、日本の活力を奪っていくことが危惧されています。
もう一つの問題は地域の人口減少です。
地域の人口減少によって需要が減衰してしまうと地域の中小企業の事業継続に影響が出てきます。
地域住民は地域課題の解決にあたり中心的な役割を担う事が期待されるものとして、地域内の小規模事業者に期待している住民が多いことから、地域の中小企業が需要の減退によって事業継続ができなくなってしまうと、地域そのものの持続可能性を左右してしまうことに繋がってしまいます。
中小企業の類型に応じた対応の方向性とM&Aの意義
先ほど挙げた問題点のうち、高齢化や後継者の不在に対応する手段としてM&Aを上げています。
M&A実施後、80%以上の企業で全従業員の雇用が継続されていることから、M&Aにより廃業を避けることで経営資源の散逸を避けられるのではないかという事が理由として挙げられています。
また先ほど出た中小企業の4類型のうち、グローバル型、サプライチェーン型の企業では規模や生産性を向上することで中堅企業へ発展することを期待されています。
地域資源型、地域コミュニティ型についても限られたパイの中で需要を取り合うのではなく、いかに強調していくか、又は地域資源を最大限活用して域外需要を取り込んでいくかという際にM&Aが一つの選択肢となるのではないかと述べています。
実際、企業再編(M&A)を行った企業と行わなかった企業では2010年度を境に、企業再編を行った企業がそうでない企業と比べ付加価値で5ポイントほどほぼ毎年差をつけていることから、企業再編を行う中で生産性を上げられる傾向があると考えているのではないでしょうか。
(中小企業庁「中小M&A推進計画」pp4)
また経営資源を引き継いで行う創業としてのM&Aについても記載しています。
中小企業M&Aのための政府施策
弊コラムでも何度かご案内させていただきましたが、中小企業庁では「中小M&A推進計画」を策定し、中小企業のM&Aを積極的に推進させています。
①中小M&Aガイドラインの作成
健全な市場づくりに向けて今まで無法地帯だった中小企業M&Aマーケットに一定のルールを作り基本的な事項や手数料を示すことを定め、弊社のようなM&A支援機関に対し適切な行動指針を示しています。
これによりM&Aの行動についても共通認識が支援機関にも出てくることを期待しています。
弊コラムでも記載しているテール条項や専任条項がある場合のセカンドオピニオンなどについて特に注意を喚起しています。
②M&A支援機関に関わる登録制度の創設
政府でもM&A支援機関がどの程度ガイドラインを遵守しているのか把握するために登録制度を創設しました。
登録制度は法令に基づくものではありませんが、実効性を持たせるために仲介手数料などの専門家活動費用を政府の補助金と連動させることでM&A支援機関に対してインセンティブを与え、政府に登録している支援機関を利用させることで中小企業M&Aマーケットの監督の実効性を高めようとしています。
③自主規制団体の設立
M&Aの仲介行為を行っている事業者を中心に自主規制団体「M&A仲介協会」を設立しました。
自主規制団体により中小M&Aガイドラインを含む適正な取引ルールの徹底、M&A支援人材のサポート、仲介に関わる苦情相談窓口等の活動を行う予定になっています。
これらのマーケットの整備により、政府は仲介業務懸念など不透明な部分を払しょくして健全なマーケットの運営を行っていきたいと考えているようです。
④事業承継・引継ぎ支援センターを中心とする支援の枠組み
税制やプラットフォームの導入など中小M&Aを活性化しようにも小規模のM&Aの場合や地域によってはデューデリジェンスを行える専門家がいなかったり、費用の面で依頼することが困難だったりします。
それを受けて中小企業庁では日本弁護士連合会と連携し、弁護士の紹介や人事育成などを行うことを考えており、まずは福井県から取り組みを始めています。
また今後は弁護士に限らず考えていく模様です。
⑤表明保証保険
M&A成立後に交渉時に隠ぺいしていたり虚偽の報告を行ってしまい損害を被ることがあります。
それを防ぐために売り手が説明した開示事項に虚偽がないことを表明し、何かあった時に補償することが表明保証です。
とはいえ小規模法人の場合、実際に何かあった時に補償できるのかどうかという現実的な問題があります。
弊コラムでも紹介いたしましたが、これを保険によって保証しようという保険が表明保証保険であり、中小企業向けに一般化された保険が発売されました。
本来であれば自分の財産を守るための保険である保険料について政府は負担しませんが、普及の後押しと事態の把握のためにしばらくの間、国が補助を行うようにしています。
⑥個人の参入
経営者の高齢化に伴う後継者不足について個人の参入も検討しています。
そのため後継者人材バンク事業を実施すると同時に士業専門家や表明保証保険をうまく使った環境整備に取り組むことを考えています。
⑦企業価値評価ツールなどの提供
中小企業がM&A人材を育成することは困難であり、M&A支援機関に頼らざるを得ないのが現状の実態とした中で、M&A支援機関に「言われるがまま」では健全な取引の形とは言えないと考えています。
これはM&A支援機関と中小企業の間で知識や経験に乖離があるからで、支援の妥当性をきちんと判断できる状況が必要であると考えています。
そのため一般的な相場観を形成するため、自社の企業価値を簡易に評価できるツールの提供も検討しています。
あくまでも参考としてのツールと位置付けているようですが、そのツールを使うことで支援機関と中小企業の間でコミュニケーションをとることを期待しています。
またセカンドオピニオンについても費用補助を行い、一般化させていくことを検討しています。
⑧PMI支援の充実
中小企業M&AでPMI(M&A実施後の経営統合)について十分なリソースが割かれていないことを問題視しています。
これは単にM&Aを行うだけではなく、M&Aを行った後の事業成長につなげることを重視しているからです。
ただ中小企業向けにPMI支援を行う事業者がほとんど存在しないことから、2021年度中にガイドラインを策定し、中小企業向けにPMIを行う事業者が現れることを期待しています。
まとめ
以上が政府が中小企業のM&Aに関して取り組んでいることの背景になります。
政府も中小企業に対してM&Aを強制することを考えているのではないですが、日本経済を支えている中小企業について生産性を上げる選択肢を与え、環境を整備することで日本全体の生産性を上げていき、欧米と比べても遜色なく成長率を高めていきたいという大きな目標があると考えられます。
その中で今まで高額な手数料やテール条項などによって中小企業に対して不当な対応を行ってきた事業者をあぶりだし、場合によっては排除しながら、市場環境を整えていきたいと考えているというのでしょう。
そのために色々なインセンティブや助成金などの仕組みを整えて社会全体の背中を押しにかかっています。
弊社も政府に登録するM&A支援機関であるので身を引き締めて今後も運営を行っていきたいと考えています。
M&A仲介については以下のブログも参考にしてください。
小規模M&A向け表明保証保険「M&A Batonz」についての解説
「M&A仲介への不信感4選」
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「M&A仲介会社の手数料」上場・非上場会社との比較!
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