中小企業の後継者不在問題を解決する有力な手段として、M&A(企業の合併・買収)が広く浸透しています。
しかしM&A成立後に売り手の経営者保証が解除されない、会社の資産が不当に回収されて倒産に追い込まれるなど、悪質な「不適切な買い手」によるトラブルが課題でした。
こうした状況を受け、中小企業庁は「中小M&Aガイドライン」を改訂し、不適切な買い手の情報を業界全体で共有する仕組みを要請。
M&A支援機関協会はこれに応え、2024年10月1日に「特定事業者リスト制度」を開始し、2025年4月1日に大幅改訂を行いました(M&A支援機関協会:特定事業者リスト)。
この改訂により、売り手企業は信頼できる支援機関を選ぶことで、より安心してM&Aを進められるようになりました。
今回は2025年4月1日の大幅改訂を軸に、特定事業者リスト制度の全容と、制度参加会員を選ぶメリット、参加していない支援機関を利用するリスクを解説します。
特定事業者リスト制度:2025年4月1日改訂のポイント
特定事業者リスト制度はM&A取引で悪質な行為を行った買い手の情報をリスト化し、M&A支援機関協会の制度参加会員や事業承継・引継ぎ支援センターで共有する仕組みです。
2025年4月1日の改訂では中小企業庁の「不適切な譲り受け側に係る情報共有の仕組みについて」(2025年2月公開)に準拠し、運用が強化されました。
主な改訂ポイントは以下の通りです。
登録基準の明確化:経営者保証の未解除や対価の不払いなど、客観的な登録事由が詳細に定義され、自動登録プロセスが強化。
登録期間の厳格化:リスト登録は最低10年間継続。不適切な買い手が名前や法人を変えて再参入するのを防止。
情報共有の拡大:全国の事業承継・引継ぎ支援センターでの情報共有が義務化され、信頼性が向上。
調査プロセスの透明性:主観的登録事由について、買い手への弁明機会を保証し、調査プロセスを標準化。
リストは一般公開されず、M&A支援機関協会の制度参加会員(2025年7月17日時点で約90社)や公的機関に限定され、厳格な情報管理のもと運用されます。
リスト登録の対象となる行為
どのような行為がリスト登録の対象となるのでしょうか?
改訂後の規約では、登録事由は以下の2つに分類されています。
客観的登録事由(原則、自動登録)
客観的な事実に基づき、該当した場合に即時登録されます。
経営者保証の未解除:M&A成立後、契約で合意した期間(例:60営業日以内)に売り手の経営者保証が解除されない場合。あるいは、解除に向けた金融機関への相談を10営業日以内に行わない場合。
対価の不払い:M&Aの買収代金の分割払いや、売り手への退職慰労金などが、支払期日を過ぎても支払われない場合。
不誠実な対応:保証解除に向けた金融機関への相談を怠るなど、契約義務を履行しないケース。
主観的登録事由(調査・弁明を経て登録)
売り手に重大な損害を与える悪質な行為。
バスケット条項:明らかな資金不足でのM&A強行、契約上の義務の不当な履行拒否、M&A後の資産抜き取りなど、M&A支援機関協会の調査で悪質と判断された場合。
なお買い手には弁明の機会が付与され、調査後に登録可否が決定。
登録情報には、社名、法人番号、代表者名、役員名、登録日、登録事由、備考(現状や原因解消措置など)が含まれ、最低10年間保持(特定リスト会員に共有され実質的に買い手から外)されます。
特定リスト制度参加会員を選ぶ意味
特定事業者リスト制度に参加するにはM&A支援機関に所属するだけではなく、その中でもさらに申請や誓約を行い、一般の会員とは峻別されます。
厳格な規約を遵守し、不適切な買い手の情報を漏らさずに迅速に共有するための取り組みでもあるからです。
逆に、これにより、売り手企業は以下のような安心感を得られます。
トラブル防止:制度参加会員は、過去に問題を起こした買い手を事前に把握し、取引リスクを低減する可能性が高い。
透明なプロセス:契約前に制度の説明を受け、情報共有の同意を明確化。売り手の権利が守られる。
信頼性の担保:M&A支援機関協会の監視のもと、仲介会社は責任ある対応を徹底すると期待できる。
私たち日本財務戦略センターは、M&A支援機関協会の制度参加会員として、売り手企業が安心してM&Aを進められるよう、厳格な情報管理と誠実なサポートを提供します。
もし制度的な横串を刺されていない仲介を利用した場合、以下のリスクが高まる可能性があります。
情報不足によるリスク:不適切な買い手の情報が共有されないため、悪質な買い手とマッチングされる可能性。
契約の不透明性:制度非参加の支援機関は、情報共有やエスクローサービスの推奨義務がなく、売り手の保護が不十分な場合がある。
事後対応の遅れ:問題発生時、制度外の支援機関では迅速な報告や対応が期待できず、初動が遅れ、売り手が泣き寝入りするリスクが高まる。
こうした事故を避けるため、M&A支援機関協会の制度参加会員を選ぶことが、安心・安全なM&Aの第一歩です。
なおM&A支援機関の新たな義務改訂後の制度では、M&A支援機関協会の制度参加会員に以下の義務が課されています。
報告義務:登録事由に該当する事案を認識した場合、速やかにM&A支援機関協会へ報告。
契約書への記載義務:契約前に売り手・買い手双方に対し、本制度を説明し、問題発生時に情報が登録・共有されることを同意の上、契約書に明記(重要事項説明書にも記載されておりますし、弊社も準拠しております)。
エスクロー推奨:代金の不払いを防ぐため、エスクローサービス(「中立的な第三者」)の活用を推奨。
これらの義務を怠ると、戒告や除名などの処分が公表され、中小企業庁などへ連携されます。
私たち支援機関は、M&Aの信頼性向上に向け、それらの規約を踏まえて責任感を持って業務に取り組んでまいります。
まとめ
2025年4月1日に大幅改訂された特定事業者リスト制度は、悪質な買い手から中小企業を守る強力な仕組みです。
M&A支援機関協会の制度参加会員を選ぶことで、売り手企業は不適切な買い手との取引リスクを大幅に減らし、加盟していないところと比べると安心して事業承継を進められる可能性が高くなります。
逆に制度非参加の支援機関を利用すると、情報不足や不透明な対応により、トラブルに巻き込まれる可能性があります(不参加な理由も怪しく見えます。知っていて参加しないなら何らかの意図があるでしょうし、知らないのなら情報の取り方に問題がある可能性があるでしょう)。
私たち日本財務戦略センターも、M&A支援機関協会の制度参加会員の中でも特定事業者リスト制度に加盟しておりますので、M&Aに関するご相談は安心してお問い合わせください。
※本記事は2025年8月22日時点の情報に基づいています。最新情報は中小企業庁、M&A支援機関協会、または事業承継・引継ぎ支援センターでご確認ください。
*なお世の中には悪質な買い手だけではなく、悪質な仲介もいます。
その点についてのコラムはこちらから。





































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